✧ 第25.5話:家族の笑顔 (花柳慧斗)
「おーい! ちょっとちょっと、大変ですよ花柳部長!!」
机の上に乗る山積みの書類を片付け終えて、一休みをしていた頃。部署の後輩が、慌てた様子で自分の方まで駆け寄ってくる。左手に持っていたコーヒーを机に戻し、彼の言葉へ耳を傾けた。
「福長君、どうしたの?」
「どーしたもこーしたも無いですよ、早く捜査部行った方が良いですって!」
すると彼は息を切らしながら、こちらの肩を掴んで言った。
「部長の娘さんから、捜査部に通報があったんですよ!」
*
「失礼します、赤城さん」
「来たか花柳君」
ノックをして入室したのは、魔法省にある『捜査部』という場所。主に魔法犯罪や呪使いへの対応を担う部署で、普段はほぼ立ち入らない空間。
慌てたまま、少し年上の先輩に声をかける。彼が居るその席は、捜査部長が座れる椅子だ。
「あの、うちの娘が捜査部に通報をしたと聞いたんですが……」
「そうだ。名乗ってはいなかったが、口振りからしてお宅の〝長女〟さんだと思う」
「状況は、どうなって居るんでしょうか?」
「先程東京の日々華市にて、件の呪使いを保護したとの連絡があった。彼女の使った『闇の捕縛』と『風の檻』が上手く作用していたようだ。まだ幼いと言うのに……流石、君の娘だな」
その言葉を聞いて、酷く胸が苦しくなった。
自分の知らない所で娘が魔法を学ぶ度……何ひとつ手伝う事すら出来ない自分が不甲斐なくて、やるせなくて。あの子はいつも、手を貸さずとも遠くへ行ってしまうから。まだ9歳なのに、こんな風に危ない事が起きたって冷静に対処してしまう。心配する隙も与えない程、完璧に。
「それからな……その呪使いが来た際、君の娘は『魔力と生命力をくれ』と言われたそうだ。こちらも対処を急ぐが、君の家門は魔力が多いし、部長だからな。早めに伝えておいて、損は無いだろう?」
「……なるほど。それは魔法学園の方にも伝えて、夏休み中や明けになってもしっかり対策を行った方が良いですね。このような事態が増えてしまっては、子どもたちの安全が保証されなくなってしまいます」
「あぁ。今回は上手く魔法を使用出来たが、そもそも彼女は1年生だ。まだ実技授業も行っていないんだろう? 人間世界に行くのが禁止なんて事にはならない様、これからも捜査部は策を練って行くつもりだ」
誰かの生命力を、呪使いが奪う。
その事で頭によぎったのは、数年前の記憶。少し年上だった〝先代聖女様〟が亡くなる前頃に多発した事件の頃だった。
あの頃は、魔法使いの生命力を取って、自分の使える〝呪魔法〟に変えてしまおうと言う人が増えた。しかし、呪いを人に掛けてしまう以外に何も起こらない事が多く、自身の力は増えなくて。それを知った呪使いは沈静化したと聞いた。
それでも、呪いを受けた魔法使いが倦怠感や魔力不調の症状に悩まされる事に代わりは無く、当時は大事件として学園中でも話題で……そして、その呪いを解いていたのが先代聖女様だった。
「家に帰ったら、よく労ってやるといい」
「……はい、ありがとうございます」
*
輝と咲来が魔法学園に入学してから、もう数ヶ月。
完璧な光の家門である花柳家から、遺伝通りでない闇魔法師が生まれたと言うのは驚くべき事。しかもそれが双子の片割れで、血縁である事は明らかと言う状況下。
そんな咲来への世間の視線は、様々なものだ。そしてそれは、きっと本人が一番感じている事だろう。あの子は賢くて、常に周囲を状況を把握し色々な事を考えている。でも、その事で自分が傷ついたとしても、周りにそれを一切見せない。
例えその目の前にいるのが、自分の父親だったとしても。
「慧斗さん、聞きましたよ。例の件、うちの部署でも話題でしたよ」
「しかも闇魔法を駆使して対処したとか……いやぁ、流石花柳家の長女さんだっ!」
「似た力を持つ同族を撃つのは、さぞお辛かった事でしょうなぁ」
この世に偏見がない場所は少ない。
それは、大人の世界だって同じだ。
話し掛けて来ているのは、光魔法師を信仰している〝盲信者〟の人たち。殆どは自分より年上の者だ。こうやって花柳に媚びへつらうフリを見ると、酷く辟易する。
「おぉっと失礼、余計な言葉でしたね。ただやはり〝1001期生は異質な代だ〟なんて言われているのを耳にしたもので」
「何せ、同い年で生まれるのは歴史でも初めての事らしいですからね」
「学園では何も起こらないと良いんですが……慧斗さんも、さぞ心配な事でしょう。杞憂で終わればいいんですがね」
部長だとか、花柳家当主だとか、そんなのは彼らには関係ない。不安や不満の捌け口を探しては、それを堂々と吐き出す。友人と愚痴の言い合いをする場合もあれば、こんな風に本人へ直接ぶつけて来る人も居る。
「……えぇ、その通りですね。我が家は〝適性〟だけで子を量るようなことはしませんので、杞憂で終わるだけでしょう。私は魔法省職員として、文化教育部なりの呪い対応を練るだけです」
「アハハッいやぁ~申し訳ない……まぁ、色々と責任がのしかかってくる立場かと思いましてね。花柳家当主としても、部長としても」
「つい杞憂してしまうんですよ。こう言った件があると、周囲も過敏になるものですから」
人間の醜くて嫌な部分は、子どもたちには触れさせたくないと思ってしまう。この気持ちがタダの綺麗事だと、頭の中では分かっていながら。
*
「あ、おかえりなさい」
玄関を開けると、目の前に娘と妻が居た。
「ただいま咲来。体は大丈夫? どこも怪我とかはしてない?」
「大丈夫。通報しただけだし、私は何もされてない」
「全然大丈夫じゃないわよ、凄く心配したんだから! でも、魔法でそいつを捕まえちゃうなんてカッコイイわ~。咲来は慧斗の何倍も度胸あるわっ! 流石、私の娘ね♪」
「お母さん、くるしーから……」
咲来は家に着いて早々、家族総出で詰められ心配されていたらしい。既に仕事から帰っていた蕾からもずっと構われ続けていて、自分が家に着いた頃には疲労困憊と言った様子だった。でも、咲来自身はいつもと変わった様子は無い。
だからこそ、少し心配になってしまう。内側に、何かを隠しているんじゃないかって。
「さっき駅前で、美味しそうな新作ケーキを買ってきたんだ。後でみんなで食べようか」
「あらほんと~! じゃあ、今直ぐに夜ご飯準備するわねっ!」
「私も手伝う……」
「待って、咲来」
蕾と一緒にリビングに行こうとする咲来を、思わず呼び止めた。
この前まであんなに小さかったのに、少し見ない間に身長も伸びた気がする。やっぱり子どもの成長は、親が思っているより早いんだな。
「今日の咲来の判断は、魔法使いとしてはとても正しい判断だったと思う。魔法省にすぐ通報するだけじゃなく、自分の魔法で動けないようにするなんて、大人でも簡単に出来ることじゃない。でも、親としては……どうしても、心配になってしまうんだ」
「……ごめんなさい、勝手に向こうで魔法使って。闇魔法はちゃんと安全にしか使ってないから、怪我とかはさせてないと思う」
「いやいや、それは全然気にしてないよ! 俺が心配なのは、咲来の安全とか気持ちとか、そういう所。呪いに近付くのは怖かっただろうに、よく頑張ったね」
ゲームのように、モンスターを攻撃するために魔法を使う……なんて事、実際の私たちはやらない事。
魔法は他者を守る力であって、自らの為に誰かを攻撃する力では無い。生活基盤に魔法はあっても、咄嗟の判断で魔法を使おうと思える魔法使いは少ないだろう。普段やらない事なんて、突然完璧に行える方が少数派だ。
そんな事でも、咲来は平然とやってのけてしまうけど。
「今日は、人間世界に友達と遊びに行ったんだよね?」
「まぁ……友達、ではないけど……」
「どうだった、今日は楽しかった?」
そう問いかけると、咲来は少し顔を俯せる。すると、ほんのり顔を赤くしながら口元に小さく弧を描いた。
「うん、楽しかったよ」
「……そっか」
その言葉に自然と笑みがこぼれ、右手をそっと頭に伸ばした。もう少しすれば、撫でる事すら本気で嫌がられるようになるかもしれないけど……今はまだ、そんな風には言ってこないみたいだ。
咲来が闇魔法に大して何を感じているか、本人は口にしなくても察する事は出来る。魔力が現れた時に苦しんでいたのも分かっている。でも本人は、その気持ちをいつもひた隠しにして、痛みも何も感じないみたいに振舞ってしまう。
世間から見たら不思議なのかもしれないが、適性魔法なんかで家族の関係性は変わらない。こちらが心配している事と言えば、家族の心と体の健康だけだ。
「今日みたいに危ない事や辛い事があったら、いつでも誰かを頼りなさい。家族でも友達でも、今日会った子だって良い。きっといつでも力になるよ。みんな、咲来の事が大好きだから」
日々華市で学園の子と遊ぶと聞いて、ずっと思っていた事がある。でも、きっと咲来は言いたがらないから、こちらからそれを口には出さない。
でも……もし本当に、相手があの子なんだとしたら――
「……あ、ありがとう」
「うんうん」
世間の誰がなんと言おうと、咲来が今感じているその気持ちを大切にして欲しい。完璧なんて、そんなの追い求め無くていい。
この社会が未だに魔力の色で人を測るのなら、その構造ごと全部塗り替えて、認識から変えて行こう。子どもが踏み出す一歩を見守るのではなく、導く為の先へ行く一歩を共に踏み出せる親になりたい。俺だって、このまま立ち止まってなるものか。
家族全員で過ごす時間が、こんなに尊くて幸せなんて……自分が父親になるまで、ずっと知らない事だった。蕾や子どもたちがくれたこの感情を、これからも大事にしたいと思う。
家族の笑顔を守れることが、俺にとってこの世で1番の幸福なのだから。




