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魔法使いの相棒契約  作者: たるとたたん
三章 不滅を誓うあの日の僕ら
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✿ 第42話(後編):淡い思い出









「じゃあ、こっちの名前の漢字は?」

「それは……」


 

 この漢字も、彼女の名前以外ではほとんど見た事が無い。私も彼女と出会わなければ、まだ読めなかったかも。



「〝もみじ〟って言うの」

「もみじって紅い葉っぱじゃなくてもあるんだ!」

(かば)って言う文字の……日々華市の〝華〟が〝花〟って字に変わったの。木の葉っぱが花みたいに色付いて変わる事から〝もみじ〟って意味も増えたんだって」

「へぇ〜なるほど……じゃあこの子は、小鳥遊(たかなし)(もみじ)ってお名前だ!」

「正解」



 そう言うと、彼女は「やったー読めた!」と言いながら、喜びを表情にに浮かべた。

 その様子を見ていると、なんだかテスト前のことを思い出す。問題が解けた時の、弾むような声と笑顔。座学も勉強も嫌いな癖に、いざ問題が解けてしまうと心底嬉しそうにするのだ、この人は。



「こんな難しい漢字の意味まで知ってるなんて、さっすが花柳先生。物知りだね〜?」

「物知りというか……友達の名前の読み方は覚えるものでしょ」

「でも漢字の成り立ちなんて覚えなくない? 私は漢字ドリルに書いてある意味すぐ忘れるから、テストでいつも困って当てずっぽうするんだけど」

「それは……せめて、テスト前くらいは頑張りなよ……」



 彼女の名前を口にしたのは何年ぶりだろうか。もうずっと言葉にしていなかったから、なんだか不思議な感じがする。

 まるで紅く染まる葉の様な……そんな秋空と混じった紅い瞳。枯葉の様な暗く落ち着いた美しい髪の色は、いつも太陽を反射して、天使の輪を作っていた。


 あの頃の私は、彼女にとても憧れていた。

 私も貴女の様になれるなら……なんて、そんな不可能な理想を何度抱いた事だろう。



「この子と花柳が友達って事は、桜と紅葉がお友達ってことか。なんか可愛いね、正に〝春と秋〟って感じ!」

「それ、よく先生とかに言われた。春と秋の、春秋(しゅんじゅう)コンビだって」

「何それ? その読み方も知らないや……何か、別に放課後に会ってる訳じゃないのに、花柳に国語の勉強させられてる気分になって来た……」



 確かに、小鳥遊(たかなし)とか(もみじ)とか春秋(しゅんじゅう)だとか……春風からすれば、こんな聞いた事ない漢字の読みを一気に聞くのは、とても耳が痛いだろう。

 少しだけ上がる自分の口角を感じながら、彼女が更に嫌がるであろう言葉をポンと投げかけた。



「そっちが勝手に魔法で空間を繋いできたんだから、この際みっちり勉強して行きましょうか。聖女様」

「い、嫌だ……!!」

「まぁそう言わずに……どうですか、あっちには昔の日本語の勉強が出来る本もありますよ? 漢字の成り立ちが書かれたものもあるし、なんならスマホでも調べられますから」

「出た、黒いキラキラの飛び交うお嬢様スマイル。絶対やらないから! そ、そうダ! 私はもうスグ家族とクリスマスパーティをするんダッタァ~ァ」



 そう言うと彼女は、開いたページをパタンと閉じて、本棚にすぅっとアルバムを戻した。良かった。やっとそのアルバムから、興味を無くしてくれたみたいだ。



「これはまた今度見る事にしよう」



 全然無くしていなかった。これはもう、春風の記憶を消すしかない。いや、とりあえず一生両親の部屋に封印しておくか……と、そんなことを考えていると、彼女は閉じられていたクローゼットに手をかけてガチャリと開ける。

 そこは先程と同じように、本来壁になっている所が向こうへ繋がっていた。淡黄色に煌めきは、光魔法を使用したという何よりの証拠だ。


 すると彼女は、クローゼットにかけた手を下ろして、くるりと私の方へ振り向いた。

 先程とは全く違って、少しだけ固い表情。まるでお面みたいなその表情を見るだけで、彼女の周りで強ばった空気は私の方まで流れて来る。



「……ね、ねぇ。あのさ……もし明日もクローゼットが繋がってたら、ちょっとだけ会えない? クリスマスで忙しいなら大丈夫なんだけど……せっかく会えるのに会わないのも寂しいし。夏休みも、本当はもっと君に会いたかったんだ」



 いつもより、か細い声。それだけで分かる。きっとこれは彼女にとって、あまり言いたくない言葉なんだと。

 春風は、他人の深い場所へ踏み込むのが苦手だ。相手のペースに合わせるのは得意だけど、自分から行くのは話が別。そうする事で嫌な気持ちにさせた過去を、彼女は今も引きずっているから。

 でも、出逢った頃の彼女ならこんな提案はして来なかったんだろうな。



「……明日は用事があるから……午後に、タイミングが合ったらね」


 

 私は私で、自分の立場を気にした上でも彼女の提案を承諾している。魔道遺物の記憶を見た時に「一生相棒を辞めない」と言ってしまったあの日から、私はこの感情を少しだけ受け入れるようになったから。

 会える時間が増えると嬉しい。友達になっちゃダメだと思っていたのに、これじゃあ友達と変わらないな。

 


「ほんと!?やったぁ!!」



 彼女は私の言葉にきゃっきゃと嬉しがり、そのまま手を振って「また明日~」と言いながら、向こうのクローゼットを閉めた。

 その瞬間、繋がっていた空間は静かに閉じられ、元々の状態と同じ無地の壁へと戻って行く。魔法特有の煌めきも消え、すっかり本来のクローゼットと同じ姿に戻ってしまった。



「え……もしかして、春風がクローゼットに触らないと魔法が起動しないわけ?」



 なんだそれは、そんなの不公平だ。これじゃあ私のプライバシーだけ全スルーじゃないか、と内心で不満が募る。しかし、何度開け閉めしたところで、変化も何も起こらない。ずっとただのクローゼットだ。

 強いて言うなら、その扉で乱されて舞った空気が頬に当たるだけで、他に特別なことは起こらなかった。



「……仕方ないな、もう」



 諦めたようにそう呟いて、大人しくそのクローゼットを閉じた。

 はぁ……と大きな息をつくと、そのままベッドへなだれ込むように寝転んだ。その時目線の先にあるのは、先程まで春風が夢中になって眺めていた場所。アルバムは本棚の真ん中の、1番目立つ場所に立てかけられていた。

 まるで、ショートケーキの上に乗っかったいちごのようだ。一度気になると、その存在は私の頭からこびりついて離れない。


 

『〝まほうのつばさは、ゆうきのつばさ〟』



 彼女が私に教えてくれた、人間世界のおまじない。私はこの言葉を、今でもずっと覚えている。

 

 さっきピアノを弾いていた時、何となく幼稚園児の頃のことを思い出していた。隣で一緒に弾いていた彼女の姿が、何度もふわふわと浮かび上がって。

 楽しい気持ちの部分だけを切り取ったような音色と、音符と一緒に踊るように奏でられたメロディ。そんな幸せな音楽を弾く彼女の隣で、黒白の鍵盤に指を落とすことが、あの頃の私には当たり前のことだったのだ。


 でも、それはもう過去の事。私は、もうあの子と親友じゃない。幼稚園を卒園する時、あの子と私は絶交したから。



「どこにいるのかな……(もみじ)……」



 そう呟いた声は空中に解けて、泡のように呆気なく消えていく。私は、その込み上げる何かを押し込むように、きつく、きつく目を閉じた。













 

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