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魔法使いの相棒契約  作者: たるとたたん
三章 不滅を誓うあの日の僕ら
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✿ 第37話(後編):僕らの絆は永遠に







『……あら。もう誤魔化しきれないのね』



 彼の力を受け入れ続けていた彼女の器は、もう限界だったらしい。化粧で隠された肌の下は、淡黄色や彼女の水魔力の色が透けて光っていたのだ。それは美しい宝石のようでありながら、とても痛々しい姿だ。

 でも、彼女はそれを誰にも言わなかった。どうして言わないままなのか……なんて、私には聞かなくても想像がつく。もし本当にそうしてしまえば、きっと光主様(こうしゅさま)は傷つくからだ。彼女の愛情が、それを許さないのだろう。


 本当にそうだとしたら、彼女の気持ちは痛い程分かる。だって私も、光魔法に触れて春風に看取られる自分のような光景を見た事も、大切な人が自分の手で居なくなる夢を何年も見てる事も、誰にも言った事が無いから。

 そんな事を伝えて、大切な人に悲しい顔をさせるのは……とても嫌だと思う。



『でも良かった、もうすぐこの学び舎から離れる事が出来るもの。彼が壊れてしまうくらいなら、私が砕けた方がいい。あの子の未来は、私が絶対に守るのよ』



 当時日本の魔法世界では、女性はあまり進学せずに家業を担う人が多かったらしいく、彼女もその内の1人だった。

 魔法学園に長く残る光主様と、実家へ戻るお姉さん。卒業をしてしまえば自然と疎遠な時間が増え、共に居られる事も無くなって行く。昔は2人で居た倉庫にも、自然と行かなくなっていた。



『……?』



 でも、光主様はずっと違和感があったらしい。成長を続けるに比例して魔力も増えるはず。それは周りを見ていれば良く分かったのに、自分にはその兆候が無い。かと言って、魔力の器が広まり過ぎた感覚も無い。

 それで思い出したんだ。自分がどうして寝込んでいたのか……そして、治った時のお姉さんの行動を。



『契りを結んだことで、僕の力が彼女の器を壊す刃になってしまったんだ……姉上は、ずっとそれに耐え続けて……』



 真実に気づいた光主様は、ある日叔父(おじ)の家を訪れた。一面広がる畑に木の枝と呪文で水をやるお姉さんに、彼は全力で走って肩を掴む。お姉さんは目を丸くして、どうしてここに居るのかと問いた。でも、彼はそんなのお構い無しに激しい言葉を投げかける。

 土で擦れた化粧の下の、美しい水色を見つめながら。



『ごめんなさい、姉上! 今まで僕は、何も貴女の力になっていなかった……いつも貴女が守ってくれていたと言うのに、僕は……』

『もう、気にしなくていいのに。(わたくし)は平気で、』

『全然平気じゃありません!』



 木の枝をギュッと握り締めて、彼は言う。



『姉上、僕との誓いを解いて下さい』

『……嫌よ。(わたくし)は絶対に嫌』

『何故ですか! 僕は姉上に辛い思いをして欲しく無いのです、誓いを解けば元気に……』



 その瞬間、彼女は視線を落とす。ただひたすら地面を眺めながら、淡々と言葉を零した。

 


『聞いた事ない? 誓いを解くと、一部の記憶が書き換えられるかもしれないらしいわ。誓いを立てた相手との記憶が』

『記憶……!?』

『そうよ。思い出も、何もかも……(わたくし)は、貴方との思い出が消えるなんて嫌よ。だって大事な従弟(おとうと)と紡いだ、幸せな記憶だものッ!』

 


 そう呟いて、彼女は大粒の涙を零した。握られた2人の手の上にポタポタと落ちると、肌を伝って地面を濡らす。光主様は、風に吹かれる木の葉の様に表情が揺れ動いていた。



『この肌じゃ嫁の貰い手は居なくとも、家業はずっと続けて行けるわ。お兄様やお姉様も居るし、水の力があるのは我が家で(わたくし)だけだから』


『……いずれ僕が真に優れた光主になった時、真っ先に貴女の元へ参りましょう。そして、この身を(もっ)て姉上の肌を癒します。誰かのお嫁に嫁がれる時は、誰よりも祝福いたします。僕と姉上は、これからもずっと……結誓(けっせい)を交わした、大切な相棒なのですから!』


『あい、ぼう……』


『はい! 僕と姉上の絆は、永遠にこの地へ残り続ける。だから、絶対大丈夫です!』



 うるうると瞳を緩ませながら、彼はそう言った。涙声は田舎に響いて、静かな空気を震わせる。光主様はキッと目に力を入れると、地面に落ちていた2つの丸い石を拾い上げる。そして、大きな声呪文を唱えた。



『〝光よ、この石へ僕の想いを(つづ)れ!〟』



 その瞬間、木の枝から淡黄色の光が黄金の文字を書き始めた。まるで、機械でレーザー文字を書いているみたいだ。彼女がぱちりと瞬きをしながらその様子を眺めていると、書き終えた石を彼女の手へ握らせた。



『この石を、大切に取っておきましょう。そしていつか、子や孫に継承するんです。僕らの誓いがあったと言う事実を、後にも残すために』

『……えぇ、分かったわ……っ……』

『ずっと無理させてごめんなさい、姉上。今までずっと……ありがとう』



 そして光主様は、相棒契約を解いた。


 一方的に解除をしたように見えたけど……もしかしたら彼女も、心の内ではこの結末を望んでいたのかもしれない。そんな互いの想いが重なった結果、解くことに成功した……2人の息が吸いやすくなって楽になれるような、そんな結末。

 それでも、相棒だった頃の思い出を断片的にしか覚えていない彼らを見るのは、他人の私ですら辛いものだった。


 光魔法が関与した契約だったせいなのか、学園でも契約していた事実すら忘れ去られている。しかし、光主様の(ふところ)には解いた時に互いへ残した、あの石が大切に仕舞われていた。

 本人も、それが何なのかを思い出せないまま。



『卒業前に建物を回っていたが、ここが最後か』



 何回目かのシーンの切り替わり。いつの間にか離れていたあの魔道遺物の目の前に、私たちは戻っていた。

 最初に見た記憶の中の倉庫より、物が増えていて埃っぽい。きっと、2人以外に使ってる人が居なかったんだろう。相棒たちの思い出も、この場所に置き去りにされている。



『ん? この天秤は……何だろう。おぉ、後ろには箱が付いているのか!』



 棚の上に置かれた天秤を、一息ついてまじまじと見つめる。私と春風(はるかぜ)は、ただその様子を眺める事しか出来ない。



『はぁ……何故だろうな。お前を見ていると、酷く懐かしい気分になるんだ。学び舎を去る前で、感情が(たかぶ)っているのだろうか。この石も、見ていたら涙が出そうになる……大事なものが抜け落ちたみたいな……なんて、感傷的になり過ぎだな』



 それは、さっきと違って見た目はただの石だった。しっかりと光魔法の文字が刻まれたはずなのに、その姿は表さない。

 皮肉な事に、彼の頭からは〝この石を子孫に遺す〟と言う決意すら、記憶から無くしてしまったのだ。



『……そうだ。この石、お前が持っていてくれよ。これから世界中を回っていたら、いつか何処かにやってしまいそうなんだ。僕はこれを、絶対に無くしたくない。それに、理由は分からないけれど……これはお前に持っていて欲しいと、何故かそう思うんだ』



 そう言いながら、彼は微かに微笑んだ。すると、その言葉を受け入れたみたいに、箱の扉が開かれる。ガチっと重苦しい音が響くと、彼はその手を箱へと伸ばした。

 


『その前に、まずは姉上の元へ行かねばな。皮膚の治癒(ちゆ)をして欲しいと、叔父(おじ)様に言われていたんだった』



 そして彼が石を仕舞う瞬間、世界がグルっと回転をした。私たちの意思など関係もなく、音も視界も何もかもを、連れて行ってしまうかのように。




 *




 ふと世界が明るくなると、私は瞬きをしながら天井を眺める。どうやら春風も一緒に目を覚ましたらしく、また2人して地面に横たわっていた。(だる)い身体を静かに起こすと、布の擦れる音が響く。



「私たち、戻ってきたのかな」

「この埃と汚れ具合は、戻ってきたみたい」

「……」



 私たちは、魔道遺物を眺めながら少し沈黙した。さっきまで見ていたあの人たちの記憶が、頭から離れなくて。

 私たちと同じように……相棒契約をした人たちの、美しくて幸せな、とても悲しい結末が。



「……あ、スマホも付くよ。てか5分しか経ってないし!」



 そう言われてスマホを眺めると、確かにその画面は時間がほとんど進んでいなかった。圏外だったのも直って、外も明るい。

 人生の中で、ごちゃついた倉庫を見て安心する日が来るとは思わなかったけど。



「凄かったね……何と言うか、壮大な映画を見た気分。てか、2人はあの後どうなったんだろ……花柳みたいに、今も子孫とか居るのかな?」

「確か、大正時代の聖君様に子孫は居なかったと思う。あのお姉さんは、分からないけど」

「そっか、そうなんだ……何か、ちょっとだけ寂しいね」



 相棒契約を解除したら、記憶が書き換えられる。契約の仕方や使い方によっては、魔力が器の許容を越えて日常生活が困難になる。

 そんなのどっちも、春風に有り得る事だ。それに私たちは、どちらの二大魔法も(光・闇)使えてしまう特異体質で、その上歴史上で初めて同い年に生まれた光と闇の魔法使い。変な事が起こってしまいそうな、嫌な要素のオンパレード。

 

 それならやっぱり、相棒契約は解除しない方が――



「とりあえず、この魔道遺物持ってこっか」

「うん」



 春風はそう言って、天秤と箱のくっ付いたそれをひょいっと持ち上げる。訪れた時に微動打にしなかったのが嘘みたいだ。


 

「ちょ、まって危ない!」

「へ?」


 

 彼女がそれを持ち上げた拍子に、箱の中に仕舞われていた石が落ちかける。この怠さと運動能力の無い体じゃ絶対にキャッチできないと(さと)り、私は地面に着くすれすれで「〝風の抱擁(ほうよう)!〟」と早口で唱えた。

 すると、石は地面へ落ちる前に緑色の光に包まれる。



「セ、セーフッ!」

「じゃなくて、ちゃんと気を付けてよ。魔道遺物なんて貴重な物壊したら、絶対高額弁償になるからね?」

「……ありがとうございました花柳様!」

「分かればよろしい」



 魔法科室からここへ来て、魔道遺物を探していた時までずーっと機嫌の悪そうだった春風は、あの記憶を見ていたお陰かいつもの調子を取り戻していた。重たい霧が晴れたように、清々しく笑っている。本当に、映画を見て帰ってきた人のようなテンションだ。

 でも、そんな春風を見て少しだけ安心している自分も居る。怒って辛そうにしてるより、心からの笑顔で楽しそうにしている方が、私は良いと思うから。


 

 むしろ、あの記憶を見て調子を狂わせているのは私の方かもしれない。2人に感情移入し過ぎたのか、自分を照らし合わせ過ぎたのか。

 いつもみたいに『相棒契約は解除しない方が危なくない』なんて論理的な正しさを当てはめて、それだけで決めても良いのかって、そればかり頭を埋め尽くす。私の心は、本当はどうしたいんだろうって。

 大好きな先生に怒った春風や、互いに気持ちをぶつけ合った過去の彼らのように、感情を殺さずに生きられたなら……私は……。



 気づけば、手の中の石が(ほの)かに光っていた。その淡黄(たんおう)色に煌めく光が、石に掘られた黄金に煌めく文字を照らし出す。まるで、時間の向こう側から語りかけてくるように。



『これは、我らが(ちぎ)りと絆の証なり』

『共に在りし(とき)よ、永遠に』



 その文字だけが、静かに石の中へ残されていた。









 

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