✤ 第12話(前編):本音からの逃避行
……すごく空気が重い。
って、私のせいか。
余計な言葉口にしちゃったな、私。
「でもさ、盲信者なのは家族だけなんでしょ?」
「……」
「君は違うって、ことだよね」
「それは……」
あれ?
なんでこんなこと、四葉さんに聞いてるんだろう。これじゃあ私、この子を責めてるだけだよね。私、君の事を責めたかった訳じゃないのに。
「初めて会った時に〝闇魔法師に気をつけろ〟って言ってたのも、呪いが怖いって言ってたのも、全部理由があったんだよね……ただ心配してくれてただけ、なんだよね?」
別に、四葉さんが盲信者でも良いじゃん。教えてくれてありがとうで終わりにすれば良いだけなのに、どうしてこんなに必死になって、否定して欲しいって思ってるの。
「私が聖女様だから話してくれて……もう、私の事を〝春風さん〟って呼んでくれないの……?」
私はずっと、誰とでも一定の距離を保ちながら交友関係を築いてきた。誰かに深入りしないように生活してたら、勝手にそうなってた。なのに、今の私は心が締め付けられてる。痛みと一緒に、何かの感情が押し寄せてくる。視界がぐるっと回って、なにかが弾けそうになる。
彼女の言葉を聞くことが、こんなに怖いと思わなかった。教えてと言ったのは私なのに、その先は聞きたくないなんて。
「……私ね、家族に『闇魔法は怖い・光魔法はすごい』って言われて育って来たたの。違和感があった時もあるけど、それを疑ったら〝家族にとっての光魔法の希望〟を全部否定することになるでしょ。だからずっと黙ってて、いつか光魔法師に出会ったら仲良くしなって言われてた……でも、」
やっぱり私、聖女様じゃないとダメだったんだ。
なんか、四葉さんに悪いことしちゃったな。私が勝手に思ってた事を頭で押し付けてて、結局相手を傷つけてる。昔から変わってない……友達やめるって言われた時から、何も――
「うわっ何事!?」
胸の奥がぐらりと揺れた瞬間、棚の上から不自然な破裂音が響いた。彼女が後ろを振り返ると、そこには砕けたボールペンが残っている。私の机に置いてあった百均のそれは、少しだけ淡黄の光をまとって。
「……は」
一緒だ。小1の頃、教室の窓が割れたあの時と。
「春風さんのボールペンが、」
「むっ、無理に名前で呼ばなくていいんだよ! 聖女様って呼ぶ方が、君も楽でしょ? そのボールペンもインク無くなってたし、壊れちゃったなら仕方ないからゴミ箱に捨てておこう!」
あれ、何でだろ。
嫌だなぁ、四葉さんの顔が見れない。
これ以上何かあったら怖い。このままここに居続けて、四葉さんを傷つけてしまったら、私は、また間違えて。
「わ……私、ちょぉ~っとトイレに行きたいかも! あ、いや、トイレは部屋にあるけど……そうだ、先生とお話があるんだった! 君は先に夜ご飯に行っててね! 私はパパーンと先生のところに行ってきマースッ!!」
「あっ、ちょっと待って!」
少し前なら、誰かに『なーちゃん』って呼ばれても、こんなに胸が苦しくならなかったし『聖女様』も同じだと思ってた。だから私には分からない、どうして言葉の続きを聞きたくなかったのか。逃げ出すつもりも無くて、ただ「そうだよね」って笑い返そうと思ってたのに、なのに、それで……。
「それで、私ってどうしたかったんだろ」
そんな事を言った所で、誰も何も返事しない。こんな時どうしたら良いか何て、誰も教えてくれない。教えてくれる人なんて。
「はぁ……最低だ、私」
何て謝れば良いのかな。
トイレに行くでもなく、私は寮を飛び出して走っていた。部屋に戻る気にもなれなくて、時間だけがじわじわと過ぎていく。罪悪感だけが、この胸でいっぱいに広がって。
こうなりたくないから聞こうとしたのに、こんな事なら、聞かなきゃ良かった。
「……は、はぁっ……〝闇の解錠〟……」
気の向くままに走っていたら、いつの間にか第1棟の中に居た。でも、彼女の居ないこの場所は暗くて寂しい。それに寒い。無意識でここに来るなんて、あの子に助けて欲しかったのかな。こういう時にどうしたら良いのか、私には分かんないから。
さっきまで座っていた場所に腰掛けて、ぼーっと空を眺める。この教室から真っ暗な景色を見るのは初めてで、世界でひとりぼっちになった気分だった。
「……」
なんで逃げちゃったのかなぁ……四葉さん、まだ何か言おうとしてたのに。私を聖女様として扱っていても、それには深い事情があるハズなのに。四葉さんに〝聖女様〟って思われるの、私ってそんなに嫌だったのかな。
花柳さんと四葉さんに、それぞれスマホでメッセージを送る。送信できたのを確認すると、肌寒い教室の中でいつの間にか眠りについてしまっていた。
*
「――っと、ココで何してるんですか!」
「んぎゅっ」
急に鼻をつねられて、私はやっと目を覚ました。ぼんやりと視界を広げると、その先にはピンクベージュの髪の毛。耳の中には、ふわふわと大声が響いていて。
「はなやぎ、さん……」
そこには花柳さんが立っていた。彼女の手にあるスマホの画面には「19:14」と表示されている。多分、メッセージを送ってから1時間ぐらい経ってそう。
「まったく、急に『第1棟に来て欲しい』なんて送ってるから、何かあったかと思うじゃないですか! ご飯中に気が付いたから、急いで来たんですよ?!」
「ごめんなさい」
素直に謝罪をすると、彼女は数秒置いてからまた問いかける。
「……体調は悪くないんですよね?」
「うん、体は元気」
「なら良いですけど、あまり心配かける行動はしないで下さい。寮で頼れる人も少なさそうですし、私に連絡するのは分かるけど!」
「どストレートに言わんでも!」
自分のスマホを付けると、その通知欄には「どうしたんです」「何かありましたか?」という言葉と共に、可愛らしいスタンプが送られている。返事をしなかったせいで心配させてしまったみたい。花柳さんにこんなに怒られるのは、相棒になってから初めてだ。
「君に余計な心配かけちゃったよね、ごめん」
「反省したならもう良いんです、私も怒鳴ってごめんなさい。春風さんは食堂にも来て無さそうでしたし、夜ご飯も食べてないんでしょう? これ食べてください」
「えぇっ!? そんな悪いよ。お腹だって全然空いてな……」
そう言った瞬間、私のお腹から「グゥウゥゥ~」と、とんでもなく大きな音が鳴り響いた。私の体って、どこもかしこも空気が読めないのかな!?
「ほら、やっぱりお腹空いてるんじゃないですか」
「う、うぅ……」
「お腹を空かせた人を黙って見ている趣味は無いんです。このまま帰って欲しくないなら、大人しく食べてください」
花柳さんはいつも真面目ですごく固くて、私を軽くあしらってる時もある。でも、こういう時の彼女はどこか柔らかくて暖かい。相棒になりたいって言ったあの時と同じだ。
私に袋入りのパンを渡して食べさせると、そのまま彼女は私への質問を始めた。
「で、どうして私をこんな時間に居るんですか? 自由時間とはいえ、そろそろ寮の外にも出られない時間なんですけど」
その言葉に、私は少しだけ間を開けてから返事をする。
「……あのね、ずっと怖かったの。もし四葉さんが“聖女様だから”ってだけで私と居るならどうしようって。確認なんかしたらこの関係は壊れちゃうのに。でも、さっき君に聞いた事を結局質問しちゃってさ」
「さっきって」
そこまで言うと、彼女は「あぁ……」と呟きながら顔をしかめた。帰り道で話していた内容を思い出したんだろう。
「そしたら、あの子は盲信者で、親に言われて聖女様と仲良くしてたって……そこまで聞いたらボールペンがぶっ壊れたの」
「えっと、どうしてそこでボールペンが?」
「私の魔力のせいだよ。小1の時も友達やめるって言われて窓ぶっ壊した事あるし、多分それと同じ」
「……コントロールしたいって言うのは、そういう意味だったんですね」
私は静かに頷いた。その瞬間言葉が詰まって、苦しみが一気に胸に広がる。息も出来ないような気がして、私は瞬きを数回繰り返してから話を続けた。
「四葉さんに怪我させたら怖いし、気持ちが落ち着けば平気かと思ったんだけど……どうしたら良いか分かんなくて、部屋から出ちゃったの」
そう言って、私は四葉さんに送ったメッセージを開く。既読が付かないようにしながら、彼女にその画面を見せた。
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先生と長話しちゃった!
それで、寮で他の子に捕まっちゃって、
今日は泊まる流れになっちゃいそうなんだ。
部屋にも戻れなさそうなの。
しかも、タイミング悪くお腹の調子が悪くて。
中々これが治らないんだよ〜!
だから明日は学校も休むかもしれないけど
学校には、明日自分で連絡するね。
迷惑かけちゃってごめんなさい。おやすみ!
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焦っていたとは言え、とっても自己中なメッセージだ。我ながらドン引きしつつ、焦っていたからしょうがないと自分に言い聞かせるしかなくて。
「まぁ大体理解しました。つまり、友達と喧嘩しちゃったって事ですね」
「友達と、喧嘩?」
数秒の沈黙の後、私はその言葉に対する率直な感想を伝えた。
「四葉さんと私って、友達だったのかな」
「私からは、友人同士にしか見えませんでしたけど」
「だって、あの子は私と聖女だから仲良くしてくれてたんだもん……友達じゃないんだよ……」
そもそも、私の周りには浅い関係性の人しかいない。聖女様だから私を好きとか、クラスメイトだから何となく話してくれてるとかそんな感じ。だから私には、友達なんて居ない。
すると、彼女は大きなため息をつくて、教室の床に腰を下ろす。俯く私の顔を下から覗き込むと、むっとした表情をしながら話し始めた。
「あんなに大口はたいて私に相棒宣言してきたのに、こう言う気持ちには鈍感なんですね」
「……どゆこと?」
首をこてんと傾けると、彼女は私の目を真っ直ぐと見つめて来た。かと思えば、申し訳なさそうに視線を落とす。
「ごめんなさい。その喧嘩は、私が余計な事を言ったのが原因です。なので、春風さんが明日学校を休むなら私も休みます」
「えぇ!? 勉強大好き星人の君が学校サボるの!?」
「何か嫌な言い方ですね……それにこれはサボりじゃなくて、有意義な休暇です」
そう告げる彼女の表情に、なんだかすごく見覚えがある。
「貴女が本人に直接聞けないのなら、彼女の身近な存在から話を聞くのが1番です。周りから情報を集めて、彼女の本心を探りましょう。そうすれば貴女も対話する勇気が生まれ、四葉さんとも無事に仲直り……安心して下さい、最高のハッピーエンド作戦です」
「へ……?」
……あぁそうだ、思い出した。私に「闇魔法をやって」と無茶振りしてきたあの時と、完全に同じ顔をしてるんだ。
彼女への感謝の気持ちと同時に嫌な予感を胸に抱きながら、私は先程と違うパンを口に放り込む。その予感をかき消すように、ひたすらモグモグと美味しく噛み砕いた。




