初めての再会
はあ、はあ、はあ……。
僕らは広い甲板に戻って、船頭で走った疲れを癒していた。
「ま、まさリンクがここにいるなんて……」
「思いもしなかったが、よく考えれば当たり前だ」
「え?」
息一つきらしていないトレースに、僕はあっけにとられてつい訊いてしまう。
「ここは次元航行船……いわゆる異世界を渡る船だ。ここそのものを世界につなげることが可能で、あらゆる世界に行くことができる。……さきほど頑張って下を探ってみたんだが……」
海を航行しているわけじゃないんだ。じゃあ、一体どこを航行しているんだろう?
「この下には、たくさんの扉があった。たくさんのたくさんの」
その言葉で、僕は思いつく。
「もしかして……」
「そう。キミの故郷だ」
故郷だなんて、そんな。たしかに母はいるけど、それだけだよ。どうしても、というかなぜか僕はあそこ、いや、ここ、か。ここが故郷だという感覚を持てなかった。持てないようにされているのか、どうなのか。それは、わからないけど。
「……キミは生れたばかりだ」
「え?」
「生まれたばかりの赤子は、周囲の状況を観察などしない。ただ母の、ただ父の、両親の顔だけを見ようとする。生まれた場所が故郷だとは、限らないのだ。キミはまだ生まれたばかりなのだ、どこを故郷にするべきか悩んでいる、といったところか。故郷と思えない、と感じていてもなにも不思議はない」
僕の心を読んだかのように、トレースはそう言ってくれた。
「キミの表情は読みやすい。だから、ボクみたいな道具にも簡単に読まれるのだ。読まれたくないなら、精進してくれ」
「……ふふふ」
僕は、キミになら心を読まれてもいいと思ってる。別に、精進する必要はないよ。精進の仕方もよくわからないし。
「逃げ切れたかな……」
「まあ、多分追ってくるのではないか?」
だろうね……。きっとしつこく追ってくるんじゃないかな……?すっごく怒ってたから、きっと、地の果てまでも追ってくるに違いない。
「もしおってきたらどうしよう……」
「ずっと延々逃げ続けるわけにもいくまい。戦うしかないだろうな」
「うう……」
やっぱりそうなるよね。僕は戦いたくないなあ……。
「まあ、しかし……。彼が本当にボクらを殺そうとしているのなら、の話だが」
「え?」
「おーい!待てって!」
さっきは扉のところまで一瞬で移動できたくせに、リンクはわざわざ走って僕たちを追いかけてきた。トレースの前に出て、僕はコンシャンスを抜く。
羽でも持っているかのように軽いけど、確かに重みのある双剣。右手の剣を逆手に、左の剣を順手にもってかまえる。
「……ふむ、形は悪くない」
「え、なに?」
「なんでもない」
トレースのかすかなつぶやきが聞こえたけど、何を言っているのかは聞こえなかった。
「お、おいおい、そんな身構えるなって」
全然脅威に感じていないだろうに、わざとらしく狼狽したようなそぶりを彼は見せた。そんな風に人間くさい演技をされても、騙されやしない。
「何のよう?」
僕は声を低くして訊く。
「お前、勘違いしてるって。俺はもうお前らを殺す、もしくは壊そうとなんかしねえって!」
「信じれない」
「ああ、もう!いいか、俺らは『異界士』だ」
「異界士?」
なんだ、それ?
「この船を拠点に、いろんな仕事を請け負ういわゆる何でも屋だよ。どんな依頼でも、というわけにはいかないけど、ほとんどの仕事は引き受ける。そんで、仕事に応じて報酬をもらうってわけ。それが異界士」
「それが、どうして僕たちを殺さない理由になるの?」
「エリアはともかく、俺はまだなり立てだ。だから、まだ情ってのが残ってんだよ。だから、……ああ、もう!俺は取り逃した獲物には手出ししねえって決めてんだ!それで文句あっか!不満なら今から殺しあいするか!?それでもいいんだぜ俺は!」
「……そう」
僕はコンシャンスを鞘におさめた。
つまり、彼と彼女は異界士というものを営んでいて、トレースは運悪く標的になってしまった。で、解雇されたからもう標的じゃない、と。そういう理屈……なのかな?
「……で、質問なんだが」
「何?」
リンクが不思議そうな眼を僕たちに向けている。
「あのさ、この船、一回渡るのにだいたい全財産の半分要求されるんだよ」
「そんなに?」
「ああ。ちなみに、お金の価値如何にかかわらず、貧乏人は門前払いな。その判定はフィーリングだから、豪華そうなの着て、財布の半分でも渡しゃ乗れるかもしれねぇが、見るからに貧乏そうな格好してたらそれだけで船に乗る資格は失われる」
……リンクの話を聞いてる限りじゃ、なんかここって豪華客船みたいだ……。
「中に入ったらどんな格好してようが文句言われることはねえけどよ……。お前ら、さっき会ったのとほとんど一緒の格好だよな?一体どうやってまぎれた?」
「ええっと、それは、扉」
「それはだな、主人の秘法だ」
僕の言葉にかぶせて、トレースが言った。え、どうしてそんなこと言うの?別に僕のは秘法なんかじゃないよ?
「……秘法?なんだそりゃ」
「ご主人様は古来より在る大いなる存在の御子息であり、彼はその存在の恩恵を受けているのだ」
嘘八百言いすぎたと思う。なんなのその大いなる存在って。
「……その秘法ってのも、恩恵のうちってか?」
「そうだ」
そう言うと彼は、カッカと笑いだした。
「ひゃははは!おもしれえ!教えろよ!」
リンクは愉快そうに、快活に笑った。