✤ 第11話(前編):クラスメイト
更衣室で制服を着替えて、体育の授業へ向かう途中。
「春風さん、最近るんるんしてる事が多いよね」
唐突にそう言われた私は、一瞬だけ歩みを止めた。珍しく2人だけで歩いていた私は、隣に居る四葉さんの方を向いて声を上げる。
「そうなの?」
「うん、今もなってたよ。なんかこう……音符マークが飛んでるみたいな感じ?」
「そんな、メルヘンアニメのキャラみたいに!?」
「なってるなってる」
そんな自覚が無かった私は、頬に手を当てて「なんか恥ずかしっ!」と少しずつ暑くなる顔を隠した。すると彼女は口元に手を当てて少しクスクスと笑う。私はるんるんしてる自覚なんて無いけど……もしそう見えるんだとしたら、それは花柳さんとやっとお話出来たから?
もちろんそれもあるけど、理由は他にもあると思う。
「きっと四葉さんと喋ってるからだよ。クラスで1番話しやすいもん」
「えぇ嬉しい〜!」
あの子との関係を口に出さないよう、今思い浮かんだ事を伝えてみた。すると今度は向こうが顔を赤くしていて、私たちはさっきまでと真逆の反応をしている。それが少しおかしくて、自然と口元から笑みが零れた。
「私ってお姉ちゃんが居るんだけどね、ちょっと雰囲気が四葉さんに似てて……あっ、そう言えば君は兄弟とか居るの? それとも一人っ子?」
「私は……お兄ちゃんが1人いるんだ」
「へぇ~! 良いね、やっぱりお兄ちゃんも憧れるなぁ。弟は居るんだけど、お兄ちゃんと妹は居ないからさ~。居たらどんな感じかなぁ」
何となくそう言うと、彼女はどこか気まずそうに微笑んだ。もしかしたら、今の質問は聞かれたくない事だったのかもしれない。咄嗟に謝ろうと口を開くと、私よりも先に向こうの声が耳へ飛んで来た。
「私の家族って、誰も魔法使いじゃないんだ。親もお兄ちゃんも普通の人間だから、私だけで珍しいの。親は魔法使いの子どもだけど、本人たちには魔力が無かったみたいで」
「そうだったんだ……じゃあ、私と四葉さんは同じなんだ。お互い、家族が普通の人間仲間!」
「うん、一緒だね」
2人で笑いながら、長い廊下を歩く。この学園に来てから、1番校内を一緒に歩いたのは四葉さんだ。同じ寮部屋の人だから安心出来るのかもしれないけど……何だか、それだけじゃない気がする。
「……るんるんしてる時の春風さんの方が楽しそうで、私は良いと思うんだよ」
「や、やだなーっ四葉さんってば、さっきから照れるよ!」
もっと恥ずかしくなるような事を言う彼女に、私は誤魔化すように手をぐるぐると動かして、話題ごと無理やりずらして行った。
*
最近は入学した頃よりも学校に慣れたからか、いつの間にかお昼ご飯を食べている事が増えた。時間の流れが早いってやつだ。魔法学園の時間割はお昼の後に掃除があって、小学生から高校生の全員が校内の掃除をしている。
出席番号で掃除班が決まってて、クラス毎に割り振られた場所でローテーション。そこら辺の流れや仕組みは向こうと同じみたいで、やっぱりここは東京なんだと実感させられる。
それにしても、掃除は始まるまでが面倒だ。綺麗にするのは気分が良いけどやるまでは手が進まない。こんな事家で言ってたら、絶対ママに「コラ菜乃花」って怒られるけど!
「聖女様、廊下もうすぐ終わりそう。あっちにゴミ捨ててくるね!」
「一緒に持って行こっか?」
「大丈夫だよ、全然1人で持てるから〜!」
ハートクラス前の廊下を水に濡れた雑巾で拭いて、から雑巾で上から拭き直す。やり出すまではだるくてもピカピカになるのは気分が良いし、何だかんだ掃除が好きなのかもしれない。私は少し固まった体をぐーっと伸ばして、一旦教室の中へ戻ろうとした……でも、その足は直ぐに止まってしまう。
「闇魔法って、やっぱり呪いみたいになるのかな?」
「ね! 実際どうなんだろ~」
「そうだとしたら、攻撃された時が怖いよねぇ」
その声の正体はクラスメイト。教室掃除の子たちの声だから、多分輪の中には四葉さんも居る。私は自分の息を消しながら、教室の壁に背中を合わせた。すると、誰に聞かれるとも限らないのに声は鮮明に耳へと刺さる。
「流石にびびるわ、生命力吸い取られるとか怖ぇもん」
「でもさ、千鶴はちょっと安心じゃない? 聖女様と同じ部屋だし仲良さそうじゃん」
「……そうだね。呪いなんて、怖いから」
軽い声色の中心で、四葉さんは静かに呟く。いつもより暗く寂しそうな声で。まるで、知らない人がそこに居るみたいだった。
その日から、私は彼女とクラスメイトの会話をこっそり聞くようになった。もちろん花柳さんの時みたいに見張りしてるんじゃなくて、たまたま居合わせた時だけ。でも同じクラスだから、タイミングは勝手に生まれてくれる。
その度に、四葉さんは聖女様という言葉を口に出したり、闇魔法や呪いが怖い……みたいな言葉を零していた。私の前では、初めて会った時ぐらいしか言わなかった単語たち。そう言えば、その辺の知識を私に教えてくれたも四葉さんだったな。
「……」
いつもは「春風さん」と呼んでくれる彼女が、クラスメイトと話す時は「聖女様」と呼ぶ時がある。その違和感が私の胸を覆い隠すのに、あまり時間はかからなくて。
そんなモヤモヤを抱えながら、私は第1棟へと足を運んでいた。




