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魔法使いの相棒契約  作者: たるとたたん
三章 魔法学園1年生 ✧ 小4
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✿第32話(後編):祝祭の先に視える景色









春風(はるかぜ)……今、何か言った?」

「言ってないよ!?」



 これは、これはもしかして……。


 私の心の中で疑念が渦巻く。春風の首元に、白だか黄色だかの、髪の長い人のような何かが見えた気がするけれど、それは絶対にお化けではないと必死に自分に言い聞かせる。断じて違う、絶対に。



「これってもしかしてお化けっ!? こんにちは、春風菜乃花(なのか)です! 良かったら私とお友達になろ~う」

「う、嘘だ。お化けなんて居るわけない……」

「何だぁ、やっぱり怖かったの?」

「うるさい。と言うか、絶対お化けとかそこに居なかったし」

「え居たの!?」

「だから居ないってば!」



 私は必死に言い返す。じゃないと本当に今見たあれがお化けになってしまう。

 次に目の前に現れたら、今度こそ私はその場で腰を抜かしてしまうかもしれない。そんな無様な姿を彼女に晒すなんて、考えただけで人生で1番最悪の恥晒しだ。



『もう。菜乃花ちゃんってばもう私の声を忘れちゃったの?』



 そう言って、その影はくすくすと笑う。ふよふよと浮かぶそれを、春風はジッと見ながら首を傾げた。



「あれ、もしかして光の魔力さん?」

 

『えぇそうよ。やっと思い出してくれたのね!』

 

「そうだったんだ、ごめんね魔力さん。お話出来たのも久しぶりだったから、ついお化けかと思っちゃった。よく見たら夢の時みたいにピカピカしてるね」


『どうしてかは分からないけれど、今日は見えやすいのかもしれないわね。菜乃花ちゃんから見えなくたって、私はいつでも傍に居るもの』



 口元に手を当ててお話をする、その姿。春風には見えていないけれど、私にははっきりと見えてしまった。

 確かに姿は見えている。そのはずなのに、それがどんな姿や形をしているのか、全然分からない。でも、その〝光の魔力〟は確かに人の形をしていた。春風が今見えている〝いつも通りの淡黄色の輝き〟とは違って。



『でも、まさか貴女にまで声が届くなんてね。花柳(はなやぎ)咲来(さくら)ちゃん』

「……私の事まで知ってるんですね、魔力さん。でも、どうして私は貴女が人の様な姿に見えるんですか?」

「そーなの?」

「うん。春風とは見え方が違う」

『あら……ふふっ、やっぱり今日は特別なのかしら。だって祝祭の日(ハロウィン)だもの、奇跡のひとつも起こる物だわ』



 春風は普通に会話をしているけれど、魔力と会話が出来るなんて初めてだ。私はこのイレギュラーの中で、平常心を保つのに精一杯だった。



『私ね、貴女といつかお話が出来た時にって、ずっと言いたい事があったの』

「言いたい事?」

『えぇ……』



 そう言うと、光の魔力は私の方を向き直りふよりとこちらへ飛んで来る。よく見えないけど、確かにその視線は感じられる。その光に視線が触れると、段々と頭がぼーっとして来た。



『あまりこちらに来ようとすると、後悔する事になるわよ……ってね』



 光の手が私の頭にポンっと触れる。その瞬間、目の中にパチパチとした煌めきが溢れかえった。それが酷く眩しくて、思わず目をギュッと瞑った。

 でも、閉じたはずの視界は、なぜか消えない。

 


 

 柔らかい風が吹いていた。冷たくて、少しだけ草花の匂いがする。目の前に広がるのは、煌めく砂の様な物。それが頭上へサラサラと上がって行く様子は、恐ろしいくらい美しい光景だ。体には全く力が入らないけど。


 その体は暖かい腕に抱かれていて、美しい煌めきは相手の周りにも浮かんでいた。真っ暗な相手の長い髪が、サラサラとしていて美しい。一方私の頭から伸びる髪の毛は、長く地面に垂れていた。抱きしめられる感覚も、自分の体も、全てが今の自分の体より大きく感じる。

 肌が溶けるような、そんな感覚。



「――ちゃ………どうして、……で……」

「ごめん……い……よ――また、会え――」



 今まで何度も見てきた悪夢に似ている。でも、悪夢よりもっと生々しい。音の輪郭も、触れる感覚も、全部目の前で起こっている事の様にくっきりしている。

 でもその声だけは、ザラザラとノイズ混じりの音。聞き取ろうとしても何を言ってるか分からない。相手の表情も良く見えない。

 ただ、私の頬には暖かい雫がポタポタと落ちて来ていた。




「っ!」



 思わず手で振りほどくと、隣に立っていた春風はビックリした様な表情を浮かべる。光の魔力も驚いた様で、少し不思議そうな声で『あら?』と呟いた。


 今見えたものは、一体何?

 やけに現実的だった。

 それなら……自分の、最期の時?


 でも、どこか違う気がする。あの相手が春風で、腕の中に居たのが私だとしても……見えた景色もどこかで昔見た場所な様な、でも知らないような――あぁ、嫌だな。すごく変な感覚だ。

 それに、光の魔力に未来視の能力があったとしても、私は呪文なんて唱えてないし、未来視したいと願ってもいない。魔法が発動する条件を何一つやってないし、杖だって持ってなかったのに。



「花柳?」



 頭の中でグルグルと考えている間に、太陽は水面に近い位置まで下がっていたらしい。その光の魔力は、時間切れだと言わんばかりに手を振っていた。



『残念ね、もう時間切れみたい。でも、私はいつでも見守っているわ。2人なら絶対大丈夫よ。二大魔法(光・闇)の可能性は無限だって事、忘れちゃだめよ――』

「あ、待ってよ魔力さーん!」



 そう春風が叫んだ時には、もう姿形は見えなくて、声も届かないみたいだった。

 光の魔力は……いや、あれは光の魔力じゃない。もし見えたのが魔力の記憶だとしたら、あまりにも人間味があり過ぎる。本当に意思のある精霊の様な者か、もしくは誰かの魂?


 記憶の中であの腕に抱かれているとき、私は暖かさしか感じられなかった。もし本当に未来で魔力を失える瞬間なら、もっと冷たくて、孤独なものだと思っていたはずなのに。

 あぁ、頭がパンクしてしまいそうだ。



「ねぇ、大丈夫? やっぱりさっき何かあった?」

「……ごめん、全然なんでもない。えっと……この前見た映画のお化けに見た目が似てたからビックリしただけ」

「ふ~ん……」



 誤魔化し方が下手だっただろうか。疑うような春風の視線から、私は少し体を逸らした。



「よし。花柳の弱点を、またひとつ知る事が出来たよ」

「……今まで弱点を教えた記憶が無いんだけど」

「あるよ! 辛いの苦手で、勉強と魔法にすぐのめり込んで、甘いものに目がなくて……後は、家族と友達の事が大好き。でしょ?」



 確かに、全部が私の弱点だ。まだ知り合って1年も経っていないのに、私の事をよく知っている。優しく頬を緩ませて言う彼女に、私は何も言い返す事が出来ない。


 今見た景色の事は、結局何なのか全然分からない。不安な気持ちも無くならないし、何だったのか気になって仕方がない。

 でも、破裂しそうな心臓の音も、嫌に吹き出た冷や汗も、震える体の感覚も、全部どこかへ飛んで行く。春風菜乃花は……私の相棒は、いつだって私を明るい方に引っ張ってくれるから。



「もう暗くなって来そうだし、そろそろ帰ろっか!」



 日が沈みかけて吹く風は、さっき見た景色の空気と似ている。それが嫌で、私はずっと春風の背中を見ながら歩いていた。

 頬の温もりも、落ちてきた雫の感触も……まだ、消えずに残っているままで。

 






 










 

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