✿ 第10話(前編):ぐうの音も出ない
明日は土日休み。金曜日は時間に縛られることなく自由に過ごせる、平日の中で一番最高な放課後。私もそんな放課後を自由気ままに楽しむ……はずだった。
「私と、相棒になってほしいの!」
「……は、はぁ!?」
なぜか私は、聖女様・春風菜乃花に手を握られながら、本気で訳の分からない提案をされている。
この数日間、彼女の視線を感じない日はなかった。でも、それがずっと続くとは思わなかったし、直接文句を言うにも話す理由がない。というか、少しの会話ですら聖女様と関わりたくなかった。
そこで私は、誰も来ないような場所へ行こうと決意した。学園の森は恐ろしく、授業以外ではあまり行く人がいないと兄から聞いていたからだ。それなら彼女もノコノコとついて来ず、恐怖心から逃げ出してくれると……そんな考えも、今となっては水の泡だ。
仕方がない、まさか彼女がこんな所まで着いてくるとは思わなかったんだから。余りに必死だから「本気で私を消したくなったのか」なんて勘違いも生まれた訳で。
「えっと……」
私は思考を総動員しつつ、あらゆる角度から考えを巡らせた。しかし、それでも彼女の言動について理解する事はできない。とりあえず私は、今の素直な感情を伝える事にした。
「無理ですね」
私がそう伝えると、彼女はガーンと大袈裟な効果音が付きそうなくらい、あからさまに顔を歪ませた。
「な、なんでぇ!?」
「何でと言われても……そもそも、相棒って何ですか」
「え? 君、相棒って言葉の意味知らないの?」
「言葉の意味は分かってますよ!」
全く、さっきから色々と失礼な人だ。簡単な単語の意味ぐらい、私が知らないはずがないと言うのに。
相棒……と言うと堅苦しいかもしれないけど、要するに〝何かに対して一緒に行動し、共に向き合う仲間やパートナー・バディ関係〟なんかを指す言葉。警察物やファンタジー物でよく使われてる単語だ。
「学園に来る前にドラマで見たことがあるんだ。一緒の目標に向かって突き進む運命共同体? みたいな」
「はぁ……」
「いや、私たちって周りに変な関係にされてるし、友達だと何か違う感じするでしょ。でも私は君を天敵とか思った事ないしさ! だったら、相棒が1番ピッタリで良いかなぁ~なんて……」
自信が無いのか、声は段々と細くなって行った。
どうやら彼女は向こうの知識で〝相棒〟になろうと言っているらしい。けれど魔法使いにとって〝相棒〟と言う言葉は、彼女が知る以上の意味を持つ最上級に重い言葉だ。例えおままごとのような一瞬の物でも、私は軽々しく扱えない。相手が貴女なら、尚更。
「……関わらない方が良いと思いますよ、お互いに」
私は彼女に握られた手を振りほどこうと試みた。しかし、その握られた力は驚くほど強く、私の指は全く動かない。こんな状況にあっても非力な自分に心底がっかりさせられた。指先に力を入れても、まるで無力な人形のように彼女の手の中で固まっている。
「でも、君が自分の気持ちを大切にって言ったんだよ? だから言ってるのに」
「今やらなくて良いんです。大体、私は貴女を殺める存在なんですよ。こんな風に一緒に居たって、何も良い事無いでしょう……」
「そんな事ないっ!」
突然大声を上げると、彼女は握りしめていた手をゆっくり緩める。私がホッと息をついてからその表情を見ると、それは真剣な表情へ変わっていた。さっきまでの明るい顔が嘘だったみたいに。
手を緩めてくれたのだから、すぐに走って去っていけば良かったのに。私は、彼女の手を振りほどく事が出来なかった。
「……とにかく今は時間がありません。このままじゃ埒が明かないですから、続きは今度話しましょう」
「じゃあ明日は? 土曜だし、校舎にそこまで人は居ないよね。難しそうなら学校の外で会うのでも良いし」
土曜日は図書館に行くか実家に帰るかで悩んでいた。しかしどちらの予定も未確定な物だ。正直な所、わざわざ休日に彼女と会うのは危険だけど……コレを断ってまた見張りをされるのは流石に懲り懲りだ。どうせ逃げられないのなら、諦めて彼女の提案を受け入れた方が良い。
「わかりました、そうしましょう」
「やったー! じゃあ連絡先交換しよう、ほらスマホ出して」
「あの、絶対に余計な内容とか送らないで下さいね。送ってきたらブロックします」
「うん! ありがとう、花柳さん!」
あぁ、まさか聖女様の連絡先をスマホに入れる日が来るなんて……最近の私は、本当にとことんツイてない。数日前の私は、夢にも思わなかっただろうけど、私のスマホ画面には彼女の名前がピコンと浮かび上がっている。現実は残酷だ。こんな事になってしまったのは、何かの罰なのだろうか。
彼女は私の連絡先を受け取ると、ここ1番の明るい声を放った。
「スマホで時間とか場所とか決めよっか。絶対来てね、じゃないとまた見張りしちゃうからっ! じゃあね~!」
見張りしちゃうって……本当に私の予想通りだったんだけど。
*
毎日起きる時間は6時。いつも勝手に目が覚めるけど、今日はやけに静かだ。目覚まし時計に視線を移すと、そこには5時58分を指す針。スッキリと起きられた違和感の正体に、私は直ぐに気が付いた。
「夢、見てない……」
それは、私がほぼ毎晩見る夢。大切な人たちが傷つく、恐ろしい光景が繰り広げられる悪夢だ。夢は精神に左右される事が多いらしいから、こんな夢を見るのも自分のせいだって分かってるけど。
でも今日はそれがない。もしかして、昨日自分で光魔法を使ったから? そんな事1つで変わるなんて思えないけど――
『咲来! 絶対に火と水の魔法を使わないって約束して!』
『命に関わる危ない行為って、ちゃんと分かったんだよね?』
「お母さん、お父さん……ごめんなさい。約束を破って」
火と水の魔法を使おうとして倒れた時、あんなに怒られたのに。この事が知れたら、きっとまた両親を悲しませる。結果的に無事だったけどそれは予想外で、本来なら倒れてる事を前提で使ったんだから。
でも私に光魔法が使えるのなら、これが〝闇の魔力を私から消す〟と言う目標の第一歩になるかもしれない。それを確かめたくてわざわざ光魔法を試したんだ。光の魔力が使える事は誰にも知られないようにしよう、家族や友達にも、内緒にして。この目標を叶える為に、私は弱い子どもで居る事を諦めたんだから。
「?」
その時、スマホの通知音が響き、私の思考を現実へと引き戻した。こんな時間に一体誰からのメッセージなのかと画面を覗き込と、丁度新しい文章がポコポコ浮かび上がって行く。
『おはよー!』
『起きてるかな? 楽しみではやく起きちゃったんだ』
『話すのに丁度よさそうなとこを前見つけたの』
『今日はその空き教室に行こう!』
そうだ、昨日春風さんと連絡先を交換したんだっけ。
彼女が立ち去って早々に、私は『明日になるまで何も送らないでください。じゃないと行きません』と送信し、スマホの通知を切っていた。その約束を彼女は律儀に守ってくれたらしい。我ながら理不尽というか、八つ当たりみたいな態度をしてしまった……なんて、少し申し訳なくなる。
でも、聖女様と関わるなんて今でも抵抗が強い。それは〝春風菜乃花〟を嫌いだという意味では無くて、私の性格がそう感じさせるだけだ。
私が『今起きました』と返事をすると、直ぐに『OK! 準備終わったら来てね!』という返答と、陽気な可愛い犬のスタンプが送られてきた。
「呑気だなぁ、この人……」
呆れた言葉が口から漏ると、私は制服に着替えるためにベッドから体を起こした。
*
「おはよう花柳さん!」
元気な声が空気に響き渡る。それは良い事だけど、声が耳に届いた瞬間急いで彼女の口を手で塞いだ。そして右手の人差し指を、自分の口元に当てながら話す。
「しーっ、静かにしてください。朝早いからって、誰が居るかも分からないんですから」
「えぇ、こんな時間に誰も居ないよ」
「確かに小学生は居ないですけど、学園内には部活に来る生徒も多少いるんです。中高生は朝練とかあるかもしれないし……」
「あーそっか……じゃあ、めっちゃ小さく喋るね!」
「是非そうして下さい」
その笑顔は無邪気で、とても闇魔法師を前にしている聖女様の態度には見えない。前に廊下で会った時のような取り繕った笑顔も無い。クラスメイトや周りの人と話している時は、いつも硬い表情を浮かべているのに。
私は、彼女が昨日使用していた〝闇の目眩し〟の呪文をすぐに使った。こちらにも先生が来るかもしれないし、危険な状況を招くことは避けたいから。
「君って、ちゃんと闇魔法も使えるんだね」
「まぁ、私は闇魔法師ですから……」
盲信者がこの状況をを見たら、驚いて失神してしまいそうだ。そんなことを考えながら、私は「じゃあ今から連れてくね!」と言う彼女の後ろへ素直について歩いた。話すのに丁度良さそうな所って、一体どこに連れていかれるのやら……。
そうして数分、敷地内を歩いたあと。
「え、ここですか?」
私は思わず驚きの声を上げた。目の前に広がるのは、想像していた小学棟の空き教室ではなく、特別教室棟だったのだ。
特別教室棟には〝第1棟〟と〝第2棟〟がある。現在使用されているのは大食堂の近くにある第2棟、校舎から遠く離れた古い第1棟は使用されていない。いわゆる旧校舎みたいな物だけど……。
「そうだよ! ここなら人が居ないでしょ?」
「でもここ特別教室棟じゃないですか」
「え、ダメなの?」
「ダメと言うか、そもそも第1棟は鍵で施錠され……」
「〝闇の解錠〟」
「っはぁ!?」
普通に闇魔法を使っているけど、呪文を唱えたのは隣にいる彼女で私じゃない。視線の横でチカチカときらめく紫色の魔力が飛び交うと、私は思わず彼女に向かって大きな声を上げていた。カチャリも控えめに響く音に、彼女は闇の魔力と同じ色をした瞳を輝かせている。
「わぁっ出来た! 見て見て、ちょーっと微妙に開けてないけど、ほぼ開けられたから成功じゃない?」
「いや、ちょ……待って。一体何をしてるんですか」
「昨日見た本にあったんだよ、確か『とても難しい魔法。悪用厳禁』って書いてあったやつ」
「目の前で悪用してるじゃないですか! 第1棟が私たちの使っていい場所なのかすら怪しいし!」
「えっそーなの!? 私が居た小学校は旧校舎が遊び場だったけど!?」
そんなローカルルールを持ち出されたって知らないし!
突然の状況に思考がバグった私は、捲し立てるように彼女に声を上げていた。周りに人が来たら声だけ聞こえてしまうとか、そんな冷静な判断を放り投げて。まるで、普通の子どもみたいだ。
「大体校則違反だったらどうするんです」
「君も昨日校則違反してたじゃん、私の事何も言えないよ」
「……」
「それにここ熊のロボット居ないし。監視がないなら入って良いじゃん!」
「……」
この人、地味に痛い所を突いて来る。光魔法を試す為でも校則違反をしたのは事実だし、確かに昨日熊ロボットの話もしている。ぐうの音も出ないとはこの事だ。
……まぁ私は鍵開けろとか言っても無いし、脅してもない。もしもバレたら春風さんが勝手に開けましたって言って、私は侵入した事だけを怒られよう。開けた事は咎められないはず。
「分かりました……ちゃんと入りますよ」
「やった! これで私たち共犯だね、怒られる時は一緒だ」
それは嫌だ、本当に勘弁して欲しい。
心の中で大きなため息をつきながら、私たちは第1棟の中へ静かに足を踏み入れた。




