✿ 第23話:花柳家の4兄妹
「咲来があいつら以外と向こうで会うだとぉおお~!?」
「声大きいから」
家族全員が実家に集まり、久しぶりに長い時間を共に過ごす。この時間は貴重なものだと、魔法学園に入学してからひしひしと感じる今日この頃。
両親が仕事で不在の中、ただ予定を口にしただけの私に三者三葉の言葉が飛んで来た。
「何か変な奴とかじゃないよな、大丈夫だよな……?」
「お姉ちゃん、新しいお友達出来たんだね~!」
「へぇ~、そっかそっかぁ」
ひたすらに慌てふためいているのは、2つ上の兄・蒼空。キラキラと目を輝かせているのは、2つ下の妹・優梨。そして、ニコニコと私を見つめているのが双子の兄・輝。
輝は、誰かと会うと言った瞬間から相手が誰だか察しているに違いない。だからこうして、私をからかう様に微笑んでいるんだろう。夏休みに入ったとて、いつも通りの小悪魔具合は変わらないらしい。
「大丈夫だから落ち着いてよ、普通に同級生と会うだけだし」
「そーそ、俺も知ってる人だから。でしょ?」
「……まぁ」
「そうなのか、良かった!!」
家族と過ごす安らぎは良いことの様に感じるけど、同時に悪いことの様にも感じてしまう。私は常に冷静で理性的に、完璧で居るべきだから。
そうでないと、いつ何がどうなってみんなを危険にさらしてしまうかわからない。だから、何処であっても気を緩めるなんてあってはいけない……と思っているのに、家に居るとそれが緩みそうになる。
そもそも、私が聖女様を殺すと言われているのは、先代聖女様が亡くなった際に他殺された可能性が高いからだ。今は『護衛の闇魔法師が聖女様を殺した』という説が最も有力だとされているけれど、肝心の闇魔法師は行方不明。未だにその真相が解明される事はなく、謎のまま19年近く経っている。
聖女様が殺されたのは〝闇魔法〟によるものだという説もあれば、違法の〝呪い〟が原因だった言う説もある。しかし、当時その場にいたのは護衛の闇魔法師のみ……その為、呪いであれば矛盾が生じてしまう。だから尚更意味がわからないし、自分の事も怖くなるんだ。私の闇魔法も、呪いみたいになるんじゃないかって。
いっそ本人が私の目の前にパッと現れて、真実を教えてくれればいいのに。そんな願いはただの理想に過ぎないと分かっていても、少しは考えてしまう。
今の私は、その事件の答えどころかゴールすら分からない場所を彷徨い続けている。既に答えを知ってるであろう護衛さんからすると、私はすごく遠回りをしているんだろうな。
「でも、ほんとに気をつけないとダメだぞ。最近俺のクラスで、変な噂を聞いたんだ」
「変な噂?」
蒼空がそう呟くと、輝はすぐに反応をした。私もだけど、多分輝も変な噂なんて聞いたことがない。流行ってたなら、それは3年生だけの話だろう。強いて言うなら、うちの学年で回る噂はほとんど私と春風の話題だ。
優梨も一緒になって3人でハテナを浮かべていると、蒼空は真剣な顔つきで話し始める。
「どうやら、向こうで呪使いが増えているらしいんだ。それで集団になっているとか何とか……まぁ、あくまで噂なんだけどな!」
「お姉ちゃん、それってどういうこと?」
「呪いは、闇魔法を人間でも使えるようにした違法の力でしょ? それが向こうに増えてるって事は……」
つまり、魔法使いではなく〝普通の人間〟が呪いの力に染まっている可能性が高いということだ。
呪いもまた魔法の一種ではあるけれど、闇魔法が持つ生命力だけを悪用したとても危険な力。特性上魔力が無くても使用できるから、最悪の場合は自分の命すら奪うことになる。
魔法使いが扱うのも危ない力だって言うのに、普通の人間がこの力に手を伸ばしてしまったら――その結果は悲惨なものだ。
「でも、呪いって俺たちに攻撃するとかそういう訳じゃないでしょ?」
「そーだけど、昔は呪いかけて来るやつが居た事あるんだろ? 呪いが発展したのだって、お母さんとお父さんが学園生の時期からだ。何があるか分からないから、常に気をつけんと!」
「なんだか、ちょっと怖いね……」
兄2人の言葉で不安がる妹。私は彼女の頭に優しく手を乗せて、ふわふわの髪の毛をゆっくりと撫でてあげた。
「大丈夫だよ、何かあれば魔法省に通報するし。それに、一緒に居る時は私が優梨を守るから」
「お姉ちゃんっ……カッコイイ!」
「ちょっとちょっと、咲来さん。俺は?」
輝は「自分も守って見せろ」と言わんばかりにむーっと不満の声を上げる。そんな様子を、私は呆れたように眺めていた。
「定期的に兄を自称するんだから、そこは〝俺が守るよ〟でしょ、輝お兄様」
「え~、ひどーい!」
「大丈夫だ、3人まとめて俺が守ってやるー!!」
「あはは、苦しいよ蒼空お兄ちゃん~っ!」
我が家は平和だ。
心の底から、そう思う。
兄妹の笑い声や無邪気なやり取りが、家の中に温かな空気にする。穏やかな風がそっと吹き抜けるように、私の心を包み込んでくれるんだ。こんな穏やかな日々がいつまでも続くのなら、私はそれだけで幸せ。
いつか私がこの場所に居られなくなるとしても……3人が、両親が……家族が笑顔でいられるのなら、それだけで――
蒼空に抱きしめられたせいか、なんだか息苦しくなった。強く抱き締めすぎだと声を張り上げると、兄は笑いながら「ごめんな咲来~!」と無邪気な声を!返して来る。
いつも輝が全く悪びれてなさそうな態度をしているのは、きっとこの兄譲りのものなんだろう。なんて、少し嫌な兄弟の共通点を見つけてしまって、私は思わず息をついた。
*
「うげぇ……」
私は完全に忘れていた。1番厄介な宿題は、毎日の日記を書くやつだって事を。日付や天気を自分で記入しなければならないし、手間がかかる上先に終わらせる事も出来ない。ホント最悪の宿題だ。
後は読書感想文が残ってるいるけど……そういえば、私はこれに必要な本を持っていない気がする。家には本がたくさんあるけれど既に読み尽くしているし、学園で借りた本も魔法に関するものばかり。どれも読書感想文には適していないだろう。
「うーん、本屋さんに行かないと」
面倒な宿題ではあるけれど、今日はまだ夏休み初日だ。そんなに焦る必要はないと自分に言い聞かせ、私は黙々と作業を進めることに決めた。
日が落ちるにつれ、静かな部屋の中でペンを走らせる音だけが響く。課題を1つクリアしていくたびに、少しずつ気持ちが楽になっていくのを感じる。
1時間・2時間・3時間と気付けば長時間経っていて、その間は周囲の音も忘れながら宿題に没頭した。何かに集中していると、いつも時間の感覚がどこか遠くへ飛んでしまう。意識ごと文字の世界に吸い込まれていたみたいだ。
『咲来〜、起きてる〜?』
「っうわ」
すると突然、部屋のドアをノックする音と私を呼ぶ声が部屋に響いた。飛んでいた私の思考は、その音でハッと我に返る。ドアの向こうに居るのが誰なのかは、声を聞くだけで簡単に分かった。
『今入ってもいい〜?』
その声の主は輝だ。私が直ぐにドアを開けて「どうしたの」と彼に尋ねると、いつも通りのニコニコとした表情で淡々と話しかけて来た。
「ちょっとお喋りしたくてさ。あれ、宿題してたの?」
「してたけど……ずっとやってたから休憩する」
「わ〜いっ」
私がそう答えると、彼はとても嬉しそうな声を上げながら部屋に入った。周囲を見渡しながら「咲来の部屋も久々だよね」と言い、部屋に置いてある椅子に腰掛ける。今はお互い寮住まいだから、そもそも自分の部屋に居ること自体が久しぶりみたいなものだけど。
部屋に持ってきていた麦茶をコップに注いでいると、輝はじっと机を見つめてからポツリ呟く。
「魔法の勉強、沢山してるんだね」
「まぁ……学園にしか置いてない本は多いから」
「偉いな~、流石学年1位」
「別に、そういう理由では無いけど……」
私がコップをテーブルに置くと、輝は「ありがと~」と言いながら、勢い良く麦茶を飲み干していく。ほとんど空になったガラスコップと中の氷が、窓から差し込む太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
「で、菜乃花とはいつ会うの?」
「ンブッ」
……危ない、全部吹き出しそうになった。
今急に春風の名前が口に出るなんて、流石に予想外だ。あの子と相棒契約を結んだことは話してるけど、輝の方から話題が出るのは、幼馴染と居る時も含めて初めてだ。
私は落ち着いて平然を装い、軽く咳払いをした。
「向こうの予定が空いてる日」
「日付決まってないの?」
「だって、メッセージが来てな……あれ」
来てない。とそう言いかけた瞬間、スマホの画面にメッセージ通知がピョコっと表示された。2人で画面を覗き込むと、そこに映し出されていたのは〝なのか〟から届いたメッセージ……つまり、これは春風からの連絡だ。
画面を開くと、彼女の明るい言葉が目に飛び込んできた。文字を読むと『8月中ならいつでも空いてるよ!!毎日でも!!!』と、送られている。暇な日を教えてって言ったのに、いくら何でもアバウトすぎると思うんだけど。
「良かったね、毎日会えるんだってさ」
「そんなに会うわけ無いでしょ!」
私が勢い良くツッコミをすると、彼はケタケタと笑いながらコップで輝く光を見つめていた。
「え~いいじゃん。俺は菜乃花と咲来が相棒になって嬉しいよ」
「それは……」
きっと輝のこの言葉は、嫌味なんてひとつも無い本心だ。本当に嬉しがっている。それが何となく伝わって、つい声が詰まってしまった。
「俺はさ、咲来が何をしてても、どこに居ても……一生咲来の味方なんだよ。だから、咲来が楽しいと思えるなら何でも良いんだ。俺は咲来を否定しない」
「……なにそれ、大袈裟重い」
「アハハ、絶対そう言うと思った~!」
少し大きく笑ってみせるも、彼はコップに向けていた視線を私の顔に向き直した。私とそっくりな顔立ちでありながら、全然似ていないように見える。昔からずっと私の隣に居た、誰よりも優しく私に微笑んでくれる、私の双子。
「もし……もしも、咲来を世界中の人が否定したとしたら……俺は咲来の後ろに立って、ずっと肯定し続けるよ。だから、いつでも好きな事をしてて欲しい。だから、最近は前より好きな事してる咲来を見れてる気がして、嬉しいんだ」
太陽がゆっくりと沈みかけて、私の部屋はオレンジ色の光に包まれていく。私と輝の瞳の色が混ざり合ったみたいに、柔らかくて温かい色だ。
「……急に、お兄ちゃんヅラしないでよ」
「俺のが咲来より数秒お兄ちゃんだも~〜ん」
そんな素っ気ない返事しかできなかった。だってそれ以外、なんて言ったら良いか分からない。後はその場の静けさに、ただ身を任せるしかなくて。
ただひとつ確かな事は、私が輝の立場だとしても、きっと輝と同じ言葉を私が言うだろうって事。こんな内容で同じ思考をしているなんて、私たちにしては珍しく双子らしい事かもしれない。そんな少しの似た所が、私は柄にもなく嬉しい……なんて、本人には言えないな。
外から入る柔らかな光が壁を暖かく染め上げる。宿題に追われていた時とは違って、なんだか時間がゆっくりと流れていくような気がした。




