✤ 第2話(中編):魔法使いの世界へ
慣れた感覚で元通学路を歩くと、いつも通っていた道やお花にも見送られている気分になる。でも、この時間にランドセルの群れはひとつもない。
「ん?」
のんびり歩いていると、突然何かの通知音が鳴る。数秒固まった末に、私はその音の正体を思い出した。
「そーだ、スマホ持ってるんだった」
通学カバンからスマホを取り出して、画面をポンとタップする。するとそこには「行ってらっしゃい」の文字と何かの写真。メッセージを開くと、お姉ちゃんと湊斗とパパのブレっブレなピース写真が送られていた。
「相変わらず、ママってば不器用っ!」
太陽も登りだしていて、暖かくて強い風が背中を押している。その強風に乗せられるように、私は少しだけ走ってみた。この風に寂しさを包んでもらえば、心地良く走れる気がして。
✤
今から向かう目的地は、通学路の途中で曲がって少し歩いた先にある小さな廃墟。角で曲がって木々の中を歩くと、段々とそれが見えてくる。とは言っても、実際は廃墟じゃない。
ここは魔法使いの居る〝魔法世界〟と、それを知らない人間が暮らす〝人間世界〟を繋ぐ大門がある場所。それをくぐった先にあるのが〝魔法駅〟って建物だ。
初代聖君様が作った物で、本当の景色は向こうで暮らす人と魔法使い・それから許可証を持った家族の人間以外には見えないんだとか。
「私以外誰も居ない。こっちに住んでる魔法使いって、やっぱり私だけなのかな」
そもそも初代聖君様は、人間世界に『秘密厳守の魔法』っていう、人間が魔法を認知出来なくなる魔法を作ったらしいけど……細かいことは難しくて覚えてないや。
分かるのは、クラスメイトや近所の人も魔法があるって信じられなくて、魔法使いとその家族だけが本当の『魔法』を認知出来るってこと。それは空想やファンタジーじゃない、本物の魔法の世界。
「ここの道、結構良い運動になるんだよな〜。昔は怖くて1ミリも近寄らなかったけど」
幼稚園ぐらいの頃は、私にもホラーな廃墟にしか見えてなかったけど、小1で魔法を認識するようになってからは綺麗な建物に変わった。実際は「私が魔法使いに変わった」って言うのが正しいのかもしれないけど。
前に一度行ったときは素直に感動した。白や赤・黒に藍色。この前見た大河ドラマに出てくるお城みたいなそれは、東京なのに京都みたい。湖に囲まれて橋を渡らないと行けない。
だけど、門を潜らないと見えてる魔法駅には入れないし、触れないんだよね。不思議な仕組み。
「ふぅ、着いた」
木漏れ日の中からその橋と建物が現れると、その迫力に足が止まる。きっと、これから何度見ても「すごい」と言ってしまうんだろう。でも、この場所を綺麗だなと思う反面、1人で居るのと足がすくむ。震える手をぎゅっと握りしめて、大きく深呼吸をした。
本当はこのまま家に帰ってしまいたい。
そう出来たら楽だったけど、もう覚悟を決めたんだ。魔力を完璧にコントロール出来るようになる。そして、昔の人がこの魔力を受け入れられた理由も全部知る。他の目標も全部達成させる!
「っよし、行くぞー!!」
頬をパシッと叩いて覚悟を決めてから、どこまでも濃い赤色の橋をゆっくりと渡る。歩く度にコンコンと反響するその音は、私の耳へ静かに刺さった。
この門は上を見上げても、大き過ぎてよく分からない。大き過ぎるから、ちゃんと見るのも少し怖い。そんな感情を誤魔化すように、目を瞑りながら勢い良く走って潜り抜けた。
すると、私の視界は一瞬にして違う物へと塗り替えられる。
「わぁ……」
思わず息を呑んだ。前に来たときよりも、この場所が綺麗に見えたから。背を振り返って見ると、目の前には大きな桜の木を中心に春の花畑が広がっている。桃源郷のようなその景色にただ見惚れてしまう。さっきまで湖や橋があったのが、嘘みたい。
「でも、前と何が違うんだろ」
私は頭の中の記憶を掘り起こすと、思い出した景色は花の少ない景色。文化祭があったのは10月終わりで、見た目が結構違ったんだ。こっちの見た目のが好みかも。
私は大門を進み、駅の中へと入る。学園の方へ行く為には、改札を通って駅員さんに許可を貰わないと行けないから。
「おはようございます、スマートフォンか許可証はありますか?」
窓口には、駅員の服装をしたパパくらいの男性がにこやかな表情を浮かべて立っている。彼が着ているのは、和服に少しアレンジを加えた感じの制服。大正ロマン味があってとても可愛い服装だ。
渡したスマホは何かに置かれたものの、駅員さんの周りに画面は見当たらない。一体どこで何を確認するんだろう。
「身分の提示を」
危ない。つい大声を出しそうになった。だって、スマホの画面から急に文字が出てきたんだもん。しかも空中に。そんなのテレビに出てたVRでしか見たことないよ!
多分これは、スマホの説明書にあった『魔道具としての様々な機能』って所に入ってるやつだと思うけど……前は許可証で通ったからこんな機能全然知らなかったし、そういうことはちゃんと大きな文字で書いて欲しい。心臓に悪いから。
「東京からの入界ですね。もしかして、入学式に参加されるんですか?」
「そうです、よく分かりますね!」
「カバンや荷物が学園の物なのに、私服を着ていらしたので」
その言葉に私が納得していると、あっという間にスマホは返された。表示されている画面を見ると、通知欄には【 人間世界(東京都日々華市・日々華大門)→魔法世界(東京都白朔町・魔法駅):7時02分 】と書いてある。仕組みは何も分からないけど、すごく便利ってことだけは分かった。
「ご入学おめでとうございます。ではどうぞ、お通りくださーい!」
私は駅員さんに「ありがとうございます!」と言って腰を下げながら、そのまま改札を通り抜けた。
学園は10分ほど歩いた先にあって、適性検査まではまだ1時間くらいある。この中をもう少し探検したい私は、まずはこの駅を巡ることにした。学園祭で来たときは見れなかったから丁度良い。
「うーん?」
構内の地図を見てみると、どうやらここは7階建てになっているらしい。実際に巡ってみても、洋服店や飲食店に雑貨店と、色々なお店が入っている。向こうとさして変わらないラインナップだけど、そこに並ぶのは聞いたことのない店名ばかりだ。
例えば、買った人によって言葉が変わる「占いの本」とか、知らない果物の「フルーツサンド」とか、見たことのない花がある「お花屋さん」とか……それから、駅を歩いているレモンアイスの色をした狸――
「レモンアイス色のたぬき!?」
私がビックリして声を上げていると、周りでもその狸を見た人が思い思いの言葉を放っていた。
「え、狸?」
「うぉっビビったァ!」
「あら可愛い〜っ」
「駅員さん呼んでくる!」
何でこんな都会っぽい駅構内に狸が? でもよく見ると可愛いし、ちょっとだけ私に抱っことかさせてくれないかな。よし、目で訴えてみよう。せめて写真だけでも!
突然現れたその狸に、私の周りにはあっという間に人が集まる。ぎゅうぎゅうと押し込まれながらも、私は願望を露わにしていた。
すると「写真を撮りたい」という想いが通じたのか、目線の先にいる狸と目が合う。その狸はぱちぱちと瞬きをしながら、私の方をじっと見つめていた。私はカバンからスマホをとって、右手に静かに構えてみる。
「えーっと、こんにち」
そう呟いた瞬間、何かがとんでもない速度で私の右手を掠めて行った。大人たちの頭や肩の上をぽんぽんと飛んで行くと、それは駅の中を走っていく。私のスマホを盗み取りながら。
突然の出来事に固まっていると、その狸は一瞬振り返って少しニヤけていた。いや、私の頭が変換して、勝手にニヤけて見えるのかもしれない。
「な……ちょっと待って狸!! 私のスマホ返せコラ〜ッ!!」
私は大人を避けながら、一生懸命腕を振った。筋トレになるから荷物は重くても良いって思ってたけど、やっぱり軽くて良かったかもしれない。
狸は私の前を走って、色んな人が「なんだ!?」「何事!?」と目をまん丸くするのを見ながら駅の中で追いかけた。どこに何があるかなんて、全然把握も出来てないのに。
✤
「ここ、どこだろう」
狸も見失った上に、自分が今どこに居るのかも分からない。完全に迷子、本当に災難だ。このままじゃ感動の別れをしたパパとママから怒られ……いや、考えるのはやめておこう。
「あれっ何これ、超いいにお〜い!」
どこかも分からない道をとぼとぼと歩いていると、ふわりと美味しそうな匂い。その香りが鼻をかすめると、その瞬間にぎゅう〜とお腹の音が鳴ってしまった。
お腹と匂いに誘われて歩いて行くと、だんだんと三角巾を付けた店員さんが見えてくる。彼女は私の方に気づくと、私の姿を眺めてから優しく微笑んだ。
「お嬢さん、もしかして入学生かい?」
パンの香りと一緒に飛ぶ優しい声。紺色っぽい髪の毛を結ったおばあさんが立っているのは、絵本に出てきそうな見た目のお店。木の扉やショーケースがどこか温かくて、その可愛さに一瞬で心を奪われる。
「そうなんです! 魔法学園へ行く前に、駅巡りをしてて」
まあ、途中で狸にスマホを盗まれたんですけども。
どうやらここはパン屋さんだったらしく、手前のショーケースには美味しそうなパンがずらりと並んでいる。これは、お腹が鳴っても仕方ないワケだ。
「おめでとさん! それじゃあ、ちょっと手出してみな」
「えっ、はい……?」
素直に手を差し出すと、そこには焼きたてホヤホヤの温かいパン。私がつい店員さんへ「えっ、もらって良いんですか?」と言葉を返すと、彼女は少し目を丸くしながら「知らないのかい? 珍しい子も居るもんだ」と呟いた。
うう、さっきから知らないことだらけでちょっと恥ずかしいかも。
「これは入学祝いさ。うちの店には〝最初に来た新入生にパンをあげる〟って言う、毎年恒例の伝統があるんだよ」
そんな伝統は知らなかった。けどラッキーだ、無料でもらえちゃうなんて。私がこれはどんなパンなのか聞いてみると、店員さんは目をキラキラと輝かせながら教えてくれた。
「今朝焼いた風薫りのちぎりパンは、風魔法で旨味を載せられた材料を混ぜた、YOTSUBAPANのオリジナルパンさ。うちの魔道具も良いもんだし、爺さんの腕が良いからすごく美味しいんだよ」
「つまり職人技! すごい!」
「ふふっ、そこの席に座っていいから、食べて行きな」
ここでも出てきた魔道具。意味は確か『魔法使いが魔法で作った、魔法の効果が付いてる道具』だっけ。入学の手紙とかこのスマホとか、そう考えると魔法使いって日常で魔法を使ってるみたい。私から見た、電気とか水道と同じ感覚なのかも。
「じゃあお言葉に甘えて。わーい、いただきま〜す!」
そのパンは口に入れると中がふわもち、だけど外側はカリッとしていて食感がいい。美味しい香りが口全体に広がって、一瞬で幸福感に満たされる。人間世界にこのパンが無いなんて勿体なさすぎる。今まで食べられなかった私が可哀想。それぐらい……。
「ん~、おいひい~っ!」
気づけば、自然と声があふれていた。この言葉は美味しさからでもあるけど、それだけじゃない。魔法のある世界でも、人の手で丁寧に作られてるって知れたから。
魔法でポンッと作るのも素敵だけど、手作りってなんか嬉しい。
「それは良かった」
「ほんとにすっごく美味しいんです、ほっぺた溶けました!」
「あっはっは、そうかいそうかい! 実はね、ウチの孫も今年の新入生なんだ。アンタとどっかで会うかもしれないね」
「じゃあ、同じクラスになったりするかも〜……って」
その瞬間、店先に狸の姿が見えた。そして口元には、私のおニューな可愛いケース付きのスマホ。あぁ〜私のスマホが咥えられてベタベタになっちゃうよ〜!
「あー居たーッ! コラ待てスマホ泥棒狸! あ、えっと……美味しいパンご馳走様でした、絶対また来てパン買います。それじゃあ!」
そう叫んで手を合わせると、彼女は笑いながら 「ちょっと待って」と引き止めた。その声にガバッと振り返ると、彼女はカードにスタンプを押して私の手に乗せてくれる。手元を見ると、そこには『YOTSUBAPANポイントカード』と記されていた。
「アンタの学園生活が楽しくなるのを祈ってるよ。行ってらっしゃい、気をつけてね」
「……はい、行ってきます!」
私は頬を緩ませながら、そのポイントカードを受け取った。




