✤ 第35話(後編):最高の協力者
その瞬間和泉先生の表情は固くなり、八雲先生は眉をひそめる。そんな様子に、私は少し慌てながら言葉を紡いだ。
「そ、そうなんです! でも契約の事とか私たちの事はみんなに内緒で、バレないようにいつも特別教室の第1棟で会ってたんですけど……」
「噂の原因も、私が闇の目眩しを使用しながら会話してしまっていたからだと思います。お2人にご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「先輩たちを怖がらせるつもりも、校則違反する気も無いんですけど……やっぱり、2人で協力してても知れる事に限界があるんです。だから、私たちの知りたい事を何か知ってたら教えて欲しいんです!」
先生たちは私たちの言葉を聞いて、しばらく考え込むように沈黙した。この静かさじゃ、誰かが唾を飲み込む音さえも聞こえてきそうだ。
少し肌寒い冬の空気が流れ込み、その風が体を包み込む。その瞬間、和泉先生は静かな空気を割くように話を切り出した。
「そうだなぁ、僕は全然構わないよ。ねぇ先輩」
「……あぁ、私が知っている事なら喜んで教えるさ。でも、今日はもう時間が遅い。だから話すのはまた今度だ……相棒契約の事もな」
その言葉を聞いた瞬間、心の中に溜まっていた緊張が、一気に解き放たれた。胸の支えもすっかり取れて、思わず息が漏れ出て行った。
とりあえず、私が罰則を受けることもないらしい。あ~本当に良かったっ!!
「あ、ちなみに何か罰則は付けるからね。一応他学年に苦情出ちゃってるしプチ騒ぎになってたから、しない訳にも行かないんだ。罰則は発見した先生が基本的に付けないとだからさ……ごめんね」
「いえ、悪いのは私たちですから」
ダメだった。今の私は完全にレッドカードだ。
やっぱり先輩に言われた時間的にも魔法を悪用してる様に見られそうな所も、先生的には微妙なんだろうな。そりゃそつだよね……。
「先生にもバレないようにしないとだぞ。まぁ、昔は第1棟で遊んでる生徒は多かったし、当事者だった先生たちは黙認しそうだけどな」
「でも時間外だと怒られたじゃないですか? 立ち入る時間を考えないと大きな問題にされかねませんよ。噂の出処の生徒たちだって、少し怒られてたんですから」
「それもそうか」
「本当にごめんなさい」
「アハハ……俺も何回かやってたから、あんまり強く言えないけどね。むしろ2人にそんな一面があって、ちょっと嬉しいくらいかも!」
花柳は謝罪の言葉と一緒に、深く体を倒している。こんな姿を見ることは中々ないから、すごく新鮮だ。彼女はどっちかと言うと頭を下げられるようなタイプの人間だから。
こんな風に謝るのなんて、むしろ見るのは初めてな気がする。
「あの、先生……相棒契約の事は……」
「もちろん、ちゃんと秘密にするさ。誰にも言わないよ」
「俺たちは、君たちの事情を誰が知ってるとか分からないからね。でも安心して、この魔法省所属者バッチに誓うから!」
「ありがとうございます、とても助かります」
こういう時に花柳が横にいると、心底頼りになる。大人と話す時ですらどっしりと構えてるし、ほんとに誰にでも同じように話すし。
私は、体育祭の日に千鶴を木から下ろしたり、夏休みにテキパキと魔法省に通報していた、あのカッコイイ花柳の姿が目に浮かんだ。さっきまで幽霊に怖がってた年相応の女の子は、もう何処かへ飛んで行ってしまったらしい。
そんな事を考えていると、八雲先生が手招きをしていた。はてなマークを浮かべつつ先生の手招きに応じると、耳元へ口を持って来て声を上げた。
「春風が前に言っていた〝信頼している人〟は、彼女の事だったんだな。とても素敵なコンビだ」
そうボソっと呟くと、私に合わせて曲げた腰をピンと戻す。私を見ながら口角を上げる先生に、私はぐっと目を細めながら笑顔を見せた。
「よし、2人とも今日は帰った帰った~!」
「美味しいご飯も冷めてしまうぞ。早く友人の元へ帰ると良い。罰則については、後日追って連絡しよう」
*
そんな事があった次の日、どうやらスペードクラスの子が八雲先生にその話をしたらしい。そのお陰で、あの噂の正体も分かったみたい。真相を聞いた皆の反応は様々だ。
過度に期待しててガッカリした人、恐怖に怯える必要が無くなって安心した人、魔道具に興味津々な人……本当に色々なタイプが居たみたい。
でも〝春風と花柳が相棒契約をしている〟という話は一ミリも流れてこなかった。それは、先生たちがあの約束を守っていてくれていると言う紛れもない証拠だ。
これで契約の事を知っているのは、千鶴と花柳幼馴染ズ……それから魔法の先生2人。それ以外の人は相棒契約どころか、私たちがごく普通に会話する仲になっているなんて誰も知らない。だから、私たちはすれ違っても、一言も会話をしない。
する事があるとすれば、それは周りの会話に巻き込まれた時だけ。それでも、2人してお互いを〝他人〟として話す。
まるで互いを、敵対相手だと思っているみたいに。
そうして、あっという間に数日が過ぎて行き、学園は休日になった。少し冷える朝の空気に飲まれながら、魔法科室の前までやって来る。
私と花柳は、八雲先生と和泉先生に、今日ココへ来るように呼び出されていたのだ。罰則の事を考えていると、この扉を開く事が少し億劫になっていた。彼女とは別々に来たから、もう既に中に居るのかもしれない。
「1年火組・春風菜乃花です。先生に呼ばれたので来ました……」
私はそっとノックを鳴らし、扉の向こうへ情けない声をかける。その先に罰則があるのか、相棒って事に何か話があるのか、怒られるのか分からない。
でも、不思議と少しだけ――ほんのちょっと楽しみに感じている自分も居た。
「相棒契約は、即刻解除するべきだ」
「……へ?」
八雲先生に、そう告げられてしまうまでは。




