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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
始まりの世界
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初めての逃亡

 

 「マスター、一体ルウに何をするつもりだ!」

 「私はなにもせん」


 ということは、誰か刺客を僕に差し向けるつもりか!?


 「……トレース、気をつけて」

 「わかっている!」

 

 トレースは僕のそばに来て、周囲を警戒する。何だ?何が来る?


 「いいか、貴様らを狙うのは何も盗賊や魔術師などではない!」

 「何が言いたい!」

 「絶対的な存在が、貴様らを狙うのだ!トレースよ、止められるものなら止めてみよ!」

 「一体どういう意味……」


 僕はいまだに、国王が何を言いたいのかがわからない。

 

 「さあ、二人とも!やれ!」


 国王は、自身の後ろへと語りかけた。……誰かいるのか?

 僕がそう思った次の瞬間。


 「……まずい、ルウ!」


 トレースが、何も現れていないのに臨戦態勢を取った。

 なぜ?なんて思っていると。

 影が、玉座の後ろから現れた。


 「な……」


 それは、誰の声だっただろうか。 

 影は、影は。


 「う、うわあああああああああああああああああああああああ!!」

 「な、何故じゃ!なぜ!」


 影は、黒い影は、周りの人間を、周りの兵士を、兵士の首を、刈り取って、抉り斬って、むしり取った。次々、次々、次から、次へと。赤い、紅い血が、王の間を彩って。真っ赤に、染まって。


 「……くはは!くはははははははは!」

 「こら!何やってるの!」


 低い男の声と、高い女の声。


 影は、二人組だった。二つのマントと、一つの長剣と、一つの大鎌だった。

 男は黒髪で黒眼で剣を持っていた。女は青髪で碧眼で鎌を持っていた。


 「誰だ……?」

 「知らないの、トレース?」

 「ボクが知るはずないだろう……」


 トレースも、知らない誰か。おそらく全力で探っても気配が見つからなかったのだろう。恐ろしいのはそれだけでなく、本当に人間なのか疑わしくなるほどの身体能力。


 「くははは!やっぱり人間っておいしいな!そう思うだろ、エリア!」

 「あのね!そんな簡単に人間食べちゃだめって言ってるじゃない!何度言わせれば気が済むの、リンク!」


 僕たちのことをまるで気にしていないかのような振る舞い。男はリンク、女はエリアというようだ。


 「なんでだよ!人間だって毎日毎日意味もなく動物食ってんじゃねえか!なら俺ら吸血鬼だって好き勝手に食い散らかしていいじゃねえかよ!」


 そう言って男は、真っ赤に染まった手をぺろりとなめた。その時ほんの一瞬きらりと光った牙は、鋭くとがっていて、まるで怪物か化け物のようだった。


 「というかエリア、人間がおいしいっていうのはひていしないんだな」

 「否定はしないけど!やりすぎよ!何もここまで殺すことないじゃない!」

 「そうか?多分雇い主は依頼達成と同時に俺らを殺すつもりだったぜ?」

 「そんなのは殺されかけてから殺しなさい!そぶりも見せてないのに暴走しないで!」

 「はいはい……」


 話を聞いていると、この二人は吸血鬼のようだ。しかも、とてつもなく強い吸血鬼。

 手の血液をあらかたなめ終えると、今度は僕のほうに獰猛な黒い瞳を向けた。その視線に射抜かれ、僕は釘を刺されたみたいに動けなくなった。


 「おいおいおい!話と違うじゃねえかよ!」

 「何が?」

 「何が強力な使い手、だよ!俺の視線にビビるくらいなんだぜ!?ちょっとばかし期待した俺がバカみたいじゃねえか!ええ!?」


 彼はまるで子供のように叫んだ。


 「どうどう。仕事なんだから、仕事の邪魔になる私情は挟まないでね。ちゃ~んとお仕事しましょうね?」


 そして彼女も、子供を窘める親のように言った。……二人の関係はなんだ?


 「……ったく、しゃあねえな。じゃ、自己紹介からだ」

 

 機嫌を取りなおした彼は急に大人びた表情になって言った。

 

 「俺はリンぎゃ!?」

 

 名乗ろうとしたところで、いきなりエリアがリンクの脳天にげんこつを入れた。


 「なんであんたは当たり前みたいに的に自己紹介してんのよ!馬鹿じゃないの!?」

 「だ、だって」

 「だってもくそもあるかっ!『壱、標的に事情を悟られることなかれ』『弐、標的には冷徹であれ』『参、依頼のえり好みは避けるべし』!いつも言ってるでしょ!」

 「だから、一体その時代遅れの標語みたいなの誰が決めたんだよ!」

 「私よ!文句ある!?」

 「あるに決まってんだろ!?」


 ぎゃーぎゃーと喧嘩をし始める二人。まるで、ここで起きていることなど関心がないとでも言うように。今自分たちがしたことなど気にも留めていないかのように。


 「……ったく、いいじゃねえか、別に。今回は依頼人の方で情報隠ぺいがあったんだろ?なら特例じゃねえか。俺はリンク!リンク・ジェイド!よろしくな」

 「ああもう吸血鬼がそう簡単に真名を名乗るな!せめて偽名にしろ!」

 「いいじゃんか、エリア・デュオン」

 「ああ、もう、かってに私の名前も教えるな!あんた何!?鎌の錆になりたいの!?」


 じゃ、と大鎌の刃のついた方を向けるエリア。


 「……今のうち、逃げるよ」

 「了解」


 ギャーギャーとわめいてこっちに集中していない今がチャンスだ。なんとか逃走経路を確保して、逃げないと……。


 「……って、あんたら、何勝手に逃げようとしてんの?」

 

 ぞくっ。


 リンクに向けている時とは比べ物にならないほどの圧力が、僕に押しかかってきた。

 黒いオーラ。闇の波動。

 僕は、動けなかった。動けなくなった。まるで、魅入られたように。

 まるで、金縛りにでもあったかのように。


 「……っ転送!」

 「あっ!」

 「あ」


 トレースがそう叫ぶと、一瞬視界がぶれて、瞬きするころにはもう別の……僕らが出会ったところに戻っていた。

 血まみれの惨劇があった謁見の間ではなく、大樹と緑あふれる草原の、出会いの場所だ。さわさわとふく風も、さっきまでのことがウソだと優しく言ってくれているように感じる。


 「……ここまで逃げてしまった。……すまない」

 「いや、いいけど」


 怖かった。彼らに感じた感情を素直に言葉にするなら、この一言に尽きるだろう。

 ただひたすらに、怖かった。


 「……彼らの名前は覚えておくとしよう。リンク・ジェイドにエリア・デュオンか。……厄介な二人だ」

 「大丈夫だよ」

 「なぜそう思うのだ?」

 「僕らは、旅人だから」

 「……」


 『世界』と『世界』を渡り歩く、旅人。ここを出たら、もう絶対にこの『世界』の住人である彼らとは、出会うことはない。

 

 「……そうだな。彼らとも、もう会うことはあるまい」

 「そうだよ。……じゃあ、行こうか」

 

 僕はそう言葉にして、『世界』を『開く』。言葉にするのは難しいが、なぜか僕にはやり方がわかった。


 「……異世界、か。ボクは初めてだが、キミは?」

 「ここが初めて」


 初めての『世界』は楽しかった。けれど、最後は逃げる形になってしまったのが残念だった。

 まさか、国王に殺されそうになるとは思わなかった。剣も、お菓子も、ご飯も、いろんな初めてがあったけど、殺されそうになる初めては、体験したくなかったな。


 「じゃ、次の『世界』に」

 「ああ。行こうか」


 僕は何もない平原にある『扉』を開いて――――















 「おい、どこに行くってんだ?」


 声が、した。

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