✤ 第2話(前編):家族との別れ
「ねぇねぇ菜乃花、今日の夜3人でゲームしよ」
「やだよ、まーたパパとママに怒られるじゃん! 次こそは春風家のゲーム機が全部消え去ると思うんだけど」
「大丈夫だよ菜乃花姉ちゃん。涼花姉ちゃんと一緒に、パパにはちゃんと交渉したから!」
「マジか」
「マジだよマジ。お姉ちゃん用意周到なの」
ちょっとムカつくときもあるけど、やっぱり姉弟と話してると心が軽くなる。ずっとこの時間を過ごしていたいような、ふわふわとした気持ち。
「え~、うーん。じゃあ親を巻き込んで、今日は5人でゲームするしかない!」
「ほんと!? やったぁ!」
「菜乃花ってば、私よりも天才じゃ〜ん♪」
こんな日がずっと続けばいいのに。
……それは、絶対に無理なんだ。
『そこに居続けたら、このまま何も出来ないわよ。大丈夫、心配する必要は何もないわ。だってアナタは、ちゃんと自分の足で歩ける人なのよ。私はちゃんと知ってるもの』
また夢の中の声?
あれ、またって何だっけ。
私は見たことがあるの?
この綺麗な、淡黄の煌めきを。
『行ってらっしゃい、菜乃花ちゃん』
✤
「う゛~ん……」
ジリジリと鳴り響く目覚ましは、頭に直接「おきてー!」と叫ぶみたいにベルを鳴らしている。時計を見ると、まだ太陽が登り始めた5時30分。普段ならこんな時間に起きるなんてしないけど、私は重い瞼を擦りながら布団から出た。
夜と朝の境目は、冷たさと暖かさが同居してる気がする。雲ひとつない綺麗な朝焼けを眺めると、ピヨピヨと鳴く小鳥の声が耳に入った。そう言えば何かの夢を見ていた気がするけど……内容は思い出せないみたい。
「いてて、早くピアス付けよっと」
私の体は年々、寝起きから勝手に淡黄の煌めきが出てくるようになっていた。どうやら魔力多すぎて勝手に溢れてしまうらしく、そのせいかは謎らしいけど段々チクチクとした痛みが出るように。
それを見かねたママとパパが、これをプレゼントしてくれた。綺麗な赤いガーネットの小さなピアスを、私は出来るだけ一日中左耳に付けている。宝石には魔力を安定させる効果があるんだとか。
『魔法に関して、俺らにはこんなことしか出来ないから。これで少しでも菜乃花の助けになると良いんだけど』
『ほら、私もピアス付けてるの。3人は指輪とかブレスレット・ネックレスだけど、菜乃花はピアスに憧れてたから。きっと魔力の痛みも良くなるから、私と一緒にピアスを楽しみながら頑張りましょう』
『うん! みんなやママともお揃いなの、すっごく嬉しいよ。本当にありがとう!』
困った寝起きの体チクチクも、このピアスを付けるとほぼ収まってくれる。監理局の人曰く「このおかげで〝魔力が暴走〟的なことにはなってない」って話だったから、宝石ピアス様々だ。
「よし、ついた」
私は右耳をそっと撫でる。自分にとってコレは痛みを取り除く物じゃ無くて、学園に行く為の大切なお守りだ。家族とお揃いの、大切な思い出だから。
ぐーんと体を伸ばしてベッドを降りると、私は自室の扉をゆっくりと開いた。あんまり大きな音を立てたら家族が起きてしまいそう。なんて気遣ったにも拘わらず、リビングには電気が付いていたのだ。誰かの消し忘れでもなく声が遠くに聞こえて、ハッとしながら肌寒い廊下をドタドタと走った。
「おはよう菜乃花」
「ママ……みんなも、こんな時間に起きてたの?!」
リビングのドアを開けると、中では家族がくつろいでいた。こんな朝早くからみんなが起きているなんて、普段ではありえない。あるとすれば、テーマパークや旅行へ行くときくらいだ。
「今日はおきるに決まってるじゃ~ん!」
「そう言いながら、凑斗ってば起きなさ過ぎて3回も起こしてあげたんだよ~?」
「ウワーッばらさないでよ涼花姉ちゃん!」
笑いながら小突き合っている2人は、早朝とは思えない程元気だ。そんな様子に思わず私も笑みが溢れる。それと同時に、この光景がしばらく見られないことを改めて実感してしまった。
「あはは、ありがとねっ! さて、じゃあ今日も沢山食べますか。受験前にカツ丼食べる人みたいな感じで!」
「パパが沢山お皿に入れちゃうから、また限界まで食べちゃうわよこの子 」
「そうだったのか? 沢山食べてくれるからつい」
「全然大丈夫。美味しすぎて無限に食べれる!」
「お腹ぐるじいって言ってる妹も、これでしばらく見納めかぁ~」
そんな話をして笑い合いながら、みんなで朝ごはんを食べた。
テーブルにはお味噌汁にお米に厚焼き卵……絵に描いた様な和食が並んでいる。私はパパの作る料理がとても大好きだ。料理人として生きていてもおかしくないと思うくらい、本当に美味しいって思う。
春風家ではパパが料理担当。理由は単純でママが大の料理音痴だから、その代わり他の家事を分担していたりしているみたい。私たちは〝お手伝いをしたらお小遣いとかご褒美が貰える〟っていうのがあって、追加のお小遣いが欲しいときは、お姉ちゃんと掃除の取り合いをしたっけ。
それも、これからは全部過去の思い出になるんだ。
胸に穴が空いたみたいに、ひゅうっと冷たい風が吹いてるような感覚。私はその穴を埋めるみたいにご飯をパクパクと頬張り続けていた。テーブルへ上る湯気が消える度、この時間が終わることを自覚してしまうから。
「美味しかった、ご馳走様でした! じゃあ、ちょっと準備してくるね〜」
ご飯を食べ終わったあと、自室にこもって荷物をまとめ始めた。ちなみに制服はクラス分けの後に渡されるから、行くときは私服でいいんだとか。
トラベルバッグには筆箱、えんぴつ、お気に入りのコップ、私服。他にも生活で必要そうな物は色々と詰め込む。
このバッグは学園から郵送され、手紙には『是非使ってください』と書かれていた物だ。魔法で作られたこのバッグは、どれだけ詰めても羽みたいに軽くて、ランドセルと比べるとちょっと物足りなさまで感じる。
「よし、あとはこれかな」
トラベルバッグと通学用のカバンが入学予定者全員に送られているらしいけど、他にも郵送で届いた物がある。それは、魔法使い用の『スマートフォン』だ。見た目は親のと同じだけど、中には向こう専用のアプリとか魔力で動く機能とか、本当に色々入ってるらしい。
私は手に持ったスマホを通学用のカバンにそっとしまい、全身鏡で自分の顔と目を合わせた。反射の世界に居るのは、心底嫌そうな顔をした女の子。腰ぐらいまで伸びた黒髪を下ろしているからか、雰囲気も暗くて重苦しい。
いつも小学校に行く時はツインテールやハーフアップ、下ろしたままとか色々な髪型を楽しんでいたけど、学園でもそうする気はあまりない。かと言って下ろしたままも邪魔だろうな。
「そうだ。夕方のアニメに、髪の毛縛って気合い入れながら受験してる女の子がいたじゃん」
あれは確か、超難関大学に行くことを目指した女の子と塾講師が繰り広げる超絶きゅんラブコメアニメ。笑いあり涙ありの1年を駆け抜けた人気作品は、この間最終回を迎えたばかりだ。
思い立ったら即行動、という言葉が頭によぎる。早速道具を用意した私は、アニメの子を真似するようにブラシを手に取り、少し多い髪の毛をてっぺんにぎゅうぎゅうかき集めた。くしで整えて、ゴムできっちり止める。長い毛先は左肩に流すと、さっきよりは大分マシな雰囲気になっていた。
「よし、これで気合い入れOK! 大丈夫、私はちゃんと頑張って来れる」
鏡に手を合わせ、笑顔を浮かべ、言い聞かすように呟く。そのまま鏡に被せ布をふわりと乗せ直して、トラベルバッグやカバンを手に持った。
時計を見るともう7時。そろそろ本当に家を出なくちゃいけない時間だ。小さい頃から毎日を過ごしていた大切な部屋、次来られるのはいつになるのか分からない。
「……行ってきます」
少し寂しい部屋へ決意を言葉にし、私は見慣れた扉をそっと閉めた。
✤
「もう行っちゃうの?」
「ごめんね湊斗、思い出話を楽しみにしてて!」
「……」
そう言うと、湊斗は静かに顔をうつむかせた。頭をポンポンと撫でると、お姉ちゃんも同じように弟の頭に手を乗せ動かしていく。
「菜乃花は人に頼るの下手なんだから、あんまり溜め込みすぎないよーにね」
「うん。ありがとう、涼花お姉ちゃん」
普段はハグなんて照れ臭くてやらないのに、今日は私に抱き着いてくる。そんな2人に何も言えなくて、ただ固まって立っていた。抱きしめ返そうと腕を途中まで振り上げたのに、それより先に動かなくて。
お姉ちゃんいつも明るくてマイペース、私は何回も振り回された。ツッコミだって何回やったか分かんない。でも、いつも私を心配して声をかけてくれたよね。
湊斗は弟と思えないぐらいしっかりした子で、私なんかより立派で、いつの間にかもう小学生で。ランドセルで学校に行くところ、私も一緒に登校して見たかったな。
あれ? どうして、今まで気付かなかったんだろう。もう決めたことだから、すぐに決心がつくと思ってたのに……家族と離れるのって、こんなに寂しいんだ。
私は宝物に触るみたいにぎゅっと姉弟を抱きしめ返す。暖かくて、私と同じ匂いがする。抱き合っている私たちを、パパとママは微笑ましそうに眺めていた。
「気をつけて行ってらっしゃい。無理はしないでね」
「何かあったら、ちゃんと直ぐに連絡するのよ?」
そう言う両親の表情を見て、私は出かかった涙をグッと抑える。泣いてるところなんて見せたら、2人を余計に心配させちゃうから。
「あのね。パパ、ママ……私のこと、お姉ちゃんや湊斗と同じ〝普通の人間〟みたいに接して、普通に私を育ててくれて……本当にありがとう」
ああダメだ。声が勝手に震えて、喉に音が詰まる。
2人のこと、心配させたくないんだけどな。
「何言ってるの、そんなの当たり前じゃない! 菜乃花は私たちの大事な娘で、今だって普通の子どもなのよ?」
「寂しくなったらいつでも帰っておいで。菜乃花の好きな物を沢山作って、4人でいつでも待ってるから! 離れてても、俺たちはずっと一緒だよ」
「そうよ、何があっても菜乃花の家はずっとここにある。それを忘れないでね。みんな、菜乃花のことが大好きなんだから……っ」
ママの瞳は太陽の光を強く反射しながら、ぎゅっと閉じられた。眉間にしわを寄せたママの手が私の髪に触れると、同じ目線にしゃがみ込んで優しく私を抱き締める。ママの右耳には、私と同じガーネットのピアスが赤く煌めいている。
耳元で、震える息がそっと響いた。
「私はママだから、娘が泣かないのに泣いたりしない。でもね、大切な娘が旅立つことも、離れなくちゃいけないことも、やっぱりどうしても寂しいの。だから絶対に、無事でまたここへ帰って来てね……愛してるわ、菜乃花」
いつもは割とふざけてる癖に、本当にずるい大人だ。そんなことを言われたら余計に行きたくなくなっちゃうのに。
魔法なんて意味のわからない物を、ママとパパはずっと信じて、私を守ってくれた。そんな話を聞いた後でも、姉弟は昔から変わずに接してくれた。きっと当たり前じゃない、これはすごく幸せなことだったんだ。
優しくハグをするママの背中から、パパが私たちにハグをする。その様子を見た姉弟は、真似するようにまた私たちに抱き付いた。家族たちに強く押し潰されて、それと一緒に思い出が走馬灯のように流れ込む。
「私も、みんなのことが大好きだよ……この家に生まれて来れて、本当に幸せ」
やっぱり離れたくない。行きたくないって駄々をこねたくなったけど、そうしたらみんなを困らせる。家族に「行かせたくない」なんて言わせたくないから、私は笑った。しんみりした空気にするより、楽しい気持ちで出発したくて。
でもね。この笑顔はきっと、いつも勝手に張り付く仮面みたいは笑顔じゃない。だって家族と居たときだけは、いつだって私で居られたんだから。
「えへへっ。それじゃあ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい!」
「気を付けてね~!」
大きく手を振りながら、足を動かす。遠く小さくなっていって、家族が段々と見えなくなっていく。
溢れかえる寂しさを噛み殺して、マンションの廊下を歩き始めた。だってもし見たら、今すぐ後ろに帰りたくなっちゃうから。
だからもう、背中の方を一度も振り返らなかった。




