✤ 第5話(後編):入学式の視線
「全員集まりましたね。では、入学式へ向かいましょうか」
私たちは制服に着替えて、白寮のロビーに集まった。
さっきまで歩いた道を辿りながら合同体育館まで帰ってみてると、その中は私たちが居た時よりも人がぎっしり詰まっている。どうやら全校生徒が集まっているみたいで、人数的に中学生と高校生も居るみたい。
着てるのは同じような制服なのに、その場にいる全員がすごく大人に見える。先輩たちから見たら、私なんてちびっ子のちんちくりんだろうなぁ。
「あ、黒寮の人たちだ」
入場を待ちながら小声で話していた、周りの同級生たち。彼らは後から着いた黒寮の人たちに興味津々だった。純粋に「気になるな~」って声もあれば「闇魔法かぁ」と批判的な意見をぶつけている人も居る。この制服の色の違いで相手を嫌う人も居るみたい。
と言っても白寮の人たちは、多分殆どが花柳さんに視線を送っている。一方黒寮の人たちは、大抵の人が私の事をじっと見ている。私を見る目は単純な興味とかキラキラした気持ちが多い気がするけど、花柳さんへの視線は……コソコソと探るような、でもどこか拒絶してるような、そんなチクチクと痛い感じ。
一言で言うと、今ってめっちゃ変な空気だ。これって、花柳さんも私と同じで目立ちやすいって事だよね……二大魔法の適性があるからって。
『光魔法・それと対をなす闇魔法は、全員がどちらかの魔力を保有します。しかしこの二大魔法は、皆が使えないに等しいレベルの保有量。万物を操れるような二大魔法を使える人には、誰もが憧れてしまうんですよ』
私が光の魔力を持ってるって知ったあの時、魔法省から来た〝花柳さん〟はどう思っていたんだろう。その時は、あの子が闇魔法師ってもう知っていたのかな。だから寂しそうな顔をしてたの?
「それでは、新入生入場!」
考え事をしている間に、入学式が始まってしまった。
保護者の席はここに無いのに、それでも鳴り響く拍手の音が分厚く感じる。映像は後で保護者に渡されるらしいけど、ここに居ないって言うのも新鮮だ。
入学式の流れは前居た小学校と同じ感じらしく、国家を歌って校歌を歌って……って、コレは知らない曲だから聴くだけだけど。その後1人ずつ名前を呼ばれたら、立ち上がってお辞儀をするやつ。
「ありがとうございました。では……」
じっとしてるのは苦手だから、ずっと座っているのもなんだかしんどくなってしまう。私は少し窮屈に感じる制服のスカートに礼儀正しく手を置きながら、式とは全然関係ない方を横目で眺めていた。
椅子に座っているからよく見えないけど、視線の先にいるのは花柳さんだ。ピンクベージュの髪の毛も、私の隣に座っている双子の彼と同じ色。
『18年前の夏にね、聖女様が亡くなったの。その時一緒に居たのは、護衛の闇魔法師だけだったんだって。しかもずっと行方不明だから、犯人かもって言われてて……2人には、そう言う因縁があるんだよ』
なんとなく、さっき聞いた四葉さんの話を思い出してしまった。
四葉さんの話的に、私と花柳さんって〝殺す人と殺される人〟って思われてるみたいだ。笑えない冗談だと思いたいけど、あれを嘘と言える程私も馬鹿じゃない。
でもさ、普通に考えたら「殺す殺されるー」とか他人に思われてる私たちの方が怖いと思う。まともに話した事ない人しか居ないのにそんなこと言われても困るし。そう言ってくるみんなより、言われてるコッチ方が周りの反応にガクブルしてるって!
それに、気をつけてなんて言われても……私はずっと、どーやって花柳さんに話しかけるかばっかり考えている。駅でぶつかったあの時からずっと。だって私には、避ける理由が1個も無いんだもん。あるのは話したい理由だけ。
「続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表、花柳咲来さん」
「はい」
透き通る綺麗な声は、静かな体育館へよく響く。新入生代表挨拶に呼ばれたのは、私の思考をたった今埋め尽くしていた彼女だった。新入生代表をするって事は、入学した時の成績が学年で1番上だった証……確かに勉強が得意そうな雰囲気してたから、1番なのも納得しちゃうな。
彼女の足音は、心地いいリズムになって私の耳を通り抜ける。その音や姿に注目しているのはこの場に居る全員。一斉に送られたその視線は、それぞれ色々な感情を彼女にぶつけている気がした。他人の視線に敏感だからか、彼女に向けられた視線ですら自分の肌にも感じてしまう。
もちろん素敵な感情もあると思うけど、嫌な感情ばかりが私の周りには溢れてる。きっとマイナスな気持ちが大きく見えるだけだと、そう思いたくなる程に。
周りの感情に飲まれないように、私はじっと彼女の方を見た。
「新入生を代表し、ご挨拶させていただきます」
それは、卒業式で6年生が紙を見て喋っているみたいな、大人が話すような言葉。でもほとんど紙を見ないで、真っ直ぐに前を見て喋っている。あんなにスラスラと丁寧な言葉を詰まらず話せるなんて、自分じゃ絶対考えられないな。私は彼女が言葉を投げている様子を、ただただぼーっと見つめていた。
「この良く晴れた春の日に、こうして魔法学園の仲間になれた事。1001期生として皆様とお会い出来た事を、とても嬉しく思います。先輩方、先生方、これから仲間としてよろしくお願いします。そして私たちは、今日から9年間の毎日を大切に過ごして行くと、この制服に誓います」
堂々と話す彼女の様子に、私は今朝魔法駅でぶつかった時の事を思い出していた。自分がぶつかったせいとは言え、初対面の相手に敬語で「しっかり前見て歩け」なんて中々言えることじゃないと思うし、少なくとも私は言える気がしない。こんなスピーチまで出来ちゃうから、慣れっこエリート魔法使いなのかなぁ。
そんなくだらない思考を張り巡らせている間に、新入生代表挨拶は終了した。彼女はその文字を読み終えてお辞儀をすると、少しずつ階段を降りてから自分の立ち位置に戻って行く。私の座る場所からは、もうほとんどその姿は見えない。
「続きまして、学園長挨拶。芝崎学園長お願いします」
その声と同時に、少し大きい足音が体育館に鳴り響く。ふと目線を上げると、壇上には自分の親より年上であろう男性が立っていた。セットされた髪型は綺麗で、髭や表情にカッコ良さが溢れてる。ドラマで良く見るイケおじみたいな雰囲気の人だ……と、何とも呑気な感想が思い浮かんだ。
「オホンッ……1001期生の1年生諸君。小学4年生への進級、並びに魔法学園への入学おめでとう!」
その瞬間、ワーッと拍手喝采が盛り上がった。入場した時よりも更に厚みの増した拍手の音に、私は思わず体が跳ねる。
暫くすると学園長が「ありがとう」と言いながら、手をぐぐっと上から下に降ろした。するとその意図を汲み取るように、みんなの拍手は段々と音が小さくなって行く。本当にドラマみたいなその様子に、私は驚きが止まらない。
「小学3年生まで過ごした環境や、大切なご家族と離れる事。きっと寂しく辛いと感じた人も居るだろう。私も入学の頃は駄々を捏ねまくったものだ!」
学園長のその言葉に、大人たちはうんうんと頷いたり、少し笑ったりしていた。
「しかし、この地はこの国で最も魔力を安定させるのに適した場所。魔法使いとして生まれた者には、ここに通う義務……そして、保護者には通わせる義務が生じる。どうか、それを理解して欲しい」
そう言うと、学園長は真面目な表情からパァっと顔が明るくなっていく。まるで、おもちゃを貰った子どもみたいに。
「その辛い気持ちを、忘れようとしなくていい。ただ、この学び舎で過ごした時間は、自分にとってかけがえのない思い出に、そして君たちの大切な力になる」
かけがえのない、思い出。
今も「ここから抜け出して家に帰りたい」って思ってる私に、そんな思い出が出来るんだろうか。学園長の言葉は、頭の中でぼんやりと……遠くの方で響いてるように聞こえてしまう。
「未来ある魔法使いの諸君。この素晴らしい日に、魔法学園の仲間になれる事がとても嬉しい!」
周りの生徒たちは学園長が話している間、まるで生まれたての赤ちゃんみたいに目を輝かせていた。みんなはにワクワクしてるのに私だけ違う事を思っている。私も普通の魔法使いだったら、そんな風に思えてたのかな……。
「大切な仲間と切磋琢磨し、輝きに満ち溢れた青春の日々を、素晴らしい学園生活を、みんなで共に歩んで行こう! 思い描く夢の先を、その手で掴む為に!」
体育館いっぱいに広がる拍手の音。でも、周りと同じような感情は自分に湧き上がらないまま、ただモヤモヤとした何かが胸に広がっていて……私はそれを、何も知らないように振舞って無視をする。みんなと一緒に笑いながら自分の手を叩いて。私の気持ちとは関係なく腕は勝手に動いてる。
耳の中で、ぱちぱちと風船の割れる音が鳴り響く。永遠に続くその音に、胸が少し痛かった。




