【14話】リファルトからのお願い
リファルトとの関係が大きく変わってから、数週間が経った。
関係が変わった初めの頃は、緊張しているせいでうまく喋れなかった。
けれどそれは、日を追うごとに少しづつ改善。
今では、自然に喋れるようになっている。
リファルトとの会話に慣れてきた、というのもあるが、話をするのが単純に楽しいということが一番の理由だろう。
一見すると、リファルトはクールで他人には興味ないような人に見える。
しかしながら、これが意外にも聞き上手だった。
しっかりと話を聞いてくれて、合間合間には相槌を打ってくれるのだ。
話していて、とても心地いい気分になれる。
まさかリファルトに対して、そんな感情を抱くとは思わなかった。
初日の自分に今の状況を話しても、絶対に信じないだろう。
「エレインです。入ってもよろしいでしょうか」
「入ってくれ」
夕食を終えたエレインは、リファルトの部屋を訪れた。
先ほど食堂で、後で部屋に来てくれ、と声をかけられていたのだ。
急な呼び出しとあらば、以前ならおっかなびっくりしていたことだろう。
でも、今ではそんなことはない。
何の憂いも警戒もなく、エレインは部屋に入った。
「よく来てくれたな。実は折り入って、君に頼みたいことがあるんだ」
リファルトから頼みごとをされるのは、これが初めてのこと。
少し戸惑いながらも、エレインはコクリと頷いた。
「魔法学園の講師として、働いてくれないだろうか」
突拍子もないお願いに、エレインはフリーズ。
表情が固まってしまう。
どうしていきなり、そんな話が出てきたのだろうか。
まったくもって訳が分からない。
「フィオは今年、八つになる。来月からは、魔法学園に通わなければならない」
魔法学園というのは、八歳から十五歳までの貴族階級の子どもたちが通う学校のことだ。
王都だけでなく、各地方にも拠点がある。
貴族家の子として生まれたからには、そこに通うのは義務となっている。
「それにあたり、心配事があってな」
「フィオの適性属性ですね」
すぐにピンと来た。
なぜならエレインも、フィオと同じ、闇属性適性者だったからだ。
闇属性適性者は、この王国で忌み嫌われている。
そういう人間が学園に通うとどうなるのか――エレインはそれを身をもって知っていた。
まずもって、周りの人間たちから距離を置かれている状態で、学園生活が始まってしまう。
話すと不幸になる。
目が合うと殺される。
そんな心ない噂が流れ、クラスメイトからは腫物を扱うかのごとく白い目を向けらてしまう。
普通の人たちに比べて、スタート位置がかなり後ろになっているのだ。
そんな状況下では当然、いつまでたっても友達などできない。
結果、浮いた存在となり、孤立してしまう。
エレインにとっての魔法学園とは、そういう場所だった。
クラス中に居場所はなく、唯一の楽しみといえば、魔法についての知識をひとりで深めることだけ。灰色の学生時代だった。
「フィオの性格であれば、周りとうまくやっていけるとは思う。……しかし、どうも心配でな」
「講師として赴任し、充実した学園生活を送れるようサポートする――そういうことですか?」
「ああ。学園でのフィオの様子を、俺に報告してほしいんだ。もし問題があれば、後のことは俺が考える」
「……私に務まるでしょうか」
講師として、うまくやっていけるのだろうか。
そう考えたら不安になってしまう。簡単には首を縦に振れなかった。
「これは俺の所感だが……君は教育者に向いている。令嬢教育の様子を見たときに、強くそう思ったんだ。それにこれは、他の人には頼めない。フィオに強く信頼されている君だからこそ、この役目を任せたいんだ」
熱い感情が湧きあがる。
こんなにも評価されているということが、嬉しくてたまらない。
同時にプレッシャーでもあるのだが、それよりも嬉しさの方が断然に大きかった。
「しかし、無理強いするつもりはない。……大変なことを頼んでいるのは、重々承知している。断ったからといって、責める気などさらさらない。だから遠慮せず、君の意思を聞かせてくれないだろうか」
「承知しました。精一杯、やらせていただきます」
いっさい迷うことなく、まっすぐに答える。
さきほどまでの不安は、きれいさっぱりに消えていた。
「感謝する。本当にありがとう」
「お礼はいりませんよ。私も、リファルト様と同じ気持ちですから」
講師になることを承諾したのは、評価してくれたリファルトの気持ちに応えたかった――ということもあるが、それ以上にフィオが心配だった。
自分と同じような、灰色の学園生活を送ってほしくない。
常にあの、純粋で輝かしい笑顔でいて欲しいと思っている。
(難しい役目かもしれないけど、絶対やり遂げてみせるわ!)
リファルトとフィオのために。
エレインは強く胸に誓った。