【7話】令嬢教育の開始!
リファルトとの居残り会話を終えたエレインが、私室に戻ってきてからしばらく。
「フィオ様の令嬢教育に使用する教材を持ってまいりました」
部屋に入ってきたメイドから、令嬢教育に用いる教本とスケジュール表を渡される。
「ありがとうございます」
そう言ってメイドを見送ったエレインは、スケジュール表に目を通す。
今日の予定は、午前がマルーファス王国の歴史についての座学。
午後が基礎マナーの実技となっていた。
「えーと……これと、これでいいわね」
これから使う教本を手に持ったエレインは、フィオの部屋へと向かう。
頑張るぞ! 、と意気込んでいる足取りは、いつもより少しだけ勇ましかった。
フィオの部屋に入る。
そうすると、すぐさまフィオが駆け寄ってきた。
心配そうにエレインを見上げている。
その瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。
「大丈夫よ。リファルト様には、あなたの教育係になることをちゃんと認めて貰えたわ。今日からよろしくね、フィオ」
「良かったです!!」
曇っていた表情が、一気に晴れ渡る。
歓喜の声を上げたフィオは、エレインに思い切り抱き着いた。
こうしてフィオと触れ合う時間というのは、なんとも幸せだ。
一生こうしていたい。いっそ、世界の時間が止まればいいのになんて思ってしまう。
しかし、そういう訳にもいかなかった。
エレインは教育係になったのだ。
それならば、一人前の令嬢に育て上げる、という仕事を、きちんと果たさなければならない。
「そろそろ、お勉強を始めましょうか」
「……はい」
名残惜しそうに離れていくフィオに、ごめんね、と心の中で呟く。
胸が張り裂けそうになるくらいに、ものすごく辛かった。
本当は、エレインもずっと抱き合っていたい。
でも、ここは我慢だ。
早く一人前になりたい、と願っているフィオのためにも耐えるしかない。
「今はどこを勉強しているの?」
持ってきた教本をフィオに渡す。
教育を始める前に、進捗状況の確認をしておかなければならない。
「えっと……ここです!」
「それじゃあ、そこからやっていきましょう」
見開かれた教本をフィオから受け取ったエレインは、フィオが示してくれた該当箇所――二千年前の出来事を語り始める。
「今から二千年ほど前。マルーファス王国に大きな危機が訪れました。悪い魔女が現れたのです。魔女は強大な闇属性魔法を使い、たくさんの人々を死に追いやりました。魔女の絶対的な力の前に、人々はなすすべもありません。そんなときに現れたのが、光属性魔法を使う魔術師――ホリネスです。彼は勇敢にも魔女に立ち向かい、勝利を得ました。マルーファス王国があるのは、彼のおかげといっても過言ではありません」
マルーファス王国で闇属性適性者が忌み嫌われているのは、この昔話が原因だった。
魔女と同じ闇属性適性者は、不吉な存在とされている。
何も悪いことはしていなくても、古くからの慣習によって毛嫌いされてしまうのだ。
そして、対となる光属性適性者は、周囲から好意的な扱いを受けている。
闇属性適性者とは、まったく逆の理由だ。
かつて王国を救った魔術師、ホリネスは、光属性適性者だった。
それゆえに、光属性適性者は非常におめでたい存在とされている。
さらには、光属性適性者が非常に珍しいという希少性も相まって、熱心に崇めたてる人々もかなり多い。
熱狂的な信者によって結成された宗教団体もできているほどだ。
「光属性魔法、とってもカッコイイです!」
光り輝くフィオの瞳には、深い敬意と憧れが映っていた。
(お父さんのこと、本当に尊敬しているのね)
リファルトは、王国内でも有名な光属性適性者だ。
他者の追随を許さないような桁違いの実力を持っており、『王国最強の魔術師』とまで呼ばれている。
父親がそうも偉大な人物なので、鼻が高いのだろう。
(そう思えるのが羨ましいわ)
実は、エレインの身内にも光属性適性者がいる。
しかも、リファルトには及ばないにしろ、かなりの実力を持っているのだ。
ノルン・レルフィール――エレインの妹である彼女もリファルト同じく、光属性適性者だった。
魔術師としての高い能力に加え、可憐な容姿まで持ち合わせている。
一見すると、かなりのハイスペック。
しかし、それらのプラス面を綺麗に消し去ってしまうほどに、本当に性格が残念なのだ。
とてもではないが、フィオのように尊敬する気にはなれない。
心の内にモヤモヤが溜まる。
ノルンのことを考えたせいで、ブルーな気持ちになってしまった。
(集中しなくちゃ!)
今は令嬢教育の真っ最中。
余計なことは考えずに、教えることに集中しなくてはならない。
ノルンのことを頭から追い出し、エレインは教育を再開していく。
一通りの解説が終わった。
そうなったところで、エレインは次の段階へと移る。
「それじゃ、テストするわよ」
「分かりました」
ここまでの内容をちゃんと理解できているのか、その確認を行う。
方法はとっても簡単。
エレインの出題に、フィオが答える――それだけだ。
「……すごいわフィオ! 全問正解よ!」
十問ほど出題したのだが、結果は全問正解だった。
しかも、それだけではない。
全ての問いに、フィオはいっさいの迷いなく即答していた。
問題の後半は、レベルを上げたのにもかかわずだ。
(フィオはとっても賢い子ね!)
魔力の均一化のコツを教えた時からそんな気はしていたが、これで確信を持つことができた。
「よくできました!!」
ご褒美に頭を撫でると、フィオはひどく喜んだ。
(可愛い……。ずっと撫でていられるわ)
可愛さ弾けるフィオの笑顔を、エレインはたっぷり堪能。
教育係としてどうなのか、という問いは、いったん頭の隅に置いておく。