便利屋たちの話 2
「こんなものでいいのか」
開け放したトランクの中を見下ろしながら、俺は言う。
「こんなものとは?」隣に立ったイナガキが首を傾げる。背中が曲がっているが、不健康そうには見えない佇まいだった。若き頃の快活さを宿してさえいるようにも見える。先ほどは具合が悪そうに思えたが、座り方の問題だったらしい。少年じみた生意気な目を、こちらを向けていた。
「死体の管理だ。こんなに雑にトランクに詰め込んで大丈夫なのか」
俺は言いながら、トランク内で、体を丸めて横たわる男の死体を指した。心なしか、表情は穏やかだ。安らかに眠る赤子を思わせる。
「そりゃまあ死体だからな。管理も何も、荷物と同じさ。割れ物ってわけでもないし。ただ、天地無用で頼むな」
「ああ、引き受けた」俺はトランクを閉める。
運転席では、ナデシコが発進の準備をしてくれていた。
俺は助手席の扉を開き、車に乗り込もうとする。
その時、「詮索しないんだな」と、イナガキが後ろから声をかけてきた。
「なんの話だ」
振り返ると、彼は、目利きの鑑定人が骨董品を見定めるかのような、じっとりとした目つきでこちらを見ていた。
「色々とだよ」
「色々とは」
「この依頼のこととか、さっきの依頼のこととか」
この依頼というのが、男の死体を運ぶ仕事のことで、さっきの依頼というのが、死体処理、つまり清掃のことだなと俺は見当をつける。
「詮索することなんてない。俺たちはただ、与えられた仕事をする。それが便利屋ってやつだ」俺は本心のままに答える。
「そういうものなのか」
「そういうものだ。それに清掃業者だって、作業の前に、何があったのかなんていちいち訊いてこないだろ」
「かもな」
「それがこの業界のプロだ。自分たちのやるべきことをやる。余計なことはなるべくしない。俺たちも、そんな便利屋さんだ」
言うと、彼は納得していないような顔をした。
「だが今回、君らはその代役で来たんだ。しかも」
「しかも?」
「残業なんだろ。ちょっとくらい我儘が許されるとは思わないか」
我儘か。
仕事に対して、を言っているのか。
だが。
「本音を言うと、興味がないんだ。そんなことより、早く仕事を片付けて帰りたい」
模範的な仕事への姿勢を語った後だが、俺は遠慮なく、思うままを口にした。
何事にも常に素直でいろ。そっちのほうがモテるぞ、と言っていたナカタの姿が脳裏に過る。仕事の邪魔だと頭を振って追い払う。
「はっ、素直でいいなあ」イナガキは、親戚の子どもの無邪気さを讃えるかのように、嬉しそうにして、「だが、時には手を抜くこともしないとなあ」と、しみじみと言った。
「まあ、そうかもな」俺は言ったあとで、ただ、と付け加える。「たとえ、それがどれだけ長い道のりだろうが、仕事を完遂するという目的地に向かって、ただ真っ直ぐに歩いていくだけで、いい時もある。そしてその方が、結果的に効率がいいケースが多い」
イナガキは、ほうと口の端を上げた。目的に向かって、ただ真っ直ぐにか、と。ほくそ笑むようなその表情は、おとぎ話の悪役を思わせる魅力があった。
「もちろん作業に支障をきたす可能性があれば、回り道はするさ。さっき清掃中に、あんたと会ってしまった時のようにな。だが、どうあっても目的地は一つしかない。結局、余計なことはしないで、正規の道をただ進んでいくのが、一番早くて確実なんだよ」
「人生そのものを語っているようにも聞こえるな」イナガキは、はっはっと低く笑う。声を響かせないように抑えているようだ。
「よく言うだろ、人生は仕事、仕事は人生」
いつの日か、ナカタがふざけて口ずさんでいた言葉が、俺の口から溢れる。
この世の真理だと言わんばかりに語るナカタの、こちらを小馬鹿にしたような表情は、思い出すだけで腹立たしいが、こればかりは同意見だった。
「仕事の流儀というやつか」
「あながち間違ってもいないが、俺たちが回り道をせず、仕事を淡々とするには理由がある。もちろん効率よく終わらせることができるからなんだが、まあ、要するにだ」
「要するに?」
「残業をしないためだ」
「ほう」
「それが俺たちの流儀だ」
車に乗り込み、すまない、待たせたとナデシコに詫びる。別に構わないと彼女は言い、発進させる。
別荘地を離れ、教会跡の横を通る。その際、今度は反対側の窓から見える聖堂を眺めてみた。半壊しつつも、夜空に輝く月に向かって手を伸ばそうとばかりに佇む姿に、どうせなら誰か手入れをしてやればいいのにと思った。そうすれば、また教会として利用することができるだろうに。
林道を抜けると、進行方向には街灯が増え始め、点々とした灯りが次々に見えてくる。街まで下ってきた証拠である。
工場街に差し掛かったあたりで、ナデシコが、そういえば、と口を開いた。
「そういえば、話を聞いていて思ったんだが」
「なんだ」
「回り道がどうとかいうのは、下手なたとえだったな」
「ああ」俺は窓の外を眺める。「自分でもそう思った」