✿ 第38話(前編):彼らと私たちは
「戻ってきたか、おかえり」
「2人とも大丈夫だった?」
「もー、全然大丈夫じゃないですよ!」
ふぅ、と一息ついて魔道遺物を机に置くと、春風は変装魔道具を外しながら先生に声を飛ばす。私も魔法科室の扉を閉めてから、その魔道具を先生に返した。
「この魔道遺物は、一体どう言う物だったんですか」
静かな空気が、教室に漂う。穏やかな風が頬を撫でると、八雲先生は机の引き出しをガラガラと音を立てて開いた。私たちより大きくてスラリとした手の中に握られた物を見て、はっと息を呑む。
「これは、我が家に代々伝わる物でね。歴史的な物と言う事だけは分かっていて、当時では相当高等だった保護魔法まで施されていた」
丸く整った、ごく普通の石。
でもそれはただの石じゃない。
「日記と一緒に遺されていた物なんだ。それ自体は途中で終わっているんだが……記された内容によると、御先祖様はそこの魔道遺物と深い関わりがあったらしい。良い事ばかりでは無かったみたいだけどな」
「先輩の家に遺るものとの関連で〝過去の聖君様と関わりのある品〟とされて、それで魔法省が預かる事になっていたんだ」
先生たちは、私たちへ静かに語る。でも、私は言葉のひとつひとつを、まるで遠くから聞いているみたいに受け止めていた。あの光景が、まだ頭の中から消えていない。何だか、大正時代の記憶の場所へ自分だけ取り残されてるみたいだ。
「……私たち、知っています。相棒契約をされた方々の記憶を、さっき見ましたから」
私がそう告げると、先生たちはぴたりと動きを止めた。信じられないと言う表情をして。
「え!? 記憶を見た……って、一体どういう事?」
「先生と同じように動かしても微動だにしなかったんですが、その天秤に2人で魔力を注いだんです。そうしたら錆が綺麗になって」
和泉先生の言葉に、私はありのままあった出来事を話す。すると春風も身振り手振りをしながら説明を始めた。
「そうなんです、その後私が箱を続いたらツルッと簡単に動いちゃって! そんでいきなり私らの魔力がドバーって動いて、石に光の文字を書いた後にピカ~っと光ってて!」
「……それで、気がついたら彼らの記憶が流れてきました。その時代にタイムスリップをしたように、細切れに映像が流れていく感覚で」
ツルッドバっピカっ~と言う語彙センスに、隣にいる私ですら少し笑いそうになる。でも、そういう所が春風らしい。
私は抽象的な彼女の言葉へ付け足しながら、少しずつ説明をして行った。大正時代の光主様と、その従姉弟のお姉さん……世界に忘れられてしまった、とある相棒の物語を。
*
「へぇ~、この魔道具がそんな風に作動を……それに、記憶を見れると言うのも珍しいなぁ。俺たちに使えなかったのも、彼らと2人の相棒契約が鍵だったんでしょうか?」
「あぁ、その可能性が高いな。やはり、契約を結んだ者にしか開けられなくなっていた……そしてそれが、二大魔法を扱う者である必要があったと言うのが濃厚だろう」
先生たちは口に手を当てたり腕を組んで考えながら、そう呟く。誰にも動かせなかった魔道具だから、作用したらどうなるかは良く分からない物だったんだろう。
それでも魔法省で保護しておきたい〝魔道遺物〟とされていたのは、八雲先生の持っている石と残された日記のおかげだ。
「日記に書いてあった言葉は古くて達筆で難しいけれど、しっかり読み込めばちゃんと分かる内容でな。このお方は昔に相棒契約を交わした……と言う事は分かっていた。そして、その結末も」
少し目を伏せながら、そっと言葉を零す。すると八雲先生は、さっきとは違う戸棚をパカッと開いて、紙を入れるファイルのような物を取り出した。
紅色をした布製のファイルから取り出したのは、黄土色になって端が少しボロボロとなりかけている数枚にもなる紙の束。穴が空いた所には、黒い紐がギュッとリボン状に結ばれていた。
先生は私たちにそれを見せると、スっと文章に指をさす。その文章はカタカナ混じりな上に達筆で、どういう意味かも読み解くのが難しい。私でもパッとわかるのは『七月八日』のような日付と『晴天・雨天・日本晴』と言う天気の説明ぐらいだった。
しかし、その隣には綺麗な白い紙。誰かが現代語に翻訳した文章を挟んであるみたいだ。
『あの子は、今日も笑っているだろうか』
『私の肌は青く淡黄色で、今も尚宝石のように輝いたまま』
『時折胸が痛むけれど、私は大丈夫。光主様が元気ならば』
『結誓の儀を解いたら、この記憶が消えるかもと聞いた』
『そんなのは嫌。この記憶は、永遠に私の宝物。手離したくない』
『私たちは、これからもずっと……相棒なのだから』
その言葉は、さっきの記憶で見た時に聞いたものと似ている。光主様は契約を解除する最後の時、同じような事を彼女に言ったいたから。彼女も、相棒と同じ事を思っていたんだ。
互いに思い合ってその記憶をずっと大事に抱えていたのに、互いの事を思っていたからこそ、最後は……。
最後に2人が見せた表情と、寂しげな声色。あの瞬間が、何度も再生される。まるで、自分の未来を見せられているみたいで、胸が抉られるような気分だ。でも……同時に、羨ましいとも思った。
だって、あの2人は最後の最後まで、お互いのことを想い合っていた。本音でぶつかり合っていたから。
「先輩はね、2人が相棒契約をしてるって聞いた時に御先祖様の日記を思い出したみたいなんだ。ずっと心配してたんだよ、彼らのように辛い思いをする事になるんじゃないかって」
「あぁ……でも、いきなりあんな言い方したら良くないと和泉に言われてしまったよ。真面目な事は厳しく伝えるべきだと思ったが、私は教師失格だな。申し訳なかった」
「いや、私も凄い怒っちゃったし……お互い様だから、謝らないで下さい。それに……」
すると、長い間黙りこくっていた春風は、ポツリポツリと少しずつ呟いた。
「私、この2人の気持ちが分かるんです。さっきは契約辞めないって先生に怒ったし、花柳にも辞めるって言われたくないって伝えたし……でも、同じ状況だたら、私はあの人と同じ事をすると思う。花柳が辛い思いをするのは、私も嫌だから」
あんなに怒っていたのに、私の為なら契約を辞める?
どうして、そんな事を言うんだろう。私はそんなのこれっぽっちも望んでいない。
……きっと、私はあのお姉さんと同じなんだ。自分が大変な思いをしても、相手が楽しく過ごしているだけで幸せな気持ちになれる。そして、相棒と居られるこの時間を、絶対に手放したくない。
「だから、もし相棒で居るのが君にとって辛かったら……記憶がどうなるか分からないけど、この関係は……」
穏やかな風が、また窓から吹いた。それが私たちの髪の毛を揺らして、影に隠れていた表情を映し出す。いつの間にか伸ばしていた腕は、彼女の腕をぎゅと掴んだ。そのままどこかへ、飛んで行ってしまわないように。
「花柳?」
私はいつも、自分の気持ちを言葉にしない。言わなければ気持ちを自覚をしなくて済むし、他人にも悟られないから。今だって喉が焼けるように熱いし、口を開くだけで声が震えそうになる。心臓の音だってずっとうるさい。
でも、このままじゃダメだ。だって、あの光景が頭を離れてくれない。契約を解く時に震えていた2人の肩も、零れる涙も。あれが間違いだったとは思わない。でも、あんな風に何も伝えられないまま全部終わるなんて、絶対に嫌。
言わなきゃ……今、この気持ちを――




