7話
美しい庭園の更に奥、木々が生い茂り陰ができて暗い場所へと移動したヨアナとエレンティアは石畳でヒールの音を鳴らす。
湿気も他より強いため、それを好むハーブや花専用となっているこの場所はジメジメと服が肌に張りつくのであまり人が来ない。
だからこそ密談には最高の場所だ。
ただここは宮殿からも庭園からも木々が目隠しをしていてなにが起こっても誰にもわからないという点があるのだが、ヨアナはエレンティアが自分に危害を加えないと理解しているためこの場所へ案内した。
「……さあ、いいわ。思う存分、あなた達の戯言を話してちょうだい。できるだけ手短にね」
そう冷たく言い放つヨアナにエレンティアは疑心に満ちた眼差しを送る。
「あなた……本当にヨアナ様? 淑女の鑑……国家の言いなりになるお人形さんじゃないの? こんなの聞いてた人格と違いすぎるわっ!」
眉を寄せて憎々しげに吐き捨てる彼女をヨアナは鋭く睨みつけ鼻で笑った。
「バカバカしい……。人がおとなしくしていれば人形? ……面倒を避けるためだとは思わないのかしら?」
やはりこの手の連中は極端に視野が狭い。自分たちが正しいと、見たいと望むものしか目に映っていない。
だから、こうしてずっと淑女の仮面をつけて荒々しい本性を隠していたヨアナの姿が受け入れられないでいる。
(でも……この人の場合、少し違うようね)
まるでヨアナがそうであってくれなくてはいけないような口振りだ。
────つまり、彼女の目的は……。
「あなたはピシリアへ戻らなければならないのよっ! でないとあたしがレイエル様と結婚できないじゃない!」
鬼気迫ったように叫ぶエレンティアにヨアナの心はスッ……と冷たくなった。
別にレイエルを狙われたから、ではない。ロードヴァーグ伯爵の養女であるのにそんな私的な感情に突き動かされている彼女が、とても……不愉快だった。
「……あなた、淑女とはなんだとお思いかしら。まさかただの人形でいることが、そうだとでも?」
「は……? そうでしょう? 男たちの言いなりになってにこにこ笑うオモチャのように愛想振りまいて、なにかを命じられたら二つ返事で従う。そんな面白みもなにもない女が淑女よッ!」
(ああ……わかってないのね。“淑女”という牢獄が)
静かに目を細め質問するヨアナにエレンティアはさも当然のように口にした。
それは彼女自身が淑女ではなく、それどころか“貴族の令嬢ですらない”ことを意味している。
ヨアナは口角をあげて丁寧に告げた。
淑女とは、ただの言いなりのお人形さんではないこと。
しっかり自らの頭で考え行動し、もしもに備えて領民に使用人。自分たちの安全となる選択を常に選び取らねばならない過酷な存在であると。
────そして、なにより大事なことは。
「そして、これが一番重要よ。決して、相手に自らの感情を読み取らせてはいけない。本音を悟らせてはいけないの。……あなたのようにね」
そう言ってエレンティアに強い眼差しを向ける。
いまの彼女はボロが出すぎている。それはつまり、付け焼き刃だということ。
いくら出奔した娘の子だとしても元は貴族の令嬢……。こんな大事なことを教えないだろうか。
平民に身を落としていたからといって、幼い頃から教育されてきたことは自身の子にも知らず知らず伝えてしまうのが自然なのでは?
そう思ったヨアナは新たな疑念を抱く。……いや、晴れたと思っていたものが晴れていなかったのだ。
「……あなた、本当にロードヴァーグ家の血を継いでいるの?」
疑問を口にした刹那、彼女の口角が不気味につり上がった。
「────ッ!?」
そのあまりの邪悪さに思わず怯んでしまう。
「……継いでいるわよ。あの老人伯爵の血なら、ね。ただあたしはあの男の娘の子ではないってだけ」
(血は継いでるのに……出奔した娘の子ではない? ッ、まさか──)
「気づいたぁー? そうよね、ヨアナ様なら察しちゃうわよねー? あたしが、あの男の娘だって」
「────っ!!」
あまりの驚愕にさすがのヨアナも瞠目した。
ロードヴァーグ伯爵は確かに結婚しているが娘が十五になる年で彼女は亡くなったとされていたのに、まさか目の前にいるのが……? と信じられない思いで見つめた。
「ははっ! 違うわよ、あたしは庶子。あの男と……獣人の女の間に生まれたの」
「そんな……っ!?」
あの血筋を重んじ、先祖の思いを未だに強く支持して獣人を憎んでいる彼が……まさか……。
「見た目的には人だもの。惹かれた時に獣人だなんて思わなかったんでしょう? きちんと変化ができる獣人なら耳も尻尾もなにもなく、本当にただの人間にしか見えないしね」
変化。つまりレイエルの側近であるヨガンと自分についてくれているメイドたちとの違いは変化が上手いかどうかだったのかと、今更にヨアナは知った。
そしてエレンティアの母はこの変化が上手かったから、ロードヴァーグ伯爵も気づかなかったのだとしたら……。
────正体を知られた彼女は、とても悲惨な目に遭ったのではないだろうか。
そう考えるとヨアナは口をつぐんでしまう。
とても……とても、語らせるわけにはいかないと思った。
ロードヴァーグの名を口にする彼女は、自らの父のことを述べるエレンティアの瞳は……とてつもない憎悪に染まっているから。
これは彼女とその母の傷口を抉ってしまう話題だ。
いくら真相のためとはいえ、それをしてしまうことにヨアナは戸惑ってしまう。
「……お優しいヨアナ様。そしてお可哀想なヨアナ様。国にも利用され、今度はあたしたちに利用され……本当にかわいそう」
呟くようにこぼされたそれに意識をこの場へ戻すと憐れむように、悲しげにこちらを見つめている彼女と目が合った。
その眼差しは先程までとも、レイエルたちの前で演じていた非常識な演技のときとも違う──これが、本当の彼女なのだろうと思わせるものだった。
「ヨアナはどこへ行ったんだ……。ここにもいないとなると、やはり自分の部屋か?」
しかし彼女の香りで満ちた別館、しかもその自室へとなるとさすがに……。
「死ぬな。理性も命も……社会的にも死ぬ気しかしない」
現に側近のヨガンでさえ最近はゴミを見るような目をしてくるときがある。そんな視線を向けられても喜べるのはヨアナ限定だというのに失礼な話だ。
先程のスリッパ発覚事件で頬に真っ赤な手形をつけたままヨアナを探して宮殿内を徘徊しているため、気にしている社会的地位も危ぶまれてきているのだが本人の耳には周りのものたちの声は届いていないらしい。
「イヌ科は大変だな……。番の理解を得られるまで変態扱いされるんだろ?」
「まさかレイエル様もそれに抗えないとはな……。薬を開発してもやっぱり本能が勝るのか……」
「オレほんっと思うわ、イヌ科でなくネコ科でよかったって。ずっと喉鳴らしてスリスリするだけだから最悪鬱陶しがられるだけで済むけど、イヌ科はな……」
「あんなにも冷静沈着で一番帝王様に似ておられたのにな……」
「あの冷たさどこに置いてきたんだろうな……」
ん? てことは同じイヌ科の帝王様も王妃様にはあんな感じだったのか? もしや今もなのか……? などと憶測しては戦慄しているものたちの間を縫ってレイエルは足を進めた。
「くぅーん……」
あまりに探し人が見つからないことに心細くなってしまい、つい喉から母恋しそうな子犬の声が漏れてしまう。
それだけでなく普段はきちんと人型を保てているのにへなった耳と尻尾まで出てしまい、これ以上ヨアナに会えなかったら完全に獣化して子犬姿にまで戻ってしまうかもしれない。
番に出会った獣人は本当に弱く、その相手からあまりにも愛情を返されなかったり会えない期間が長引くと精神負担が大きすぎて稀に幼児化してしまう。
それも人型のほうではなく獣化のほうで。
そうなるともちろん人語は話せないし、ただの動物としてしか行動できないため最も避けるべき事態だ。
「ヨアナぁぁ……」
どこにいるのだろう、愛しの番は。
しょんぼりとしてトボトボ窓際を歩いているとコツンッと固い物が当たる音がした。
「っ……?」
こんなにも心細く寂しい思いを抱えているときになんて空気の読めない音なんだ……と少し怯えてしまった原因のそれに理不尽な苛立ちを感じながらそちらを見ると、そこにいた存在にレイエルは大きく目を見開く。
一見黒が強く主張するもよくよく目を凝らせば白も混じったその小さな、それでいて目付きがとても鋭く可愛らしい鳥には到底思えないのにインコであるそのものは────。
「兄上ッ!!?」
隣国に見舞いに行ったっきりなぜか戻ってこない一番上の兄が、なぜか窓の外から思いっきり厳しい目でこちらを見つめている。
慌てて窓枠を開けると小石が次々に飛んできた。
「いッ……! あ、兄上っ、どうしたんですか……って、ちょっと……兄上ッ!!」
そのまま素早く風のように庭園のほうへと飛び去っていく兄の姿に呆然としていると、ふいに馴染み深い香りが鼻をくすぐる。
「!!!!」
これはヨアナの香りだ。少し清涼感があって、なのに花々の甘い香りがするこれは……!!
(あそこにいるのか……?)
庭園に出たらそのまま別館まで行きそうだったためまだ探してはいなかったその場所に、愛しの番はいるのだろうか。
そして兄はなぜ、その奥へと飛んでいくのだろう。
…………嫌な予感がする。
「ヨアナ……?」
まさか……ついさっき危惧したことが、もう起こっているのか?
「ッ────!」
レイエルは駆け出した。
自分の考えが間違っていてほしいと願いながら、愛しい番がいるだろう庭園へと急ぐ。
兄が奥まで進んだということはそこでなにかが起こっているはずだ。
ならば────。
レイエルは一度階段を駆けおり下の階へ行くと踊り場の廊下を曲がり、すぐの部屋と飛び込む。
そしてそこを突っ切りバルコニーへ出れば三階ほどの高さからそのまま庭へと飛び降りた。
ここからなら庭園への奥へは真っ直ぐ進むだけだ。
木々を激しく揺らしながら疾走するレイエルはだんだん濃くなるヨアナの香りに舌打ちした。
もっと早く宮殿の外へ出ていれば。庭園を探していれば……!
それを考えるだけで握る手に爪が食い込む。
城内ならば安心だと思っていた。過信していた。
────エレンティアがいるというのに。
「あの女ッ……!」
進むごとに濃くなるのはヨアナの香りだけではない。エレンティアという女の匂いまで強くなってくる。
そして、そこに混じる男の臭い……。
もし、ヨアナの近くの空気にでも触れたら……その時は……。
「ガルルルッ……!」
考えただけで低い威嚇の声が漏れる。
口元から鋭い犬歯を覗かせ、レイエルは濡れた土を蹴飛ばした。
「ヨアナ様、あなたにはあたくしと共にピシリアへ来ていただきます。そしてロードヴァーグ伯爵に教えてやるのです。……獣人の恐ろしさを」
エレンティアの本当の瞳だろうあの気配はすぐに消えてしまった。
けれどそう言いながらも時折瞳が揺らいでいるのは彼女もなにかと葛藤しているのだろう。
それが傷との戦いか良心の痛みかはわからないが、それでも彼女は必死になにかを選ぼうとしている。
(……なら、乗ってあげるのもいいかもしれないわね)
きっと自分は伯爵への切り札になるのだろう。
その目的がなにかは知らないが、彼女の本当の狙いはレイエルとの婚姻ではなく……父親なのだろうから。
このことにホッとしてしまうヨアナだがそれでもやはり、レイエルに惹かれていることには気づかない。
いや、あえて気づかないよう見て見ぬふりをしている。
「……私があなたについて行くとして、それでレイエル様が黙っているとでも?」
「思ってませんわ。でも……代わりの花嫁が来るのであれば問題はないでしょう? せっかく戻ったヨアナ様を王が手放すとも思えませんし、今度こそピシリアのための婚姻をすればいいじゃないですか。それがヨアナ様の願いだったのでしょう?」
あれほど否定したのにまだ言うエレンティアに呆れから溜息が漏れる。
「……だから、獣人に代わりはきかないのよ。レイエル様には私しかダメなの。それに国のための婚姻なんて……そんなもの、本当の願いではないと言ったはずよ」
どうしてこうも前に進まないのか……。
頭が痛くなってくる。
「でも、二人は国のことを思うでしょ? だからピシリアの王があなたを返さないと言ったら……ねぇ?」
勝ち誇るエレンティアの言葉は最もだが、このバヤーシア帝国がなにをしたのか国王も父も急いでヨアナの輿入れを進めた。
そこになにが関与したのか、それはバヤーシアの帝王だろう。彼が脅しをかけたかはわからないが圧力をかけたのは間違いない。
だとしたら、ピシリアの王は喜ぶどころか慌てふためきヨアナを追い返すだろう。
だというのに……。
(なにがしたいの……?)
エレンティアの目的は父親への復讐のはず。
なのに頑なにレイエルと結婚しようとするのが理解できない。
(レイエル様は第三皇子よ? 皇太子の第一皇子でなく第三皇子を狙う意味はなんなの……)
彼女の様子からレイエルに恋心を抱いているとも思えない。一瞬疑ったが話しているうちにその線は消えた。
それにヨアナの結婚にも口を出すとなると……人間のどこかの国も今回のことに関わっていると考えるのが妥当だろうか。
そう頭を悩ませていると周囲から草をかき分ける音がした。
城の誰かに見つかったのかと思ったのだが、木々の合間から出てきたのは白いローブを着てフードで顔を隠した数人の男だった。
「ッ…………!?」
なぜ……どうして。
ここは庭園といえど城内だ。
そこへ白いローブ──ピシリアの者がなぜ、いるのか。
「ど、いう……どういうこと……!? どうして……っ!」
これに驚かずにいられるだろうか。
こんなの……こんなことが帝王に知られれば外交問題どころじゃない。即、戦だ。
「さすがのヨアナ様もこれには驚くのねぇ……? あたしに与えられた部屋の前には衛兵たちがいた。それを躱してあなたたちに会いに行ったのよ? 他にも仲間がいるに決まってるじゃない!」
そう言って哄笑するエレンティアにヨアナはやっと危険を意識した。
最初から彼女は自分を力づくにでもピシリアへ連れ去るつもりだったのだ。
(やられたわ……!)
獣人の国にまさか人間が。エレンティアの仲間がいるなんて思ってもみなかった。
彼女ただひとりだけだからと安心してこんな奥まった場所へ連れてきたのに、まさか罠にはめられていたなんて……!
ヨアナが悔しげに唇を噛むとますますエレンティアの笑みは深まる。
ここは自分にとって安全な場所だったはずなのに、逃げ場がない。
そう考えてしまったヨアナは愕然とした。
ここ──バヤーシア帝国を安息の地だと思っていることに。
レイエルは自分を受け入れてくれる、否定しないでいてくれる。
だから安心できるといえばそうだが……この国も?
(どうして……?)
自分の気持ちが、自分でわからない……。
呆然とするヨアナにいまが好機だと思ったのか男たちが距離を詰めてくる。
ぬちゃ……という濡れた土の音がした瞬間、ヨアナの頬を風が撫ぜた。
その疾風は次々に男たちを倒し、エレンティアはなにが起こっているかわからないようで忙しなく辺りを見回している。
風が止み、もとの静けさを取り戻すと……エレンティアがヨガンに取り押さえられ、ヨアナの隣にはレイエルが立っていた。
「なっ……!? なん、……騙したのねっ!?」
叫ぶエレンティアの片方のリボンは取り押さえられるときに外れたのか、水色の髪が地面へと広がり白い頬にも泥がついてこちらを──ヨアナを憎悪の眼差しで睨みつけている。
「レイ、エル……さまっ……」
なにがどうなっているのか状況が把握できないヨアナはレイエルに問おうと彼の腕へ手を伸ばし、
「ふざけるなッ!!!!」
指先が服へと触れようとした寸前で怒鳴られ肩が揺れる。
驚いて彼を見ればレイエルの怒りの形相にヨアナは声が出なくなった。
まさかレイエルが自分にそんな表情をするとは想像すらしたことがなかったのだ。
「お前は自分がどれほど愚かなことをしたか理解しているのかッ!?」
「っ……」
「この女を野放しにしたのはこちらの落ち度だが……っ、それでもだ! こんな場所へ来ることはなかっただろう!」
あまりの正論に。あまりの剣幕に、ヨアナは情けなく……レイエルの顔が見れず俯く。
……確かにそうだ。レイエルはどうしてエレンティアが執務室へ来られたのか疑問に思っていたのに、軽率なことをした。
もっと警戒すべきだったのに、自分を過信した。
……レイエルが来なければどうなっていたことだろう。
そう思うとますます視線は下がり、そんな資格もないのに目が霞んでくる。
「………………」
ヨアナの沈鬱な様子にレイエルもギリッと歯を無理矢理食いしばり言葉を止める。
けれど怒りは鎮まらないようで拳は握り締められたまま……。
重苦しい空気が場を支配するが、ふいに威厳に満ちた声が響き渡る。
「なにをしているんだ。早く連行しろ」
ヨガンでもレイエルでも、もちろん伸びている男たちでもない他の、低く艶のある声がした。
その正体を探ろうとヨアナが顔を上げるといつの間にか自分たちとエレンティアを隔つように、オリーブ色の軍服に黒いマントをつけた白い髪の男性が立っていた。
「だっ、第一皇子様!? いつお戻りに……」
「聞こえないのか。早くそのうるさい小娘を牢へぶち込めと言っているんだ」
ヨガンがギョッとした顔で叫ぶも続く冷たい声に言葉を飲み込み、未だヨアナへと恨み言を吐くエレンティアを強引に立たせて俵抱きすると場を去ろうとする。
しかしそれでもなお、彼女は全身全霊で声を張り上げる。
「獣人との結婚なんて認めないッ!! 人と獣人の番なんてすぐ破綻するわよっ、そんな……そんなまやかしみたいなもの存在していいはずがないッ!!」
「黙れッ!!」
ヨガンに怒鳴られその姿はすぐ見えなくなり、この湿地にはヨアナとレイエル……そして、第一皇子らしい長身の男性のみが残された。
「レイエル、お前もだ。父上に報告に行くからついてこい」
「………………」
「……レイエル」
促すも動こうとしないレイエルを第一皇子は一瞬鋭く見つめ、低い声で再び名を呼ぶ。
レイエルは観念したように一度息を吐くとそのまま彼についていく。
「っ、レイエル様……!」
離れていく姿に不安を……寂しさを感じたヨアナは思わず声を発していた。
それでも振り向かないレイエルに腕を伸ばし、再び名前を呼ぶも……ついにこちらを見ないまま、彼は兄と共にこの場から消えた。
「ど、して……?」
ポタポタと、なぜか涙がこぼれる。
レイエルに嫌われたかと思うと、胸が抉られたように痛い。
もう二度とこちらを向いてくれないんじゃないか。もう、自分を愛してはくれないんじゃないかと思うと……怖くて仕方がない。
「レイエル様……っ」
どうしてこんなに胸が痛いのか。どうして彼に嫌われたくないのか。
────そんなこと、考えなくても……決まっているのに。