【25話】どうか無事でいて
「ゲストルームの中に、縄で拘束している女がいる。そいつを地下牢に入れておけ」
使用人にそう告げたリファルトは、颯爽と馬に跨った。
続けてエレインも、彼の真後ろに跨る。
「馬から振り落とされないよう、しっかり俺に捕まってくれ」
「はい!」
リファルトの腰に後ろから手を回し、がっしりとしがみつく。
「行くぞ」
リファルトが馬に鞭を入れる。
馬は、ヒヒーン! と大きな声で鳴いてから、勢いよく地面を蹴って走り出した。
(フィオ……どうか無事でいて!)
揺れる馬上で、エレインは強く願う。
他には何も考えられない。今だけは、他のことなどどうでも良かった。
馬を走らせること数時間。
王都から外れた場所にある荒れ地へと、二人はやってきた。
周囲に人影はなく、あるものといえばポツンと建っている大きな教会だけだった。
「この教会が輝光教の本拠地だ。準備はいいか?」
「もちろんです」
間髪入れずに返事をする。
準備なら、もうっとくにできていた。
(すぐに助けにいくからね。待っててね、フィオ!)
馬から降りたエレインとリファルトは、教会の中へと入る。
左右に並ぶ長椅子。
その先には、金色の光を放つ祭壇があった。
教会の内部には、エレインとリファルト以外に人の気配はない。
どうやらこのフロアに、フィオはいないようだ。
「見てみろエレイン。一番奥に扉がある」
「フィオがいるとしたら、あの扉の向こうかもしれませんね」
「ああ。可能性としては高いだろう」
最奥の扉に向けて、ステンドグラスから差し込むカラフルな光に照らされた通路を、二人は足早に歩いていく。
そのとき。
二人が向かっていた最奥の扉が、バタンと開いた。
そこから出てきたのは、白いローブを着た複数人の集団。
彼らはぞろぞろと、こちらへ向かってきた。
「お会いできて光栄です。王国最強の光属性適性者、リファルト・デルドロア公爵」
集団の先頭に立つ、長い金髪をした男が声を上げた。
他の者がフードを被って顔を隠している中、彼だけは素顔を晒している。集団の中でも、特別な役割を担っているように思える。
「私の名は、ルベイロン。輝光教の最高指導者を担っております」
「実行犯は貴様か……! フィオはどこにいる!!」
「ご息女であれば、最奥の部屋にいますよ。偉大なる我らが神、ホリネス様と謁見をしている最中です」
リファルトの眉がピクリと動いた。
怪訝そうな瞳で、ルベイロンを見やる。
「随分と簡単に教えてくれるのだな。……何を企んでいる?」
「いえいえ。そのようなこと、滅相もございません」
ルベイロンの口元に、ニコリとした笑みが浮かぶ。
屈託のないその顔は子供のように無邪気で、裏は感じられない。
(この人、何考えているの……)
あまりにも純粋なそれは、不気味としか言いようがなかった。
警戒心を高めたエレインは、いつでも魔法を放てるように準備を整える。
「あなた様は、光属性適性者の中でも特別な力を持つお方。誠意ある対応を取るのは当然のことです」
「ほう。では、娘を返してほしいという俺の要望にも、もちろん誠意を持って応えてくれるのだろうな!」
「……申し訳ございません」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、ルベイロンは首を横に振る。
瞳の端から飛び出た涙が、床に飛び散った。
「闇属性適性者は、王国に破滅をもたらす者。存在自体が罪なのです。王国を守るためには、葬る以外の選択肢はありません。いくらあなた様の願いとあれど、こればかりは聞けませんね」
「殺人を正当化するか。まったくもって腐っている集団だ」
「殺人? いいえ、彼らは人ではありません。人の形をした悪魔です。罪には問われません」
「……もういい。これ以上貴様と話していたら、頭がおかしくなりそうだ。ともかく、フィオは連れて帰る……!」
「……残念です。しかし、我らも退く訳にはいきません」
ルベイロンが手を上げる。
それを合図として、輝光教の構成員数人が、リファルトに向けて魔法を放とうとした。
(させないわ!)
警戒心を高めていたエレインは、それを見逃さない。
構成員に向けて、すかさず攻撃魔法を放つ。
エレインの魔法を受けた彼らは気を失い、その場に倒れた。
リファルトへの奇襲攻撃は、エレインによって未遂に終わる。
「助かった。感謝するぞエレイン」
「リファルト様は、リーダーのお相手をしてください。他は私が引き受けます!」
「任せろ。すぐに終わらせる!!」
リファルトの全身を、輝かしい白色の光が包む。
常人の域を遥かに超える、とてつもない魔力量だ。
こんなに大規模な魔力を有している人は初めて見た。
「さすがは国内最高戦力。ですが、私とて――」
話の途中。
ルベイロンに向け、リファルトが攻撃魔法――光の球を放った。
その巨大さに見合わぬスピードで飛んでいく光球に対し、ルベイロンは防御魔法を発動。
ルベイロンの前に、巨大な魔法陣が現れる。
しかしリファルトの魔法の前では、防御魔法など意味がなかった。
光球はいとも簡単に魔法陣を突き抜けると、そのままルベイロンに命中。
白目をむいたルベイロンは、うつ伏せで床に倒れた。
「嘘だ……」
「あのルベイロン様が、一撃でやられてしまうなんて!」
戸惑いと恐れの空気が、構成員たちから放たれる。
実力者であるルベイロンがなすすべなく倒されたことが、大きな波紋となっていた。
そんな彼らが次に取った行動は、非常に単純だった。
大きな足音を立てながら、我先にと教会の出口へと向かっていく。
絶対的な強者を前にして、敵うはずがないと判断したのだろう。
教会に残っているのは、エレインとリファルト。
そして、気を失っているルベイロンだけとなった。
「これで邪魔者は全て消えたな。……行こう、エレイン!」
「はい!!」
エレインの手を取ったリファルトは教会の最奥へ向かう。
そこにある扉を、二人は息を合わせて開ける。
扉の先には、巨大な彫像。
その真下には、手足を縄で拘束されたフィオが横たわっていた。
「フィオ!!」
フィオへ向け、エレインは一目散に駆け寄る。
手足の縄を解き、小さな体を力強く抱きしめる。
「エレイン様! 私、とっても怖かったです!」
「ごめんね……本当にごめんね!! でも、もう大丈夫よ!!」
抱き合う二人の瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。
そんな二人を見ているリファルトも、声を押し殺しながら泣いていた。




