✤ 第3話(後編):光を告げる石
「春風さん、光の……」
「あ~……はい。どうやらそうらしいです」
「まあっ、聖女様が生まれるのは何十年ぶりかしら!」
歓声がどっと押し寄せる。それが、私の耳には水の中みたいにこもった音で聞こえにくい。みんなが笑ってるのに私だけ違う世界を見てる気がして、祝福される程心の中は冷たくなって行った。
こんな風になる事は予想してたけど、私が欲しかったのは特別じゃなくて〝普通〟なの。だからコレは、みんなと一緒に……普通になれない1番の原因、私にとって不名誉な肩書きなのに。
そんな薄暗い不快感を押し殺すみたいに、顔には笑顔が貼り付いた。表に一切出てこないように、体が勝手に奥へ仕舞い込むから。
「青もほんの少しあるけど、圧倒的に赤の方が多いわ。火のハートクラスが良いでしょう」
「わかりました!」
お礼を言って赤い制服と魔法の杖を受け取った。ブレザー白だけど、少しだけクリーム色……さっきの狸に似てるかも。影が黄色っぽいから、本当にバニラアイスみたいだ。杖は黒っぽくて、丸とダイヤの形みたいなのが先の方に付いていた。
クラスの場所へ行こうとすると、既に白い制服を受け取っていた人たちが集まって来る。熱を帯びた、ギラギラとした表情で。
「す、すご……ガチで本物?」
「難しい魔法をバンバン使えちゃうんだ!」
「一緒の寮に居て良いのかな……」
「本当に居るんだ」
みんなはそう言って、口を揃えて私を持ち上げるような言葉を投げる。その殆どがさっき彼女に文句を垂れてた人たちだ。私の不快感は押し殺すのも苦しいくらい、既に溢れかけていた。
「いや~そうみたいなんだよね、ビックリ~!」
そんな不快だという気持ちをみんなに言う度胸が、私には無い。適当に返事をして、大人しくハートクラスの場所に行こう。差し出された手を軽く返しながら、私は少し早く足を進めた。
私が後ろの方に歩くと、目の前には彼女の近くに居た男の子2人が並んでいる。恐らく髪色が同じ人が、さっき言われていた彼女の〝双子の兄〟なんだろう。隣に居る子は、多分友達だ。
彼女と同じピンクベージュをじっと見てると、男の子は突然後ろを振り返った。その髪の毛はあの子とそっくりだけど、目の色は鮮やかで眩しい黄色。目元の形も似てるけど、彼の方が少し目尻が垂れている様に見える。私が目を合わせたままで固まっていると、彼はニコッと微笑みながら口を開いた。
「同じクラスになったんだね。初めまして、花柳輝です。良ければ気軽に名前で呼んでね」
彼がそう言うと、隣の男の子も振り返って私の方を見ながら、歯を見せるように笑って声を上げた。
「俺は 蓮村陽太、これから9年間よろしくな! あっ、俺の事も名前で大丈夫だ」
「わ、私は春風菜乃花……です。よろしくね」
「可愛くて良い名前だな〜! 俺、なのかって読む名前の人と初めて会ったぞ!」
「よろしくね、菜乃花」
彼らの言葉に、私は静かに頭を頷かせる。そして視線を持ち上げた時、ふと輝をどこかで見た事あるような気がした。私は頭の中をフル回転させて、どこで見たのか記憶を辿る。しかし、私が思い出すより先に彼の方から話を切り出した。
「さっき咲来にスマホ拾われてた人だよね? 咲来が知らない人に話し掛けてるなんて珍しいから、覚えてたんだよね」
「あぁ、そう言えばあの時誰かに呼ばれてたっけ……それが君だったんだ。うわぁ、見られてるの恥ずかしい」
「スマホ無くすなんて、朝から災難だな~」
「そうなんだよ! 狸がスマホ咥えてて、駅で絶望してたんだから」
「駅って狸出るのか!? 俺は猫か小鳥か鳩しか見た事ないのに!」
結構色々居るんだな……と言う言葉をグッと飲み込み、私にはさっきから気になっていた事を思い切って聞いてみる事にした。
「さっき一緒にいた3人って、輝と陽太のお友達? まだ入学前なのに、すごい仲良いんだね」
私がそう言うと、2人は顔を見合せて少し笑う。
「5人とも同じ小学校に通ってた魔法使い同士で、幼馴染なんだ。俺と咲来は双子だけどね」
「そうそう。でも3人はクラブクラスだから、丁度男女でバラバラになっちゃったな〜」
「幼馴染か……なんか良いねそう言うの。本物の双子も初めて見たよ、テレビでしか見た事無かった!」
私には、これと言って幼馴染と言える存在が居なかった。それどころか、友達すら居ないみたいなものだし。だから、正直すごく羨ましい。
「……良かったら、俺の妹とも仲良くしてね」
「もちろん! 絶対あの子に話しかけるよ!」
私がそう即答すると、彼は少し驚いた顔をする。でも、なんでそんな顔をするのか、私には全然分からない。もしかしたら、今の発言は聖女っぽく無いんだろうか。
入学前からクラスメイトに嫌われる事を恐れた私は、頭にすぐそんな思考が浮かぶ。つい「ごめん」と謝りそうになった時、輝は少し笑った声で突然言ってのけたのだ。
「そういえば、菜乃花って咲来に『スマホ見つけた天使様』って言ったんでしょ?」
「エッ、なんで知ってるの!?」
「天使様? 菜乃花面白いこと言うんだな~」
「俺には天使様より、角の生えた鬼様に見えるけどねぇ……」
「それは、輝が咲来に怒られる事ばっかしてるからだろ!」
そのやり取りから相当仲が良いって伝わって来て、なんだか穏やかな気持ちになれる。それに、2人とも私の事を下の名前で呼んでくれていて。
私を聖女って知ってるのに、聖女様って呼ばない魔法使いもいるんだ。個人的にはその方が嬉しいし、話しやすくて気持ちが楽になる。普通に話せる相手って、やっぱりすごく助かるな。
『申し訳ないけれど、学園で私に話しかけるのは……辞めてください』
『えっ、どうして?』
『……私と関わったら……貴女が、不幸になると思うから』
人生で初めて話した、同い年の魔法使い。
年上みたいで、大人っぽくて、すごく優しい女の子。
やっぱり、あの時の表情もそう言ってた事も……全部気になる。このまま無視なんて出来ないよ。いつもの私なら「もう話しかけるのは辞めよう」って思うけど、今はもう一度話したいって思った。ううん、話さないと絶対にダメだ。
目の前にいるこの2人のお陰か、さっきまで溢れかけていた不快感は落ち着いている。潰されそうな感覚も少し軽くなったような気がした。




