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便利屋たちの話

「よお、おつかれさん」携帯端末の向こうで、ナカタは揚々と言った。競技を終えたばかりの選手に、おつかれ、いい試合だったよ!と、声をかけるかのような陽気な調子だった。

「何の用だ」端末を片手に、俺は不愛想に返す。

「スティッチか。ナデシコも一緒か?」

「ああ、いる」俺は、運転席でハンドルを握るナデシコに目配せをする。

 通話の相手がナカタだと察した彼女は、小さく溜め息をはいた。

「よしよし、それならよかった」

 通話機能をスピーカーモードにしたせいで、ナカタの声は、不快な金属音のように、きいんと車内に響く。

「で、何の用なんだ」俺は、運転するナデシコにも通話が聞こえるようにと、携帯端末を顔の高さで持つ。

「いや、仕事の具合はどうかと思ってな」

「今日の分は片付いたぞ」

 これから帰るところだ、と俺は言う。

 ナカタがどこからか持ってきた、逃げた猫を探してほしいという、探偵の雑用じみた仕事を終えたところだった。

 空は橙に染まりつつある。それほど難易度が高いわけでもない仕事に半日も費やしてしまったのは、なんというか、もったいない気になる。時間がもったいない。

「おお、そりゃ、ちょうどよかった」と、ナカタは声を弾ませた。

「何がちょうどなんだ」

「実はな、追加の仕事が入ったんだよ」

「は」

 俺は思わず、声を漏らす。運転席のナデシコを見ると、不満げに眉をひそめていた。

「今からか」

「ああ、今からだ。急ぎらしい」

「聞いてないぞ」

「今、聞いてるんだからいいだろ」

 はあ、と短く息を吐く。彼に反論したところで、簡単にあしらわれるか誤魔化されて、話がなあなあに終わるのは目に見えている。いつものことだった。

「どんな仕事だ」

 呆れ気味に訊ねると、話が早くて助かるよ、とナカタは嬉しそうに言った。悪戯を思いついた子どものような、若干の悪意を伴った声音だった。

「実はさ、清掃の依頼が入ったんだ。場所は、街外れにある別荘地だ」

「清掃?」

「ああ。もちろん清掃ってのは、ハウスキーパーよろしく、ただ家をお掃除するってわけじゃなくて、ちょっとばかし気張らないといけないやつな」

 俺は一瞬、口を開いたまま固まり、すぐに「それは俺たちの担当じゃないだろ」と、返す。

 ナカタの言った清掃作業とは、いわゆる現場処理のことであり、何かしらの事件の後始末のことを指していたからだ。この作業には専門の業者がおり、彼らが担当するのは、大抵が死体処理である。

 つまりナカタは、仕事が終わったばかりの便利屋二人をつかまえて、今からどこかの死体を片付けてこいと言っているのである。

「専門の業者に頼めばいいだろ」言ったところで、聞き入れてはもらえないだろうなと思いながらも、俺は言っている。

「ところがどっこい。依頼主曰く、正規の業者じゃなくて、お前たち便利屋に頼みたいことらしい」

「俺たちに?なぜ」

「融通が利くからとか、なんとか」

「融通」

「作業内容について、何か細かい要望があるのかもしれない。俺も詳しくはわからないんだが、とにかく丘の上にある別荘地に向かってくれ。そこにぽつんとある屋敷が目的の場所だ」

「そうか」俺は相槌を打つ。「で、それをどうして俺たちが?」

 ナカタからの返答はわかりきっていたが、俺は訊かずにはいられなかった。

 それは、便利屋という同じ組織として、俺たち現場で動く人間と事務仕事が主である彼との間に、主従関係やら上下関係という不要な軋轢を生まないための心掛けから、あるいは面倒事ばかり押し付けてくる彼へのささやかな反抗心からくるものであった。

 これまで、ナカタが拾ってきた仕事のうち、俺たちが断ったものは一つとしてなかった。

 どれも確実に、依頼人が満足するほどには、こなしてきた。

 しかし、だからといってあれをやれ、これをやれと適当に仕事を割り当てられたのではかなわない。なので、一度、反発してみせるのだ。

 専門でもない清掃作業を言い渡され、それをするのがどうして俺たちなのだ、と俺は訊ねる。

 すると、ナカタは「近いからだよ、そこから」と、言ってのけた。

 沈黙が一瞬、車内を支配する。

「つまり誰でもよかったが、新しく業者に仕事を入れるのは面倒なので、現場に近い俺たちにやらせると?」俺は彼の考えを分析し、言った。

「正解。ま、残業なんてどの業界でも、みんなやってるから。あんまり深く考えるな」

 また、お得意の言い種か、と俺は心の中で呟く。

 みんなやってるから、とは、ナカタが無理やり意見を通そうとする時に使う常套句だ。

 みんなというのが誰を示すのかも言わず、少なくともここにはいない有志の方々の声が、それはそれはたくさんあるのだとだけ主張し、曖昧に言い放つ彼の話法だ。

 きっとこの世界の人間が、ナカタを除いて、さっぱりいなくなってしまったとしても、彼は言い続けるのだろう。みんなやってるから、と。

「それで場所だけどな。工場街から北にのびる林道を進んでくれ。その先に聖堂が見えてくる。今はほとんど使われていない教会跡さ。そこをさらに進んだところの高い丘の上が別荘地になっているんだ。そこを目指してほしい」

 ナカタは、車内の重たい空気を気にすることなく、言ってくる。端末による通話では音声しか伝わらないためか。

 もっとも、彼の場合、同じ車内にいたとしても容赦無く言ってくるであろうとは想像できた。彼にとってみれば、自分の言動によって周囲の人がどう感じるかなど、気に留めておこうという考えすら浮かばないほど些細な問題なのである。

 急遽入った依頼であり、すぐ取り掛かることができる業者が他にいないのかもしれないが、仕事帰りの二人に追加の仕事をくれてやろうというのは、彼のサディズムが疼いたからに思えてきた。

「で、終わったら、事務所に顔を出してくれよ」ナカタは、ずけずけと言ってくる。

「事務所に戻らなきゃいけないのか」俺はわざと気怠げに言ってみせた。

 今日の分の仕事は終わったのだから、このまま帰宅する予定だったのだが、新たに仕事を与えられ、おまけに事務所まで戻らなければならないとは。

 なんというか、面倒だった。

「あ、面倒だったら明日でもいいよ。たぶん、その作業が終わる頃に俺、事務所にいないと思うし」ナカタは軽々しく付け加える。

 それはお前が面倒なだけじゃないのかとか、俺たちに仕事をさせておいて自分は先に帰るのかとか、あれこれ言い返してやろうかと考えているうちに、通話は途切れていた。

 携帯端末をしまう。窓の外を見るともなく見る。車窓に映る星空の景色は無慈悲にも美しかった。その星々は、今夜、面倒な仕事を押し付けられた便利屋の二人がいるとも知らない様子で、街の背景を煌びやかに飾っていた。

 視線を移し、サイドミラーに映った影を見る。くたびれた顔をした男が、こちらを見つめていた。


 工場街から北に向かい、林道を抜けると、教会跡が見えてくる。

 進路を別つようにして横に延びる石造りの道の先には、天井が崩れ、半壊した聖堂の姿があった。その佇まいは、体を損傷しながらも果敢に戦う戦士の様を思わせ、高貴さのようなものを感じないでもない。

 利用する者がいないにも関わらず、取り壊されもしないので、人々からは不気味がられている場所だった。

 何者かが定期的に出入りしていると噂はされるが、真偽は定かではない。誰も確かめようとは思わなかった。

 教会跡を通過し、丘を登り切ると別荘地に着いた。

 丘の上の広場のような空間に設けられた地帯で、四本の大木が西側と東側に二つずつ、この一帯を守る番人のように、凛々しく佇んでいる。

 広場の西側の高台からは、さらに西の街へとのびる大きな橋が見え、南方面にある工場街とともに、麓の一帯が見渡せるようになっていた。

 周囲には、それなりに木々が生い茂っているためか、閉鎖的な空間のように感じた。世間から逃れた者が隠居生活を送っている風な、秘匿の土地じみた雰囲気だ。

 目的の屋敷の前に到着すると、俺たちは素早く行動を開始した。

 車を降り、トランクを開け、積んであるスーツケースの内の一つを引っ張り出す。中には、いかなる場面にも対応できるようにと、様々な業種の制服やその他使い勝手のいい道具が詰め込んであった。

 ケースの中から清掃業者のものとよく似た制服を取り出す。実際は運送業者の制服だったが、どうせ誰に見られるわけでもないであろうし、似てさえいれば何でも構わないと判断した。

 玄関に向かい、背の高い扉を叩く。返事はなかった。

 もう一度、叩く。

 返事はない。

 試しにと取っ手を引いてみると、すんなりと開いた。

 不用心に感じたが、あるいは依頼主が、俺たちのために鍵をかけていなかったのかもしれない。

 玄関からのびる長い廊下には、点々と黒いものが散らばっていた。室内は暗がりのため、家具が乱雑に撒き散らされているかに見えた。

 明かりを点けてみると、廊下に転がる黒いものの正体が人間の亡骸だとわかった。

 思ったより数があるなとげんなりしつつ、トランクから取り出した、それらしい道具を手に、俺たちは二手に別れ、それぞれの作業に取り掛かった。


「スティッチ、問題発生だ」

 イアフォンから声が聞こえる。ナデシコからだ。三体目の死体を処理している最中だった。

 俺は作業を止め、イアフォンに指を添える。

「どうした」

「来てくれ。一階のリビングだ」

「了解だ」

 長いらせん状の階段を下り、リビングに向かう。

 大きなガラス窓の前に彼女はいた。モップを片手に、正方形の絨毯の上で佇んでいる。

 その視線の先には、男がいた。足を組み、一人掛けのソファに深く座っている。

 手は腹の上で、指を絡ませて置き、首を少し傾けている。

 暗くて見えづらいが、それなりに歳を食っている目鼻立ちだ。ギョロリとした両目は、獲物を探している捕食者を思わせる。

 黒いローブを纏い、夜闇に紛れていた。恰好と仕草から、こちらを見下しているようにも、病に伏せているようにも見える。

 彼は何者だろうか。

「誰だ」男に近づき、訊ねる。

「この家の主だよ」男は答える。

「どうしてここにいる」

「変なことを訊くな。ここは俺の家だ」

 俺は、質問を間違えたなと思う。

「そうか。じゃあ、あんたはいつからここにいるんだ」

「それは、ここに住んでいる年月を訊いているのか。それとも、このソファに座っている時間か」男はわざとらしい口調で言った。

「後者だ。いつからそこに座っているんだ」

「ずっとだ。君らがここに来た時には、すでにいたぞ」

「そうか」俺は頷く。「俺たちを呼んだのは、あんただったのか」

「ほう、君らが便利屋か。どうりで死体に怯えず、丁寧に片付けまでしてくれているわけだ」男はわざとらしく、くっくと笑った。

 それから彼は、イナガキだ、と名乗った。君たち便利屋を呼んだのは俺だ、とも言った。

「俺たちが強盗の類とは思わなかったのか」

 言いながら、俺はイナガキと名乗った男の周囲を気にする。彼が何者かは知らないが、どこか不穏な空気を漂わせていたので、警戒していた。

「だとしても困ることはない。廊下にあれだけ死体が転がっているんだ。ただの強盗なら、すぐ逃げていくだろう」

「それもそうか」

 ナデシコの方をちらと見ると、小さく肩をすくめる仕草をした。

「しかし、便利屋というと、もっとむさい爺ばかりを想像していたんだが、ナカタのところのは思ったより若いんだな」

 イナガキは俺とナデシコを交互に見て、言った。それから、ああ、と何かに納得したように、口を開いた。

「期待外れだったか」俺は言う。

「いや、問題ない。仕事さえしてくれればな。それに、思い出したよ。ガタイがいい強面の男と、背が高くて目つきの悪い女。君ら、巷で有名な、なんでもできる便利屋さんだろ」

「初耳だな。俺たちはそんな大層なもんじゃない。その巷には、金輪際、近づかないことを勧める」

「そこらじゅうに言いふらしているやつがいるんだ。そんな二人組がいるって」と、イナガキは言う。

「気に入らないな」

「君らのオーナーだよ」

 ナカタか、と俺は呆れる。

 それと、彼は俺たちのオーナーではないと言い返そうとしたが、面倒なのでやめた。この男に対して、わざわざそのあたりを訂正する必要もない。

「ところで、なあ、今、そこらにある死体を処理してくれているんだろ」イナガキはソファに座ったまま、廊下の方を指して、言った。

「ああ、そうだが」

「せっかく作業してくれているところ悪いんだが、廊下の死体たちはいいんだ。あれは清掃業者にやらせる。君たちとは別に、呼んであるからな」

「もっと早く言ってくれれば」俺は、二階にすでに包んだ死体があることをイナガキに伝えた。

「先に到着した君らが、便利屋なのか清掃業者なのかわからなかったからな」

「そうか。まあいい。で、俺たちは何をすればいいんだ」

「こいつだ」

 イナガキは右腕を伸ばし、側にある横長のソファを指した。

 俺とナデシコは、そちらに視線を移す。

 誰かが寝転んでいた。いや、死体が横たわっているというのが正しいのか。廊下にあるいくつかのものとは違い、上から布を被せられていたり、その扱いは丁重なものに思えた。

「その男の遺体を、ある場所に届けてほしいんだ」

「俺たちは、清掃作業をするために呼ばれたと思ったんだが。運びの代理だったのか」

「まあ、そんなところだ。だが、あの運び屋どもは信用できないし、清掃業者に頼むと、死体は処理されてしまう。俺は、この遺体を確実に運んでほしいんだ。だから、便利屋の君らに頼むしかなかった」

「なら、清掃作業なんて回りくどい依頼はしないで、最初から死体の運送だと依頼してくれればいい」

「したはずだぞ。運び屋の代理を依頼したいとな。なんだ、うまく伝わってなかったのか」

「なるほどな」俺は息を吐いた。「うちのオーナーは、そのあたりは適当なんだ」

 事務的に仕事を請け負い、大まかな情報だけ寄越して、あとは現場の俺たちに任せっきりだ。いつものことである。

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