【9話】律儀な人
フィオの対面にリファルトが座ってすぐに、三人分の夕食が運ばれてきた。
心の準備を整える時間はまったくなく、三人での食事が始まってしまう。
(気まずすぎるわ!)
食事が始まって間もなく。
エレインは、どうしようもないくらいに窮屈な思いをしていた。
はす向かいに座っているリファルトが、ピリピリした雰囲気を全身から放っているからだ。
理由は言わずもがな。
愛娘との食事の場に大嫌いなエレインが同席していることが、気に食わないからだ。
消えろ邪魔者めが! 、とそう言われているような気がする。
窮屈なエレイン。
イライラしているリファルト。
この場において楽しそうにしているのは、フィオ一人だけだった。
穏やかでない空気を気にすることなく、ニコニコとしている。
「エレイン様は、とっても教え方が上手なんですよ! 今日一日だけで、立派な令嬢に大きく近づくことができました!」
「……そうか。良かったな」
喜々としているフィオの笑顔に、リファルトは苦笑いを返した。
無理して笑っているのが丸わかりだ。
「それより、変なことはされなかったか?」
「変なこと?」
「その、手をあげられたりだとか――」
「エレイン様はそんなことしません!!」
小さな雷が落ちる。
真っ赤になった頬をぷくっと膨らませているフィオは、きっと怒っているのだろう。
そんな怒り顔もたまらなく可愛いかった。
こんなことを思うのは失礼かもしれないが、事実なのだから仕方ない。
「ガッカリしました! そんなことを言うお父様なんて、私、嫌いです!!」
「そ、そんな……!」
リファルトの肩がガックリと落ちる。
精神に深刻なダメージをくらい、真っ白に燃え尽きていた。
とてもじゃないが、演技には見えなかった。
王国最強の魔術師も、愛娘にだけは敵わないみたいだ。
(けれど、流石にちょっと可哀想だわね)
リファルトの発言は、フィオを心配しているがゆえのものだろう。
エレインを侮辱する意図はそこにはなかったはずだ――多分。
「私のために怒ってくれてありがとうね。でもねフィオ。リファルト様はあなたのことが心配でたまらなかっただけなの。だからお願い。許してあげてくれないかな?」
リファルトとフィオは、互いを大切に思い合っている素晴らしい関係だ。
自分が原因で、それを壊してしまうのは嫌だった。
「…………エレイン様がそう言うなら」
風船みたく膨らんでいたフィオの頬が、元の大きさに戻る。
「今回は許してあげます。でも、これからは気を付けてください! いいですか!」
「…………分かった」
一件落着。二人の関係はこれで保たれただろう。
場がうまくまとまったことに安堵したエレインは、ほっと胸をなで下ろした。
夕食の時間が終わり、私室に戻ってきたエレイン。
ベッドの縁に腰かけながら明日の教育スケジュールを確認していると、突然、ドアがノックされた。
「俺だ」
やや乱暴なノックの後、ドアの向こうから聞こえてきたのは、低くて芯の通った声。
聞き覚えのあるそれは、リファルトのものだった。
(いったい何の用かしら!?)
意図の分からない来訪に、エレインは動揺。
怒られるんじゃないか、なんて直感的に思ってしまう。
証拠はないものの、リファルトが来る用件など、それくらいしか思いつかなかった。
(会いたくないわね)
しかしリファルトは当主であり、フィオの教育係であるエレインの雇用主でもある。
対応しない訳にもいかなかった。
「少々お待ちください。今、ドアを開けます」
居留守を決め込みたい気持ちを抑え、おそるおそるドアノブに手をかける。
「いや、このままでいい。すぐに終わる」
「承知いたしました」
「ひとつ、言っておかなければならないことがある。夕食のときのような、余計な気遣いは無用だ。しかし、助かった。礼を言おう。……それだけだ」
カツカツカツと、歩き出す足音。
部屋の前から遠ざかっていく。
ドアを開けてみれば、リファルトの姿はもうなかった。
突然の来訪の理由は、エレインを怒るためではなかった。
ただ単に、夕食ときのお礼を言うため。
それだけのために、わざわざやって来たみたいだ。
「なんていうか、律儀というか生真面目な人ね。……でも、良かったわ!」
リファルトの来訪には驚かされたが、怒られることもなく平和に終わった。
高まっていた緊張が一気に解ける。
ふかふかのベッドに、エレインは背中からボフンと倒れ込んだ。