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コウノトリの話

「これから寝ようと思ってたのにさ」ぼくが言うと、ママは意外そうに表情を曇らせた。

 表情といっても、ぼくたちはまったく種族が異なるので、それが彼女のどのような感情を表しているのか、明確に判別はできなかった。

 ただ、こう言うと、きっと彼女はこう思うだろうな、という推測がぼくの想像力を掻き立てた。

 結果、彼女が眉根を寄せてこちらを睨みつけてくるような態度をとったかに見えたわけだ。

 ところでだけど、彼女の眉はどこにあるんだ?

 彼女はコウノトリであり、「ママ」と呼ばれているらしいことは聞いたけれど、それ以外のことは何もわかっていなかった。

 そもそも、コウノトリと話ができていること自体、まったく意味のわからない、おかしな状況なのだ。

 ただ、目の前で確かに起きていることなので、否定しづらいのもまた事実だった。

 コウノトリが嘴を開くと、そこから音が発せられ、それをぼくの聴覚は彼女の声として受け取ることができる。つまり、彼女の意思を読み取り、会話ができてしまうのだ。

「あなたが寝る前に、面白い話を聞かせてあげようかと思ってね」ママは、ふふと笑う。正確には、笑ったかのように、彼女の嘴から空気がひゅるると洩れただけだ。

「その面白い話というのは」

「おとぎ話よ。私の住む世界で起きた、不思議なお話」ママは窓辺を器用に歩き、ぼくの顔に嘴を近づける。

「不思議な話かあ」

 あまり興味がそそられないので、コウノトリの声なんて無視して、寝ようかとも考えていた。

 なにしろ、今日はぼくにとって、悲惨な出来事があったので、疲れているのだ。

 ひょっとして、精神的にまいってしまっているから、コウノトリが話かけてきたという幻覚を見ているのかもしれない。

 あるいは幻聴なのか。夢の世界に迷い込んでしまったのだろうか。

 妻に浮気がばれたのが、今朝のことだった。

 誰がどう考えても悪いのはぼくで、弁明の余地はなく、妻は家を出て行ってしまった。

 夜になった今も、まだ帰って来てはいない。

 やはり、迎えに行くべきだったのかと、ぼくは後悔する。すぐにでも後を追いかけて、真摯な態度で謝罪し、甘い言葉をかけていれれば、今頃は、機嫌を直した彼女といちゃいちゃしていただろうし、コウノトリの声を聞くこともなかったはずだ。

「でも、ぼく、眠たいんだよなあ」ぼくがあくびをしながら言うと、ママは「いいじゃない、少しくらい。減るもんじゃないんだし」と、嘴を振った。その仕草がどんな感情の表れなのかは、正直わからないし、さほど興味もない。

「睡眠時間が減るんだよ」明日は朝早くに起きて、妻を探しに出掛けなければならないのに、と言いかける。

「私だって減るわ」

「ほら、お互いにとって、よくないじゃないか。じゃあ、今日はもう寝てしまったほうがいい」

「そういうわけにもいかないの。実は、私たちの睡眠時間が減るよりも、それ以上にもっと、よくないことが起きるかもしれないのよ」

「よくないこと?」

「私たちの生活が脅かされるかもしれないこと」

「それをぼくに伝えにきてくれたわけ」

「あなたに手伝ってほしいことがあるからなの」ママは声を潜めて言う。まるでこの会話を、ぼくたち以外の何者にも聞かれてはならないかのように。

「どういう意味だい?」ぼくが訊ねると、ママは目元を緩ませた。

「これからお話するわ。ねえ、物語は順番に語られないとわけがわからなくなるでしょ?だから、順番に一つずつ、いいわね」

 ママが翼を広げる。藍色の夜空を背景にして、彼女の羽毛の純白さが際立って映る。

 そういえば、今夜は雲一つない晴天だ。月の輝きが美しい。

 差し込む月の光が、寝床に座っているぼくと、窓辺に立つコウノトリのママとの間に、綺麗な一筋の線を引いている。それは、両者の世界を別つ境界線にも見える。

 コウノトリのママは、どこか幻想的な空気を纏っていて、まるで別世界から飛んできた異端者かのようだ。

「どんな話をしてくれるの」

 ぼくは寝るのを諦めて、ママのおとぎ話を聞くことにした。おそらく、無視して寝ようとしたところで、無理やり起こされるに違いない。

 何より、こんな得体の知れない生き物を近くにして、ぐっすりと眠れるわけもない。

 だから、ママの気が済むまで話を聞くことにした。もしかすると、いい子守唄になってくれるかもしれないとさえ、思い始めていた。

「まずは、不思議な街にたどり着いた少年の話から始めましょうか」

「わかったよ」

 ぼくは目を閉じる。ママの語るおとぎ話の光景を浮かべようと、想像力を掻き立てた。

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