✤ 第11話(中編):相棒との密会
花柳咲来さんと相棒契約を結んでから、もう2週間。私たちは約束通り、毎週水曜日と金曜日に空き教室で会っている。私たちが会える場所なんて第1棟ぐらいしか無いから、怒られるとしたら2人で一緒に怒られる予定だ。
「〝水よ出てこい!〟〝水よ出てこい!〟……ダメだー全然出来ないよ〜花柳さん。これ失敗って事だよね、魔力が流れる感じもしないし」
「そうですね。やっぱり春風さんは光・闇・火が使えて、私は闇・光・風が使えるみたいです」
私の目的は『魔力のコントロール・過去の聖君様と聖女様が光魔力に納得した方法を知る・なんで二大魔法が特別なのか・家族で私だけが魔法使いな理由』って沢山ありまくりだけど、花柳さんは『勉強を一緒にして欲しい・2人の謎の解明』ぐらいしか行動理由が無いらしい。
強いていえば、相棒契約の代償が何かって言うのもあるけど……付き合わせちゃってる感が強くて、少し申し訳ない気持ちもあったり。なんて、今更ではあるんだけど。
「水や土なんかの適性外な四元素魔法はほぼ使えないけど、お互いに二大魔法を両方使えるのがおかしくて……って、ちゃんと聞いてます?」
「あぁ~、ごめんごめん! ちょっと考え事してた!」
「もう、ちゃんと聞いくてて下さいよ。大事なことなんですから」
今日は約束の水曜日で、今は相棒と密会中。私は花柳さんよりも知識がないから、魔法について教わったり彼女の勉強に付き合ったりしている。と言っても、今の私がやるべきなのは本を読む事らしく、今も私の前には無数の本が散らばっていた。
これは2週間前に、彼女と決めた事だったのだ。
『私たちがやるべき事、まずはお互いの魔力への理解、春風さんは魔力のコントロールですね。そして、相棒契約の代償を見つける事。その他の謎は、とりあえず合間に探しましょう』
『めっちゃキッチリ決めるんだねぇ』
『目標とかゴールがあった方が良いじゃないですか。達成感が欲しいので』
『テレビに出てくるアスリートみたい!』
1学期は魔法の授業が始まらないし、魔力を早くコントロールさせたい私的にはありがたい話だけど……本格的に魔法を勉強するのは、想像以上に大変で。専門用語を呟きながらメモを取る彼女に、私はついて行くのに必死って事だ。
「とりあえず、二大魔法が使える事は他人に言わないようにしましょう。私は闇だけで、貴女は光だけを使えるって事にしとくんです」
「別に良いけど、言ったらマズイの?」
「今より肩身の狭い思いをするかもしれないですよ。私たちは同級生なだけで〝歴代初のコンビ〟なのに、この情報まで知られてしまえばもっとレアな存在に……」
「わーっ最悪だ! 絶対言わないようにする!」
私がそう叫ぶと、彼女は静かに頷きながら開いたままの本へ視線を戻した。どうやら彼女は毎日図書館で本を借りてるらしく、会う度新作の本を引っ提げて現れる。それを見習って、私も昔の聖君様や聖女様の情報を探そうと思った事もあったっけ。絶望的に無理すぎて、静かに心で泣いたんですが。
「そもそも春風さんは、魔法使いの起源とされている伝承は覚えているんですか?」
「頭の中には軽い記憶しか~」
「……あの、ちゃんと東郷先生の話は聞いてるんですよね? 入学したばかりの頃、担任の先生に説明されたはずですよ」
こちらをじーっと睨む彼女に、私は腕を左右に動かしながら反論をした。
「き、聞いてるよちゃんと! でも私って勉強苦手だし、魔法って難しいからすぐ忘れちゃって……」
「……仕方ないですね、私がもう一度説明しますから」
「ほんと!? わーいありがとうっ♪」
ハツラツとした声で返すと、彼女は「今度は忘れないで下さいよ」とぶっきらぼうに答えた。相変わらずその口調は硬く、相棒と言えど敬語は外してくれないらしい。
「これは有力な伝承ですが、あくまで1つの説です。何せ1000年ぐらい前のことですから、確定できる証拠が見つかっていません」
「そうだよね、めっちゃ昔だもん」
私たち魔法使いは、どうやら1000年も前から存在しているらしい。そんな昔から『花柳』が続いているのが、彼女の家門が名家と呼ばれる理由なんだとか。でもこれは〝魔法〟という認識が広まり始めたのが1000年前ってだけ。実際はそれが魔法だと分かる前から、不思議な力を持つ人間が居た……って、ここら辺の話は覚えてた!
「魔法というのは、魔力を使い呪文を唱えた結果のこと。そして魔力というのは〝自然の生命力を使役する為に備わっている個人の器〟とされています。つまり魔法使いというのは〝自然に愛され祝福された存在〟……と言う事です」
やっぱり魔法は感覚で使ってるから、話を聞いてると迷路みたいに難しい。私はそれを一度頭の中で噛み砕きながら、何となくで質問を返した。
「じゃあ、私は火と光の自然に愛されてるから、その魔力を使えるってこと?」
「まぁそうなんですけど、私たちにその理論が適用されるかは分かりません。この〝自然に愛された存在〟が生まれたきっかけに繋がるのが『魔法使いの起源伝承』なんです」
彼女はそう言うと、ひとつの本を広げながらページを捲る。そのページには、お願いのポーズをしながら座り込む人間の絵が描かれていた。2人は着物を着ていて、風景も違って見える。
「昔の人々はある日、自然の生命に願ったんです。大切な存在を守りたい・助けたい・救いたい……その為の力が自分に欲しいと」
「お祈り的な?」
「そうですね、色んな解釈があるみたいですけど」
次のページに移ると、人がキラキラしたものを手にする絵に変わった。その光は、淡黄色と紫色……私たちの適性魔力と同じ色をしている。
「光の魔力は人々の希望から、闇の魔力は人々の絶望から願われた力。自然はその願いに応えるかのように、彼らに〝守る力〟を与えた……と言うのが伝承です。光の治癒と闇の呼命が代表的な呪文なのは、この頃から既に使われてるからとか」
「へぇ~、何かファンタジーな始まりだね。ゲームみたい」
「まぁ、私たちって存在自体がファンタジーなので」
「……確かに!」
私の魔法が分かった日、姉弟が「魔法ってゲームに出てくるやつ!?」みたいな事を言っていたのが懐かしい。そんな昔の事を思い出していると、彼女は淡々と説明を続けてくれた。
「そしてこの二大魔法に、やがて四元素魔法が属するんです。学園で言う寮とクラス分けですね。あくまで起源の伝承ですし、大体の人は遺伝で魔力がありますけど」
一通り終わったらしく、彼女はそこで本を捲るのをやめた。説明は何となく分かったけど、その中で前からずっと疑問だった事がある。それが気になった私は、なんとなく彼女に問いかけてみた。
「コレずっと気になってたんだけどさ、なんで光は火・水の魔法で闇は風・土の魔法が属してるの? 振り分けが謎なんだけど」
「普通に〝光魔法師が風・土・闇の魔力を使えない〟みたいな事が多発したかららしいですよ? まぁ、これ以上の事は解明されてないですけど……魔法研究所の人がいずれ発見するのかも」
彼女がそう言いながら本を閉じると、その瞬間に外からチャイムが鳴り響いた。つまり、もうすぐ夜ご飯の時間と言う事だ。この時間を逃すとご飯は食べれないけど、それでもやっぱり名残惜しい。本当は、もっと花柳さんと話していたいのに。
「チャイムも鳴ったし、今日は帰りましょうか」
「えぇ~。もうちょっとだけ居ない?」
「今日の食堂メニューは、ホカホカシチューとふわふわのパン。蜜のある美味しいリンゴに、新鮮なサラダも」
「よぉ~っし今すぐ帰ろうか!」
「……春風さんって、結構食い意地張ってますよね」
そんな事を私に言うけど、個人的には少食な彼女の方が心配になる。それとコレは予想だけど、花柳さんはすっごく甘党だ。この前見えた時なんて酷いよ。パスタを食べる手つきは遅いのに、プリンは爆速で食べ終わってたんだもん。しかも、幼馴染が全員プリンをあげてた。
つまり、あの時彼女はプリンを5個も口にしていたって事で……私、驚きで顎が外れるかと思ったよ!
一緒に教室を出ると、手を繋ぎながら〝闇の目眩し〟を自分たちに唱える。その後花柳さんが施錠の魔法をかけちゃえば、この棟は元通りのままだ。私も含めて適性が無い魔法使えちゃうのは、相変わらず意味分かんないけど。
手を離して互いが見える事を確認した私たちは、少しがさっこい小道の中を横に並びながら歩いた。踏まれる土と草の音が耳の奥まで響くと、花柳さんが珍しく外で言葉を放つ。
「そう言えば、春風さんって夜目は利かないんですか?」
「よるめ?」
「適性魔力による体への現象です。火は体温が高い人が多い~みたいな。闇魔法師の場合は、夜の暗闇でも視界が利きやすいんです」
「知らなかった! でも私は別に普通、だと思う。今もめっちゃ真っ暗だし」
「闇魔法が使えても、そこら辺の症状は出てないんですね。参考になります」
夜でも見えるって、ちょっと猫みたいでカッコイイな……夜に見かける猫って、暗闇でピカピカ目が光ってたりするよね。納得するように静かに頷く彼女に、私はそんな事を考えながらまた疑問をぶつけた。
「光魔法もそーゆーのあるの?」
「確か〝怪我の回復が早い〟だったと思いますが……魔力発現時の不安定さや体の現象は個人差があるので、私もよく分からないんです」
「なるほど。昔派手に転んで膝怪我しても、別に普通に痛かったしなぁ」
「……痛そう」
その会話を最後に、私たちはまた口を閉じて寮に帰る。それは、部屋に帰ればには四葉さんが居ると言う事だ。四葉さんと花柳さんと言えば、色々とあるんだよなぁ。
『18年前の夏にね、聖女様が亡くなったの。その時一緒に居たのは、護衛の闇魔法師だけだったんだって。しかもずっと行方不明だから、犯人かもって言われてて……2人には、そう言う因縁があるんだよ』
『あの5人だ』
初めて寮で会った時の言葉と、食堂で5人を見かけた時の苦い表情。ほぼずっと一緒に居るのに、未だに聞けないその理由。彼女たちの間にある何かを探る事を、私はずっとしてこなかったけど。
「……あのさ」
「どうしたんですか?」
並木の中で足を止めて、私はポツリ呟く。
「言いにくかったらいいんだけどね……私のクラスに四葉千鶴って子が居るのって分かるかな?」
「あぁ、YOTSUBAPANのお孫さん。春風さんと一緒に居ますよね」
「うんそう、それでさ~……」
少し冷える夕暮れ時に、心地良い夜風が頬を撫でる。痛い程に高鳴る心臓に、その風は勇気を持てと言ってくれてるような気がした。
「早く言わないと置いて行きますけど」
「あーっ言います言います!」
早くしろと言わんばかりに急かされて、私は焦りながら息をする。こんな踏み込んだ事を聞いて嫌われるかもしれないと、頭ではそんな事ばかりが埋め尽くされていた。
でも、どうしてか分からないけど……聞かなくちゃダメな気がするから。
「君と四葉さんって、因縁の相手なの?」
き、聞いてしまった~!!
でも何週間も気になってた事だし……!
表情に出ないように、焦った思考を必死に奥へしまい込む。そうしてダラッダラと冷や汗を流してると、彼女はとても真剣な表情で口を開いた。




