✤ 第1話(中編):入学の手紙
どうやら私は魔法使いらしいけど、魔法はまだ使った事がない。でも、小1の時にあった不自然な事件は多分私が原因。本当なら杖と呪文がないと魔法は使えない。とは言えあれは、実質魔法みたいなもんだった。
あの時、私はただ泣いただけだったのに、教室の窓が音を立てて砕けた。私は彼女の言葉を聞いた後眠るように気を失って、その女の子はビービー泣いてて。
それ以来、魔法という言葉は私にとって呪いみたいな物だ。簡単に物を壊すような力も怖いし、後からそれが魔法だったのかと自覚した時もゾッとした。
――だから私は、魔法が嫌いだ。
「ただいまー!」
元気よく言ってみたけど返事は来ない。足元を見ると、玄関には靴が一足も無かった。ママはまだ仕事中。パパは多分買い物で、弟の湊斗も着いて行ったんだろう。
お姉ちゃんは多分私より先に帰って、友達と遊びに行ったみたいだ。少し開いたドアの隙間から、雑に置かれたランドセルが見えている。
手洗いとうがいを済ませた後、私も自室にランドセルを置く。そのままリビングへ足を運ぶと、テーブルの上に「買い物に行ってくるね」と、パパの字で書かれたメモがあった。
「やっぱり誰もいないんだ。みんないつ帰ってくるんだろう……魔法学園からの手紙、先に開けちゃおうかな」
メモ書きを見て一息つくと、ふと自分の喉がカラカラになっていることに気付く。一度その感覚を認識してしまうと、急激に潤いが欲しい。
食器棚からお気に入りの菜の花柄付きコップを取り出し、冷蔵庫から牛乳を注ぐ。将来はお姉ちゃんより高身長のお姉さんにしてくれると信じて、その牛乳をグビっと飲み干しつつ、片方の手ではテレビの電源を付けた。
『卒業式を終えた所も多くて、春の陽気がもうすぐ迫ってきているように感じます! 桜の開花も来週と予想されていますね』
「まだニュースだ……て言うか私も、もう直ぐ入学式……うぅ、やだな〜」
子どもは魔力の安定のために、4年生の春から魔法学園へ入学する義務があるらしい。だから4月には強制的に〝魔法学園の1年生〟として過ごす事になって、今の生活はもうすぐおしまい。家が1番安心出来るのに、家族とも離ればなれになっちゃうんだ。
パパが「おかえり」って迎えてくれるのも。ママが「牛乳飲みすぎ!」って笑うのも。お姉ちゃんと湊斗に誘われてゲームで夜更かしするのも。全部、全部が……もう終わっちゃう。
どうして、私だけ違うんだろう。
みんなと、同じが良かったのに。
私は溜息をつきながら、さっき貰った封筒を開ける。すると、封筒から勝手に紙が飛び出して行く。手紙が空中に輝く文字を書くと言う突然の出来事に、私は口をあんぐりと開きながら大きな独り言を叫んだ。
「うわっなんだコレ! もしかして魔道具ってやつ……」
大きなクラッカーが飛び出して、煌めく吹雪を私に振りかける。手紙はご入学おめでとうございます……と言う雰囲気の文章を書き切ると、シュウッと音を出しながら便箋へその文字を刻んだ。便箋の後ろには、魔法学園の入学許可書が重なっている。
でも、私にはその文字がモヤモヤと歪んで見えるような気がする。見たくないってだけかもしれないけれど。
「全然おめでたくないけどねっ! はぁ、やっぱり後で見ようかな。見てたら入学を実感してしまう……ん?」
手紙を置くと、ふとその封筒の隅に付せんが貼ってあるのを見つけた。そこに書いてあるのは――
『実は、私の子どもが菜乃花さんと同い年なんです。どうか、良き出逢いになる事を祈って』
うちの親とそう変わらない様に見えたけど、私と同い年の子が居たんだ。付せんにはその子の名前とか何も書いてないけど……まぁいっか、行けば会えるんだろうし。
私は自分の部屋に戻ると、ランドセルから計算ドリルと筆記用具を取り出して、もう一度リビングへ向かった。やりたくないなと思うけど、担任の先生は怒ると怖い。私は仕方なく、ペラペラとそのページをめくった。
『ご覧下さい! 本当に綺麗な景色ですね~』
その声に引かれるように、私の視線は目の前のテレビに吸い込まれる。テレビには菜の花と桜が広がる観光地の風景が映っていた。こう言うの、春の海って言うんだっけ。
「まぁ、コレは綺麗だけどさ……」
春とか桜みたいな、季節の変わり目の言葉が耳に入るたび、何とも言えない気持ちになる。私はその気持ちを誤魔化すように、テーブルにある紙たちとにらめっこを始める。集中して問題たちと向き合った。
しばらく宿題をやり進めていると、ニュース番組が終わっていたみたいで、いつの間にか再放送のドラマが流れていた。クラスで話題になるくらい人気だった、1年前のドラマ。相棒同士の刑事たちが、色々な事件を解決していくお話だ。
『おい、大丈夫か! お前はいつも勝手に突っ走ってくから困るんだよ。こっちの身にもなれ』
『ごめんごめん、助けてくれてありがとな。でも何だかんだ許してくれるよな〜アハハッ』
『アハハ、じゃねぇよ!』
『あでっ』
それを見ていたら、なんだか胸が苦しくなった。一生叶わないような、嫌な想像をしたからだろうか。こんな風に信じ合って一緒に居られる相手がいたら……きっと全部が変わって、毎日が楽しくなるのに。どうやったら、こんな毎日が送れるようになるんだろうって、そんな想像。
「いいな……私も、こんな風に誰かに怒られてみたい」
忙しくて大変な事件だらけでも、一緒に居るだけで心が救われるような、そんな相手が居るなんて……心底羨ましい。
でも、本当の私で居られる場所なんてあるのかな。勝手に貼り着くこの仮面は、いつになったら取れてくれるんだろう。そんな場所が本当にあれば、私は――。
「ふあ……なんかちょっと、眠いかも……」
思考がぼんやりとし始めて、欠伸が自然と口から溢れる。そういえば昨日、お姉ちゃんと湊斗に遅くまでゲームを付き合わされたんだった。
鉛筆が滑り落ちた。視界の端が滲んで、音も遠くなる……眠るというより、落ちていくような感覚だった。
春なんて、一生来なくていい。
そうしたら、ずっとこのままで居られるのに。
魔法の事を思い出すたびに、モヤモヤとした嫌な感情が頭を埋め尽くす。学園に行くことなんて、考えたくない。でも、考えないようにすればするほど……その日が近づいてくる。向き合わなくちゃいけない時が。
遠くの方から、菜の花の香りが鼻に付いた気がする。まるで、もう春はすぐそこだ……って、私に知らせてくるみたいに。
「魔法なんて、全部私から消えちゃえば良かったのに」
そう思った瞬間だった。
そこには、何もない白い空間が広がっていた。
目を開いているのか、閉じているのかすら分からない。
白すぎて、まるで雲の上に来たみたいだ。
私は、夢を見ているんだろうか。
『大丈――アナタ、ら……の子――と……』
真っ白な世界で、暖かい光が私を包む。
言葉は聞き取れなくても、それが優しい声なのは分かる。
この暖かさを……何故か私は、知ってる気がした。