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魔法使いの相棒契約  作者: たるとたたん
三章 魔法学園1年生
17/18

✿ 第15話:陽の光








 今日は、5月中旬の金曜日。

 現在私は地面にひざまずき、ゼーハーと息を切らしていた。




「はぁ……ぅ゛……し、しぬ……」

「咲来、大丈夫?」

「いい゛ぇ……」

「ダメダメそうだねっ!」




 先週、春風に「体育祭は大丈夫なのか?」と尋ねられたとき、私は無言を貫いた。表面上は平静を装ったものの、内心はまったく大丈夫ではなかったから。

 むしろ最悪、ダメダメだ。


 ……だというのに、明日は遂に体育祭。


 クラスメイトたちは、最後の追い込みをかけようと練習を繰り返していて、私はそのペースに付いていくのがやっとだった。

 全員リレーの校庭一周を、一体何回繰り返すつもりなのか……私の全身には足が取れそうになるほどの疲労感が広がっていた。息が上がり肩で呼吸を繰り返す。

 筋肉も「助けてくれ」と、悲鳴を上げているみたいだ。


 明日が体育祭本番だというのに、どうしてここまでやるんだ。彼らは加減と言う物を知らないのだろうか。絶対休んだ方がいい、前日に追い込んだら負けるから帰ろう今すぐに。



 まぁ、自主練してるのは私のクラスだけではない。特にハート()クラス……あそこは異常だ。

 火魔法師は暑苦しいとか、熱血とか……何となくそういう人が多い傾向がある。血液型診断ぐらい曖昧な感覚ではあるけど、うちの学年に関してはその理論も理解出来る。

 あのクラスの熱意や雰囲気に、みんな当てられてしまったぐらいだ。


 今春風が実家にいるせいなのか、余計に「聖女様の分まで頑張るぞー!」みたいな謎の気合いが入っている様子。

 帰るのは知ってたけど、いっそ分身して今すぐ帰ってきて欲しい。それか双子になって片方がここに来て欲しい。



 ……いや、その場合は彼女が率先して熱血軍団を束ねてしまうに違いない。脳筋は当てにならないからこの場合全く頼りにならない。絶対喜んで運動し始めるからアウトだ。




 しかも、体育祭と名乗っているものの、実際のところは小学校で行っていた〝運動会〟と大差ない。クラス対抗競技がメインのはずなのに、ダンスやら何やら全く関係のない競技が多くて、正直困惑する。


 だってダンスなんて勝負競技じゃないのに、こんなに練習で体を無駄に動かしていたら、それだけで疲労困憊度が上がってしまうじゃないか。

 競技の練習をする為にここに居るのに、こんなのは無駄すぎる。


 もう普通に、ダンスの競技を消す代わりに開催時間を短くして欲しい、本当に、切実に。




「うちの学年、何でこんなに元気なの……」




 私はみんなの元気な姿を見て、流石に羨ましく思っていた。




「咲来が元気無さすぎなのっ!」

「私はちょっと疲れてるよ~」

「……り……りんはともかく、鈴音が疲れてるのは、相当珍しい……」




 鈴音は自分の疲れを訴えているけれど、その様子を見れば見るほど私の疲労が一層際立つ。


 確かに、鈴音よりはりんの方がフィジカルがあるが、それでも2人とも一般的な小学四年生の体力に過ぎない。

 それ比べたら私の体力は所詮米粒程度。クラスの中でもビリだと思う……いや、学年でビリかも……認めたくないけど。


 魔法使いなんだから魔法使えばいいと思うかもしれないけど、体育祭は基本的に魔法禁止。だから、私の足を早くしよう! とか、体を軽くしよう! といったズルは許されない。そんなことをしたら即減点だ。




 と言うか、そもそも体育祭の存在意義が分からない。体育が苦手な人たちにとっては、まさに地獄のような行事じゃないか。いっそ廃止しよう。そうしよう。




「明日は絶対優勝するぞー!」

「「オォーッッ!!!!」」




 ……クラスの団結力が高まるのは良いことだし、入学直後に開催されるのも悪くはないと思う。でも廃止して欲しい。疲れた、糖分が欲しい。




「あ゛ーーーー、ほんと、疲れる…………」




 魔法の才能以外はすべて完璧でありたいのに、こればかりは一生克服出来ないかもしれない。


 そんな思いを抱えながら、私は深く息をした。明日が来るのが、少しだけ……いや、すっごく憂鬱だ。






 *






「さあ、本日は待ちに待った体育祭! 小学生の皆さんは、教室の椅子を外に運んで、自分のクラスの所へ行ってくださーい!」




 5月とは思えないほどの暑い快晴。朝っぱらから元気いっぱいな放送委員の声が、校舎や校庭へ響き渡る。横で椅子を運ぶ輝が「あつーい」と呟いている。


 体育祭の当日が、遂にやってきた。今日は小学生のための特別な一日。もちろんこの通り、私もスゴく楽しみダー。




「……咲来(さくら)、魂抜けてない?」

「抜けてないです」




 今日は普通に休みだが、見に来る中高生は意外と多い。土曜日ということもあって、多くの保護者も足を運ぶ。普通の人間も、家族が学園に居る人なら来れる。

 体育祭が続く今日から3週間は、週末に学生以外の人間が沢山いる珍しい日が続くわけだ。



 その様子が、体育祭の楽しさを一層引き立てるのだろう。周囲には、期待に胸を膨らませた同級生の笑い声や、賑やかな声が溢れている。

 まさに、待ちに待った一大イベントが始まる瞬間……。


 私は、そんな活気に包まれた校庭を見渡しながら、心の中でこの日が持つ特別な意味を噛み締めて__居なかった。



 このジリジリと照りつける太陽の下で、一日中風魔法すら使わずに過ごすなんて拷問だ。だって、今日はすごく暑いじゃないか。

 クラブ()クラスは全学年辞退して、皆で魔法習って今すぐ風を吹かそう。絶対、確実に、皆そうしたいと思っているはずだ。多分。


 そんなくだらない事を考えていると、ぽーんと放送委員の明るい声が響いてきた。




「今年からは、水と風の魔法で作られた冷風を校庭に張り巡らせていまーす! なので、去年よりは暑さも感じないことでしょうー!」




 前言撤回、魔法は本当に素晴らしい。


 あぁ、校庭に入った瞬間に冷たくて心地良い風が肌を撫でてくれて、さっきまでの暑さも全部忘れさせてくれそうだ。

 魔法があるからこそ、こんな過酷な状況でも少しは快適に過ごせる。やはり魔法は素晴らしいんだ。


 私は、心から魔法に感謝した。




「さーくーらーっ!」

「おにーぃちゃーーんっ!」

「うわぁっ」




 暑さにやられて馬鹿なことを考えていたその瞬間、私の身体に突然衝撃が走る。どうやら私には、何かにぶつかられる才能があるらしい。




「……ちょっと。蒼空(そら)優梨(ゆり)に、急に抱きつくのは危ないよって教える立場でしょ」

「すまん、ついな!」




 兄の花柳蒼空(そら)は、小学6年生。

 普段はおちゃらけているけれど、根は真面目。しかし凄まじいブラコンだ。学園内でも「学園一弟妹を愛しすぎている長男」として有名な程に。

 入学してからそれをジワジワと実感しているけど、物凄く恥ずかしいから早急にやめてほしい。


 そしてもう1人居る女の子は、2歳年下の妹、花柳優梨(ゆり)

 彼女は今、私が通っていた小学校に通学しながら、親と一緒に実家で過ごしている。だからまだ学園に通う年齢には満たない。




「私、今日はクラブ()クラスもハート()クラスも、たくさん応援するからね!」

「ありがとう優梨、頑張るよ」

「えへへ……」




 妹に醜態を晒したくない私は、言葉だけは一丁前に虚勢を張って見せた。


 優梨は本当に可愛い妹だ。自然に人に甘え、その様子は私の心を癒してくれる。

 そして……私が闇魔法師であることを知っている上で、周囲の態度に押し潰されることなく、自分の考えをしっかり持って行動している。

 幼いながらも、私よりずっと強い子だ。




「今ね、お母さんとお父さんに少しだけ火魔法を教えて貰ってるんだ!」

「そうなのか優梨!?」

「偉いなぁ優梨は。俺が小2ぐらいの時なんて、全然何もしてなかったよ~」




 私に抱きつく彼女の頭を、よしよしと優しく撫でる。すると、彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべた。

 その笑顔が、私にとって何よりの癒しだ。


 そのまま撫で続けていると、むくれた蒼空が少し不満そうに口を開いた。




「なぁ。俺の事も撫でてくれないか咲来!」

「え……何で?」

「そんな『心底意味がわからない』みたいな顔しなくても。俺はすごく2人が羨ましいだけだ!」



 そこまで直球に言われると、いっそ清々しいいな……とか考えていると、横から笑顔の小悪魔が腹を黒くしてやって来た。




「咲来は撫でたいんじゃなくて、蒼空に頭を撫でて欲しいんだよ~。ねっ咲来?」


「そんな事ないし。と言うか、あっついから引っ付かないでくれますかねお兄様」


「あらら。今日はクラス対抗だからって、俺に敵意をむき出さなくても」


「敵意とかじゃないし、いつも通りなんだけど……それに、輝まで寄って来たらほんとに暑いの。火魔法師の魔力の暑さに囲まれる私の気にもなって」




 火魔法師は、その魔力の影響からか暑さにも耐えられる体温が高い人が多い。

 うちの家族は皆火の魔力が強いから、私はホッカイロに囲まれてる気分だ。本当に、魔法で涼しくなっている意味が無くなってきている。




「……じゃあ、私はクラスのところに行くから。優梨は、お母さんとお父さんの所に行ってね」


「うん、分かった! お兄ちゃんお姉ちゃん、ファイトだよ~!」


「うっうぅ……ありがとうな、優梨ぃいい!!!」


「ありがとね。俺ともハグしよう~」


「俺もだ俺も!! 輝もしよう!」


「わーい、みんなでしよ~う!」




 相変わらず、うちの兄妹は仲がいい。この場にいるどんな兄妹よりも、彼らの絆は特別なものに思えてしまうくらいに。

 だからこそ、余計に考えてしまう。

 私が火魔法師でなければ……せめて水魔法師であったなら、家族に何一つ負担をかけずに済むのに、って。



 今この瞬間も、私は迷惑をかけている。



 ここに花柳の兄妹が全員集まり、遠くから両親が見守る姿。完全に、周囲からの注目を集めている。

 しかし、色んな人が集まる今の状況……この視線の半分以上は、私への非難と家族への疑問ばかりだろう。


 由緒正しい光の家門でありながら、闇の魔法を使役する(闇魔法師)私に、以前と変わらず接している家族の姿。それが一部の他家門に問題視されている。



 そしてこれは、私たち子ども世代よりも、親以上の世代の方がより顕著だ。なぜなら彼らは〝先代聖女様〟が亡くなった当時を生きている世代で、その恐怖の感覚を良く知っているから。

 そんな彼らの視線の中にある疑念や不安が、私に重くのしかかってくる。



 黒くて、重くて、大きくて……簡単に押し潰されてしまいそうだ。



 そんな思いが胸を締め付けるたびに、私は自分の存在について考えざるを得ない。

 光の家門で、闇魔法師で、なのに光魔法だけは使えて。


 私は、家族の中でどのような役割を果たしているのだろうか。世間の期待に応えられているのか、自分の選んだ道が正しいのか……なんて、頭の中では一生不安が渦巻く。




「おまたせ咲来っ!」

「……あれ、鈴音(すずね)はどうしたの」

「すずは今お花摘み中~。先に行っててだって!」

「そっか、分かった」




 私は、りんの言葉に静かに頷いた。



 その瞬間、自分の思考を飛び消すように、校庭の中を歩み始める。

 自分の心の奥深くに隠された影は振り払い、周りの視線なんて全く気にしていないような顔をするんだ。


 周囲の笑い声や楽しげな会話が耳に入ってきても、私には別世界の出来事のように感じられる。私の内側には暗闇ばかり。

 どんなに明るい光が降り注いでも、自分の魔法を消し去るまでは、心の中の影を消すことはできないんだろうか。




 そんな思いが、私をより一層孤独にさせるんだ。






 *






「それでは、準備体操を終えたところで……いよいよ〝第1001期魔法学園体育祭・小学生の部〟開始で~す!」




 周囲の盛り上がりに、私は控えめにぱちぱちと拍手を送る。

 いえーい! という歓声が校庭に響く中、私は照りつける日差しで肌がヒリヒリとして来ていた。今すぐにココへ、日傘を設置したい。どれだけ魔法で涼しくっても、紫外線は除去出来ないし。




「まずは各学年の100メートル走でーす! 最初に走るのは1年生っ! この前入学したばかりのピチピチの小4たちで~す♪」




 というか、さっきから何だろう、このおちゃらけたナレーション。一体誰がこんな……あぁ、蒼空と同じ学年の先輩だった。流石に何も文句は言えない。



 私は走る競技にもちろん参加しないため、最初のうちはただの見物人だ。競技中にクラスメイトたちの声に合わせて「フレフレ風組(かぜぐみ)~」と応援する事しか、やる事がない。


 うちのクラスにも、足の速い子が集まっている。しかし、2クラスも離れているのに、「火組(ひのくみ)~!」「聖女様~!!」という黄色い歓声が耳に飛び込んでくる。どうやらあの子も、100メートル走に参加するらしい。




『花柳は体育祭で敵だけど、走らないんならその時くらいは私のことを応援してくれても良いんだよ? 私の相棒頑張れ~って!』


『私は私のクラスを応援します。応援なら私の双子に頼んでよ』


『君、結構何でも(ひかる)に押し付けようとするよね……』




 そんな会話をしていたのが懐かしい。



 準備場所から皆に手を振る彼女は、相変わらず仮面を貼り付けたような表情を浮かべている。

 他人に対してそうなることは、今も変わっていないようだ。



 多分、それは染み付いた彼女の癖なんだろう。自分を守るための防御壁のようなもの。だからすぐに治すのと言うのは、きっと難しいことなんだと思う。


 それでも彼女は、出逢った頃と違ってすぐに流されたりすることは減った気がする。親しい関係の人には、少しずつ自然な表情を見せるようになってるみたいだし……それは彼女にとって、とても良い事なんだと思う。




 彼女が「なんで助けてくれるの?」と尋ねた時、私は「相棒だから」というありきたりな返事しかできなかった。その言葉がどれほど空虚なものだったか、今になって思い返すと痛感する。


 私だって、どうしてそんな……校則違反をしてまで彼女を助けるような〝自分らしくないこと〟をしているのか、よく分からなかった。

 ただ、何となく……今考えると、彼女には私と同じ気持ちになって欲しくなかったのだと思う。

 悲しい思いを、彼女にはして欲しくなかったのだ。


 あの無邪気な笑顔を浮かべる彼女が、辛い思いを抱えることなく、笑顔でいられるようにと……心のどこかで願っていた。




 そんな気持ちが、私の行動を突き動かしていたんだと思う。彼女のに少しでも明るい未来を与えたいと、そう強く思ったんだ。




水組(みずぐみ)、速い速い! しかし、火組(ひのくみ)がココで追い上げる~!」


「キャー!」

「いっけー!」




 春風菜乃花《聖女様》は、本当に眩しい。


 眩しくて、眩しくて……直接目を向けることが出来ない。

 彼女の姿を見れば見るほど、自分が真っ暗で、全てが空っぽであることを痛感させられるんだ。



 彼女は未来を見据えている。


 過去を受け止めて、恐れずに他者へ踏み出していける。自分がどんな存在であるかを探求し、疑問が生まれればそれをすぐに聞ける。

 その姿は、キラキラと煌めく太陽のよう。どんな所までも光を届けてしまう、圧倒的な善性だ。


 彼女が自分は善人じゃないと言い張るのを耳にすると、私は心の中で反論したくなる。私からすれば、貴女は誰よりも善人だって。

 たとえ誰かが……本人さえもが、自分を悪だと称していても、私から見れば彼女は確かに善だから。




「火組はっや~い! ここでトップに躍り出た~!」




 彼女には、心の傷を抱えて欲しくない。彼女の未来は、希望に満ちたものであって欲しいと……そんなお節介を抱えてる。

 その光を失うことなく、いつまでも煌めいてくれることが、みんなの……私の、望み。

 私がそんなことを願う事ですら、おこがましい事だと言うのに。


 だって私は闇魔法師で、あの子は聖女様なんだから。




「聖女様、頑張れ~!!」




 私は彼女の幸せを願う一方で、同時に自分が彼女に与える影響を考えると、身震いがする。

 彼女が未来を思い描くたびに、胸の奥が締め付けられる。


 あの無垢な笑顔が、私の手によって消えてしまうかもしれないという恐怖が、心に埋め尽くされるんだ。




「ゴール!! 火組の春風さんが一位でゴールしました!! 続いて土組(つちぐみ)、風組、水組(みずぐみ)と全員がゴール!!」




 そんなことを考えているうちに、彼女は一位でゴールを果たしていた。


 周囲のクラスメイトたちが、悔しがりつつも風組ランナーを称えている。そんな声が上がる中、私はその光景に目を奪われていた。

 彼女の姿は、まるで一筋の光が差し込むように、他の誰よりも煌めいて見える。



 私はあの煌めきを、いつか潰してしまうのだろうか。

 彼女の笑顔が、いつか私の手によって失われてしまうのだろうか。



 そんな光景、悪夢の中だけで充分だ。






 *






「なー、母さんたちって何処にいるんだ?」

「そもそもココ、どこだろうねぇ~」

「皆がいるのって、大きな木の所じゃないっけ」

「え、私たちが迷子ってことっ!?」


「いやいや、落ち着いて……学園生が学園で迷子なんて、普通に有り得ないでしょ」



 お昼休み。私は幼馴染に引っ張られて、5人とその家族でお昼ご飯を食べる約束をしていた……ハズだったんだけど、気付けば私たちは学園内で迷子になってしまっていた。


 もちろん私は場所を知っていた。でも、皆が無理やり私を引っ張るから、先導することが出来なかったのだ。

 そうして学園内の構造を把握しきれていない幼馴染の先導により、私は迷子にされていた。




「私が場所分かるからついて来て。はぐれないでね?」

「流石だな咲来、助かったぞ~!」

「わぁ~いっ咲来隊長~!」

「はいはい」




 陽太とりんがワイワイ騒ぐのを、輝と鈴音はニコニコ眺める。そんなこんなで、私たちは木々の間を進んでいた。



 しかし、その途中で次第に聞き覚えのある声が響き渡る。


 徐々にその声が鮮明になるにつれ、私の顔は青ざめていく。そう、その声の主はあの聖女様・春風菜乃花と彼女の友達・四葉(よつば)千鶴(ちづる)だったのだ。


 最悪だ。


 いつも避けている昼間に、ばったり出くわすなんて。しかも、人通りがほとんどない過疎地で、周囲には私と彼女の秘密を知る者しかいない。

 この狭い空間で、彼女たちと目が合ってしまったら、どんな会話が交わされるのか……想像するだけで、疲れる。




「あっ、春ちゃんだー!」

「ホントだ~、春風さ~ん」

「わーっ、幼馴染んずだ!」


「あぁ……」




 予想通りだった……。


 まあ、周囲には誰もいないし、人の気配も感じられない。それなら、彼女たちが声をかけるのも無理はないだろう。

 私の幼馴染たちはそういう子だし……しかも、その半分はクラスメイト。まあ仕方がない事だし、私だけ無駄に関わらなければいいだけだ。




「みんなヤッホー! 花柳も……あ、えっと~ぉお~ォ」

「……ここ誰もいないし、いいですよ別に。普通に話して」

「あれ、そうなの?」




 私が彼女にそう言うと、露骨にホっとしてから何故かドヤ顔になる。

 どう考えても、変な事を言い出す顔だ。




「じゃあ花柳、私の100メートル走は見てたかっ!」


「見てました見てました。よくも私のクラスメイトを負かしましたね。とりあえず、今ここで仇でも取っておきましょう」


「競技中に私に勝てないからって、ここで勝とうとするの辞めてくれませんかね!?」




 ……じゃない、まずい。



 こんなに普通に彼女と会話している様子を、幼馴染はともかく、四葉さんは見た事が無いはずだ。

 彼女は盲信者家庭で過ごしていたんだから、目の前で闇魔法師と聖女様が会話をしているのは、あまり宜しくない状況なはず。

 これは四葉さんの精神衛生上も良くない事だ。


 もし私がこのまま彼女たちと話し続けたら、四葉さんはどう思うだろう?

 私たちが親しげに会話している姿なんて、彼女の心にどれだけの混乱を引き起こす事にになるか分からない。



 そんなことを考えている時、私はその違和感に気がついた。




「菜乃花、千鶴は居ないのか?」

「さっきまで千鶴の声も聞こえてたよね」

「だよな?」




 そう、四葉さんの姿が見えないのだ。どこを見ても、どこにもいない。電話にしては声が鮮明で大きかったし、そんなにすぐに離れることもないだろう。


 輝と陽太がキョロキョロと辺りを見渡すと、りんと鈴音がハッとした顔になる。




「もしかして幽霊っ!?」

「やめてよ、りん。幽霊なんている訳ないでしょ」

「え~、分かんないよ~?」

「鈴音までやめて」




 2人の冗談を軽く流していると、春風さんがおずおずと口を開いた。




「そ、それがぁ……」




 そう言うと、彼女は上に向かって指を指した。みんなで「上?」と言いながらその指差す方向を見ると、なんとそこには黒猫を抱えて硬直する四葉さんの姿があったのだ。


 その様子から、黒猫を助けて自分ごと動けなくなったのだろう。




「え、えっ、な、ち、ちちち、ち、ちち」

「落ち着いて、陽太ーっ!」

「ダメだよすずっ! 陽太、焦りすぎてロボットみたいになってる!」

「これは、大変だね……」

「輝は逆に手がわなわなって変な動きしてるよっ!!」




 その瞬間、周囲は混乱に包まれた。幼馴染が焦り、本人も焦り。そして春風さんも焦っている。冷静な人が誰もいない状況に、じわりと焦燥感が滲んできた。

 このままでは、彼女が猫と一緒に落ちてしまうかもしれない。四葉さんの目は恐怖に満ち、黒猫も不安げに四葉さんの腕の中で身を縮めている。


 先生や大人を呼ぶにも、この距離を往復してるうちに四葉さんが落ちてしまうかもしれない。既に暫く居た様子だし、いつ落ちてしまうか本当に分からない。


 どうにかして、彼女と黒猫を助けなければならないだろう。立ち尽くしている場合ではない。


 でも、どうやって……。




 私はその瞬間、はっと閃いた。


 今は昼休み。カバンの中にはお弁当と一緒に、魔法用の杖が隠れている。周囲は草木に囲まれた静かな場所で、人の気配は全く感じられない。この空間には、私と彼女の関係を知る者しかいない。


 それなら、私が魔法を使えば良いんだ。




「四葉さん!」


「ハッ、ハイ!」


「私が風魔法を使うから、私が魔法をかけたら降りて下さい。春風は下で四葉さんを受け止めて!」


「え、私!?」


「いつも筋肉自慢してるでしょ! とにかく春風が一番適任なの、ほら早く四葉さんの下に行く!」


「イ、イエッサー!」




 私が大きな声で言い放つと、彼女はすぐに四葉さんの下へと走り出した。その間に、私は急いでリュックから杖を取り出す。

 大丈夫、これは予習してた魔法。何度かもう成功してたし、私なら絶対完璧に成功できる。




「〝風の抱擁(ほうよう)〟」




 言葉が空気に乗る。魔力が右手から杖に流れ込むと、その瞬間四葉さんと黒猫が、黄緑に輝く柔らかな風にふわふわと包み込まれた。




「四葉さん、今です。春風のところに降りて下さい!」

「う、うん……!」




 不安を抱えた表情のまま、四葉さんは目をぎゅっと瞑り「えいっ!」と木の枝から降りた。

 ふよふよとゆっくり落ちていく彼女は、まるでお姫様のように腕の中へ優しく受け止められた。

 四葉さんに抱きしめられている黒猫も「にゃん」と鳴いている。


 どうやら、全員無事のようだ。




「はぁ、良かった……」




 その言葉が口をついて出た瞬間、幼馴染たちは木の元に集まり「2人とも平気ぽいね」「杖持ってるなんて天才だよっ!」「猫ちゃんも無事だ!」「よかったぁ~」と、それぞれの思いを口にする。


 私もホッと胸を撫で下ろした。




「大丈夫そうで良かったです」

「ありがとう花柳さん……」




 四葉さんは感謝の言葉を口にすると、お姫様抱っこになっていた場所からすっと降りる。すると、彼女の腕から小さくぴょんっと黒猫も飛び、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。


 見送る私の心に安堵が広がる。しかしその瞬間、四葉さんが申し訳なさそうに私をじっと見つめているのが目に入った。




「……あのさ、私……貴女にあんまり良くない態度だったのに、どうして助けてくれたの?」




 その言葉は、どこか懐かしく響く。どうして助けてくれるの……と、以前私の相棒にも聞かれたからだ。友達同士になったからって、言動まで似て来たのだろうか。




「闇魔法師への感情は、四葉さんと同じ状況になれば誰でも感じるような、すごく当たり前のものです。気にしてません。それに、同級生が目の前で困っていたから助けただけです」


「でも……私のこと、怒ってないの?」


「別に何も」




 私の言葉が静寂の中に響くと、四葉さんの表情が柔らかくなる。そして、うるっと瞳を揺らした。




「花柳さん、本当にごめんなさい!」


「え、えっちょ、あの……顔をあげて下さい、謝らないで大丈夫です。確かに木に登るのは無計画だと思いましたけど、貴女は黒猫を助けようとしただけじゃないですか」


「そ、そうじゃなくて! 今だけじゃなくて、今までの全部がごめんなさいなんだよ!」




 そう言うと四葉さんは、下げた頭をバッと持ち上げて、私の顔をまじまじと見つめた。切羽詰まったような表情に、私は何も言えなくなってしまう。

 彼女の言葉を静かに待つと、やがて彼女はゆっくりと口を開いた。




「私、闇魔法が怖いって気持ちがずっとあったんだ。でも、花柳さんのことは怖くもないし嫌いじゃないの……だから、良かったら私も普通に接したい……貴女と、友達になれるぐらいに……」




 この子は、優しい子だ。


 自分の中に抱える怖さを私に打ち明けながら、その上で私そのものを認めてくれて、しかも私と関わりたいと……そう言っている。


 私に無い、勇気を持ってる。




「__そうですね、貴女さえ良ければ。これからも、同級生として宜しくお願いします、四葉さん」


「花柳さん! あ、ありがとう~ぅぅっうっ、う、」


「あ~咲来が千鶴泣かせた~」


「泣かっ……えと、四葉さんも泣かないで下さい……ほら、私のハンカチ使って良いですから」


「あ゛り゛がどう゛……ごべん、勝手に涙が出できちゃっで……」


「輝は後でこらしめるから、全く気にしないで下さい」


「なんで俺!?」




 拒むことは簡単だ。


 彼女の家族は呪いの被害者で、私は加害者の力に似た魔法を使える者。不用意に関わった所で、きっとこの先いい事は無いだろう。そんなの、誰にだってわかる。

 だから彼女を遠ざけるべきだと頭の中では理解している。


 それなのに……私は、目の前の真っ直ぐな決意を蔑ろにすることが出来ない。勇気を潰す事は出来ない。



 拒まない事で生まれる不安はある。


 ただ、それを何でもない事のように取り繕って、覆い隠して、他人の目には映らない様にしてるだけ。こんなの、誰にも知られたくない。


 その時、幼馴染の声が左右からポンポンと飛んで来た。




「んも~、咲来ちゃんは素直じゃないなっ!」


「そうだよ照れちゃって~」


「実は嬉しかったりするんだよな、咲来って!」


「うんうん、バレバレだよね俺たちには」


「うるさい輝」


「なんで俺だけ!」




 幼馴染の会話を聞いて、2人は耐えきれないと言う様に笑い始めた。

 その笑い声は、まるで優しい風のように空間を満たしていく。幼馴染たちもその様子に釣られて、自然と笑顔を浮かべていた。


 こんなにも幸せで満ち溢れた空間にいることが、本当に許されて良いのだろうか。そう思えば思うほど、私の心がぎゅーっと締め付けられる。

 彼らの笑顔が眩しすぎて、同時に私の心の奥に潜む不安の影が、より一層色濃く浮かび上がってくる。



 悪夢の中の光景が、より鮮明になって来るのだ。



 皆の笑顔を眺めていると、私の目の前にブルーアワーの瞳が大きく映った。赤と白の体育着を身にまとった、ポニーテールの女の子。





「……えっと、何でそんなに睨んで来るわけ」


「違うよ、これは微笑んでるの~っ♪」


「はぁ……意味が分からないんだけど。私が四葉さんを助けたの、そんなに不思議だった?」


「ううん、それは個人的に嬉しすぎたよ。でも、そうじゃなくて__ふふっ」




 私はよく分からなくて、目をぱちぱちと瞬きをする。ハテナを浮かべて彼女を見ると、その目を細めて私を見つめる。




「だって、花柳がやっとタメ口になってくれたから!」




 本当に、すごく最悪だ。


 タメ口なんて、彼女と話す時は絶対にしないよう気をつけていたのに。どうしてこんなに気が緩んでいたんだろう。

 いや、焦ってたから無意識になっていたのか。

  しかも、今まで全く気づいていなかったなんて。


 あぁぁ、今すぐ否定したいし訂正したい。


 しかし何を言おうにも、全てが今更だ。だって、目の前でこんなに嬉しそうな顔をする彼女に対して、私はどんな言葉も口に出せない。




「えへへ~っ」




 ただ、その笑顔を静かに眺めていることしかできず、自分の葛藤はこの煌めきへ簡単に飲み込まれてしまう。


 彼女の笑顔が私を捕えて、ずっと離してくれないんだ。





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