✿ 第4話(前編):闇の魔力を持つ少女
「輝、咲来ーっ!」
「おはよ~。急に来ちゃったけど、大丈夫だった?」
「急に昨日誘われたからビックリしたぞ。2人が誘ってくれてめっちゃ嬉しかった!」
「全然大丈夫。みんな来てくれて俺も嬉しいよ!」
三者三葉な友人の言葉に、双子の兄・花柳輝は、朗らかに返事をした。
花嵐が穏やかな暖かさを遮ぎる、少し冷たい空の下。桜はもう大分散り始めていて、玄関前には花弁の絨毯が出来上がっていた。今日は春休み最後日、私たちが魔法学園へ入学する前に穏やかに過ごせる最後の時間だ。こうして誰かの家で遊ぶ事も、明日から出来なくなるだろう。
「外寒いでしょ。早く上がって暖まって」
私がそう言うと、みんなは「お邪魔します」と言いながら玄関に足を踏み入れる。各々靴を脱ぎながら、暖かい空気にほっと一息を着いた。
「俺らも明日から新入生かぁ……やっと学園に通えるな!」
「小4まで待つのって長い気がしてたけど、意外とあっという間だったね。小学校から離れるのはちょっと寂しいけど」
友人の1人、蓮村陽太は朱色の瞳を細めながら呟く。そんな彼に、輝は今までの記憶を思い起こすように返事をした。
「でも、今まで普通の学校に通ってたのも、私的にはちょっと不思議な感覚なんだよね〜」
「わかるよっ! 向こうの小学校ってみんな魔法のこと知らないし、私たちだけこっそり隠してるの難しかったもん!」
輝の言葉に返事をしたのは片桐鈴音。メガネをカチャリと整えながら放った声に、今日も元気にニコニコと笑う稲山りんが言葉を返す。私はそんな4人のその会話を、ドアの鍵をガチャリと締めながら耳に入れていた。
「でも、クラス分けはしたくないなぁ。みんなと別れちゃうなんて寂しいよ~……」
そう言って、りんは静かに肩を落とす。私たちは今までずっと近くで過ごして来たのだから、彼女がそう思うのは当然の事だ。
「寮が同じならまだ良かったのにね。まぁ、お互いの寮の内装を知れるのだけは嬉しいかも」
「2人が白寮になったら、お話沢山聞かせてね。それに、私は白いお洋服を着ることが多いから、黒い制服がちょっと楽しみなんだ。りんと咲来は、お揃いかもしれないもんね!」
「ムッずるいぞ、すず。これは俺と輝も負けてられないな〜!」
輝の話に、鈴音と陽太も明るく言葉を返す。私はそんな4人に「いや、陽太は鈴音に何の対抗してるわけ……」と冷静にツッコミを投げた。
魔法使いは、自分の魔力でその後の人生が大きく変わると言っても過言ではない。それくらい適性を知るのは重要な事だし、今は予想でしかない適性が確定されるのはありがたい。でも〝来年もみんな同じクラスで〟という望みが一生叶わなくなるであろう私たちにとって、それは少し酷な話でもあった。
「すずのお兄さんとりんのお姉さんも、黒い制服似合ってるよね」
「うん。黒と黄緑カッコイイって入学する時喜んでたよ、うちのお兄ちゃん」
「お姉ちゃんなんか、今年から中学生だからデザインが変わるんだ~って朝はしゃいでた!」
みんな表に出さないだけで悲しんでいる。今までより距離が離れるのは確実だから。だけど、それでも笑って話してる。4人は前を向いて過ごしてるのに、私は自分がどんな制服を着ることになるのかなんて……正直、考えたくもなかった。みんなのように前向きになる事は、きっとこれからも難しいだろう。
でも、そんな言葉はひとつも漏らさない。みんなが不安になるような言葉を私は絶対に言わないから。今の花柳咲来は、ずっとそうして生きてきた。
「はい、こっちが客室」
「どうぞ入って!」
みんなをお客様用のお部屋に案内した。室内にはテーブルと椅子、控えめなテレビにゲーム機が置いてある。
それぞれ椅子に腰をかけると、置かれていたおやつを口へ頬張りながら各々お喋りを始めた。その内容は大した話じゃない。昨日の夜ご飯が美味しいとか、学校が楽しみだとか、そんな他愛のない話。友達と言うのはそういう物だし、こんなくだらない時間も私たちにとっては大切だ。
「そうだ! この前お父さんが新しいゲーム買ってたんだった。咲来どこにあるか知ってる?」
「あ〜、楽しみだから予約したってお母さんに言ってたっけ……多分棚の中にあると思うけど」
「今日みんなが家に来るって話したら、是非やって欲しいって言ってたんだよね。良ければ今からやろーよ!」
私と輝がそう言った瞬間、3人は「ほんとに!?」と言いながら目を煌めかせた。みんなで選んだのは4人でプレイするパーティゲーム。私はプレイを辞退して、少し離れた所からぼーっと眺める。
そのゲームはスゴロクのようなもので、みんなが止まったマスの色で2対2のミニゲームが始まった。それは丁度男子対女子……これは実質、光の家門と闇の家門の対決と言ったところだろうか。輝もそれに気が付いたのか、ミニゲームの説明画面を見ながらポツリと呟いた。
「俺たちと陽太は光の家門で、りんとすずは闇の家門で……入学前からこんなに仲が良いなんて、学園に行ったら珍しいかもしれないね。名家の大人って、行く前は交流させない人のが多いし」
その言葉を聞くと、鈴音は「学園の光と闇って、一部は昔から対立してるって言うもんね~」と言いながら、ゲーム機のボタンを押していた。すると、陽太とりんはゲームを放り出して勢い良く大声を上げる。
「うちの親たちはそういうの、全然気にしなかったらしいぞ!」
「私もだよっ! いつも『家門や魔法は関係ない』って言ってたし!」
私たちの家門は、名家なんて言われる事が多い名の知れた一族だ。要は〝古くから魔法世界に功績を残した歴史を持つ家門〟という事。日本だから貴族とかは無いけど、何故か大層に呼ばれているらしい。
私たちの親は、学生時代から『堅苦しい家門の立場なんて関係無い』と思っていたようだ。けれど、その考えに対して周りの理解を得るのは難しい。その理由は、スマホを少しスクロールするだけで直ぐにニュースのトップへ出てくる。
『先代聖女様の事件から数年。未だ続く痛みの中で見つからない真相や、行方不明の元護衛・闇魔法師について徹底解説!』
何せ、最も現代に近い時代を生きていた光魔法師……〝 先代聖女様 〟が亡くなった時、親世代は学園生で彼女の後輩。だからこそ「彼女の護衛を担っていた闇魔法師が、聖女様殺しの犯人だと言う可能性が高い」と言う事件は、学園生に強い影響を与えてしまった。
対立思想をより強く植え付けられ、自然と「光魔法は救い・悪魔法は恐怖」と考える空気が広がり、肯定派と否定派・緩く左右に居る者や中立などで世間は大きく混乱したと言う。今その対立は大分落ち着いたらしいけど、闇魔法が怖い人が多い事に変わり無いだろう。
「私はやっぱり、みんなでご飯食べたいな~。ねっ咲来?」
「……そうだね。鈴音の苦手な物を貰うのも私の役目だし」
「えへへ、いつもお世話になってます♪」
名家であるからこそ、より対立思想が生まれやすい。だから、入学前からこうして過ごせる今は奇跡なんだ。
そんな私たちが仲良くなれたのは、親のおかげや小学校が同じだった事もあるけれど……1番は、私にはもったいないくらい、友人たちが良い人過ぎたからだ。
*
3人は私たちにとって、唯一友達と言える仲の魔法使いだ。私はそんな相手だからこそ、嘘を付きながら一緒居ることが嫌になった。誠実で、純粋で、暖かな美しい心を持っている。そんな彼らに入学まで隠し続ける事が、段々耐えられなくなって――
『私、闇魔法師なの』
なんでもない日の、ランドセルを背負って歩く帰り道。左腕をギュッと握りしめながら、私はそう呟いた。向こうと繋がる門までの木陰で、みんなは唖然とした表情で固まっている。
……やっぱり、言わなければ良かったかも。
神様と崇める人も居るくらい崇拝されている人を、殺めたと言われる人物。そんな人と同じ魔法を使える人がずっとそばに居たなんて、きっと怖いに決まっているから。
『咲来、ほんとうに闇魔法師なの?』
一瞬の沈黙の後、りんが目を丸くしてそう言った。でも、私が「そうだ」と言う為に口を開こうとした……次の瞬間。
『えーっ! じゃあ、難しい闇魔法でも咲来はしゅしゅ~って直ぐに使えちゃうってコト!? めっちゃカッコイイ~っ!!』
返って来たのは、思っていたのと全く違う反応だった。
『ちょ、りん! そんな叫んだら誰かに聞かれるぞ?!』
『大丈夫だよっ、向こうに帰る木の道なんて私たちくらいしか居ないもん~っ♪』
陽太が慌ててりんをなだめると、鈴音はその様子を見て、少し笑いながら声を上げた。
『でも、りんが叫びたくなる気持ち分かるなぁ。生きてる間に本物の闇魔法師が見れるなんて思ってなかったから。咲来はいつも何でも頑張ってるし、なんか納得しちゃう』
『確かに、俺らが遊んでる間も勉強してるもんな。でも同じ適性が周りに居ないって心細いし、困った事があったら遠慮なく言うんだぞ?』
『うん! 私いつでも咲来の力になるよ、だって友達だもんっ!』
3人は各々投げるその言葉は、全てが私を肯定してくれる言葉だった。それどころか、純粋な憧れが目からキラキラと零れ落ちるばかり。微塵も偏見を感じさせないその反応は、私の肩に乗っていた不安感を全て吹き飛ばすのに充分過ぎる物だった。
予想外すぎる反応と、3人のマシンガントークに狼狽えている私を見て、双子はお腹を抱えながら大声上げて笑っていた。面白いものを見るような、安心しているような……そんな顔をして。
こんな出来事も、何ヶ月も前の話だ。しかし、友人に打ち明けた所で私の境遇が変わった訳じゃないし、さぞ噂の的になるだろう。自分のせいで家族や友人が面倒事に巻き込まれるなんて、そんなの絶対にあってはならない。だから私は入学するまでこの魔力を世間に隠したし、隠したいと言っても家族は否定しなかった。
でも、私の考えていた事を一度だけ否定された事がある。
『俺は学園に行っても、咲来と今まで通りでいたいんだよね』
ある日突然輝にそう言われた時、私は酷く動揺した。だって学園に行った瞬間から、友人や家族には近づかないようにしようと思って居たから。離れる事でみんなを守れるって……そう考えるのは普通の事だ。
『……どうして? きっと私たち、クラスも寮も違うのに』
何も気にしていないみたいに聞き返した。
我ながら冷たい言い返しだと思う。嫌われて当然の言葉選びだ。もう、今後もこれは変えられないんだろうな。私は大切な人たちに、嫌われたいようなものだから。
『別にそんなの関係ないよ、だって双子で家族だよ? しかも、俺は一応お兄ちゃん』
『それは、まぁそうだけど……』
私がそれ以上何も言わないでいると、輝が先に言葉を放った。
『それに、俺だけじゃない』
『え?』
『ずっと一緒にいたいな〜って、みんな思ってる』
逃げようと思った。適当に誤魔化して「私は1人で居る」と言ってしまおうって。でも、みんなは許してくれないし、学園に行っても関わろうとしてくる。私が闇魔法師だと知っても、笑って肯定してくれた人たちだから。
それじゃあ、どうすれば――
『咲来も、俺らと同じ気持ち?』
あの時「違う」と言えば楽になれるはずだったし、何度も本気で否定すれば良かった。でも……否定の言葉は浮かぶのに、少しも声が出なかった。唇はちっとも動かなくて、ただ少し喉が熱いだけ。
肯定を促すように優しく笑いかける輝に、私は何も言い返さない。言い返す事が出来なかった。
*
「あっ、落っこちちゃった」
私は輝に反論できない自分の弱さが嫌だ。あの時否定していれば……なんて今でも思う。だから、この選択をして良かったと思える様に生きて行かなくちゃいけないんだ。
ゲームオーバーで落ち込んでいる輝に、私はからかう様に「輝、弱すぎ」と軽口を叩く。そんなからかいに対して輝は「酷いなぁ~」と言いながらも、実際には悔しさなんて1ミリも感じてなさそうな、とても朗らかな笑顔を浮かべていた。




