友人からの人生相談に、俺は「どうせ他人事だし」と無謀なアドバイスをし続ける
俺には幼い頃からの友人がいる。
大人しいからあまり友達もおらず、俺が同情して「一緒に遊ぼう」と誘ってやったという感じの出会いだったと思う。
だから俺が上で、あいつが下、みたいな上下関係ができていた。
あいつはいつも俺についてきて、俺はそれが誇らしいような、うっとうしいような、そんな感じだった。
そんな風に過ごしてきたから、あいつは何か重要な決断をする時は必ず俺に相談するようになった。
小学生の頃のある日、あいつはガキ大将に理不尽に殴られた。
あいつがノートに漫画を描いていたら、ムリヤリ取り上げられ、つまらないと言って拳を振るわれたらしい。まったく酷い話だ。
向こうの方が体も大きいし、普通なら泣き寝入りする場面だが、あいつは俺に相談してきた。
「僕、悔しいよ……。このままじゃ収まらないから、あいつに決闘を挑みたいけど、どうだろう?」
瞬間的にバカかこいつは、と思った。
相手のがどう見ても強いんだから、挑まない方がいいに決まってる。俺だったら絶対挑まない。
だけど……それはあくまで俺だったらの場合だ。
今回の場合、挑むのはこいつ。99%負ける戦いだけど、負けても痛い目を見るのはこいつ。もしかしたら……まずないけど勝てるかもしれないし。
だったら別にいいか。どうせ他人事だし、どんな喧嘩になるか見てみたい。
俺はいかにもお前のためを思って、という風の演技をして――
「やってやれよ。ここで引き下がったらお前は負け犬になっちまう。だから決闘してみろ! もし負けたって……絶対に得られるものはあるはずだ!」
すると、あいつも単純なところがあるから、すぐにその気になって、
「うん、やるよ! 僕、やれるだけやってみる! 決闘を挑んでやる!」
あいつは歩き出した。俺は「どんな喧嘩になるか楽しみだ」とほくそ笑みつつ、あいつについていった。
俺とあいつは同じ中学に通っていた。
思春期真っ只中、皆が恋愛に目覚める時期であり、誰々と誰々が付き合い始めたなんて噂はすぐにクラス中に広まったものだ。
そんな中、あいつは俺にこんな相談をしてきた。
「僕、ミサコちゃんのことが好きなんだ……」
ミサコとは、当時俺たちの学年で一番可愛いといってよかった美少女。
セミロングの髪型にぱっちりとした目で、俺も見るたび「こんな子と付き合えたら」と思ったものだ。
「告白しようか、フラれるの怖いしやめとこうか、迷ってるんだ……」
フラれるに決まってるだろ、と俺は言いそうになった。こいつはどんだけ自分を高く見積もってるんだ。
こいつとミサコとじゃ明らかに釣り合ってないし、告白するだけ無駄である。
断られて、「ミサコにコクってフラれた」という噂があっという間に広まり、下手すりゃイジメの標的にされる。俺だったら告白はしない。
だが、こいつがコクってフラれるところを見るのも面白い気もした。OKしてもらえる可能性も万に一つぐらいはある。
「いいじゃん! コクれ、コクれ!」
「うーん、でも……フラれたら……」
「何言ってんだ。コクらなきゃここでお前の恋は終わりだ。だったら当たって砕けてみろよ!」
自分は砕けたくないくせに、他人事だからとやたら熱い台詞が出た。
「うん、分かったよ……僕、告白する!」
恋の炎に燃えているが、この炎もきっと玉砕して涙に変わるんだろうなぁ、と俺は思った。
俺たちは高校生となり、大学受験の時期を迎えていた。
俺もあいつも同じ高校だったので、世間話も受験の話題が中心になっていく。
俺の志望大学は今のままの学力をキープできればまず合格できるレベルのところにした。念のため滑り止めも受ける。
よほどのことがなければ浪人することはないコースといえるだろう。
いよいよ受験のラストスパートの始まりといってもいい高校三年の半ば、あいつは俺に相談を持ちかけてきた。
「今、僕はD大を第一志望にしてるんだけど……」
テストは見せ合うから、俺もこいつの学力はよく知っている。
こいつならD大ならまず受かる。俺は教師でも講師でもないけど、そう判断することができる大学だった。学歴としても申し分ない知名度を誇っている。
しかし――
「第一志望をE大に変えようかなって思うんだ」
俺は驚いた。
E大はこいつの偏差値だとかなり厳しい大学で、しかも入試問題に非常に癖があることで有名だった。
極端な話、E大用の入試対策は他大学では役に立たないと言ってもいいぐらいだ。
こんな時期にE大に志望大学を変えたら、ただでさえE大合格も難しいのに、他大学も全滅する可能性が出てくる。
しかし、E大にはどうしても入りたい学部があるという。
普通だったら止めるべき場面だ。親も教師も、予備校の講師だって「D大にしとけ」と言うだろう。
だが、俺は――
「いいんじゃないか? チャレンジしてみろよ、E大!」
押した。
別にこいつなら頑張れると思ったからじゃない。他人事だからだ。
こいつがE大に受かろうと落ちようと浪人しようと、やっぱりD大にしようと、こいつの勝手。俺の人生にはなんの影響もない。
だったら無謀なチャレンジをする方が見てる分には面白い。だから背中を押してやった。
「まだ何ヶ月もある……お前ならイケるって! 可能性あるよ!」
ペラペラと煽るような言葉が出てくる。可能性? あるんじゃないかな、5%ぐらい。
そうすると、こいつも単純だからすぐ顔に気迫がみなぎってくる。
「うん……やってみるよ! E大に変える!」
「頑張れ!」
言葉とは裏腹に、俺は心の中で「せいぜい頑張れ」と冷めた口調でつぶやいていた。
大学はバラバラになってしまったが、俺とあいつの付き合いは続いていた。
講義を程々に受け、サークルを程々に楽しむ、程々の大学生活が続き、いよいよ就職を考えなければならない時期が来る。
俺はあいつとカフェで会っていた。
「どうよ、就職活動は?」
あいつは浮かない表情だった。
「どうした? 上手くいってないのか?」
「というより……ある企業から誘いは受けてるんだけど……」
「へえ、いいじゃん! どんな会社?」
「それが……確実に海外勤務になるっていうんだ」
「海外……!?」
新卒入社の社員をいきなり海外に飛ばすとはなかなか思い切った会社だとは思うが、中にはそんな企業もあるだろう。
「それで……悩んでるんだ。海外に行って色々経験したい気持ちもあるし、でもやっぱり不安もあるし……」
俺だったら海外なんて絶対ゴメンだ。
言語も違うし、文化も違うし、治安だって悪い。何かと不便なことも多いはずだ。
仮に海外勤務になるとしても、ある程度経験を積んでからでないとキツすぎる。
こいつの中でも海外という新しいフィールドに飛び込んでみたい気持ちと、俺でも思い浮かぶような不安が、同居しているようだ。コーヒーに口をつけつつ、不安を口にしている。
俺の中で真っ先に浮かんだアドバイスは「とりあえずは普通に日本の会社に就職しとく方がいいぞ」だったが――
「海外かぁ……面白そうじゃん!」
真逆のアドバイスが出た。
「海外行くと人生観変わるっていうし、視野も広がるだろ! 行きたいって気持ちがあるなら、行った方がいいんじゃないか?」
と言いつつ、俺は別に人生観なんか変わってもしょうがない、視野なんて無理に広げる必要はない、と思っている。
他人事だから、無責任にアドバイスしてるだけだ。
だが、こいつはその気になってしまう。
「そうだよね……。うん、僕誘いを受けてみようと思う!」
本人的には未知の大陸に挑む冒険家のつもりなのかもしれないが、俺には軽装で山に向かってしまう軽率な登山客にしか見えない。
海外在住の誰々さんが殺されました、なんてニュースになるのだけは勘弁してくれよ、と俺は思った。
俺も社会人になり、すっかりスーツ姿が板についてきた頃、あいつから連絡があった。
相談したいことがあるというので、俺はあいつの待つ居酒屋に向かった。
久しぶりに会い、近況報告をし、ビールと焼き鳥をつまむ。
アルコールでほんわりしてくるが、まだまだ脳みそははっきりしている。程よく酔ったところで、あいつは切り出してきた。
「実は会社を辞めようと思ってるんだ」
こういう相談だというのは分かっていた。
俺らぐらいの年代の相談といえば、金の貸し借り、人間関係、そして会社を辞めるか辞めないか、ここらへんだと相場は決まってるから。
だが、次に出てきた言葉はちょっと予想外だった。
「会社を辞めて漫画家を目指そうと思ってて……」
もしビールを口に含んでいたら、あの古典的な「ブーッ!」と噴き出すリアクションをしていたかもしれない。
そういえば、小学生の頃はよく漫画を描いていたな、と思い出す。
「今の会社も慣れてきて、楽しい。給料も上がってきた。だけどどうしても、漫画家になる夢を諦めきれなくて……」
何を考えてるんだ。なれるわけないだろ。
夢を追いかけるのに年齢なんて関係ないなんていうが、あんなのは戯言だ。
どんな夢にだって年齢制限はあるんだよ。
漫画家になる奴は大抵、子供の頃から絵をバリバリ描いて、努力してるんだよ。ぶっちゃけよく知らないけど、そんな気がする。
百歩譲って目指すにしても会社辞めるのは無しだ。サラリーマンやりつつ、コツコツ描いて、持ち込みでもすればいいじゃないか。今の時代だったらネット上で発表する方法だってある。
お前の選択は明らかに間違ってるし、イカれている。と言うべき場面だった。
だけど――
「面白そうじゃないか」
所詮は他人事。
こいつが漫画家を目指して、売れようと、売れまいと。俺には関係ない。
だったら会社辞めて目指してくれた方が、俺としては面白い。
「だけど、僕たちももういい大人だし……」
「そんなの関係ないさ。夢を追いかけるのに、年齢なんて関係ない」
そう、関係ない。俺には。
お前が夢を目指してくれた方が、見てる分には面白い。
「目指せよ、漫画家。もし雑誌にでも載ることになったら、必ず連絡くれよ!」
「うん……必ず!」
俺たち二人はややぬるめになったビールで乾杯した。
俺も老境に差しかかろうという年齢になった。
体のあちこちにガタがき始め、いよいよ自分もジジイになっていくんだなという実感がある。
自宅でテレビをぼんやりと眺めながら、自分の人生を思い返す。
思えば、無謀な挑戦というものをしない人生だった。
無難に勝率の高い選択肢を選び続け、困難が大きそうな道は避け続け、俺は平凡なおっさんとなっていた。
幸せといえば幸せだし、そうでもないといえばそうでもない。そんな毎日だ。
一方のあいつはどうだろうか。今度はあいつのことを思い返す。
小学生の頃、俺のアドバイスを真に受けたあいつはガキ大将に決闘を挑み、なんと驚異の粘り勝ち。一躍クラスでも一目置かれる存在となった。
中学の時、クラスのアイドルだったミサコに告白し、めでたくカップルとなった。どうやら向こうもあいつのことが好きだったけど、向こうから告白する気はなかったらしい。つまり、あいつが告白しなければこのカップル誕生はなかった。二人は将来的に結婚することとなる。
高校の時、D大からE大に進路変更したあいつは猛勉強の末、現役合格を果たす。
大学卒業後はいきなり海外勤務となる。非常に大変だったらしいが、日本じゃまずできない体験も数多くできて、人間として大きく成長できたという。実際、顔つきはかなり凛々しくなっていた。
その後、あいつは会社を辞め、一念発起して漫画家を目指す。漫画家を目指すには遅すぎる年齢だったが、あいつは売れっ子漫画家となった。今やアニメ化作品を連発するまでになっている。
俺が今ぼんやり眺めている番組も、あいつが原作者のアニメである。
あいつは俺の「どうせ他人事だから」というアドバイスを全て受け入れ、見事成功した。
もちろん、「あいつを育てたのは俺」などと誇るつもりはない。
俺は単なるきっかけに過ぎず、あいつはそれこそ血のにじむような努力をして、成功者となったのだから。
俺は俺で、挑戦せず、なるべくリスクやダメージを負わないよう過ごして、今こうして老年に突入しようとしている。
そのことに後悔はないし、もし人生をやり直せたとしても、俺は似たような人生を送ることになると思う。
だけど、それでも、俺は「もうちょっと無謀な挑戦してみてもよかったかなぁ」と思ったりもするのだった。
完
お読み下さいましてありがとうございました。




