✤ 第17話(前編):楽しすぎる体育祭
「じゃあ、私たち親のところに行くから……一応怪我してないか確認してあげなよ」
「あ、うん。じゃあまたね~……」
私が手を振ると皆も振り返し、花柳は幼馴染に笑われながら、木の道を進んでいった。
「千鶴、怪我とかしてない?」
「うん……大丈夫」
「そっか、良かったぁ!」
そもそもここに居たのは、ちゃんと理由がある。私が無駄に注目されていた時、千鶴が「あまり人がいない場所に行く?」と誘い出してくれたからだ。そんな友達の提案に嬉しくなって、私は喜んで承諾した。
そうして木の道を歩いている時に出会ったのは、プルプルと震えながら木から降りれなくなっている黒猫。千鶴が真っ先にその猫に近づいていく様子を見て、本当に肝が冷えた。
私は杖を持ってなかったし、あったとしてもやれる事が、火の粉を出すとか明かりを付ける……と言う、悪影響しか与えないもの。大人を呼ぶにも距離があるし、このまま受け止めるのも不安だった。
そんな時に現れた救世主! あの魔法がなかったら、もっと危ない方法で猫と千鶴を助けるしかなかったはず。花柳のおかげで、千鶴とにゃんこを安全に下ろすことが出来たんだ。
今度会った時は、花柳の好きそうな甘い物でも献上しよっと。
『もしも許してくれるなら、私も普通に接したい……友達だって、胸を張って言えるぐらいに……』
『そうですね、貴女さえ良ければ。これからも宜しくお願いします』
それにしても、まさかあの子が千鶴の「普通に接したい」という提案を素直に受け入れるとは……正直、私が相棒提案した時みたく即否定するのかと思ってた。
だって、私は何回も相棒になろうを断られていたんだよ? ずっと「お願い!」「嫌です」の押し問答で……あぁ、今思い出しても頭が痛い。
「……あのね」
1人でうーんと考え込んでいると、ふと隣から言葉が飛んでくる。私が彼女の方を向き直ると、少し寂しげな表情を浮かべていた。
「私さ、ずっと後悔してたんだ」
「後悔?」
「うん」
千鶴はそう言うと、木の幹にポンと寄りかかって背中を丸める。心の重さを、少しでも和らげようとしているみたいに。
「花柳さんは闇魔法師。でも、先代聖女様を殺したって言われてる護衛の闇魔法師とか、おばあちゃんたちを襲った呪使いとも違うでしょ? なのに、同じ人みたいに怖がって……そんな人じゃないって、前からずっと知ってたのに……」
彼女の言葉は、心の奥深くに響いてく。その声には複雑な感情が絡まっているが、何となく伝わって来た。
入学式の日、初めて自分の部屋に入った時、彼女が私に「闇魔法師に気をつけて」と忠告してくれたのを、今でもよく覚えている。思い返せば、あの時の千鶴は凄く怖かったのかもしれない。同じ部屋になった私も、自分自身も……過去の人たちと同じ様に、何かあるかもしれないと。
「ずっと直接謝りたかったの。自分勝手なのは分かってるけど、ケジメを付けたくて……だから、ちゃんと今日謝れて良かった!」
彼女はそう言って、晴れやかな笑顔を見せる。木の葉の隙間から差し込む光は、まるで彼女を祝福するかのようにキラキラと輝いていた。
*
「フレー、フレーッひーのーくーみー!」
「「フレフレ火組、フレフレ火組!」」
体育祭はお昼過ぎ。校庭では先輩たちが綱引きをしていて、青空の下では活気あふれる声が響き渡っている。
私は体育祭実行委員会の一員として、クラスの応援団長的な役割をしてる。だからこそ、こうして同じクラスの先輩たちを応援するために、心を込めて声を上げているんだけど……。
た、楽しい!
楽しすぎるぞ、体育祭!
ワクワクとした気持ちから、身体が自然と動き出す。周りの熱気に当てられて、私の中にある火の魔力が勝手に溢れ出しているみたい。やっぱり体を動かすことが好きなんだと、改めて実感してしまう。
クラスメイトの応援の声が重なり合って、1つの大きな波が出来るみたいに広がってく。みんなの笑顔や真剣な表情を見ていると、この瞬間を心から楽しんでいるのがわかる。その雰囲気が、私の心を満たしてくれるんだ。
遠くからは、私の親や姉弟が見守っている。少し注目されているものの、聖女様の家族だって逆にみんな怖気づいているのか、あんまり話しかけないみたい。
近くに先生が居るし、聖女様の親に何かしたら盲信者に何かされるんじゃないか……みたいな、ちょっと重苦しい雰囲気がある。私としては、家族に危害が加えられないのならそれで問題ないんだけど。
それよりも、私が「聖女様」と呼ばれる度に、姉弟が「フフ」と目を細め、口元を緩ませながららニヤニヤーっと笑い出すのが腹立たしい。頭の中では何回か「コノヤロー!!」って叫んだ。
しかし、そんな姉弟の姿を近くに感じられるのは、何だか嬉しかった。学園に家族が居るのがこんなに嬉しいだなんて。どれだけ生きる世界が別れて離れる時間が増えても、家族との絆は薄れていないんだと……そう、改めて実感出来る瞬間が幸せなんだ。
「次は綱引きでーす。参加する生徒は校庭に並んで下さーい!」
次の競技は綱引き……だけど、私は既に走る競技に出すぎてるから、この競技には参加しない。1人あたり出場できる種目数が、大体決められているせいだ。
だから私は、クラスの持ち場にある自分の椅子で待機している。ココに残っているのは、3学年とも全クラスの内の数人だけ。
正直、めっちゃ参加したい。私も招集場所に行って、勝手にあの綱を思い切り引っ張りたい。周りから熱気と興奮が伝わってくる中、皆が校庭に集まる姿を見つめてもどかしさが膨らんでいた。
「聖女様、私たちだけでも頑張って応援しましょーね!」
「あ、うん……そうだね!」
「でも聖女様は出たがってたから、残念だよな」
「本当だよね、私たちも飛び込んじゃう?」
「そんなの失格になっちゃいますよぉ~」
普段、私は大抵の人に「聖女様」と呼ばれたり、敬語で会話されたりする。それはクラスメイトも同じだし、名字で呼んでいる人はクラスの半分も居ない。私はこの状況に違和感を覚えてる。
でも、千鶴との事もあって、それも仕方の無いことなのかなと受け入れるような気持ちも芽生えてきて……要は、気持ちがゴチャゴチャしてるのだ。盲信者の中には、千鶴みたいな人も居るって分かったから……。
「あ……」
「どうしたんですか~?」
「うっ、ううん!! みんな気合入ってるな~と思って……」
「そうですね。こちらも全力で応援しましょう!」
「だねー! 実行委員も気合を入れるよ!!」
「いえーーいっ!」
思わずぽつりと呟いた言葉は、すぐ私の中へ封じ込めた。目の前に現れたのは、第1戦目の相手、うちの学年のクラブクラス。その集団に混ざっているのは、私の相棒。
なんと言うか……すごく、すごく心配だ。うちのクラスの対戦相手だから同情している暇無いんだけど、それにしても心配だ。
「それでは……よーい、スタート!」
パンっと合図の音が鳴り響くと同時に、各クラスが綱を掴み、それが左右に動き出す。緊張が走る中、うちのクラスは接戦を繰り広げていた。どうやら、なかなか勝敗が決まらないみたいだ。
私は「火組いっけー!」と叫びながら、視線はどうしても綱のほぼ中心に立つ彼女に吸い寄せられてしまう。その表情はいつも通りであまり変わっていない。でも、顔は真っ赤で体は震えて、頑張って足を曲げながら体を倒し、後ろに向かって全体重をかけている。
……だめだ、花柳のが気になりすぎて、応援に集中できない。なんだこれ、妹を心配して見守るお姉ちゃんになった気分だ。
自分のクラスを応援しているのに、頭はあの子の事ばかり。
「やったー!」
「うちのクラスが勝ちだ!」
その声が響き渡り、私はハッと我に返る。
視線を向けると、中心の紐は確かにうちのクラスの方へと移動してる。無事に勝利したワケだ。待機組のクラスメイトたちと一緒に喜びを分かち合っていると、まだ他のクラスの競技が終わっていないせいか、出場していた子たちが体育座りで終わるのを待機し始めた。
その真ん中で、花柳はゼーハーと肩を揺らしながら、クラスメイトと会話を交わしている。私は心の中で「お疲れ、相棒……」と励ましの言葉を送っておいた。




