14話
少し後半ヤンデレが入っているので、苦手な方はお気をつけください。すぐに消える予定ではあります。
※長男の名前を間違えていたので修正しております。申し訳ございません!※
「どうしてヨアナを行かせたッ!!」
鋭い声が暗い廊下へとこだまし、続いて人を壁に叩きつける鈍い音がした。
ここはバヤーシアの王宮にある地下牢へと続く石壁で囲まれた長廊。
暗く冷たい場所はとても王宮から続いているとは思えないほど殺風景で、明かりも等間隔で灯されたろうそくがあるのみだ。
ただ床には王族が歩くこともあるからか、それとも廊への歩みを囚人へ聞かせないためか、濃紺の絨毯が敷かれている。
ふちを金色で織られ、刻まれている模様も同色。これは昔の──百年前の王家が使っていた紋。
特にこれを愛用し、自らの持ち物すべてにしるしていたという話が“残っていた”因縁の王の気に入りのものだ。
彼は自分が王になってからはこの紋を他の王族が使うことを一切許さなかった。父や兄弟姉妹にも、そして妃や子供にまで禁じた。
そのためいまではこの紋は愚かな王を指し、彼個人を指す言葉なき言葉となっている。
それを、地下牢へ続く道へと使っているのだ。
なにもいまの帝王が指示したことではない。
少し古びているそれは、過去からずっと百年前の王へ良い感情を抱いていないことを物語っている。
まるでお前も囚人だと言わんばかりの所業だが、その通りなので後世の王族が取り払う気はサラサラなかったのだろう。
もちろん、いまの帝王やその息子たちも他のものに変える気は一切ない。
直接裁かれなかっただけに、罪は重いのだ。
死んでも消えることはなく、脈々と続いていく。解放されることなど決してない。そしてこの想いはきっと、彼の魂を縛る楔となるだろう。彼を苦しめ、痛めつけ、そして慟哭をあげさせる凶器となるのだ。
そんな怨嗟の念が聞こえてきそうな重苦しい場所にいるのはもちろん、レイエル。そしてレイエルの大切な番をひとり勝手にピシリアへと送り返した、皇太子であるレシェールの二人。
眼差しに憎悪と強い焦燥を宿したレイエルはその思いのままに、兄の胸ぐらを手が白くなるほどに掴み上げる。
「どうしてヨアナをひとりで行かせたッ! 百年前の……っ、あの男の子孫が狙っているのを知っていてよくも……ッ!!」
「ひとりじゃない、その子孫の女も一緒だ。今頃女二人の旅を楽しく満喫してるんじゃないか?」
「貴様……ッ!!」
牙を剥いて喉奥でグルル……ッと低い唸り声をあげているレイエルに対し、いつも通り──むしろ挑発するような言葉を投げるレシェールの顔は冷めきっている。
こんなにも怒る弟が心底理解できないという態度がまたレイエルの怒りを増幅させ、腕に力を込めさせる。
さすがにレシェールも苦しいのか眉を寄せるも、まだその顔から余裕が消えることはない。
レイエルより小柄なため、いまやつま先が床から離れてしまいそうなほど持ち上げられているにもかかわらず、いまだ弟に向ける視線もまとう空気も冷たいままだ。
そして弟を煽る言葉はやめない。
「相談もされなかったくせに、オレに当たるのか?」
「っ……!」
ビクリとレイエルの手が震える。
それはまさに、まさに……一番、自身の胸を苦しませていることだったから。
まるで見えない氷塊に貫かれたかのように身体を硬直させ、顔をひきつらせる弟に、しかし配慮してくれるような皇太子ではない。
そもそもそんな優しい兄ならこんなことをしないわけで、レシェールはほら見たことかと言わんばかりに口角をつりあげた。
「きちんと信頼を築けていなかったお前の落ち度だろう。オレに当たる前に自らの頼りなさをどうにかしろ」
「────ッ!!」
この言葉は、深くレイエルの心を突き刺した。
そのせいで敵を掴む手から力が抜け、解放してしまう。
だけれどそれを気にする余裕はいまのレイエルにはなく、沈痛な面持ちでうつむくしかなかった。
それだけ、兄の言葉は正しかったから。
望まれていない“番”という存在。
この言葉を発してしまった自分のせいで、ヨアナは巻き込まれなくてもよかったことに巻き込まれ、そしていまも危険のなかにいる。
すべてはレイエルのせいなのに、そんな相手に相談なんてできるはずも……しようと、思うことさえあるわけないのだ。
(俺の、一方通行なのに……)
彼女が自分を想っていないのは知っている。
でも抱きしめたり、膝に乗せていたりしても嫌がってはいなかった。
たしかに最初の頃は戸惑いや羞恥、呆れや混乱など様々な感情が匂いから伝わってきたが……それでも、本気で拒否されたことはなかった。
匂いでわかるのだ。番だから。大切な番だから、本気で嫌がられたらショックで身体が動かなくなる。
ヨアナがバヤーシアに来た当初は脅迫のこともあったからとはいえ、散々な態度だったと自覚している。
その頃に向けられた嫌悪感や怒りの匂いはこちらを萎縮させ、まるで雪山に裸で放り出されたような感覚にわずかにも身体が動かせなかった。
体温が一瞬にして奪われるのだ。心からも、肉体からも。
たとえでよく冷水を浴びせられたなんて言うが、それ以上の衝撃だ。冷水でなく永久凍土に閉じ込められたような、自分が生物でなくなるような感覚。
あれで動けるものがいるなら知りたい。
だからこそ、わかる。最近のヨアナは呆れはしても嫌がってはいなかった。むしろどこか、気のせいかもしれないが喜んでいたような気さえする。
彼女の香りはまさに花畑なのだ。
様々な香りに変化して、とても楽しい。
甘いものから酸いものまで、様々な香りの花があるようにそれらすべてが合わさった素敵な香り。
なのに、近頃は甘さを増したとても可愛らしい匂いをしていた。
未だに薬を服用しているのにわかる香り。いかに番という存在が獣人の本能を刺激する存在なのか、恐ろしいといったらない。
だからこそ、百年前の皇太子の辛さは簡単にわかったと言えるようなものではないし、気が狂わなかった彼がいかに自らの番を愛していたかも理解してしまう。
すべてを受け入れてしまえるほどに、自分を蔑ろにしてしまうほどに……愛していた。
そんな存在を失って一気に狂ってしまったようだが、それでも彼は強靭な精神の持ち主だった。
なのに自分は…………。
そう思うとますます身体が前に傾いていくのに止めるすべもない。気力もない。
そんなレイエルをどう思ったのか、レシェールは乱れた服装を正しながら呆れたように告げる。
「……オレは皇太子だ。国のためならなんでも利用するし、なんでも犠牲にする」
突然の兄の言葉にレイエルはやっと、重い顔をあげることができた。
その情けない顔を見てレシェールは苦い表情をしたがすぐ目をそらし、背を向けて歩き出す。
「………………お前は身軽なんだから考えろ」
吐き捨てるような言い方だったが、その意味をすぐさま理解したレイエルは一瞬のうちに獣化して、愛しい番のもとへと颯爽と駆け出した。
そんな末弟を石廊を出たすぐの壁の影から見ていた“二人”の兄。
ひとりはレシェール。そして次兄である、セレディシェアだ。
ヨアナが城にいない、国から消えたことに気付いたレイエルが怒りの形相で長兄に迫るのを抑えながら、ここへ誘導したのは彼である。
そして一部始終をずっとこの場所から見守っていた。
見ていないとレイエルがなにをするかわからなかったからだ。
「おォー……やっと行ったな。最初から匂いを追いかけてればよかったのに」
「あいつがそんなことするわけないだろ。誰よりも獣人の本能を嘆いているのはあいつなんだから」
ため息混じりに呟く兄にセレディシェアは顔をひきつらせた。
それがわかっていてあえて挑発するレシェールの性格の悪さにドン引きだ。
「お前が助けに行くのがわかってるからだって言ってやれよ……」
いくらヨアナを試している最中とはいえ、さすがに弟の番を危険なピシリアへ単独行かせるほどレシェールも鬼ではない。
必ずレイエルがあとを追うとわかっているからこその行動だ。
兄ではなく皇太子として、次代に国を担う者として、二人には試練を課さなければならない。
ヨアナだけでなくレイエルもまた、番を持つにふさわしいのか試されている。
「なんのことだかわからないが……行動が遅いな」
レシェールの呆れた物言いにセレディシェアも同意するよう頷く。
「それにまさかヨアナ嬢が一言も相談せずに行くとも思わなかったな……」
“普通の”令嬢であれば婚約者、番には相談するものだろう。
なのに彼女はしなかった。
これがすでにヨアナの異質さを物語っている。
「自己犠牲主義者が皇子の番では困る」
苦虫を噛み潰したように眉を寄せる皇太子の吐き捨てるような言に、セレディシェアは納得したように声をあげた。
「ああーッ!! なるほどなっ。百年前と似たことになりかねないもんな」
百年前の番の女も皇太子に一言もなく勝手にピシリアへと赴いた。
そうして起きたことは悲劇でしかなく、問題は愚王とピシリア国だけでなく番側の危機管理能力の欠如もまた、ひとつの要因となっているのだ。
「まっ、そこはピシリアでよく二人で話し合ってもらえばいいだろ。それで改善しないなら可哀想だけど、引き離すか認めるか考えないとな」
明るく告げるセレディシェアが一番ひどいことを言っているものの、王族の一員が勝手な判断で行動するといいことは起こらない。
それに番同士ともなればヨアナが勝手をすればレイエルが引きずられる。
これだけは避けなければならない。なんとしても。
そんな二人の兄の思惑もなにも知らないまま、レイエルは獣姿で夜道をひたすら走った。
まだなんとか追えるかすかな番の香りを辿って。
(ヨアナ……ッ!)
残り香というには薄いそれは、不安と恐怖。そしてこちらが辛くなるほどの決意を伝えてくる。
──こんなもの、させたくなかったのに。
いくら番だと言った自分のせいだとしても、バヤーシアとピシリアの問題に関わらせたくはなかった。
あのパーティーでヨアナはとても辛そうだったのだ。
本人も自覚していなかったようだが、それでも寂しそうで……堪らなかった。
だから気付けば叫んでいた。俺の番だと。だから共に来いと。
なのに、結局は辛い思いをさせてしまった。
まさか人間との番を許さない一派がいるなど思ってもいなかった。
獣人にとって番は大切なのに、まさかその相手が人間だからと否定されるなど思ってもみなかった……。
最初こそピシリアの人間だからかと思ったがそうでなく、その種との番が問題だなんて……。
「グウゥゥゥ……ッ!」
己へ向けた憤り。ヨアナに相談されなかった悲しさ。
このすべてに言葉にできない激しい感情が胸に渦巻く。
けれどいまは牙をむき出しにして低く唸るしかない。一刻も早く、ヨアナのもとへ向かわねばならないのだから。
そうして地を蹴る前足にさらに力を込めたそのとき、背後から自分を追ってくる複数の気配に気づいた。
レイエルの知る匂いではない。こちらに友好的とも思えない。
(こんなときに……ッ!!)
急いでヨアナのもとへ向かいたいのに入った邪魔は、想像以上にこちらの感情を荒ぶらせる。
全員噛み殺してやろうか……。
そんな獰猛な考えが浮かぶほどに、レイエルは殺気立っていた。
友好的でないとしても、相手は同じ獣人なのに。
けれど彼らは異国の──ピシリア王国の匂いをまとっていた。
つまり、帝国民でない可能性が高い。
(入り込んだピシリアの残党か……)
まさかやつらに獣人が加担していたなんて……いや、不思議ではないのかもしれない。
バヤーシアにいる人間との番を認めない一派。そしてヨアナを連れ帰りたいと思っているピシリアの人間との意見は、合致している……。
「ウ"ウゥゥ……ッ」
立ち止まっている時間なんてない。
いまこのときもヨアナは不安でいっぱいだろうから。早く行って抱きしめてやらないと……。大丈夫だと安心させてやらないといけないのに……。
────邪魔だ。
かといってこのままピシリア王国へ行ってしまえばヨアナを危険にさらすことになる。
きっとあちらでヨアナがすぐ危険に陥ることはないはずだ。
ならば……ここで、敵を殲滅しよう。
まだバヤーシアの国境は越えていない。ならばヨガンか兄たちが気づくかもしれない。
特にいまは二番目の兄がいる。
セレディシェアはいってしまえば戦闘狂だ。いつも荒事に飢えている。
血の匂いにも敏感だから頼んでもないのに勝手に駆けつけて参加しようとするだろう。いつもそうだった。
なら、必ずという当てはないがひとつの希望としてそれまで場を繋ぐしかない。
何人いるかは遠くてまだわからないが、ひとりで殺れそうなら殺ればいい。
奇襲には奇襲だと、レイエルは近くの木の上で敵を待ち伏せることにした。
そして、やってきたのは────……。
* * *
「レイエル様ッ!?」
こんなにも大切で大事な番の声が、心をささくれ立たせるとは思わなかった。
驚きに見開かれた美しいアメジストの瞳も、可憐な声を発する唇も、こちらを振り向いたときに風に舞う軽やかな金の髪も。
──そのすべてが、憎らしくてたまらない。
ヨアナの決意を知っている。恐怖も不安も、知っている。
だから本当は大丈夫かと、自分が来たからもう安心しろと優しく抱きしめてやりたかった。強がらなくていいのだと、ひとりで抱え込まなくていいのだと、そう……伝えたかった。
なのに、どうして自分はこんなにも情けないのだろう。心が狭いのだろう。
毅然と王女を守る姿に、ひとりでも平気そうなその立ち居振る舞いに……ひどく腹が立って仕方ない。
責めるつもりなんて一切なかった。
だってヨアナは確かに心細かっていたから。怖がっていたから。たったひとりで頑張ろうと、悲しいぐらいに決意していたから。
それを知っているのに……。追いかけているときに、確かに匂いで感じていたのに……。
(なのに、俺は────)
ヨアナを、どこかに閉じ込めたくて仕方ない。
これをすると決定的に自分たちの関係を壊すとわかっているのに。彼女の心を殺してしまうと理解しているのに。
それでも、平気そうな姿や勝ち気な瞳が……どうしても、苛立って仕方ないのだ。
もうひとりの自分がそれは誤解だといくら言っても。
平気なわけがないと知っていても、それでも……グツグツと醜く暗い感情がこみ上げてきて制御しきれない。
いますぐこの場からヨアナを連れ去ってしまいたい。そして誰も知らない場所へと閉じ込め、自分以外との交流を絶たせたくて仕方ない。
……どうして他の者がヨアナの傍にいる? 俺はいられなかったのに。
どうしてヨアナにあの女は守られている……? 本当はヨアナが守られるべきなのに。
どうして……どうしてっ、あの愚かな人間の王はヨアナと馴れ馴れしくしているんだ?
わかっている……わかっているのに、こんなものは勝手な想いだと……嫉妬だと、わかっているのに……。
『きちんと信頼を築けていなかったお前の落ち度だろう』
兄の声が頭にこだまする。
自身の情けなさ、未熟さ、自分勝手さを指摘して止まらない。
様々な感情で潰れてしまいそうだ。
「レイエル様……?」
心配そうなヨアナの声に戸惑いがにじんでいる。
早く、収めないと。この醜い感情を封じ込めないと傷つけてしまう。
わかっているのに、わかっていたのに……自分の口から発された声の低さに、ゾッとした。
「帰るぞ」
「────ッ!」
(ああ…………)
きっと、自分はとても冷たい目をしているのだろう。
息を飲むヨアナに、そう悟った。
────もう、戻れないかもしれない。
あの穏やかな、関係には。
お待たせしすぎてしまいましたのにこちらの話数までお読みくださって、誠にありがとうございました。
次回から更新は水曜、時間帯はこれぐらいに固定しようかと思います。今までご不便おかけいたしました。
これからもお付き合いくださる方がおられましたら、よろしくお願いいたします。




