✤ 第2話(中編):魔法使いの世界へ
今から向かう目的地は、通学路の途中で曲がって、少し歩いた先にある小さな廃墟。ここらで完全に心霊スポット化してる場所だ。
慣れた感覚で元通学路を歩くと、いつも通っていた道やお花にも、風に揺れながら「行ってらっしゃい」って見送られてる気分になる。
「……ん?」
のんびりと歩いていると、突然通知音が鳴る。そう言えば、自分のスマホがあるんだった……と、私はカバンからスマホを取り出した。そこには、お姉ちゃんと湊斗とパパの、ブレっブレなピース写真。次には「いってらっしゃい」の文字が送られて来た。
「相変わらず、ママってば写真撮るの下手だなぁ」
太陽も登りだしていて、暖かくて強い風が背中を押している。その春っぽい強風に乗せられるように、少しだけ走ってみた。寂しい気持ちを包み隠してくれているみたいで、何だかいつもより心地良く走れる気がして。
*
角で曲がって木々の中を歩くと、段々と廃墟が見えてくる。とは言っても、実際は廃墟じゃ無い。魔法使いの居る世界と、普通の人間が居る世界を繋ぐ〝魔法駅〟と繋がる場所だ。
過去に存在する〝聖君様・聖女様〟が作った魔法は色々あるけど、その内の一つはこれ。魔法世界へ繋がる場所を作った上で、そこへ普通の人間が近付けない様にするもの。
つまり魔法駅周辺の景色は、魔法使い以外には見えない。
昔は私もホラーな廃墟にしか見えてなかったけど、魔法を認識するようになってからは綺麗な建物に生まれ変わった。実際は「私が魔法使いに変わった」って言うのが正しいのかもしれない。
前に一度行った時は素直に感動した。白や赤・黒・藍色……和風の色彩が綺麗で、まるでこの前見た大河ドラマに出てくるお城みたいな姿で。東京なのに、そこだけテレビで見た京都みたいだった。
湖に囲まれて、駅に行く道にも橋がかかっていて……まさに〝自然に隠された城〟って感じだ。
「……着いた」
木漏れ日の中からその橋と建物が現れると、その迫力に足が止まる。きっと、これから何度見ても「すごい」と言ってしまうと思うんだろう。この場所を綺麗だなと思う反面、大きさと圧がすごくて1人で居るのは少し怖い。
震える手をぎゅっと握りしめて、大きく深呼吸をした。本当はこのまま家に帰ってしまいたいけど……私は魔法学園でやるべき事があるんだ。
頬をパシッと叩いて覚悟を決めてから、どこまでも濃い赤色の橋をゆっくりと渡る。歩く度にコンコンと反響するその音が、私の耳に嫌に刺さった。
大きな門は上を見上げても、大きすぎてよく分からない。大きすぎて、やっぱり怖い。もやもやとした感情を誤魔化すように、その門を勢い良く走って潜り抜けた。
すると、私の視界は一瞬にして違う物へと塗り替えられる。
「わぁ……」
思わず息を呑んだ。前に来た時より何倍も、この場所が綺麗に見えたから。後ろを振り返って見ると、目の前にはまるで桃源郷のような景色。大きな桜の木を中心に春の花に包まれたその場所に、私はただ見惚れていた。
そうだ、前に来た時は10月だったから……この花は、ひとつも咲いていなかったんだ。
肩からずるりと落ちかけたカバンをもう一度肩に戻して、私は駅の中へと入る。でも、向こう側へ行く為には改札を通って駅員さんに許可を貰わないと行けない。私は少し並んでいるその列の後ろまで足を運んだ。
「おはようございます、スマートフォンか許可証はありますか?」
「あ、ありますっ!」
窓口には、駅員の服装をした中年くらいの男性がにこやかな表情を浮かべて立っている。彼が着ているのは、和服に少しアレンジを加えた感じの制服。大正ロマン味があって、何回みてもやっぱり可愛い。
何でスマホ? と思いながらそれを渡すと、駅員さんは魔法の杖をかざして「〝身分の提示を〟」と唱えた。その瞬間、スマホの画面から空中に、ぽんっと文字が現れる。
「えっ!?」
その様子にびっくりして、思わず声を上げてしまった。前は許可証で通ったから、こんな機能全然知らなかったし。そういう事は、ちゃんと事前に教えておいて欲しい。魔法に慣れてないんだから、急に目の前で急に使われると心臓に悪い。
「はい、東京からの入界という事で……もしかして、入学式に参加されるんですか?」
「あっそうです……よく分かりましたね」
「学園で行事があると、入界される方が増えるんですよ」
その言葉に私が納得していると、あっという間にスマホは返された。表示されている画面を見ると、通知欄には【 人間世界(東京都・日々華市)・・・魔法世界:7時02分 】と書いてある。仕組みは何も分からないけど、何とも便利な魔法だ。
「ではどうぞ、お通り下さーい!」
私は駅員に一礼してから、そのまま改札を通り抜けた。
学園は10分程歩いた先にあって、適性検査まではまだ1時間くらいある。この中をもう少し探検したい私は、まずはこの駅を巡ってみる事にした。学園祭で来た時は見れなかったから丁度いい。
「……なるほど」
構内の地図を見てみると、どうやらここは7階建てになっているらしい。洋服店や飲食店に雑貨店……色々なお店が入っている。向こうと対して変わらないラインナップだけど、そこに並ぶのは聞いたことのない店名ばかり。
買った人によって映し出される言葉が変わる「占いの本」とか、知らないフルーツが使われた「フルーツサンド」とか、見た事ない花のある「お花屋さん」とか……見た目は既視感があるのに、知らない商品が盛り沢山。
それから、駅を歩いてる黄色っぽい毛色の狸……。
「黄色いたぬき!?」
「狸だ!」
「きゃ〜っ可愛い」
「うぉっビビった」
「え、駅員さん呼んでくる!」
なんで、こんな都会っぽい駅中に狸が? 私の地元も東京では田舎寄りだったけど、夜ぐらいしか出るって聞いた事ないんですが!
突然現れたその狸に、私の周りにはあっという間に人が集まる。私はぎゅうぎゅうと大人たちの中に押し込まれて行った。
あぁ〜でも可愛いなぁ……この子、ちょっとだけ私に抱っことかさせてくれないかな。よし、目で訴えてみよう。せめて写真だけでも!
そう思い目線の先にいる狸とバッチリ目が合うと、その狸はぱちぱちと瞬きをする。私はカバンからスマホをとって、右手に静かに構えてみた。
「えーっと、こんにち……」
そう言った瞬間、狸はとんでもない速度で私の右手を掠めてく。大人たちの頭や肩の上をぽんぽんと飛んで行くと、それは駅の中を走って行った。
私のスマホを、盗み取りながら。
「な……ちょっと待って!! 私のスマホ返せコラ〜ッ!!」
私は大人を避けながら、一生懸命腕を降った。筋トレになるから荷物は重くてもいいって思ってたけど、やっぱり軽くてよかったかもしれない。
狸は私の前を走って、色んな人が「なんだ!?」「何事!?」と目をまん丸くするのを見ながら駅を走った。どこに何があるかなんて、全然把握してないのに。
*
「ココ、どこだ……」
狸も見失った上に、自分が今どこに居るのかも分からない。完全に迷子だ、本当に災難だ。このままじゃ、感動の別れをしたパパとママから鬼のように怒られ……いや、考えるのはやめておこう。
どこかも分からない道をとぼとぼと歩いていると、ふわりと美味しそうな良い匂いが香ってきた。その瞬間、ぎゅうっとお腹の音が鳴る。つい匂いのする方へ歩いて行くと、レジに居る店員さんが見えてきた。彼女は私の方に気づくと、少し私の姿を眺めてからニコリと笑った。
「お嬢さん、もしかして入学生かい?」
声をかけてきたのは、紺色っぽい髪の毛を三角巾に閉まった優しげな女性。彼女が立っているのは、木の扉やショーケースがどこか暖かくて、まるで絵本に出てきそうな見た目のお店だ。そのお店の可愛さに、私は一瞬で心奪われた。
「そうなんです! これから魔法学園に……」
そこはパン屋さんのようで、手前のショーケースには美味しそうなパンが沢山並んでいる。ふよふよと漂ってくる、食欲がそそられる匂い。朝ごはんは食べてきたのに、お腹が空いてしまいそうだ。
「あら、おめでとさん! それじゃあ、ちょっと手出してみな」
「えっ、いいんですか!?」
「入学祝いさ。うちの店には〝最初にここに来た新入生にはパンをあげる〟っていう、恒例の伝統があるんだよ」
そんな伝統知らなかったけど、何はともあれラッキーだ。
私がこれはどんなパンなのか聞いてみると、彼女は目をキラキラと輝かせて嬉しそうに話し始めた。
「今朝焼いた風薫りのちぎりパン。風魔法で閉じ込められてる旨味を乗せた、YOTSUBAPANオリジナルのパン。うちの魔道具も良いもんだし、爺さんの腕が良いからすごく美味しいんだよ!」
「へぇ~、すごいなぁ……」
「ふふ。そこの席に座っていいから、食べて行きな」
魔道具って、確か『魔法使いが魔法で作った、魔法の効果が着いてる道具』だよね。そう考えると、ほんとに日常的に魔法を使ってるんだなぁ。電気とか水道水と、同じ様な感覚なのかも。
「じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます!」
そのパンは、口に入れると中はふわもち、だけど外側はカリッとしていて食感がいい。美味しい香りが全身に広がって、一瞬で幸福感に満たされる。
これは優勝だ。このパンを即座に全国展開して欲しい。人間世界にこのパンが無いなんて、勿体なさすぎる。こんなに美味しいパンを今まで口に出来なかった私が、すっごくとてつもなく可哀想。
それぐらい、本当に――
「ん~、おいひい~っ!」
気づけば、自然と声が出ていた。魔法のある世界でも、こうして人の手で丁寧に作られたものがある。それがなんだかとても嬉しい。
「それは良かった! どうだ、世界一美味いだろっ?」
「ほんとにすっごく美味しいです、ほっぺた溶けるかと思いました!」
「あっはっは、そうかいそうかい! 実はね、ウチの孫も今年の新入生なんだ。アンタとどっかで会うかもしれないね」
「へぇ~。じゃあ、同じクラスになったりするか、も……あー!」
その瞬間、店先に狸の姿が見えた。そして口元には、私のおニューな可愛いケース付きのスマホ。あぁぁ私のスマホがベタベタになっちゃうよっ!
「狸居た、待てコラー! あ、えっと……パンご馳走様でした!」
そう叫んで手を合わせると、彼女は笑いながら 「ちょっと待って」と引き止めた。何かと思ってハテナを浮かべていると、彼女はお店のポイントカードにスタンプを押して、私の手に乗せてくれる。
「アンタの学園生活が楽しくなるのを祈ってるよ。行ってらっしゃい」
「……はい、行ってきます!」
私は、笑いながら手を振り返す。暖かな人の心に触れて、とても良い気持のままで。
あの狸が咥えているスマホが、まさか彼女との出逢いを呼び寄せる事になるなんて……そんな事は何も知らないまま。