✿ 第40話:葉っぱのじゅうたん
「ねぇ。ここで何してるの?」
少しききなれた声が、私の耳につきぬける。
顔を見上げると、そこにいたのは私の親友だった。
「何にもしてないよ。ただここで、みんなの事を見てただけ」
私がそう呟くと、彼女は「そうなんだ」とだけ言った。
幼稚園の砂場や校庭でみんながかけ回ってる。みんなが走ってく空気が、私のところにまで届いているような気がした。まだ暖かいような、すこし寒いような……そんな秋の空気。
「……普通の人間とうまく話すのって、どうしたらいいのかな」
「うまく話す?」
「うん。この幼稚園では、私の家族と貴女しかむこうの人がいないでしょ?」
ふしぎそうに首をかしげる彼女に、私はまた口をひらいた。
「私は花柳の長女なのに……お兄ちゃんたちみたいに、なんにも上手くできないの。あいてが魔法を知らないと思うと、こわくて上手く話せないし……」
地面に、かげが落ちている。私のかたちの、黒いかげ。
そんなことを話すと、彼女はすこし笑いながら私のとなりに座る。かげが、2つ重なった。
「わたしも同じだよ? だって、急みんなへ魔法使っちゃったらどうしよ~! って思っちゃうもん。いつそうなるかも、分からないじゃない」
それでも、私と貴女はぜんぜん違う……そう言っても、たぶん「そんなことないよ~」って言うんだろうな。
ダメな私とは比べものにならない。比べたら、きっとだれかに怒られちゃう。それくらい、強くてかっこいい人。
「貴女はいつも周りをみてる。だから、みんなの事を知ってるし、たのしくお話してる……それが、とっても素敵なことだと思うの。私も、そんなふうになりたい」
横をみると、彼女はすこしおどろいた顔をしている。
「咲来もみんなのことたくさん知ってるじゃない」
「そうかな……」
「そうだよ! あの子は絵がうまいとか、かけっこ頑張ってるとか、お歌をべんきょうしてる、あの時は楽しそうで辛そうで~とか……わたしの見てないところまで見てる。あとは、ちょっとの勇気があれば大丈夫だよ」
勇気。それは……私に、いちばん無いものだ。
私は、花柳という家で生まれた子ども。魔法世界で、魔法使いにたくさん貢献した家門。でも、それはご先祖さまの話。
お父さんもお母さんも、たくさん凄いことをしてる。毎日、お仕事をがんばってる。お兄ちゃんや輝だってそう。いつも元気で明るくて、ピカピカしてる。
……私だけが出来損ないで、ダメな魔法使いなんだ。
そう言いながら、かげを見ていた。するとそのかげは私の近くへとやって来て、2つのかげは1つになる。まるで、溶けたチョコレートみたいに。
「ねぇ。不安なら、おまじないかけてあげる」
「おまじない?」
「うん! 人間は魔法をつかえないけど、ねがいをこめて呪文をとなえるんだって。最近みんながよくやってたの! 確か……」
そう言うと、彼女は私のてのひらに人さし指をあてて、なにかを書いた。線を1ぽんひいてから、もこもこ、と形をつくる。
「〝 まほうのつばさは、ゆうきのつばさ 〟」
その時、とても強い風がふいた。風といっしょに踊るみたいに、葉っぱが幹から手をはなして降ってくる。
「ね、かんたんでしょ?」
「うん……」
風が吹くたびに、ふよ、ふよ……と舞いながら、その葉っぱは土のうえに重なっていく。紅い、紅いその葉っぱが、私と親友のかげを隠した。まるで、じゅうたんが出来たみたいに。
「そういえば……さっき、てのひらに何を書いたの?」
「あれは〝つばさ〟だって言ってたよ」
「つばさ?」
「風の羽魔法みたいに目に見えなくても、みんなの背中にはつばさがあるんだって。それがじぶんに勇気をくれる、だから高く飛べるって」
「みえない、背中の……」
「うん。ちょうど、あの鳥さんたちみたいだね」
そう言って彼女が指をさしたほうには、鳥が木のうえにとまっていた。親子か、友達か……何なのかはわからない。ただ、2羽でずっといっしょにいる。それだけは私にもわかった。
あの鳥は、きっと直ぐにあの翼で空をとんでいくんだろう。2羽でいっしょに、どこまでも高く、私のとどかないような先まで。
「あら、こんなに葉っぱ落ちちゃって! これじゃあお掃除大変だわ~」
「たいへんそうだねぇ」
「今日は風が冷たいし、2人ともじっとしてたら寒いでしょ。そろそろお部屋に入ったら?」
「そうだね~、ほら行こう咲来!」
そう言うと、彼女は私の手をつかんで走った。あそんでいるみんなは背中になって、それはだんだん遠く見えなくなる。
私たちはその葉っぱのじゅうたんを、ザクザクと音をならして行った。それは、葉っぱのメロディ。2人で一緒に音楽をかなでているみたい。
「そうだ。いまだれも中に居ないからさ、また2人でピアノやらない?」
「え……でも、まだ全然じょうずにできないよ……?」
「そんなの関係ないよ。だってわたしは上手なピアノを聴きたいんじゃなくて、咲来と一緒にピアノをひきたいんだから!」
紅葉と秋の空と同じ色のひとみは、私をとらえて美しくゆれる。
私はただ、それにこたえるように笑った。
*
「知らないうちに下手になったね!」
輝の声が、明るい部屋の中で響く。その言葉に、思わず私は顔をしかめた。
「うるさいなぁ……そういうの、ノンデリカシーって言うんだけど」
「でも、お世辞で上手って言ったって怒るでしょ?」
「……」
まぁ、確かにその通りだ。
自分でもよくわかっている。すっごく下手になっている事くらい。でも、ピアノを弾くのは数年ぶりなのだから、下手になっているのは当然の事だ。だからこそ、これからどうやって上達していくかを考えることができる。
自分の実力を正確に把握することは、成長への第一歩だ。
魔法も勉強もピアノも、根本は同じ。知識を得てから何度も繰り返して、その経験を重ねていく。そうしていつか、その努力が実を結ぶ。今の下手は、未来の上手。
……なんて頭の中では言い訳をしたけど「こんなに下手になってるなんて」とは嫌でも考えてしまった。
「でも、なんでまた急にピアノ始めたの? ほら、きっかけとかあるじゃん」
その言葉を聞いた瞬間、私は少し考え込んでしまった。
輝は私と春風の関係を知っている。だから彼には話しても構わないのだけれど……何となく、その理由は誰にも言いたくないと思った。
「ただの気まぐれ。ピアノを辞めたのも気まぐれで飽きたからでしょ、それと同じ」
私は、軽い口調で返す。すると輝はにまーっと表情を緩ませながら、ピアノに頬ずえをついて語りかけた。
「ふ~ん……そぉ~なんだぁ~?」
「何、その含みのある言い方」
「別に何も~?」
もしかしたら、きっかけが春風だと言うこともバレているのかもしれない。私が輝の事を何となく分かるように、輝も私のことは、何となく分かると思うから。
双子だから……と言うよりは、生まれてからずっと一緒にいる時間が長いからだと思うけど。
「お姉ちゃん~! あ、お兄ちゃんもいる!」
「どこにいるのかと思ったら、2人してココに居たんだな!」
突然、ガチャリと扉が開き、妹と兄がヒョコりと顔を出した。
寮生活で頻繁に家を空けるようになってから、妹の成長を感じることが多くなった。会うたびに、彼女がどんどん大きくなっていくのが、嬉しいような寂しいような。
きっと入学する前までは、蒼空も私たちに同じ事を思っていたんだろう。帰る度「大きくなったな!」と言われていたのが懐かしい。どちらかと言うと私たちより、蒼空の方が成長していたように見えていたけど。
「2人してどうしたの~?」
「私もお姉ちゃんのピアノ聴きたいの!」
「俺もだ!」
「えぇ……」
優梨が目を輝かせてそう言うと、その横で蒼空も声を上げる。私はその言葉に、踏みつけられたみたいな変な声が出てきた。
「でも、練習中だし……」
「いいじゃん。蒼空はともかく、優梨なんてほとんど記憶にないでしょ。咲来の弾いてるピアノの音」
妹は私の2歳年下。私は小学生になる頃にピアノを辞めてしまったから、幼すぎて私の演奏を覚えてはいないだろう。
「そうだよ! ビデオとか写真なら見た事あるけど……それでね、あの頃のお姉ちゃんみたいに私も髪を伸ばしてみたくて、今切らないでいるの!」
「確かに幼稚園までは、すっごく髪の毛長かったもんな」
「うん! とっても綺麗で可愛かった〜!」
この妹は、姉に憧れを抱きすぎている。私はそんなに憧れて貰えるような人間ではないのだから、その対象はお兄さんたちにして欲しいと思ってしまう。
しかし、いよいよピアノを聴かせることに対して断る理由も無くなってしまった。よく考えたら、既に双子がこの部屋に居るのだからとっくに私の逃げ道は無いんだ。
「しょうがないな……下手でもいいなら聴いてたら?」
「わぁーい!」
その言葉を聞くと、優梨は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ね、蒼空とはしゃぎながら喜ぶ。まぁ、可愛い妹のおねがいを聞かない訳にはいかないから仕方ない。
「ほら、朝にお母さんとお父さんが置いてってくれたおやつあるだろ? それ持ってきたから、みんなで食べながらまったりもしよう!」
蒼空の声が響くと、部屋の雰囲気が一気に明るくなる。彼の手には、色とりどりのお菓子が詰まった袋が入った器が抱えられている。その中からは、なんだか少し、甘い香りが漂っている。
その言葉を聞いた瞬間、優梨と輝は頬を緩ませながらお菓子の方へと食いついた。
「えっ、お菓子あるの?」
「食べたぁ~い!」
「沢山あるぞ、ほらほら!!」
「ちょっと蒼空、こぼれるから! 危ないからはしゃぐ前に早く置いて!」
あと少しでこぼれそうになるお菓子の器を支えながらそう言うと、蒼空は少し照れくさそうに笑いながら、そのお菓子をテーブルに置いた。
全く、本当に賑やかな兄妹だ。彼らと一緒にいると、時間が経つのを忘れてしまう。そんな家族だから、私はこの家が好きなのかもしれない。
好きだから、守りたい……でも、守りたいから、離れたい。そんなことを言ったら、きっとまた輝に怒られるけど。
呪いの事も、魔法のことも、たまに全部忘れてしまいたくなる。
「どうしたのお姉ちゃん。お菓子、美味しくないの?」
その言葉に、私は現実に戻された。変な顔をしていただろうか。でも、鏡は無いし確認出来ない。
「……ううん。すごく美味しいよ」
私も家族と同じ魔法を扱えたなら、どれほど良かっただろうか。それができたなら、私の人生は違った物になっていただろう……なんて、何度も夢見たその可能性も今はただの非現実に過ぎない。私は、家族とは違うから。
窓辺に並ぶ兄妹が、暖かい日差しに包まれる。陽の光を浴びて、みんな同じように影が並んでいるはずなのに……自分の影ばかりが、とても色濃く目に映った。
「そうかそうか! じゃあこれも食べるといいぞ、兄ちゃんの分も咲来にあげよう!」
「じゃあ俺も~」
「わっ、わたしも!」
「全員自分で食べてくれる……」
テーブルに置かれたお菓子には、様々な葉っぱの形をしたクッキーも入れられている。そのお菓子は偶然にも〝TSUBASA〟と言う名前。私の頭の中には、昔聞いたおまじないの言葉が浮かんだ。
『〝まほうのつばさは、ゆうきのつばさ〟』
ザクザクと鳴るその音は……なんだか、本物の葉っぱみたいな音だった。幼稚園に居た、ピアノを弾いてた頃の思い出のように。




