表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
十個目の世界
100/106

僕が見たかった世界

 トレースの力によって視力が上がった僕には、その部屋の光景全てを見ることができた。見ることができてしまった。


 「……」

 「主人……! なぜ出てきた!?」


 トレースが何かを叫んでる。何を? 僕は、トレース、ルオ、オリジンの三人が戦っているそう広くない部屋の前で、棒立ちになっていた。その部屋の光景が、信じられなくて。信じたくなくて。


 「お子ちゃまには刺激が強すぎたかな?」

 「この……! 減らず口を!」

 

 僕は、信じたくなかった。僕の視線を釘付けにしているのは、部屋に散乱している赤い錆がこびりついた道具ではなくて、床一面にぶちまけられた血液でも臓物でもなくて。

 両手と両足がなくて、お腹は切り裂かれて、何も入っていなくて、目からは赤い涙を流している、まだ生きている小さな女の子だった。その子は乱雑に横たえられていて、胸が小さく上下していた。


 「……世界さんの、妹さん?」


 まさか、まだ生きているの? 僕は思わず駆け出した。


 「ルウ! まだ近づかないで。もうちょっと苦しんでもらいたいんだ」

 「させるか、ルオ!」


 僕の後ろで、鉄と鉄がぶつかる激しい音がした。そんなものに構わず、僕は女の子のそばまで行って、腰を下ろす。今、僕の視界にはボロボロになった女の子しか映っていない。長い髪は血の色に染め上げられていて、もとの

黒が少し見えているくらいだった。かわいらしいはずの顔は無残に傷つけられ、もはや見る影もなかった。視界が少し潤む。この子のことがかわいそうで、かわいそうで見ていられなかった。目を背けたくなるけど、しっかりと見つめる。


 「……世界さんの、妹さん?」

 「……あ、あう……」


 返事は聞こえない。何かを言っているのだろうけど、小さすぎて聞き取れない。でも、きっと、この子が妹さんなはずだ。


 「お姉ちゃんに会いたい?」

 「……う、ううう」


 二、三ミリだけど、その子は首を縦に振った。僕は彼女の背中に手を回すと、抱きかかえる。右手一本で抱えることができる。彼女はこれが人の重さなのかというくらい、軽かった。本来人にあるはずのものが全部抜き取られているから、こんな重さなのだろう。……なんでこんな状態で生きていられるのだろう。


 「主人何をしている!? まさかそれを世界に見せるつもりではあるまいな!?」

 「この子が、会いたいって言ってるんだ。会わせてあげなきゃ……」


 もしかしたら、死んじゃうかもしれないんだ。最期の望みくらい、かなえてあげなきゃ。僕は世界さんの元へと歩き出す。


 「待て、主人! 何をしようとしているのかわかっているのか!? 彼女が受け止められるとでも思っているのか!? 先ほどまでの反応を忘れたのか! 主人、やめろ!」


 トレースの声は、聞こえない。この子を、本当に助けれる? わからない。わからないから、望みをかなえてあげなきゃ。死んでしまってからでは、遅いんだから。

 

 「じゃあ、やめさせてあげるよ。オリジン!」

 「了解」


 僕の目の前に、トレースそっくりの人が降り立った。


 「どいて」


 オリジンは僕が抱えている女の子に右の掌を向けた。かばうようにして、左半身を前に出す。左手のコンシャンスを正眼に構える。


 「申し訳ございません。命令ゆえに」


 そういうと、オリジンの掌に光が集まっていく。僕ごと貫くつもりだろう。そうはさせない。


 「ごめん!」


 思い切り振りかぶって、横に一閃。オリジンの手を、真っ二つに切った。


 「……!」

 

 痛みにうめいてよろけた横を、僕は走って通り抜けた。


 「……オリジン。役立たず」

 「も、申し訳ございません、ご主人様」

 「トレースと戦ってて。面白いものが見れそうだ」

 「了解」


 そんな会話が聞こえたけど、僕は気にせず世界さんの元へ走る。


 「世界さん!」

 「……! る、ルウ君!」


 部屋の外で小さくうずくまって震えていた世界さんは、僕の声に反応して嬉しそうに顔を上げた。


 「世界さん、君の妹さん、見つかったよ」

 

 僕はその時、どんな顔をしていたのだろう。世界さんは何か恐ろしいものを見たかのように眉を顰め、力なく首を振った。


 「ま、まさか、その、それ、いや、その子、が?」

 「……うん」


 ふらふらと、まるで幽霊か何かのような足取りで、世界さんは僕のほうに来た。僕は世界さんの妹さんを両手で丁寧に抱えなおし、世界さんに見えるようにした。


 「……さ、皐?」

 「あ、ああ……お……ん」


 世界さんは涙を流しながら、世界さんの妹さんの頬に触れる。


 「……痛い、の?」

 「う、うう……」


 世界さんは僕の手から妹さんをやさしい手つきで抱え上げた。慈しむように、抱え込む。


 「ごめんね、ごめんね。私、本当にダメなお姉ちゃんだったね。ごめんね」


 涙を流し、しっかりと妹さんを抱きしめるさまは、美しくもあった。けれど、僕は彼女たちの姿を正視できなかった。あまりに、痛ましすぎて。


 「こんな方法でしか皐を救えない私を、赦して。ごめんね、ごめんね」


 世界さんは、謝りながら、黒の翼を背中から生やし、その翼で妹さんを包み込んだ。


 「……あ……う」

 「ごめんね、ごめんね。絶対、仇はとるからね。天国で見守っててね」


 それきり、世界さんの妹さんは動かなくなって、世界さんも妹さんを抱きしめたままじっとしていた。


 「……なんだ。つまらない。もっと錯乱するかと思ってたのに」

 「君は、最低だ」


 僕はコンシャンスを構えて、ルオに向き直る。


 「その子が悪いんだよ。仲間になれば、妹さんを助けてあげるって言ってたのに」

 「言ってるだけでしょ、君の場合」


 僕は精一杯言葉に棘を含ませて言った。

 

 「よくわかったね。で、どうする? 俺と戦う?」

 「もちろん。君だけは、許さない」


 僕はルオに切りかかろうと、一歩踏み込んだ。


 「待って」

 

 その時、世界さんが僕を止めた。僕はとりあえず威嚇のために剣を振るだけ振って、一歩下がる。世界さんのほうを見ると、彼女は漆黒の翼を廊下いっぱいに伸ばし、濡れた瞳をルオに向けていた。その形相はまるで……。


 「ルウ君は、手を出さないで」

 「で、でも、僕は」

 「こいつは、私が殺す」


 そう言うと世界さんは背中の翼に手を伸ばし、羽を一枚引きちぎるようにして抜いた。その羽は大きく、僕のコンシャンスぐらいの長さがあった。彼女はそれを剣のように持つと、ルオにとびかかっていった。彼は後ろに跳んで、オリジンとトレースが激戦を繰り広げている部屋に入った。当然のように世界さんもルオを追いかけた。血と臓物にあふれた部屋を見ても、世界さんはひるむことなく、ルオに向って行き、羽を振り続けていた。


 「致死の剣か。いい考えだ」

 「……!」


 何も言わず、必死で攻撃を続けても、全てルオに躱されてしまう。


 「世界さん、僕も手伝う!」

 「下がってて! 巻き込んじゃう!」


 威嚇するように、世界さんは翼をはためかせた。僕の三歩先の空間を、致死の翼が通り抜けた。


 「……剣と翼、二つを同時に相手どるのは辛いね。オリジン、この廃屋を潰して広くしろ」

 「了解」


 オリジンが頷くと、僕たちがいる廃屋全体が揺れた。……崩れるの?


 「世界さん! 翼、しまって!」

 「イヤ! あいつを、ルオを殺すんだ、絶対に!」

 「世界さん! 崩れるよ!」

 

 それでも翼をしまおうとしない世界さん。揺れはどんどんひどくなり、天井やら壁やら、あちこちにひびが入っていく。

 僕はダメ元で、世界さんに向かって走り出した。


 「ルウ君!?」

 「主人!?」


 僕は世界さんにとびかかり、上にかぶさった。

 その数秒後、天井が崩れて、僕の背中に痛みが走った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ