✿ 第4話(後編):頭打つ衝撃
「お姉ちゃ~ん、もうすぐ夜ご飯だって~!」
「もうそんな時間……わざわざごめん、ありがとう優梨」
「えへへ。先に行って待ってるね!」
妹の呼びかけに返事をし、ぐーんと背伸びをした。時刻はもうすぐ17時。入学前に家族全員が揃った夜ご飯は、これが最後だ。私は読んでいた本を閉じて自室から出ると、長い廊下を突き当たってパタパタと階段を降りる。静かにリビングのドアを開くと、中からは賑やかな話し声が耳に入った。
「おっ、やっと来たか咲来!」
「蒼空がずっと待ってたよ」
「ごめん。本読んでて時間見てなかった」
私は長男と双子の言葉へ謝罪をしながら椅子を引き、そっと腰を下ろす。両親や妹も席に着くと「いただきます」の合図で食卓を囲んだ。こんな風に家族と「美味しいね」なんて言い合いながら囲む食事は、いつも暖かくて心地良い。
「明日からはやっと2人と一緒の学校だな! 優梨とも早く一緒に通いたいぞっ!」
「私も早く大きくなりた~い!」
長男の蒼空は、妹へそう言いながら食材を口に運ぶ。私たちより2歳上の兄は、容姿端麗・成績優秀・文武両道。魔法使い一有名な家門の長男でありながら、豪快で接しやすい性格だ。学園でも人気のムードメーカーらしい。
難点を出すとするなら、学園全体で『ブラコン』と知れ渡っている所だ。とにかくすぐ家族の話を出したり、何をしてたのか知らないけど『俺は弟と妹のために優勝する! そしてトロフィーを持った写真を見せて、お父さんとお母さんに喜んで貰えるように頑張るぞォ!』と堂々宣言していたんだとか……あぁ、今思い出しても顔が熱い。
なんでこの話を知っているのかと言うと、兄や姉が既に学園へ入学している鈴音とりんから、私たちへリークが来たから。
『結構有名らしいよ? 流石、2人のお兄さんだね~』
『蒼空先輩は、家族愛がすっごく深いんだよねっ!』
その話を聞いた瞬間、輝も私も酷い顔をして固まっていた。と、後で陽太が教えてくれた。
私たちより2歳年下の優梨が学園に通うのはまだ先……妹が将来恥ずかしい思いをしない為にも、蒼空のブラコンを多少は私たちが落ち着かせておかないと。
「分からない事があったらなんでも聞いてくれ。この兄が全て答えて見せるぞ!」
「じゃあ、食堂で1学期の最初に出てくるメニューは何?」
「それ以外なら答えて見せるぞ!」
「1番人気のメニューとか」
「……そ、それ以外ならぁ…………」
「全然言えてないじゃない」
輝の質問へ口すぼみになっていく蒼空に、お母さんが淡々とツッコミを入れた。
「ううっ、まさか輝がそんなに食堂が好きだったなんてッ……お兄ちゃん、明日には全部丸暗記して毎朝メッセージで献立送ってあげるからな!」
「ごめんね蒼空。冗談だから、そこまでしなくていいんだよ?」
「えぇっそうなのか!?」
その会話に、耐えきれないと家族は吹き出す。私はその様子を眺めながら、全て答えるとは一体なんだったのか……という言葉ごと、食材と一緒に飲み込んだ。
花柳家は魔法世界で最も長い歴史を持ち、数々の功績を残し続けた家門。我が家はそんな昔から〝完璧な光の家門〟を維持してきた、貴重な血筋でもある。
それは火と水の〝光属性魔力〟を持つ者との結婚を重ねて、完璧な光の血を守ると言う時代遅れなもの。中でも我が家は火魔法師として生まれる場合が多いらしい。実際にお父さんや蒼空……そして、恐らく輝や優梨も火の適性。嫁いだ形だけど、お父さんと同じクラスだったお母さんもそう。
『えっ、結婚のルール? そんなの、私たちが全部無くしたからみんなは気にする必要ないわ。結婚するもしないも誰と一緒になるのも、ぜ〜んぶ自由よ!』
『俺の兄弟……みんなの叔父さんや叔母さんたちも、光属性じゃないとみたいなルールに縛られてないでしょ? 蒼空たちには〝花柳〟の事を気にしないで、好きな夢や未来を見つけて欲しいんだ』
そんな話を前にされた事があるけど、両親がこの状況に持って来るまで色々と苦労した事は知っている。優しくて強くて、いつだって尊敬できる両親が居るからこそ、私もこうして平和な家庭で過ごせている。
だけど、家族が気にしないからと言って周りが許すとは限らない。今日までは隠し通せた私の闇魔力も、明日からは絶対にバレてしまう。両親の遺伝からはありえない、闇魔力の適性が。
「……」
家族の会話が弾むほど、その暖かさが遠ざかる。自分だけが少しずつ切り離されていく気がして、甲高い食器の音がやけに耳れ残った。明日のことを考えると、変に指へ力がこもってしまう。カチャ、とフォークが指を離れ、その音は鋭く空間に響いた。
私が口を拭いて一息ついていると、前の方から声が飛んでくる。それはお父さんの優しい声色だった。
「不安もあるだろうけど、2人なら大丈夫。安心して学園へ行くんだよ」
そう言うと、お父さんはふわりと微笑んでこちら見た。妹と同じ、とても穏やかな黄緑色の瞳で
「もしも無礼なことを言う人がいたら、そうねぇ〜……いっその事、一発パンチでもカマしちゃいなさいっ! 大切な人を傷つけられた時は、立ち向かう勇気も必要よ!」
「ちょっ蕾……流石に親が暴力行使を子どもに教えちゃダメだって」
「あら。ごめんなさいね、つい♪」
父にツンと腕をつつかれて、母は焦った顔をしながら顔に手を当てて「ふふっ」と笑う。もしかしたら、母が学生だった時はそんな風に対応していたのかも。だとしたら当時からの父の苦労が伺える。今みたいな光景が、きっとその時も繰り広げられていたのだろう。
学生時代の2人の様子を想像していると、隣に座る輝がパッと口を開いた。
「ありがとね、俺たち学園で頑張るよ! 心配する事だってな〜んもないし。ねぇ咲来?」
「……そうだね。私たちは大丈夫だよ」
大嘘だ。だって本当は、実際は1ミリも大丈夫だと感じられていない。だけどその事を、家族には悟られないようにした。
重く黒ずんだ不安感は胸の中でつっかえ続けて、家族の声が弾む度に浮き彫りになって行く。まるで、自分だけがそこに居ないみたいに。フォークを握る手は冷たくなっているのに、掌だけがじんわりと汗ばんでいる。息を度に喉の奥がひりついて、胸の奥には針が刺さったような痛みが浮かんでいた。
✿
食事を終えて自室に入ると、机にはさっきまで読んでいた本が置いたまま。しかも何冊も置かれてる。私がこんなに本を読むのは、闇魔法の事を調べているからだ。
でも、本で調べるにも限界がある。長い家門と言えど家に書物はそこまでないし、あっても光属性の知識の事ばかり。試しに街へ繰り出してみても、その本には一般的な事しか書かれていなかった。それにもし書いてあるのなら、優秀な魔法研究員のお母さんがとっくに発見してるはずだ。
そうとなれば、残りの頼みの綱はひとつだけ。普通の人間に認知出来ないだけで、日本の中で一番大きいと言われている書庫・魔法学園の図書館だ。
以前、蒼空から実際に中を見た時の感想を聞いた事がある。
『9年間毎日通っても、全部読むのは無理だろうな!』
『それって魔法の本もあるの?』
『むしろそれ系の本が1番多いんじゃないか? 俺も全体は見た事無いが……と言うか広くて回りきれん!』
だから私は、そこに賭ける事にした。今は分からない様なことも、学園の図書館なら分かるかもしれないから。
一生続くこの暗闇から開放される方法。それは、大切な人たちを守れず、先代のように傷付けるかもしれない闇魔力を……私の体から、全て手放して無くす事。
「もう夜遅いし、この本は寮で読もうかな」
闇の適性があると自覚したその日から、私の世界には太陽も灯りも、何も無くなった。光が届かない深海に沈められたみたいで、手を伸ばしてどれほどあがいても、私は底から抜け出せない。
先代のニュースを見る度。その話題を聞く度。どれだけ自分は違うと信じていても、いつか私も誰かを殺してしまうんじゃないかって考えばかり浮かんでくる。
守りたい大切な人をこの手で傷付けてしまう夢だって、もう何回も見た。毎日のように流れる夢は、いつも私の睡眠を妨げる。
でも、弱音を吐いている暇なんて私には無いの。この呪いのような闇魔力を、何としてでも自分の中から消し去らなくちゃいけないから。家族も、友達もら大切な人たちが幸せなら私はそれだけで良い。
自分から闇魔力を消す事だけが、自分を認めてあげられる唯一の手段なの。
「大丈夫、絶対に……」
本をそっとカバンに滑り込ませ、閉じこもるように布団を深くかぶった。ひやりとした感触の布団。隙間から冷たい夜の空気が肌を刺し、その感覚に身体を震わせながらゆっくりと目を閉じた。
✿
私の適性は闇で、花柳咲来は闇魔法師。
ちゃんと予想通りの結果。だから結果を伝えられた瞬間、特に何も思わなかった。幼馴染も全員が予想と同じ、寮どころかクラスまで見事に男女で二分割。
それでも普通に喋ってるんだから、どうやら約束した友情は本当に変わってくれないらしい。
「どうしたの?」
「いや、糖分が欲しいなって」
「うわぁー。俺まで甘い物欲しくなる」
元々入学した瞬間から、みんなと関わる事を控えたかった。でも今これを実行したものならば、この双子はその優しく垂れている眉を釣り上げて迫り寄るんだろう。それは嫌だ。
だから、みんなが私のせいで嫌な思いをしないように、ちゃんと証明し続けよう。現代の闇魔法師は人殺しなんてしないって、永遠と認めさせる。
友人たちが何か言われてしまった時は私が言い返せば良い。そうすれば、きっとみんなが笑顔で過ごせる。そしていつか、この魔力を全部手放せたら――
「春風さん、光の……」
「あ~……はい。どうやらそうらしいです」
「まあっ、聖女様が生まれるのは何十年ぶりかしら!」
そんな私の決意を他所に、向こうから聞こえてきた言葉は暴力的で、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃が襲って来た。
光の魔力適性を持つ、光魔法師の女の子。
つまり、彼女は〝聖女様〟という事だ。
「っ……」
あぁ、最悪だ……本当に。
光と闇の魔法使いが同じ学年に生まれるなんて、そんな話はどこにも記録されていない。聞いたことも無い。だってそんなの、ありえないのに。よりによって『先代聖女様が護衛の闇魔法師に殺められたかもしれない』なんて因縁がある、今この時代で?
「クラスも決まったし、早く集まる場所に行こう」
「あ、待ってよ咲来〜! 2人ともバイバ~イっ!」
「また後でね〜」
輝と陽太の言葉を聞く前に、私はすぐに足を動かした。いつもと様子が違うとか、それが伝わってしまっているかもなんて、そんなの気にして取り繕う余裕もない。だって、すぐそこに〝聖女様〟が居るのだから。
思い返せばおかしかった。駅にいる時点で彼女が〝光属性の魔法使い〟って確信してた。それがもう既に、普段とは違ったんだ。いつもなら相手の属性なんて、何となくしか分からないのに。それに2人と同じクラスって……なんで、ありえない事ばかり。
このままじゃ、絶対良くない事になる。今まで考えてた事だけじゃダメだ、もっとちゃんと考えないと。
だけどもし……もしも、先代聖女様事件が憶測や可能性じゃなくて、誰も証明出来てないだけの『真実』だとしたら?
私は、いつかあの子まで――
「咲来!」
「……ごめん、聞いてなかった」
「もうすぐ寮に行くって先生が言ってたよ」
「そうだよっ、も~! すずと沢山呼んだんだから~」
「ちょっと……糖分の事、考え過ぎてた」
2人は、それ以上何も聞いてこない。いつもそうだ、幼馴染は優しいから深く聞こうとはして来ない。何か隠した事に気付いても、私が言わない人だって知ってるから。
「あ、陽太たちも並んでるっ」
りんがそう言うと、私たちは視線の方向に顔を向けた。そこには〝聖女様〟に笑いかける2人の姿が良く見えて。
あぁ、もう見たくない。
そう思えば思うほど、私の視線は向こうへ突き刺さる。まるで釘で打たれたかのように、1ミリも目を動かせない。ガンガンとした警告のような音がそれは大きく響いて、頭を突き刺してくる。それなのに、彼らが歩いて体育館を出て行くその時まで、視線を逸らすことなんて……出来なかった。




