✤ プロローグ:虹光の花畑に
――ねぇ、魔法使いになってみたい?
もしそう聞かれた時、大体の人が「なりたい!」って答えるんだろう。でも、私は違った。魔法なんて居らなかったから。
昔の私は、みんなが笑っているその中心で石のように立っていた。モノクロの世界の中で、自分だけ停止しているような……そんな感覚。笑おうとすると、いつも頬が引きつった。
同級生が特別扱いする度に、教室に居ることすら苦しくなる。光魔法が使える……それは数十年に一度産まれる存在。ただそれだけで私は『聖女様』なんて呼ばれて、誰とも同じになれなくなって。
勝手に付けられたあだ名も、それを生んだ魔法も、全部嫌いだった。
――彼女に出逢う、あの時までは。
『知っていますか? 魔法使いは、この魔法世界の童話の中で〝望んだ夢は必ず叶える存在〟として描かれるんです。私たちは、何にでもなれるんですよ』
その時、彼女の声が風に乗って耳を撫でた。柔らかな光と匂いに包まれて、冷えきっていた心は暖かく解けて行ったんだ。
だから私は、あの時初めて自分を変えたいって本気で思った。もう何年も前の事なのに、私はあの瞬間の事を何度も夢に見続ける。他人の決めた運命を自分たちの意志で壊した、とても幸せな日を。
『お願い……花柳咲来。私と、相棒になってほしいの!』
『……は、はぁ!?』
それは、運命を変える契約の始まり。
例え世界が私を聖女と呼んでも、君は私の名前を呼んでくれる。それだけで、私は自分の人生を好きになれた。
君が私の手を握ってくれて、私を呼んでくれるから――私は聖女様じゃなくて、春風菜乃花になれた。今もそうして生きてられて……自分を、好きになれたんだよ。
「あの日のことを、今もずっと覚えてるの。花柳も、私と同じなのかな……あの時、君は私をどう思ってたんだろう……」
闇魔法師と出逢って、聖女様の世界は虹色に変わった。この世でたった1人の……命より大切な〝相棒〟が、煌めく人生へ救ってくれたの。
この虹色は大切な宝物。たとえ花畑に咲く虹の花がいつか黒に染まっても、それを誰に否定されても構わない。
私にとっての幸せは、いつも君の隣にあった。それだけで……十分なんだから。
「だから君も絶対に、忘れないでね!」