✤ 第13話(中編):本気のおままごと
「咲来、今度は絶対連れてってよっ?」
「はいはい……」
「ちゃんと約束覚えててね、春風さん♪」
「了解でございます!!」
その圧に、私は思わず敬礼をしてしまった。
花柳さんはコホンと息をつくと、私の指先に手を触れる。すると、片方の手で杖を持ちながら〝闇の目眩し〟をかけてくれた。
「わぁ、本当に何にも見えない!」
「咲来って私たちの前で滅多に魔法使ってくれないから、初めて見たなぁ。何かカッコイイ~」
「そんなに褒めても何も出ないけど」
「声だけ聞こえてきた、何これすごいっ!」
稲山さんと片桐さんは、キラキラと目を輝かせた。昨日初めてお話したのに、この表情を見るのも何度目なんだか。
私たちは、制服を着て部屋を出る2人の後ろをついて行く。でも、私たちが着ているのは私服……学校に行かないから当たり前だ。2人が寮を出るのと同時に私たちも出て行くと、そのままゆっくりと、人の居ない方へ歩いていく。
「よし、では行きましょうか」
「……ところで、何で私たちこんな服装なの?」
そう、私たちが着ているのは男子っぽい洋服だ、普段の私たちの姿とは全然違う。でも、そんな服装も花柳さんには似合っているように見えた。
私は長い髪の毛を帽子にしまい、花柳さんは髪の毛を上の方で縛っている。彼女に借りたリュックの中にはスマホと制服が入れられていた。目の色は彼女の持っていた魔道具で変えられているし、前髪の分け目だって普段と違くて……要はパッと見別人。
「私は一応容姿含めて知られてる方なので、この髪色や目の色で私とバレやすいんですよ。それに貴女も〝聖女様〟なんだから、本来は私より有名人。今はどの程度容姿がバレてるのか学園外じゃ分からないし」
「あぁ……まあ確かに、それなら変装してた方が良いね」
「そう言う事です」
彼女の言う通り私たちは目立つ、そのまま2人でホイホイ出歩いていたら注目され過ぎそうだ。それに休むのは権利があると言っても、ズル休みして一緒に居られるのを見られるのはマズそうだし。
個人的には、変装してる花柳さんの雰囲気が少し輝に似てて、やっぱり双子なんだな……って感じられるのが面白いけど。
「とにかく、モタモタしてる暇はありません。ほら行きますよ」
「待って、行くってどこに?!」
私の問いに彼女は少し悪い笑みを浮かべて、ぐいぐいと腕を引きながら答えた。
「魔法使い御用達の超絶品パン屋さん……〝YOTSUBAPAN〟です」
YOTSUBAPAN……つまり、四葉さんの祖父母がやっているお店。その名前を耳にした瞬間、花柳さんに昨日言われた言葉を思い出した。身近な存在から話を聞くのが一番って、そういう意味だったんだ。
「あそこの店主さんは、とてもお話好きな人なんです。それとなく聞いてみたら、何かヒントが貰えるかもですよ」
*
魔法駅……ここに来るのも入学式の日以来だ。懐かしいパンの香りが広がっていて、私は思わず立ち止まる。嗅いだ瞬間あの時食べたパンの味が戻ってきて、口の中にじわ~っと広がって。温かい香りが、私をその瞬間に引き戻しているみたいだ。
「あ!」
でも、幸せな思い出に浸っている暇もなく、私は大変な事を思い出した。
「私、パン屋の人と入学式の日に喋ったんだった。もしかしたら、声でバレるかも……」
「えっ」
花柳さんともあの日にこの場所で出逢ったけど、それはパンを食べた後の出来事。だから、その前に店員さんと会話した事を知らなかったんだ。
「あー……演技とかはどうですか? 裏声とか」
「前居た小学校でやった劇、大根役者過ぎて動物役しかやらなかった」
「……」
どうしよう、詰んだかも。私の演技下手はもはや自慢できるレベルに到達してる。普段の振る舞いが〝意識しなくても勝手にしちゃってる、身体に染み付いてる演技〟だとしたら、劇みたいに〝特定の誰かを意識して演技する・嘘をつく〟って言うのが本当に下手。でも、それならどうすれば……。
私が頭抱えていると、彼女は仕方ないと言わんばかりにため息をついて目付きを変えた。
「分かりました。では私が今から盲信者を演じるので、貴女は軽く合わせて下さい」
「えっ、そんな事出来るの!?」
「昔、幼馴染に〝本気のおままごと〟に何回も付き合わされたことがあるので、少しは出来るかと」
「何それすっごく大変そう」
「是非貴女にも体験して欲しいです」
「とてもご遠慮しますっ!!」
あの子たちに鍛えられたのか……想像しただけでちょっと気の毒に思えてしまう。しかもめちゃめちゃ良い人たちだから、花柳さんは尚更断れなさそうだし。一々細かい事を気にしてる暇が無い私たちは、急いでそのパン屋さんへと足を運ぶ事にした。
香りが強く立ち込める道を進むと、店が目の前に見えて来る。まだ開店したばかりで時間も早いし、かと言って通勤とか通学の時間は過ぎてる。そのおかげか、今は人の数が少なめの時間帯だったみたいだ。私は心を落ち着けながら、花柳さんの後ろに続いて歩いていく。
「大丈夫。私が何とかしますから」
彼女が私の耳元で小さく囁いた。私はその言葉を信じて、心の奥で高鳴る不安をぎゅっと抑え込む。ドキドキする鼓動を感じながら、ついにパン屋のショーケースの目の前に立った。
「あら、こんな時間に珍しいお客さんだ。朝ご飯のお使いかい?」
パン屋の女性……もとい、四葉さんのお祖母さんは私たちに優しく微笑む。その表情は、入学式の日に見たのと同じ笑顔だ。私が何を言おうかと悩んで「あの……」と口から言葉を零すと、真横からとんでもない声が飛んできた。
「うん、僕たちお母さんにおつかい頼まれたんだ。ここのパン屋さんはイチオシだって聞いたから! お母さんには、今日のオススメを買ってきてって言われたんだ~!」
彼女は、その場にぴったりと収まる声色で答える。無邪気さと元気さが溢れ、まるで本当にそんな子どもが目の前に居るみたいに。私はその瞬間、少しだけ鳥肌が立った。
「そうかいそうかい。今日のオススメはコレだよ!」
「わぁ~、すっごく美味しそう! お母さんの言う通りだ!」
この人、誰!?
待って待って、私が思っていた何倍も演技が上手いよ花柳さん。なんだろうこれ、私もしかして夢見てる? どんだけスパルタで演技指導されたらこんなに演技が上手くなるの。どんなおままごとをしてたのさ君たちは!?
驚きすぎて顎が外れそうになっていると、花柳さんはぐるっと振り向いて目を細めた。その視線は鋭くて「何をぼーっとしているんだ」と言いたげな表情をしてる。私は怒られないように、頭を縦にブンブンと振って口を開いた。
「えっと……ソウなんダー。お母サン、スゴくオイシイって言ってテ~ェ~ッッいったぁ!」
「あら、どうしたんだい」
「気にしないで、舌を噛んじゃったみたいなんだ!」
「ええっ、大丈夫なの?」
「ハ、ハイ……だいじょぶです……」
お祖母さんは「そうかい?」と言いながら、私たちのためにパンを袋に詰めてくれている。私は彼女に抓られた手を擦りながら、小声で呟いた。
「うぅ……何するの~……」
「ごめんなさい。あまりにも嘘くさくて、バレると思って焦って手を握ろうとしたら、変な所を摘んでしまいました」
「だから大根なんだってば!」
「いや、私もここまでとは思ってなくて……」
申し訳なさそうにしているけど、それにしても普通に痛い。焦ってたから逆に力強く抓られたのか……でも、協力してくれている花柳さんに、これ以上文句を言う気にもならないな。
「でも、私だけ無言って不自然だよね?」
「そうですね……じゃあ、ジェスチャーするとかどうでしょう」
「なるほど!」
するとタイミング良く、お祖母さんが私たちに温かいパンを渡してくれた。その匂いを嗅いでいると、今すぐ食べたくなってしまう……けど、今は我慢だ。私は心の中で耐えろと自分に言い聞かせる。そうしている間に花柳さんがお金を渡して、遂に本題を話し始めたのだ。
「あの……実は僕、聖女様と聖君様の事が大好きなんだ。お母さんが『YOTSUBAPANの家の人たちも同じ盲信者だよ』って言ってたんだけど、それって本当?」
その言葉に、お祖母様は少し難しい顔をして話し始める。
「……そうだね。私たちもだけど、息子の家族の方が大好きなんだ。アンタのお母さんが言ってたのは、息子夫婦の話かもねぇ」
「本当!? その人たち、もしかして僕と同じぐらいの子どもとかいたりするのかな。僕も仲良くなってみたい!」
花柳さんがそう言うと、お祖母さんは少しだけ目線を落とす。手の動きが一瞬ピタリと止まり、先程までの明るい表情が嘘のように陰っている。
「どうだろう、君と同じ位の孫娘は……あんまり盲信者って感じじゃ無いんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。この前も相談されたんだよ、その事で悩んでるってね。あの子、聖女様と同じ学年だからさ」
「へぇ……」
その事で悩んでる……家族が盲信者って事を?
びっくりした。だって、四葉さんはそんな事言ってなかったから。そもそも盲信者だって知ったのも昨日だったし、私は本当に四葉さんの事何も知らないんだ。ずっと同じ部屋で過ごしてたのに、悩み事のひとつも。
「悩んでるなら、同じ学年なのは大変だね」
「まぁね。でも、あの子らなら大丈夫さ、2人とも良い子だからね。もしもアンタが後輩になるなら、うちの孫や聖女様とも、きっと仲良しになれるよ!」
「わーい! そうなれたら嬉しいなぁ♪」
お祖母さんの言葉が、私の頭に深くこびりついて離れなかった。固まっていた体は、花柳さんに「行きますよ」と言われてやっと我に返る。お祖母さんにお辞儀をすると、彼女は「またおいで」と言って手を振ってくれた。
私たちはパンを手に持って、そのまま歩く。でも、私の頭の中はずっと真っ白だ。考えがまとまらなくて、広がるのは罪悪感ばかり。
「仲直りのヒント、ありましたか?」
「……多分」
私はそれ以外何も返せなかった。お祖母さんの言葉が頭の中をぐるぐる回っていたからだ。四葉さんの事、彼女の家族の事、そして彼女が抱えてた気持ち……私には言葉にできないもどかしさが、ぐるぐると。ずっと迷路の中に居るみたいな、そんな気分で。
そうやって、ずっと足元を眺めながらぼんやりと歩いていた。宙をぷらぷらと浮いていた手を、突然後ろから掴まれるまでは。
「えっ、何?」
「春風さんはまだ、こっちをあまり知らないでしょう。なので、良い所に連れて行こうかなと」
「……君って結構突拍子ないよね、段々分かってきた気がする」
「それはどうも。では、突拍子の無い相棒の暇つぶしに付き合って下さい」
そう言うと彼女は私の手を引いて、急かすように進んでいく。その勢いに吸い込まれるみたいに、私は花柳さんの方へついて行った。




