✤ 第1話(前編):春の訪れ
もうすぐ小学3年生の終わり。春の暖かい陽気を感じる日々の中。私の手元には、とある封筒を差し出された。封筒の中には、4つのトランプマークが組み合わされた校章。
それにしてもこの封筒、ちょっと嫌な色だ。高級そうなこの白はあの色に似ていて、どうしても思い出してしまうから。あの事故で現れた、目が痛むレモンアイスの色に。
✤
レモンアイスのような淡黄色。
これだけで2年前の出来事を思い出してしまう。小学1年生の夏休み明け、人生で初めて友達を泣かせてしまったときのことだ。
「なーちゃんって、そんな感じだったっけ」
「え?」
「もっと……カッコよくてさ、何でもいいよって言ってくれて、笑って元気で……」
とても仲がよかった。同じ色が好きで、服の趣味や得意な遊びも同じ。話しやすくて楽しかった。でも、そう感じてるのは私だけだったみたい。
友達は私に違和感が増えて、気持ち悪くなって、最後は見たくもなかったんだろう。それに対して何か言い返せるほど私も強くなかった。だって嫌われたのはなーちゃんじゃなくて、その内側に居る春風菜乃花だったから。
「もう、友達やめよう」
ただ友達を辞める。そんな簡単な話だとしても、あの頃の私に自分が嫌われたという事実は辛かった。全身がぎゅっと縮んで、世界の色も音も全部無くなったみたいで。
「なん……で、」
その瞬間、突然耳元で響いたのは。
「キャーッ!?」
パリン、と。
窓のガラスが強く砕けて、友達が叫んだ。破片は電気を反射して眩しく煌めき、私たちはドアの近くで体を強く震わせた。
それを見て「助けを呼ばないと」と思ったけれど、意識と反して視界は段々と白くなる。淡い蛍みたいな薄く黄色い光だけが、視界の端に弾けて残っていた。
綺麗でも無い、夢もない。
記憶に残るのは、友達の泣く声と勝手に目元から落ちる涙。その光は、私の中に眠っていた〝魔力〟が、初めて形となって現れた瞬間だ。
✤
あれ以来、私は〝本当の私〟を出せていない。また自分が嫌われたとき、同じように魔力を暴走させて、今度こそ人を傷つけたら……なんて考えてしまうから。
だから私は〝なーちゃん〟を演じる事で、やっと自分の居場所を守っている。演じていれば誰も傷つかないし、何よりあの魔力の光が二度と出てこない気がして。
そうやって過ごしてたら〝なーちゃん〟の仮面が普段から勝手にくっ付くようになっていた。
「なーちゃんは、限定の団子味アイスと桜味アイス、今食べれるならどっちにする?」
「うーん、どうしよう」
「あれっ珍しいね。いつもは割とパッと決めてるのに」
間違えた、いつもは適当に笑って即答するところだった。
「え〜そんな事ないよっ! じゃあ桜味かな、春だしピッタリだよ。太りそうなのはちょっと怖いけどね〜」
「なーちゃん絶対桜選ぶと思った! てか、確かに春の限定アイスって太りそうだなぁ」
「でしょ〜?」
今の私は、上手く笑えてるのかな。帰り道を歩いているときですら、自分がよく分からなくなる。昔の私は、クラスメイトとどうやって喋ってたんだっけ。
「てかさ、昨日のアニメ見た? マジでやばいの! 今回もかっこよかったよね、魔法少女ピュリラン!」
「うん、あの戦いはすごかったよ」
私たちは少し歩くと、そのまま正面の分かれ道で顔を合わせる。この子と帰ったのは今日が初めてだけど、確か彼女の帰り道は……。
「君の家って向こうの道だよね。私こっちだから、また明日!」
「うん、ばいばーいまた明日ぁ~!」
間違えてたらってヒヤヒヤしたけど、ちゃんと合っていたらしい。私は明るく言葉を返してくれるクラスメイトへ、軽く手を挙げた。
1人になった私は、家までの道を少しずつ足を速めて歩いた。桜木に囲まれた10階建てのマンション、私の家があるのはその最上階。階層が高いのは少し怖いけど、その分景色はとても綺麗だ。
それに、家に帰る事だけが私の学校へ行く目的。だから家に近づくだけで、胸の奥がふっと緩んで軽くなる。
「ん?」
早歩きでマンションのエントランスに入ると、なんだか普段と様子が違って見えた。その違和感に視線を向けると、そこにはビシッとスーツを着こなした男性が立っている。後ろ姿でパッと見は知らない人かと思ったけど、よく見るとそうでもないみたい。
懐かしい姿だ。あの髪型と赤茶の髪色を見るのは何年ぶりだろう。
「あの、もしかして境界監理局の?」
頭に浮かぶ記憶を呼び起こしていると、考える前に勝手に口から言葉が零れた。でもしょうがない、我が家にやって来た彼の顔は2年経っても忘れられないんだから。
ポストの前で立ち尽くす彼。私の声でピクリと肩を揺らすと、その体はゆっくりと振り向いた。
「菜乃花さん! あぁ、ちょうど良かった」
私の予想してた相手で合っていたらしく、彼は目を細めながら私に声をかけてくれた。相変わらず柔らかくて優しい喋り方だ。
でも、そんな安心は一瞬で凍りつく。彼の手の中には、見た事もない白い封筒が収められていたからだ。頭の中でガンガンと鳴り響く嫌な予感を無視しながら、私は自然と〝なーちゃん〟の仮面を被って誤魔化した。
「こんにちは、久しぶりですね! わぁ、身長もすごく伸びてる!」
「アハハ……昔の私って嫌な事いっぱい言ってましたよね? ずっと謝りたかったけど、会えなかったから言えなくて」
私がランドセルの肩紐をギュッと握りながらそう言うと、彼は慌てた様子で腕をワタワタと動かした。その様子も、2年前に同じ光景を見た気がする。
「謝る必要なんてありません! 突然あんな話を聞いて、取り乱すなという方が失礼ですからね。でも、これだけは私が直接渡したかったんです。とても大事な物ですから」
昔と変わらない黄緑色の瞳。襟に付けられたブローチが太陽を反射してキラリと輝くと、彼は嫌な予感の正体であるそれを私に差し出した。
その封筒に書かれている言葉は――日本魔法学園。
「菜乃花さん。この度は小学4年生への進級……そして、ご入学おめでとうございます」
その白が、あの日の光と重なって胸を締めつけた。逃げたい、でも逃げられない。
4年生から魔法学園に行くのは、魔力を安定させて暴走しないようにする為。魔法使いにとって義務。駄々をこねて家に居たら、いつかあのときのように、今度は家族を傷つけてしまうかもしれない。
「……」
魔法なんて現実にはない。そう思っているのは普通の人間だけで、本当はこの世界に魔法と魔力が溢れてる。だから、受け取ればもう戻れない。
〝普通の人間・春風菜乃花〟は、完全に終わりを迎えるの。
「えへへっ、ありがとうございます!」
手が触れた瞬間、私は封筒をくしゃりと握りそうになるのをぐっと堪えて、彼にお礼を伝えた。




