少年の話 2
「マガツ区」というこの街は、上空から見下ろすと円形に見えるらしい。
そう、マガ子さんが教えてくれた。
僕は彼女から聞かされたままに、頭の中に、街の地図を描いてみた。
すると、思いのほか、このマガツ区という街が、おとぎ話の舞台にもなるような城塞都市よろしく、閉鎖的なつくりであることがわかった。
街を囲う、七、八メートルもある大きな壁が、外界との交わりを断っているらしい。
外から街へ入る方法は、東の壁にある門を抜けるしかない。他の壁はどうなっているのか知らないけれど、マガ子さんの話を聞く限りだと、それが唯一のアクセス方法であるようだ。
街の大まかな構造としては、大きな円の中心に小さな円がある図を想像するとわかりやすい。
大きな円は、この街を取り囲むように陣取る外壁で、小さな円は、時計塔がシンボルの中央広場だ。
小さな円からは四方に、十字になるようまっすぐに線がのびている。これは街道だ。時計塔のある中央広場から、外壁までずっと続いている大通りである。
そして、この大通りから枝別れするかたちで、細い道がのびてゆき、住宅街や繁華街などができている。
僕が目を覚ました宿屋は、マガツ区の南端に位置する、田舎じみた住宅街の一画にあった。
この一帯は、舗装された細い通りに沿って、家や店といった建物らが並び立つ構造で、整備されていない川や不格好な畑がある長閑な景観だった。
住宅街というよりは、村っぽさがある。
南側は、だだっ広い平原で、緑豊かな自然ではなく、乾燥した土色が目立つ大地が広がっているだけなのだけれど、どこか間の抜けたような、牧歌的な空気が流れている。この空気は、僕の住んでいた村に似ているものがあるように感じた。
「この街はちょっと変わっててね」と、通りを歩き始めてすぐ、マガ子さんは言った。宿屋の前は舗装された道で、まっすぐに進んだ先が中央広場に繋がっているとのことだ。
「変わってるって、どのあたりがですか」僕は訊ねる。マガ子さんの後ろに続くかたちで、通りを歩いている。時計塔がある中央広場までは、徒歩で向かうらしい。
この街には車もバイクもあるそうだが、乗ることができる者は限られているそうで、マガ子さんや僕は乗ることができない者だという。
「人間と魔法使いが共存してるの」
「魔法使い?」
「そう。魔法使い」マガ子さんは頷く。「魔法使いは知ってるよね」
僕は頷く。もちろん、知っている。
「災厄の象徴ですか」
「昔はそう呼ばれてたね」
「今だって、そうじゃないんですか」
「見方次第かも」
「見方次第」僕は呟く。「誰かの正義は、誰かにとっての悪みたいなことですか」
「面白い考え方だね」マガ子さんは、ふふと小さく笑った。
「魔法使い」といえば、おとぎ話に登場する有名な悪魔のことだ。
それは僕の村でも例外なく、伝えられていた。幼い頃、村長から幾度となく聞かされたおとぎ話だ。
昔、大陸の北にある鉱山地帯に隕石が飛来した。
隕石には、「アポロニウム」という未知の物質が含まれており、近辺に暮らしていた者たちは、とある奇病に感染する。
身体が炎に包まれ、理性が失われていく。という謎の病だ。
やがて、感染者は言葉を発することもなくなり、息絶えてしまった。
すると、獣の頭蓋骨を模した頭部、肥大化した肉体、溢れ出る炎の力を宿した怪物へと生まれ変わった。
そうして、姿の変わり果てた者たちは、アポロニウムから授かった恐ろしい力で、世界を破滅へと導くのだ。
彼らは伝承に倣い、奇跡や災いの象徴ともされている「魔法使い」と、呼ばれるようになった。
――と、これは、あくまでもおとぎ話である。
存在しないものを、存在しているかのように扱うのは、人間の得意技であり、獣よりも卓越した想像力が成せる神秘だ。
実際、魔法使いと呼ばれる生き物がどこで何をしているのかなんて、誰も知らない。
僕の村ではそうだった。
僕よりも遥かに長く生きている村長や村の大人たちが、こぞって魔法使いなんて今まで一度も見たことがないと言っていたのだから、いないものなんだと思っていた。言い伝えの中の存在なんだと思っていた。
その姿を、間近で目撃するまでは。
「共存なんて、できるんですか」僕はマガ子さんの背中に訊ねる。会話はしつつも、通りを進む足は止めない。
「できてる。共存って言い方は正しいのかわからないけど、みんな平和に暮らせているよ」マガ子さんは進行方向を向いたまま、言う。
僕たちは互いに顔を合わせず、話していた。
傍からだと僕たちは、仲の悪い姉弟か、痴話げんか中の男女に見えるかもしれない。
「考えられません」僕は言う。
「だよね。でも、事実なんだ」
「この目で確かめるまでは」
「ああ、ちょうどいいところに」
マガ子さんが立ち止まり、通りの先を指さした。
視線で追ってみると、向こうから女の子が一人、歩いてきているのが見えた。
深い緑のジャケットを羽織り、バスケットを両手で抱えている。歳は僕と同じくらいで十代に見える。通りの真ん中を歩きながら、辺りを見回している。大きな目がきょろきょろと、せわしなく動いている。好奇心が抑えられない幼子のような快活さが、顔に表れていた。
「名前はシロナガ。彼女はね、魔法使いなんだよ」