✿ 第8話(後編):ブルーアワー
曲がり角の壁にある窓から一筋の光が射し込み、私たちの事を明るく照らす。ふと視線が重なると、その瞳はブルーアワーのように澄んでいた。その中に赤と淡黄が煌めいて見えるのは、魔力の光が瞳に浮かんでいるからだろう。
その突然の出来事に、私はただ彼女を眺める事しか出来なかった。
「……」
まったく。体育があるだけでも最悪だったと言うのに、何故こうも災難が続くんだろうか。しかもよりによってこんな場所で。ここじゃいつ誰が来るか分からない。珍しく彼女が1人行動をしているのは不幸中の幸いと言った所だ。
今に同級生や盲信者が通ったら……それこそ、大食堂の時の比じゃないくらいに面倒な事になってしまうけれど。
まぁ学年が同じな時点で、鉢合わせる可能性は十分にあった。今日まで接点なく過ごせていたのが、私にとって奇跡と言える日々だったんだ。
「は、花柳さんっ!」
彼女は入学してからと言うもの、私の事を何度も見ている。あんなにキラキラとした視線を向けられて分からない人の方が居ないし、この子の魔力は近くに居るだけで何となく分かってしまう。他人の魔力で属性が分かる体質が、ここに来て聖女センサーになっている訳だ。
その魔力は「キラキラ・パチパチ・ピカーン」みたいな擬音が似合うぐらい、明らかに他の人たちとは違う性質を持っている。それが光と火の魔力が混ざっているからなのか、あの子本来の性質なのか。そこまでは私に分からないけど。
「ごめんね、また君にぶつかっちゃうなんて……今度こそちゃんと気をつけるよ!」
でも、それにしたって不思議だ。だって〝聖女様〟である彼女にとって、私は人生最大の天敵。なのに他人の方が私を怖がっていて、対象とされている彼女はこうもケロッとしている。まるで私が天敵じゃないみたいに。
「…………」
どうしよう。私は、何て返すべきなんだろうか。
と言うか、何で自分を殺すと言われている相手に対して嬉しそうにしないで欲しい。普通なら私を見た瞬間すぐに逃げるべきだと思うし、魔法駅でスマホを拾った時に「話しかけないで」と伝えたのに。
今、鈴音とりんはこの会話に実質関係無い状態だ。ぶつかったのは私だけで、彼女は私に対して謝罪している。つまり、2人はこの会話に入って来ない。1番会いたくなかった相手とは言え返事をしないのは良くない事だ。これを無視するとか、そんなの人としてダメでしょ。
そう思った私は、彼女の言葉に返事をしようと思った。しかし、覚悟を決めて口から音を出す前に別の声が空気を割いたのだ。
「聖女様、どうして闇魔法師と話してんですか!?」
「は、離れた方がいいよ……」
「近づくと危ないって、怖いし早く行こーぜ!」
あぁもう本当に、最悪の最悪に更に最悪が重なった。まるで悪夢の続きを連続で見ている気分だ。今日ってもしかして、うお座の運勢最悪だったのかな……って、そんな事を考えている場合じゃない。ダメだ、体育終わりの糖分タイムをやってないせいで頭が全然回らない。
彼女の後ろから歩いていたのか、角から出てきた人たちは即座に間へ飛び込んで来た。赤と青のネクタイに白いブレザー、その顔ぶれは光の家門でも有名な盲信者家庭の人たちだ。でもこの人たちに付き合っている暇は無い。適当に流して、さっさと教室で美味しいチョコを食べ――
「ぁ……、」
その瞬間……ほんの一瞬だけ、彼女の顔には困惑が滲んでいた。けれどそれはすぐに消えて、代わりに浮かぶのは完璧な笑顔。何の感情もない、咄嗟に貼り付けたみたいな。その表情のせいなのか、魔法駅で見た時や先程までとはまるで別人に見える。どうして、そんな笑顔をするんだろう。
「あはは、みんな誤解してるよ~。私が花柳さんにぶつかっちゃっただけで、」
「でも、闇魔法師は怖いって母さんが言ってたんだよ。ちゃんとしないと怒られちゃうかも!」
「それに聖女様だけじゃなくて、俺らも襲われるかもしれないし!」
「えーと……そう、だよね。ごめんね、私ってば変なこと言っちゃった……かな」
いや、なんなんだこの子は。いくら何でも、周りの意見に簡単に流され過ぎだ。雨だってこんな簡単に流されない。この子には自分の意見が無いの?
いや、そんな事はないはずだ。もし無いなら、私に対してあんなにキラキラした表情は向けて来ない。
「僕の家は昔、呪使いに襲われた事があるんだ。お父さんがそう言ってたんだよ!」
「闇魔法って呪いの親みたいな物、でしょ……?」
と言うか、盲信者も盲信者だ。彼らの目には彼女が『困っている』という事実すら映っていない。彼らは聖女様を「守る」と言いながら、その声なんて聞いてないんだ。本当に守りたいのは結局自分自身だけ。私のような捻くれた人間の耳の中には、そんな風に聞こえてくる。
もしも自分が彼女の立場だったら。なんて意味の無い想像をしてしまい、無駄に頭の中へ蔓延るイラつきを増やしてしまった。
すると突然、耳元でりんの声が小さく響く。
「咲来、もう行く? そろそろすずが爆発しそうだよ……」
それはまずい。爆発しそうなのもまずいけど、何より2人をこれ以上私のいざこざに巻き込みたくない。でも……。
「……」
いつもなら、こんな事があっても適当に流して直ぐに去る。でも目の前で困っていた彼女の顔がどうしても頭から離れない。それに、私はまだ彼女にぶつかった事への謝罪すら出来てない。だからこれは、せめてもの謝罪の代わりと……このイラつきの原因の解消だ。
直接話しかける訳じゃないから、言葉でこの子を庇うぐらいなら許されだろう。
「そんな薄っぺらな言葉で、彼女が心打たれると本気で思ってるんですか?」
盲信者の横に立つ彼女は、ぽかんとした表情で目をぱちくりさせている。出会い頭の第一声がこんな言葉なんて、さぞ驚いている事だろうな。
「大体、私は花柳と言う名前に誇りを持っているんです。魔力以外で家門に泥を塗るなんて事、絶対にしません」
「うんうん! 私、本当に花柳さんとぶつかっちゃっただけ!」
「でもそれだと……」
「もう、本当に伝わらない人たちですね」
なんで私が分かってて、そこの盲信者が分からないんだろう。もし私が盲信者だとしたら、聖女様や聖君様の事は困らせたくないって思うのに。
「彼女を〝聖女様〟と呼んで小鳥のようについて行くのに、本人の声も気持ちも全然汲み取っていない。それがとても愚かな行動だって言ってるんですよ」
私がそう告げると、彼らの怒りの矛先が私に向いたのが分かった。その顔を茹でダコみたく真っ赤にして、私に強い言葉を投げている。
まぁ鉢合わせただけの彼らは確かに気の毒だけど、ただでさえ最悪の災難続きで辟易していたんだ。別に嘘は言ってないし、イラついた内容を伝えるくらいは良いでしょ。
「私の言葉を聞く前に、まずは彼女と正面から向き合ってみてはどうですか? 目の前に居る春風さんは〝聖女様〟なんて名前じゃないんですから」
それだけ告げて、鈴音とりんに「もう行こう」と言った。すると2人はニコッと笑って、私の両腕をガシッと掴む。私が「え?」と言葉を漏らした瞬間、そのまま腕を引いて行きながら、彼らの横を通り抜けた。
「あと2秒会話してたら、私す〜っごく怒ってたかも〜」
「ひぃっ、すずが怒るとか怖すぎる! 危ないところだったね咲来ぁ!」
「ほんと、良かった」
2人に、これ以上迷惑をかけずに済んで。
廊下を歩くと窓がなくなり、辺りはまた日陰になる。そよ風が小走りする体と重なって、頬を優しく撫でていた。
もう背を向けてしまったから、盲信者が何を言ってどんな顔をしているか分からない。ただ、私が背を向けるその前に見た聖女様は、まるで雷に撃たれたみたいな顔で立っていた。表情の動かない私と違ってそんな表情ができるなら、仮面みたいな笑顔を辞めてもっと生き生きと過ごせば良いのに。心の中で呟く言葉が相手に届く訳無いけれど。
結局彼女が何を考えていたのか、その真意はずっと分からないままだった。けれど、もし次話す機会があるなら……その時は、駅で見た時と同じ表情をした彼女と話してみたい。なんて、そんな考えがほんの一瞬頭に過ぎった。




