✤ 第14話:友達!
今日の授業が全て終わり、放課後の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。みんなが歩いて寮に帰ったり遊びに行ったり。そんな人の行き交う廊下で、私は一生懸命足を動かしていた。
「っは、……は、」
もし誰かに「学校来て大丈夫なの?」って言われたら、体調不良がやっと治ったと答えればいい。何で休んだのに校舎にいるのかと問われたら……うん、それはその時に考える!
でも、今の私に話しかける人は誰もいないだろう。だって話しかける隙もないくらい、私は走り続けているんだから。
「いない!」
「ここもおらん!」
「全然いない!」
とにかく走って走りまくって、ひたすら探していた。ネイビーカラーの髪を2つに括った、あの女の子の事を。
「……っは、ここもダメかぁ」
クラスに行ったけどもう居なくて、図書館や食堂・他クラスに行っても影も形も見当たらない。じゃあどこだろうと考えて、体育館・他学年……色んな所を走っていたのに、結局会えなくて。
最終的には、さっき一旦着替えに戻った白寮の近くへと、帰って来てしまったのだ。
「わーん、一体何処にいるの~!」
しゃがみこんで途方に暮れる。これ以上どこを見たら良いのか全然分からなくて。あぁ、絶対どこかにいるはずなのに……やっぱり昨日の私の態度で嫌な気持ちにさせたから、寮に帰りたくなくなったのかな。
「…………ううん、へこたれてる暇はないぞ春風菜乃花っ!!」
ばちんっと自分の頬を叩くと、ピリッとした感覚がジワジワと広がった。私の数少ない良いところは体力が結構あるとこなんだから、人探しを続けるのは全然苦じゃない。だからしゃがんでる場合じゃないよね。
「って、あれ?」
そう思って顔を上げ、前の方を見たその瞬間。遠くの端っこに、ネイビーカラーの髪が見えた。あれは……四つ葉のクローバーが付いた髪ゴムは、絶対にそうだ!
彼女は曲がり角から姿を現して、すぐにまた見えないところへ歩いて行こうとしている。ダメだ、このままじゃすぐに見失なっちゃう!
「四葉さん!!」
腕が届かないから、代わりに追いかけながら叫んだ。大きな声はまた外に響いて、そこら辺を歩く学園生の視線が私に刺さる。その中に、四葉の視線が交じってく。
良かった……私の声、ちゃんと届いたんだ。
「は、春風さん!? どうして学校に……今日はお休みだったんじゃっ」
彼女がそう話している間に、私はその手をギュッと掴みながら寮の中へと走ってく。階段をドタバタと踏みつける音が、嫌に耳へ響き渡っていた。廊下を走るなって言われちゃいそうだけど、今はそんなの気にしてられない。
「それは、もう治ったから大丈夫! 昨日から色々急で迷惑かけちゃったよね」
「いやそんな……私は何も……」
「ううん、本当に迷惑かけたから。昨日だけじゃなくて、今までずっと」
「え……?」
少し申し訳なさそうで、不安そうな声。その声色を耳に入れると、私は昨日の出来事を思い出した。あの時君は、何かを言おうとしていたのに。その先の言葉が聞けなくて、突き放して……それで逃げた。本当に、なんて酷いことをしたんだろう。
「と言うか、今も迷惑かけてるじゃん! うわぁぁっ焦ってて君に言う前に部屋まで走ってた……」
「いや、私も丁度帰ろうとしてたし、全然大丈夫だよ」
いつの間にか部屋に入っていて、私たちは殺風景な玄関の中に立っていた。それを自覚した途端に、この心臓はうるさく鳴り響く。
……いや落ち着け、何を言うかはもう決まってる。覚悟だってもう決まってる。大丈夫、私には超心強い相棒が付いてるんだもん。百人引き所か、千人引きの勇気が上乗せされてるの。
私はめいいっぱいに空気を吸って、そして思い切り吐き切った。
「昨日は、君の言葉を遮って……君から逃げてごめんなさい!」
私が深く頭を下げると、足元に映った彼女の影はぐるぐると慌てたように動く。
「えぇ!? 気にしてないから謝らないでっ!」
いつもみたいに優しく言ってくれて、とっても嬉しいよ。でも、その言葉に大人しく従う訳にはいかない。どうしても伝えなくちゃいけない事があるから。
「私ね、四葉さんの本音を聞きたかった。でも、もしあの後『聖女様しか求めていない。聖女様じゃなかったら嫌いだよ』って言われたらどうしようって、怖くなって……それで逃げたの。君の言葉も最後まで聞かずに」
そこまで言って、顔を上げる。目の前の四葉さんは、驚いたような何とも言えない表情を浮かべていて。その瞳の中に、いつもより髪の乱れた私が映った。
汗が止まらず呼吸は崩れて、酷く切羽詰った顔。いつもの〝善人な聖女様〟って仮面も、この子の前ではとっくに壊れてる。私が気付いてなかっただけで、ずっと前からそうだったんだよね。
「でも、もう逃げない。だから君が私に言いたかったこと、今度こそ教えて欲しいんだ。私も、私が言いたかった事をちゃんと君に伝えたいから!」
あぁ、この後なんて言われるのかな。怖い、めっちゃ怖い! 人に踏み込むのって、すごく怖い! でも、私は絶対に彼女から目を逸らさない。もう逃げないって決めたんだもん。
シーンと静かな時間が続く。その中で私は、さっき相棒に言われた事を頭の中で思い返していた。
『貴女なら、きっと仲直り出来ます』
あの綺麗な景色に感じた風が、今も私の背中を押してくれているみたい。もしかしたら、これも相棒の風魔法なんじゃないか……って、つい都合のい良い勘違いをしちゃいそうだ。
そうして沈黙が続いた後、四葉さんのまっすぐ見つめる瞳が揺らぐ。すると彼女は、覚悟を決めるようにゆっくりと口を開いた。
「私ね、春風さんに盲信者だと思われたくなかったの」
「……うん」
「家族のことは大好きだよ。昔から話に聞いてた聖女様とか聖君様も尊敬しているし、それは今も変わらない。呪使いとか、行方不明の闇魔法師が怖いのも本当……だけど……」
そう言って、彼女は私の手を優しく握った。その温もりが私の心にじんわりと滲む。
「初めて会った時、春風さんは盲信者に困ってたでしょ。だから、貴女のことを〝聖女様〟って言ったら、もう仲良くなれないかもって思ったの。それに、私は聖女様を尊敬してるけど、神様みたいに崇めたい訳じゃなかったから 」
そんなことない、と否定することが出来ない。彼女の言っている事は本当だ。実際には私は今も盲信者のことで悩んでいる時がある。
仮に「友達になろう!」と言われても「君が求める聖女様になれないよ」って、突き放して……そうは伝えなくとも、無意識のうちに線を引いて接してたかもしれない。
「それにね、一緒に過ごして思ったの。貴女は確かに光魔法を使える〝聖女様〟だし、それはどうしても憧れちゃうけど……私にとって春風さんはただのルームメイトで、普通の同い歳な女の子なんだって」
「四葉さん……」
握る手の力が一層強くなって、少しだけ震えてる。
「春風さんがこの部屋に初めて入った時の、憧れと全然違い過ぎる聖女様が面白くて……盲信者としてじゃなくて〝四葉千鶴〟として仲良くなりたいって思ったんだ」
彼女はそう言って、私の顔を真っ直ぐ見つめた。眉尻を下げながら言葉を放つ彼女に、私の心臓はズキズキと痛む。
「なのに、昨日は言葉が上手く出てこなくって……私が盲信者って分かったら、春風さんに嫌われると思って……それで、何も言えなくなっちゃった。本当にごめんなさい」
私は本当に自分勝手だ、ずっと自分のことしか考えられていなかった。私は「私を頼ってね!」なんて一度も言ったことが無いのに、この子をずっと頼りにしてた。立場と家族と色んなものに挟まれて、毎日苦しんでいたかもしれないのに。
「あのね、私も君に聖女って思われたくなかったんだ。昨日はそれがどうしてなのか、自分でも全然分からなかったんけど……今日、やっと分かった」
私は彼女が握ってくれた手。ただ握られていただけのそれを動かして、彼女の手のひらを包んでギュッと結んで。言いたかったことを、伝えた。
「私、ずっと君と友達になりたかったの!」
その瞬間、私の視界がじわりと揺れた。あぁ嫌だな、なんだか涙が出てきそうだ。
「君が盲信者とか私が聖女様だとか、もう全部どうでもいいの! 私は君と友達になりたい。ただの同級生、ただのルームメイト、ただの友達!」
「ほんとに……私のこと、嫌いになってないの?」
「なってる訳ないよ、むしろ自分の事が嫌いになった。今まで何も気づけなくてごめんなさい!」
「そんな、私がずっと言えなかったのが悪いから」
一瞬の沈黙。その間じっと顔を見つめていたら、どちらからともなく笑いが込み上げてきて。さっきまでの空気が嘘だったみたいにお腹から声を上げて、肩を震わせた。
私たちの間にあった緊張とか、そんなのもう吹っ飛んだみたい。ずっと互いにあった壁が少しずつ崩れ落ちて行く。
心の中がポカポカと暖かくなった気がする。響き渡る私たちの笑い声は、殺風景な部屋に残った寂しさを壊してくれた。明るく煌めく彼女の瞳は、高台で花柳と見た景色の、さっきの空と同じ澄んだ青緑で――ん? ちょっと待って。そう言えば私、1番大事なこと言ってないよ!
「あの……すごく今更になっちゃったんだけど、私と友達になりませんか」
……緊張する。
今まで私がしたことがあるのは「よろしくね」って軽い挨拶か「相棒になろう!」って提案くらい。友達になろうなんて言ったことないから、不自然じゃないか分からない。そもそも、友達になるってこんな風に提案すること!?
固まった表情の裏側で、私の思考だけがやけに大疾走しててうるさい。でも、そんな私の心を見抜いたみたいに、四葉さんはふふっと笑って口を開いた。
「私もずっと、友達になりたかった。改めてよろしくね……菜乃花!」
「へ、」
彼女の言葉が、私の心に深く染み込んでいく。情けない話だけど、本当にずっと泣きそう。
学園に入学するより前から憧れていた、肩書きも立場も関係なく〝春風菜乃花〟として一緒に笑い合える友達。
「うん……うんっ! これからもよろしくね、千鶴!」
あぁ、嬉しくてどうにかなってしまいそう。
*
あれから1日経った、金曜日のお昼休み。体育から帰ってきた私は、昨日友達になった彼女と廊下の掲示物を眺めていた。
「やっぱり菜乃花が描いた絵、すっごく綺麗!」
「ほんと? 嬉しいなぁ」
千鶴の視線の先にあるのは、この前図工の授業で描いた絵。完成した絵は全クラスの壁に貼られて、廊下から見れるようになっている。
この絵は、輝と陽太に話を聞きながら机くっつけて描いてた時のもの。その時は絵の具の色も無いように見えていて、風景画なんて綺麗に描けないって思ってた。でも――
「この虹とか、夕焼けのキラキラ感とか……写真で見るより幸せな景色って感じ。菜乃花がこんなに図工得意なんて、私全然知らなかったよ」
「……うん。私も、知らなかった」
最近は、鮮やかな色が分かるようになった。ここに来た時は想像も出来なかった、虹色に煌めく景色。それはきっと、自分の心に向き合って生きれるようになったからだ。
前よりもこの世界が、魔法が……自分の事が、ちょっとだけ好きになれた気がする。隣に立つ千鶴と顔を見合せながら、私たちはクスクスと小さく笑い合った。




