二つ目の世界へ
白黒チェックと扉の世界に、僕は再び戻ってきた。
とても頼もしい仲間を手に入れて。本人はそれを否定して、自分は道具だと言ってきかないけど。
「……ただいま」
僕は返ってくることはないと知りながらも、そう挨拶をした。話しかけてくることはないだろう。けれど、母はここにいるのだ。いつか言わなくなると思うけど、一応。
「……ふむ、これは、なんとも……」
「どうしたの、トレース?」
白い髪の僕の仲間、トレース。トレスクリスタルが不思議そうに言った。
「いや、広いな、と思って」
「わかるの?」
「断片的にだがな。……いや、ボクの能力が弱いのではないぞ!?ただ、どれだけ捜査範囲を広げても、終わりが見えないのだ……。正直、恐ろしくも思っている」
「どうして?」
広いぐらい、別に怖くはないと思うけど。あの二人……吸血鬼、リンク・ジェイドとエリア・デュオンに比べたら特に。
「終わりが見えないということは世界が無数にあるということに他ならないだろう?」
トレースは僕が特に説明したわけでもないのに、そこかしこにる扉が『世界の扉』であることを理解している。さすがだというほかない。
「そうだね」
「こんなにも広い中、ボクの世界のなんたるちっぽけなことか。もしかしたらボクはお山の大将で、ほかの世界に一歩入れば役立たずになるんじゃないか、って不安で……怖いんだ」
「それは……」
トレースのいる世界しか知らない僕が、何を言えるというのだろうか。
「……ふさぎこんでいてもしょうがない。さあ、ルウ。とにかく先に……次の世界に入ろう。それがいい。な?」
「……そうだね」
広さが怖い。自分が役立たずになるのが怖い。そう言ってくれた彼女に、僕はなにも言ってやることができなかった。何かを言えた義理でもないけど、何か言ってやりたかった。
「……君は」
「どうした、ルウ?」
「君は、僕の仲間だ」
僕はトレースを見つめながら言った。視線にたじろぎ、彼女はあわあわと目をさまよわせる。
「そんな、恐れ多い。ボクは道具。それでいいんだ」
「君がなんと言おうと、僕は君を仲間だと思ってる。そして、何が起ころうとも。それを、忘れないでね」
君がたとえ役立たずになったとしても、僕は見捨てはしない。そう言ったつもりだった。……伝わる、だろうか。
「……そうか。了解した。キミとボクは仲間、か。……わかった」
わかってもらえたかな?
「じゃ、行こうか」
「そうだな」
僕はトレースのもといた世界のすぐそばにある世界に入ることを決めた。
扉に手をかけ、開く。
そして、僕は。
二つ目の世界に、入った。
ゴウン、ゴウン、ゴウン……。
大きくて重厚な駆動音がこだまする小さな部屋に、僕らは出た。
……ここは……?
パイプ製の貧相な二段ベッドが一つと、ひとり分しか出入りできなさそうな小さな扉。この部屋にはそれしかなかった。
「……トレース、ここは?」
「ここはおそらく……船の中、乗組員の個室だろう。おそらく、ひどく下っ端……雑用係の」
ここは船の中なのか。雑用係の部屋と言うのもうなずける。それほどこの部屋には物がなかった。
「それにしても、ここはどこを航行しているのだ?さっぱりわからない……」
「海じゃないの?」
「それすらもわからないんだ。すまない……」
やっぱり、世界によってトレースの能力というのは制限されたりそうでなかったりするんだ。別にどうということではないけど、あんまりトレースの能力に依存はできないな。
「……とにかく、外に出てみよう」
「海賊船の可能性もある。それでもか?」
「もちろん。ここで見つかったらなすすべなしだけど、甲板とかだったら最悪海に逃げれるじゃないか」
「ここでも、外の世界に逃げれるが?」
「うーん……」
実をいうと僕はあまり逃げるという名目で外の世界……というか僕のホームグラウンドに帰りたくない。それをすると旅がつまらなくなるかも知れないし、何より……。
「まあ、僕はマザコンじゃないから」
「?」
何かあったら母親のところに、なんて恥ずかしいからね。
僕だって死にたいわけじゃないから死ぬような状況になったらさすがに逃げるけど、そうでないときは極力逃げずにいたい。
「……まあ、とにかく。逃げるために世界は移動しないよ。……というか、できないんだ」
「そうなのか?」
まあ、そんなこと表だって言えるわけないし、ここはひとつ初めてだけどウソをついてみることにする。
「そうそう。……僕の心が平静を保っていなかったり、この世界に心残りがあったりすると、扉が開かないようになっているんだ」
「……そうなのか。意外と厄介なのだな」
あっさりと信じてくれた。心を見られたらイッパツでわかっちゃうけど、トレースは四六時中僕の心をのぞき見してるわけじゃないだろう。
「危険があればボクがなんとかするから、安心していくといい」
「うん。じゃあ、行こうか」
僕は船室から出た。
ゴウン、ゴウン、ゴウン……。
重厚な駆動音がさらに大きくなる。天井から壁、床に至るまで細かいパイプやら電線やらがむき出しになってとおっているところをみると、やっぱりここは雑用係の部屋だったんだ。
「あ、そうだトレース」
「なんだ?」
危ない危ない。重要なことを訊き忘れていた。これを忘れたら僕の旅がとてもつまらないものになってしまう。
「この世界においしい食べ物はあるかな?」
「…………………。そんなもの、自分で探したらいいだろう。というか自分で探してこその『おいしいもの』だ」
トレースはそう呆れ気味に言って、僕の背中を押して歩くのだった。