✤ 第2話(後編):初めて出逢った同級生
私、大丈夫だったかな。お礼とか言葉遣いとか、ちゃんと出来てたかめっちゃ不安だ! でも、こんなのドラマでしか見た事ないから、ちょっとだけワクワクした。現実にもこう言うのって存在するんだ。
というか、そんな事考えてる場合じゃなかった!
「もう! 足の速さだけは3年連続学年1位だったのに〜!」
狸って、こんなに足速いの!? なんか大人と追いかけっこしてる気分だよ!
すれ違う人数はいつの間にか増え、学生っぽい人もちらほら通り過ぎる。長期休みは殆ど全員が家に帰るみたいだから、制服を着てる先輩たちが沢山改札を通ってるんだと思う。実家から学園に帰ってきてるんだ。
白と黒に別れた制服は見慣れない。黒いブレザーは結構見た事あるけど、白いブレザーを採用している学校は近所には無かったし。金色の装飾や宝石のブローチも相まってか、東京でいつも見ていた制服とは少し違った雰囲気を感じさせる。
特別感と言うか……いや、同じなんだけど違うと言うか……なんて言ったらいいか分からないや。
「はぁ、流石にちょっと、疲れてきたかも……ぐぅ、悔しい〜!!」
あんな明らかに高価そうなものを、ここに来て初っ端から壊しちゃったら最悪だ。それに連絡遅いどころか、連絡皆無なんて事やっちゃったら――
『なのかぁ~~?』
ひぃっ、鬼になったママの姿が思い浮かぶ! このままじゃこれが現実に! 絶対嫌なんだけど!
そんな間にも、狸は追いかける私をチラチラ見ながらスマホを口に咥えている。て言うか、ずっと口にあるって事は強い力で噛んでる訳で、つまり……。
「終わった……私のスマホ、天に召されるかも……」
私は静かに絶望し、狸が曲がった角に足を踏み出した。その先に何があるかだなんて1ミリも考えずに。
「ぶふゥッ!」
「うわ!?」
そんな馬鹿げた考えを頭の中で繰り返しながら走っていたせいか、私は激しく何かにぶつかった。その先には、どうやら誰かが居たらしい。
私が「いたた……」と言いながら頭を上げると、目の前にはピンクベージュの髪の毛。ベレー帽を被ってハーフアップにされた肩くらいのそれは、彼女の動きに合わせてフワフワと動く。
「っあの、ごめんなさい! ちゃんと前見てなくて!」
「……いえ、大丈夫です。でも、転んだりしたら危ないですから、今後はしっかり前を見て歩くのをオススメします」
「は、はい……すみませんでした……」
まるで大人の様な口調で話されて、一瞬びっくりした。しかし彼女が振り返った瞬間、その思考が一気に吹き飛ぶ。彼女はとても可愛くて、綺麗な顔立ちをしていたのだ。
身長は私より少し高いくらい? 髪の毛先はウェーブがかっていて、肌も白くて雪みたいにキラキラして見える。その瞳は、夕焼けみたいな薄いピンク色で……。
「きれ~」
「……きれ?」
「あーっごめんなさい! 何でもないです!」
慌ててごまかして、ふと視線を下に向ける。すると、彼女の手元には私と同じトラベルバッグが見えた。口調から先輩かと思ったけど、荷物と服装的に……もしかしたら、自分と同じ新入生なのかも。
……ん? 待って。その紫色のスマホケース、もしかして――
「あった、私のスマホっ!」
「え、このスマホ貴女の物なんですか?」
「そうなんですよ! あぁ良かった、流石に天に召されちゃったのかと……」
「て……天に?」
彼女は、その可愛い顔を一変させて「何言ってるんだ……?」とでも言いたげに、眉間に皺を寄せている。その気持ちは分かるけど、そう考えちゃうくらいに私は絶望していたんです……。
「この狸が私にぶつかってスマホを落として居たので、駅員さんに預けようと思っていたのですが……先に持ち主が見つかって良かったです。はい、どうぞ」
「うぅ、ありがとうございます! 本当に助かりました!」
「……いえ、当然のことをしただけですから」
彼女はそう言いながら、そっとスマホを差し出した。
どこか遠巻きにするような雰囲気を感じたけれど、まぁ今初めて会ったんだし当たり前か。むしろ、初対面でこんなにテンション上がってる私の方がおかしい。普段ならもう少しお淑やかにしてるハズ。
「それにしてもこの狸め〜……もうダメでしょ! これからは人の物を勝手に盗んだらダメなんだからね! 今日は私のランニングに付き合って貰ったって事で、写真10枚で許してあげる!」
「キュゥーン」
「あははっ、やっぱり君ってすごく可愛いお顔してる。お姉ちゃんたちに見せてあげよ〜♪」
彼女へ静かに抱っこされる狸は、その様子だけ見るととても可愛らしい。頭をポンポンと撫でて見ると、少し嬉しそうに鳴いていた。
私がスマホを拭こうとすると、そこにはもう汚れがない。どうやら彼女が拭いてくれていたみたいで、私のスマホは狸に咥えられていたとは思えないくらい綺麗だった。
写真を撮り終わると、狸は「もういいか?」と言わんばかりに彼女の腕から飛んで去って行く。またいつか会えるかな。
「でも、天使みたいな人に拾ってもらえて、なんだか得した気分だなぁ」
「天使?」
「そうそう、天に召されたスマホを見つけてくれたから、天使! 目の色がすごく綺麗で、何だか絵画に居る人みたいだったから……ってすみません! 私めっちゃキモイ事言っちゃった……アハハ、忘れて下さい……」
スマホと再会出来たお陰か、初めて同い年の魔法使いと会えたからなのか……気持ちが有頂天で、いつもみたいに猫を被った言動も、口から勝手に出てこなかった。
代わりに出てくるのは、本当の私の言葉だった。こんな事を言っていては、折角話している彼女にも嫌われてしまうかもしれない。
私が慌てて繕っていると、彼女は驚いたような声色で呟いた。
「……あの、私が誰だか……知らないんですか?」
不思議そうな顔をした彼女が、私の顔をじっと見つめた。視線が交わって、私はそのピンク色の綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。そんな優しい色になら、いっそ吸い込まれてみたいけど。
そんなふざけた事を考えながら、私は彼女の質問に答えた。
「あ~……ごめんなさい。私ずっと人間世界に居たし、魔法使いが御先祖に居ない家系? らしくて……こっちには、私の知らない人しか居ないんですよね 」
私がそう言うと、彼女は「そうだったんですね、だから……」と小さく呟いた。私はどうしてそんな事を聞かれたのか分からなくて、つい首を傾げて唸る。すると彼女は、申し訳なさそうにしながら少しだけ頭を下げた。
「……不躾な事を聞いてしまってごめんなさい」
「いやいや、気にしないで下さい! と言うか……君って私と同級生……だよね?」
「貴女も新入生なら」
私の予想通りだった! と、思わず私の顔は緩む。口から「わぁ~!」と言葉を零しながら彼女を見ると、何処か眩しそうに顔を歪ませていた。
でもそんなのは関係ない。だって私は今、初めて同い歳の魔法使いとお話しているんだから。家から出てきてずっと1人だったし、前に来た時も魔法省の人と学園にちょーっと行っただけ。話した事ある魔法使いは大人しか居ない。
でも、そこで思い出した。私は普通の魔法使いじゃ無い。学園に行ったら検査で光魔法使えるってすぐに分かっちゃうし……いや待って。この子も私の事を知らないから、今だけなら私を『普通の魔法使い』って思ってくれるんじゃ……?
そう考えた私は、とりあえず自己紹介をする事にした。
「あの、私の名前は〝春風菜乃花〟って言うの。君の名前は?」
「……それは……その」
「?」
彼女は一瞬だけ迷ったように口を開きかけた。
でも、その直後。
「おーい、そろそろ行こう!」
「あ……ごめんなさい。私、もう行かないと」
遠くから聞こえた声は、多分彼女の知り合いだ。同じ髪色だから家族かな。もう少しお話したかったけど、呼ばれているなら仕方ない。いつまでも私とここでお話している訳には行かないだろうし。
って、待って。この子の名前を聞いてないじゃん! 学園に着く前に会えたんだから、折角なら名前聞いておきたい。いやいや、でも呼ばれてるんだから、私が引き止めたら迷惑かもしれないし……。
なんてグルグルと考えていると、その間に彼女は背を向けて歩き出そうとし始めた。焦った私は、とうとう先に声が出る。
「待って!」
あぁ、やってしまった……なんて思っても、出てきた言葉は取り消せない。彼女は歩き始める足をピタリと止めて、私の方へ体を向き直してくれた。
仕方がない。今一番言いたい事を伝えておこう。
「えっと、その……学園で会った時、また君に話しかけてもいいかな!」
「…………」
彼女は目を伏せたまま口を開きかけて、そのまま言葉を詰まらせた。どうしよう、やっぱり言わない方が良かったかもぉ~……。
「申し訳ないけれど、学園で私に話しかけるのは……辞めてください」
「えっ、どうして?」
「……私と関わったら……貴女が、不幸になると思うから」
ほんの数秒の沈黙の後、静かに息を吐いてから、彼女はそう告げる。そして「それでは」と言って、そのまま相手の方へ歩いて行ってしまった。
「し、失敗した……」
結局名前も聞けなかった。それに話しかけないでって言われちゃった。やっぱあの子への第一印象が変な人過ぎたって事なのかな。それとも嫌な気持ちにさせたとか!? 調子に乗ってお姉ちゃんに話すノリで喋らなきゃ良かったかも……。
そんな事を頭の中でずーっと考えていたものの、私にはそれよりも気になる事が1つあった。
「あの子……どうしてあんな、苦しそうな顔してたんだろう」
話しかけていいか……そう聞いた瞬間、一瞬だけど酷く辛そうな顔をしていた。なんでかは分からない。理由は気になるけど、それを聞くような関係性もない。
でも、同じ学園で生活していれば、絶対にまた会えるはず。だったらその時にまた話せばいい。どうせ行先も同じなんだから、話す機会くらいあるだろう。いや、話しかけないでとは言われたけど……ちゃんとお礼もできてないのに、恩人をそのままスルーなんて出来ないよ!
「……って時間!!」
私は彼女を見送ってから、時間が大分進んでる事に今更気がついた。即座にメッセージを開いた後「こっちに着いたよ。今から学園行くからね!」という文章とスタンプを家族に送信する。そして、さっき撮った狸の写真も。これで、パパとママに怒られる心配はゼロだ。
そして初っ端遅刻を回避するために、私は学園へと足を動かした。
「また、お話しできたらいいな」
憂鬱な気持ちを誤魔化せるような、少しの期待を膨らませながら。