✿ 第16話(後編):やってしまった
四葉さんの様子から、黒猫を助けて自分ごと動けなくなったのだろう。その光景を見た瞬間、周囲は混乱に包まれた。
「え、えっ、な、ち、ちちち、ち、ちち」
「落ち着いて、陽太ーっ!」
「ダメだよすずっ! 陽太、焦りすぎてロボットみたいになってる!」
「これは、大変、だね……」
「輝は手がわなわなって変な動きしてるよっ!!」
幼馴染が焦り、四葉さんも焦り、春風さんも焦っている。冷静な人が誰もいない状況に変な焦燥感が滲んだ。四葉さんと黒猫は不安げに身を縮めている。
先生や大人を呼ぶにも、この距離を往復してるうちに彼女が落ちてしまうかもしれない。既に暫く居た様子だし、どうにかしてふたりを助けないと。でも、どうやって――
「あっ」
その瞬間、私はハッと閃いた。今は昼休みで、カバンの中にはお弁当と一緒に魔法の杖が隠してある。周囲は草木に囲まれた静かな場所で、人の気配は全く感じられない。そしてこの空間には、私と彼女の関係を知る者しかいない。
それなら、本当は今日使っちゃダメだけど……私が魔法を使うしかない!
「四葉さん」
「ハッ、ハイ!」
「私が風魔法を使うから、私が魔法をかけたら降りて下さい。春風は下で四葉さんを受け止めて!」
「え、私!?」
「いつも筋肉自慢してるでしょ、とにかく春風が一番適任なの。ほら、早く四葉さんの下に行く!」
「ィ……イエッサー!」
私が大きな声で言い放つと、彼女はすぐに四葉さんの下へと走り出した。その間に、私は急いでリュックから杖を取り出す。
大丈夫、これは何度も予習してた魔法。何度も成功を繰り返している私なら、絶対完璧にできる。
「〝風の抱擁〟」
言葉が空気に乗って、魔力が右手から杖に流れ込む。その瞬間、四葉さんと黒猫が黄緑に輝いた。少しずつ生まれる柔らかな風に、ふたりはふわふわと包み込まれる。
「四葉さん、今です。その子のところに降りて下さい!」
「う、うん……!」
不安を抱えた表情のまま、四葉さんは目をぎゅっと瞑り「えいっ!」と木の枝から降りた。ふよふよとゆっくり落ちていく彼女は、まるでお姫様のように腕の中へ優しく受け止められた。
四葉さんに抱きしめられている黒猫も「にゃん」と穏やかに鳴いている。どうやら、全員無事のようだ。
「良かった……」
その言葉が口をついて出た瞬間、幼馴染たちは木の元に集まり「2人とも平気ぽいね」「杖持ってるなんて天才だよっ!」「猫ちゃんも無事だ!」「よかったぁ~」と、それぞれの思いを口にする。ちゃんと成功出来て、私もホッと胸を撫で下ろす。
「大丈夫そうですか?」
「うん。ありがとう……花柳さん」
四葉さんは感謝の言葉を口にすると、お姫様抱っこになっていた場所からすっと降りる。すると、彼女の腕からぴょんっと黒猫も飛び出して、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。
しかしその瞬間、四葉さんが申し訳なさそうに私をじっと見つめているのが目に映る。
「……あのさ、私……貴女にあんまり良くない態度だったのに、どうして助けてくれたの?」
その言葉はどこか懐かしく響く。どうして助けてくれるの……なんて、前に相棒に聞かれたような言葉だ。友達になったら言動まで似て来るんだろうか。
私は、目を伏せる彼女に向かって優しく言葉を投げかけた。
「貴方の闇魔法師への気持ちは、同じ状況になれば誰でも感じるような当たり前の感情です。だから気にしてませんよ。それに、同級生が目の前で困っていたら、助けるのは当然です」
「でも……私のこと、怒ってないの?」
「はい、全く」
私の言葉が静寂の中に響くと、四葉さんの表情が柔らかくなる。そして、その瞳をうるうると揺らした。
「花柳さん、本当にごめんなさい!」
「え、えっちょ、あの……顔をあげて下さい、謝らないで大丈夫です。確かに木に登るのは無計画だと思いましたけど、貴女は黒猫を助けようとしただけじゃないですか」
「そうじゃなくて! 今だけじゃなくて、今までの全部がごめんなさいなんだよ!」
そう告げると、四葉さんは下げた頭をバッと持ち上げて、私の顔をまじまじと見つめた。その切羽詰まったような表情に、私は何も言えなくなってしまう。
彼女の言葉を静かに待つと、やがて彼女はゆっくりと口を開いた。
「私、闇魔法が怖いって気持ちがずっとあったんだ。でも、貴女のことは怖くもないし嫌いじゃないの。だから、もしも許してくれるなら、私も普通に接したい……友達だって、胸を張って言えるぐらいに……」
この子はとても優しい。自分の中に抱える怖さを私に打ち明けながら、その上で私そのものを認めてくれて、しかも私と関わりたいと……そう言っている。私には無い勇気を持った人。
「そうですね、貴女さえ良ければ。これからも宜しくお願いします」
「は、花柳さん……ありがとう~ぅっうう」
「あ~、咲来が千鶴泣かせてる」
「泣かっ……」
輝のからかいに焦った私は、慌ててハンカチを差し出した。
「えと、泣かないで下さい四葉さん……ほら、私のハンカチ使って良いですよ、これ使ってないですから。あと、輝は後ではっ倒しておきますので」
「あ゛り゛がどう゛……ごべん、勝手に涙が出できちゃっで……」
「咲来って、俺の扱い結構酷いよね」
「俺は全部自業自得だと思うぞー」
拒むことは簡単だ。彼女の家族は呪いの被害者で、私は加害者の力に似た魔法を使える者。だから彼女を遠ざけるべきだと、頭の中では理解している。それなのに……私は、目の前の真っ直ぐな決意を蔑ろにすることが出来ない。
拒まない事で生まれる不安はある。でも、そんな気持ちは誰にも知られたくない。何でもない事のように取り繕って、覆い隠して、他人の目には映らない様にしてるだけ。だから私は、ただいつも通りに振る舞う。
「んも~、咲来は素直じゃないねっ!」
「そうだよ照れちゃって~」
幼馴染との会話を聞いて、目の前に立つ2人は耐えきれないと言う様に笑い始めた。その笑い声は、まるで優しい風のように空間を満たしていく。幼馴染たちもその様子に釣られて、自然と笑顔を浮かべていた。
こんなにも幸せで満ち溢れた空間にいることが、本当に許されて良いのだろうか……なんて、そう思ってしまうぐらいに。
その笑顔を眺めていると、ふと目の前にブルーアワーの瞳が大きく映った。赤と白の体育着を身にまとった、ポニーテールの女の子。
「……えっと、何でそんなに睨んで来るの」
「違うよ、これは微笑んでるの~っ♪」
「私が四葉さんを助けたの、そんなに不思議だった?」
「ううん、それは個人的に嬉しすぎたよ。でも、そうじゃなくて……んふふっ」
その理由がよく分からなくて、私はパチパチと瞬きを繰り返す。ハテナを浮かべて彼女を見ると、その目をゆっくりと細めながら声を上げた。
「やっと呼び捨てにしてくれたね、私の事!」
……やらかした。タメ口なんて、彼女と話す時は絶対にしないようにしてたのに。どうしてこんなに気が緩んでいたんだろう……いや、焦ってたから無意識になっていたのか。しかも、今まで全く気づいていなかったなんて。
あぁぁ、今すぐ否定したいし訂正したい。でも、何を言おうにも全てが今更だ。だって、目の前でこんなに嬉しそうな顔をする彼女に対して、私はどんな言葉も口に出せないのだから。
「えへへ~っ」
その表情を静かに眺めていることしかできず、自分の葛藤は煌めきへと簡単に飲み込まれてしまう。
相棒の笑顔が私を捕えて、ずっと離してくれないから。




