断片的な記憶 2
「魔法使いとは、なんでしょうか」
ミヤビに質問されたことがある。
二人で図書館に行き、読書会を開いた時のことだ。
ミヤビは、魔法使いが怪物として描かれているおとぎ話の絵本を読んでいた。
「恐ろしい怪物だよ」
おとぎ話に登場すると、必ず悪役になるような存在だと僕は答えた。
けれど、ミヤビがそんな答えを求めているのではないとは、わかっていた。
僕とミヤビは、魔法使いの登場するおとぎ話を、育ての親でもある村長から何度も聞かされている。もちろん、話の中での魔法使いは恐ろしい姿をした怪物で、世界を破壊する災厄そのものだ。
僕より賢いミヤビが、忘れるはずがない。
この時の質問の意図は、魔法使いが言い伝えの中で、どのように語られているのかを知りたいのではなく、考えを巡らせてみたものの、結局、魔法使いとはいったいどのような存在なのかという哲学的な議論がしたかったのだろう。
「人間とはどう違うんでしょうか」ミヤビはまた訊ねてくる。
「外見はかなり違うね」と、僕は答える。「人間の倍ちかくもある体格をしているっていうじゃないか」
この時の僕は、まだ実際の魔法使いの姿を見たことがなかったので、おとぎ話から想像した姿を浮かべながら言った。
「どうして、違うんでしょうか」ミヤビの無垢な瞳が、僕をとらえていた。
「ううん、どうしてだろうな」
「違うのは外見だけで、内面は人間のままなんでしょうか」
「どうだろう」
「魔法使いの見た目はみんな、怪物じみているんでしょうか」
「わからない」僕は言う。「ミヤビは質問ばかりだな」
「よくないことでしょうか」
「いや、いいことだと思うよ」
僕は時々、妹の純真さというか、無垢なところが心配になる。
齢十三の少女にしては、物事の考え方や話し方が大人びていると感じることもあるけれど、表面的な部分ではない、もっと根っこのあたりには、どこの世界の子どもとも変わらない、穢れのないまっさらな心があるのだ。
それが少しずつ、世界の残酷さや理不尽さを目の当たりにして、薄汚れていく様を想像するのに、僕は耐えられない。
ミヤビは本をたくさん読む。
おとぎ話の絵本だけでなく、小説や歴史書、哲学者、専門的な学問書まで、幅広く読み漁る。
その好奇心が、いつか彼女自身の心を傷つけてしまわないかと、僕は気が気でないのだ。
「魔法使いにはまだ謎が多い。大きな身体だけじゃなくて、不思議な力も使うそうだし、人間のような見た目をした魔法使いだって、いるかもしれないね」
「もうひとつ、質問してもいいですか」
「うん」
「人間のような見た目をした魔法使いがいたとして、それは人間と呼ばれるんでしょうか、それとも魔法使いと呼ばれるんでしょうか」
僕は何と答えただろうか。何も答えられなかった気がする。