✤ 第5話(前編):同じお部屋のクラスメイト
「移動がてら、組み分けについて説明しますね。公式には火組・水組・風組・土組ですが、普段はクラスのマークから〝ハート・スペード・クラブ・ダイヤクラス〟と呼ばれています」
私たちは先生に案内されて寮へと向かっていた。前を歩きながら説明をすると、何処かから先生へ質問の声が飛んでいる。
「それ、どっちかに統一しないんですかー?」
「昔しようとしたんだけど、先生たちが子どもの頃から続く習慣がみんな癖着いてしまってて……結局廃止されたの。職員室に来る時はみんな『1年火組誰々です』って言う人が多いし、公式行事でも水組とか呼ばれるから、そこは注意してね」
「は〜い!」
私たち火と水の適性者は『白寮』風と土は『黒寮』って所に入るらしい。てっきり難しい名前なのかと思ってたのに、シンプルな名前で直ぐ覚えられた。そう言えばブレザーの色で所属する寮が分かるみたいだけど、お互いの寮には入っちゃダメってさっき言ってたっけ。どっちの内装も見たかったから、ちょっとだけ残念だ。
「皆さんのクラス分けをした際に、既に魔道具で寮の部屋分けは完了しています。1階が男子部屋で2階が女子部屋。左がハート、右がスペードのクラスです。扉には2人組か3人組の名前が記入されているので、その部屋で着替えて下さい。30分後にはまたここに来て貰って、入学式へ向かいしょう」
先生が話を終えて「解散!」と手を叩いた瞬間、私たちはそれぞれ階段の方へ登っていった。
寮ってお家みたいなものかと思ってたけど、実際はホテルみたいな感じだ。白の中に赤と青色が混ざっていて、跳ね返る陽のが目に突き刺さる。私にはこの空間が眩し過ぎて、色も見えなくなりそうな感覚に目を細めた。
その感覚が嫌で地面を向きながら歩いていると、近くからちょんちょんと体をつつかれる。誰かと思って振り返ると、その相手は同級生。目を見開いてキラキラとさせる様子は、前の小学校で魔法少女にハマっていたクラスメイトの目に似てる気がする。
何かに熱中する人の熱い視線。その対象は、多分私だ。
「ねぇ、聖女様って出身はどこなの?」
「その名字も初めて見た! 聖女様の事を今まで知らなかったなんて恥ずかしいなぁ……」
「え〜っと……私、ずっと人間世界に居たんだ。うちの家系で初めて生まれた魔法使いらしくて、家族で私だけ魔法が使えたの」
「だから光の魔力を持ってるって誰も知らなかったんだ」
「居た事の無い家門で魔法使いが生まれるなんて、本当にあるんだ。初めて見た!」
「あははっそうだよねぇ〜」
あぁ、私の悪い癖だ。
聖女様なんて呼ばれるのは嫌。でも、否定をすれば空気が凍って、また誰かに嫌われちゃう……それがもっと怖い。だから、嫌でも笑っちゃう。周りになんて思われるか気にして、結局その場に合わせた言葉ばかり口から溢れ出てくる。
せめて早くこの場を切り抜けたいと、私は必死で自分の名前を探ひた。それはもう、気合を入れて急いで早歩きをしまくって。すると、遂にドアに『春風』と書かれている場所を見つける。その瞬間、目の前がパァっと明るくなった気がした。
「あーっ、ここに私の名字発見! という訳でみんな、また後でねーっ!!」
そう言い放ち、私は思い切りドアを即閉めて「はあぁ……疲れたなぁ……」と、思わずため息をついた。とりあえずドアの鍵をかけようと手を伸ばし、カチッと音が鳴るのを確認してから後ろに振り返る。
「大変そうだね。えっと……春風、さん?」
「うわっビックリしたぁ!?」
そこには、真っ赤なネクタイをきゅっと締めている、見知らぬ女の子の姿があった。そういえば、体育館で集まってる時にクラスの前の方に居た子のような。
「あ、そっか。寮って2人部屋なんだった」
誰も居ないと思っていた空間から人に話しかけられて、喉から心臓が飛び出そうになった。何せドアの『春風』という文字だけ見て部屋に入ったから、相手の名前どころか自分の下の名前すら見てない訳で。
彼女はネクタイの結び目にガーネットのブローチを付けると、首元で2つにした藍色の髪の毛を揺らしてにこりと笑った。
「うん。人数的に3人の所もあるっぽいけど、私たちは2人みたい」
一瞬だけ泳いだ彼女の視線を気にもせず、私はその説明に「なるほど…」と納得の声を漏らした。取り敢えず部屋に荷物を置いて一息つくと、ふと自分が彼女に自己紹介をちゃんとしていない事を思い出す。さすがに失礼だと思った私は、彼女の方に向き直ってから慌てて小さく深呼吸をした。
「……私の名前、春風菜乃花です! こ、これからよろしくお願いします!」
「私は四つ葉のクローバーに千の鶴って書いて、四葉千鶴。こちらこそよろしくね!」
良かった、この子はさっきの人たちみたいに「聖女様~!」って言ってこないみたい。正直部屋でもあの調子だったら、家出ならぬ寮出をしてたかもしれない。
そんな事を考えていると、四葉さんは「早めに着替えた方が良いよ」と言って、彼女は私の腕に収められていた制服を指さした。その言葉に私は「そうだった!」と声を返す。
慌ててブレザーを広げると、そこには少し黄色がかった影がふわりと浮かんでいた。胸元のワッペンには、クラスマークの赤いハートが描かれている。この制服を見ていると、自分は〝火魔法〟のクラスに入ったんだと強く実感した。
本当に、私は家族と違う存在になってしまったんだ……なんて、今更そんな事を考えてしまって。私は首をブンブンと横に振りながらその気持ちを誤魔化した。
私立の小学校ならあるのかもだけど、制服って着たこと無いから不思議な感じがする。私が行ってた幼稚園も洋服登園だったし、卒園式でなんちゃって制服を着たぐらいだ。
制服に着替えている間、この空間には肌に擦れる布の音とだけが響いている。そうして、赤く染まるネクタイを手に取ってシャツの襟に通していると……ふと、隣から聴こえていたその音がピタリ止まった。四葉さんも着替え終わったのかな? なんて思っていると、その静かな空気は突然破られた。少し弱々しい声色で。
「あの、さ……春風さんは、自分が〝聖女様〟だって知ってたの?」
シンと静まり返っていた中で、彼女は制服の袖をぎゅっと握りしめながら呟いた。急な質問に一瞬固まったものの、直ぐに返事をしようと口を開く。
「一応、そうかもってのは知ってたよ」
「じゃあ、先代聖女様は知ってる?」
「先代って、私の前に生まれた聖女様だよね。その呼び方は聞いたことあるけど、詳しい事は全然知らない……」
私が素直にそう答えると、彼女は「そっか」とひと言だけ放つ。しかし急にそんな事を聞かれて、私には訳が分からない。その理由を聞こうと口を開くと、私より先に彼女がその言葉を放った。さっきまでの明るさが嘘だったように、真剣な表情を向けながら。
「じゃあ、絶対気をつけた方が良いよ」
「気をつける~って、何に?」
「……闇魔法師に」
その声は少し震えてて、だけど芯は真っ直ぐで。勇気を出して言葉を吐いてるとひと目で分かる。
でもそれは、クラス分けの時からずっと気になっている話だった。私の適性が分かった瞬間から、周りに混じって「聖女様も危ないんじゃ」と言う言葉があったから。じゃあどうして危ないのかだけど、私はその理由を全く分かってない。一応私の話をされてるハズなのに。
「危ないってさ、何でみんなそう言ってるの? 適性なんて、文系理系体育会系~みたいな括りと同じもんでしょ?」
私がそう言うと、彼女は少し呼吸を置いてから答える。
「18年前の夏にね、聖女様が亡くなったの。その時一緒に居たのは、護衛の闇魔法師だけだったんだって。しかもずっと行方不明だから、犯人かもって言われてて……2人には、そう言う因縁があるんだよ」
その言葉は部屋の白い壁に反響して、静かに重く落ちた。背筋がヒヤッとして、指先が強ばる感覚。
「いや、そんなわけ……」
「確かに絶対確実って訳じゃないよ、捜査も終わって無いみたいだし。でも、それを事実として見てる人は多いんだよ。闇魔法師は聖女様にとって危険な人だって」
「そんなっ、」
「みんな怖いんだよ。また同じ事になったらどうしようって」
そう言って、彼女は自分の手と手をぎゅっと握る。その手はほんの少しだけ、小刻みに震えているように見えて。言われた事を理解するのに精一杯で何も返せないでいると、彼女は一泊置いてから口を開いた。
「だから……ちゃんと気をつけてね。春風さん」
その言葉の意味を、私は直ぐに飲み込む事が出来ない。けれど、胸の奥では何が冷たいものが広がっていくのを感じた。この気持ちがなんなのか、自分じゃ分からないけれど。
その冷たい何かは、胸の奥で溶けようともしてくれなかったから。




