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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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38〈白冠の塔〉


 ルズィは遺跡を見回しながら、壁の半分が内側に陥没していた塔の近くまで歩いていく。背の高い植物に呑み込まれた塔の入り口までやってくると、彼は立ち止まって、かつて扉が存在していたであろう空間をじっと見つめる。


「構造もしっかりしているし、これくらいの幅があればヤァカも問題なく通れそうだな」

 ルズィの言葉にアリエルは首をかしげる。

「扉の幅が〈白冠の塔〉につながる転移門と何か関係があるのか?」


「その〝転移門〟を生成するときに、入り口の基部になる構造体を支えるモノが必要になるんだ。この廃墟の入り口には扉の枠が残っているし、石組みだから簡単に崩壊することもない。だから転移門を生成するのに適している。まぁ言葉じゃ分かりにくいけど、見れば何となく理解できると思う」


 彼はそう言うと、塔に向かって腕を伸ばした。手のひらには収納の腕輪から取り出した呪術器がのっている。それは小さくて四角い、芸術品のような精緻な箱だ。その箱から青白い光の線が放たれるのが見えた。その光は扇状に広がると、まるで塔の入り口を走査するように上下に動いて、かつて扉があった場所の高さや幅を確認する。


 それは呪術というより、まったく〝未知の技術〟によって行われる現象に見えた。その作業が終わると小さな箱は重力に逆らうように、ふわりと宙に浮きあがる。そして「カチリ」と、小気味いい金属音を鳴らしながら分解していく。


 複数の部品に分かれた呪術器のなかには、小さくて、しかし力強い輝きを放つ光球が浮かんでいるのが見えた。次の瞬間、その光の中から奇妙な色合いを帯びた金属片が出現するのが見えた。収納の腕輪から道具を取り出すように、異空間から出現した複数の金属片は、塔の廃墟に向かって飛んでいき、扉の枠に転移門の基礎となる構造体を形成していく。


 互いに結合しながら、ひとつの構造体を形成していく金属片は見る角度によって色合いを変化させる多色性の金属だったが、森で最も貴重とされる特殊な鉱石を製錬しても、あのような構造体を造ることはできないだろう。それは陽の光を受けて生きているかのようにうごめき、絶えず色合いを変化させていた。


 転移門が出現したのは、その金属が凝固してピタリと動きを止め、均一な輝きを放つ赤銅色しゃくどういろの構造体に変化したときだった。


 扉の枠として形成された構造体から半透明な膜が生成されたかと思うと、それは周囲の景色を映し出す鏡のような性質を持った膜に変化していく。


「それが噂の転移門なのかい?」

 護衛の〈黒の戦士〉を連れて遺跡にやって来ていたウアセル・フォレリが声をはずませる。彼の背後にはクラウディアたちがいて、廃墟の入り口に生成された転移門を興味深そうに眺めていた。


「そうだ、これが転移門で――」ルズィは液体のような性質を持った膜に触れながら言う。「この膜は〝クヌム〟の名で知られた領域につながっている」


「クヌム……。それって怪物がい出てくる〈混沌の領域〉とは別の次元のことだよね」


「ああ」

「つまり異世界ってことか」

 ウアセル・フォレリは腕を組みながら、じっと転移門を見つめる。


「そのクヌムって世界は、僕らが生きていける環境になっているのかい?」

「もちろん」と、ルズィは答える。「白冠の塔では息もできるし、未知の病気になることもない」

「白冠の塔では、ね……。その塔の外に出たら僕らはどうなるんだい?」


「出ることはできない」ルズィはキッパリと言う。「塔内部からクヌムの風景を見ることはできる。でも外に出ることはできない。入り口はひとつだけで、その唯一の入り口も転移門で塞がっている」


「興味深い……」ウアセル・フォレリは門の外枠を形成する金属に触れる。それは冷たく、微かに振動していた。「その転移門が消えて、異世界に閉じ込められる危険性はないのかい? たとえば、膜を生成するための呪素じゅそが不足して勝手に門が閉じてしまうとか」


「転移門が閉じてしまう可能性はある」

 ルズィの言葉に〈赤ら顔のバヤル〉をはじめ、傭兵たちが動揺するのが分かった。しかしその騒めきを無視するように彼は言葉を続けた。


「転移門の生成に膨大な量の呪素が消費されるが、門の状態を維持するのに必要な呪素は少なく、大気中から自然に取り込める量で事足りる」


「呪素が問題にならないのなら――」と、ウアセル・フォレリは膜のなかに手を沈み込ませながら言った。「転移門を生成する枠……というか、この未知の金属で形成された構造体が破壊されたときに門が閉じられる。そういう解釈でいいのかい?」


「そうだ。けどその金属を破壊できるモノが、この世界に存在するのか俺には分からない。〈境界の砦〉で転移門を開いたときに、それを破壊できないか色々と試してみたが、小さな引っ掻き傷すら付けられなかった」


「神々の遺物で見られるような、僕らの世界のことわりが一切通用しない性質を持った未知の物質なのかもしれないね」

 感心していたウアセル・フォレリとは対照的に、異世界に閉じ込められてしまう可能性があることに動揺していたバヤルが口を開く。


「なら、俺たちが閉じ込められるかもしれない原因ってなんなんだ」

「これだよ」ルズィはそう言うと、緑に苔生した塔の壁に触れた。「構造体を支える壁だ。この塔が崩壊したら、転移門は維持できなくなって閉じることになる」


「はぁ?」バヤルは思わず間の抜けた声を出す。「破壊すらできない訳の分からない未知の金属なのに、そんな簡単なことで門が閉じるのか」


「完璧なモノなんて存在しない、そうだろ?」

 ルズィの言葉にバヤルは深い溜息をついた。

「なら、この塔の壁が壊されないように、外に見張りを残す必要があるな」


「その必要はない」

 ルズィの言葉に不快感を示すようにバヤルは顔をゆがめる。

「いや、どう考えても必要だろ。俺はな、その何とかって訳の分からねぇ世界に閉じ込められる気なんてないんだよ」


「やれやれ」ルズィは溜息をつく。「構造体が生成する膜が見えるのは、転移門を開いた人間が味方として認識している人物だけだ。この場合、俺に敵意を持たない奴だけがこの門を認識できる。敵対している連中には何も見えないし触れることも叶わない」


「敵意だと?」バヤルは眉を寄せる。「誰がそれを判断するんだ?」

「呪術器だ。転移門を開くときに使用者の意思を読み取る機能が備わっている」


「意思を読み取るだと? その道具には、勝手に人の頭のなかを覗いて、敵か味方なのかを識別する機能が備わっているっていうのか」

「そう言っただろ」


「ありえない」彼は鼻で笑ったあと、離れた場所にひとり立っていたイザイアを睨んだ。「なら、裏切り者が出たらどうなる。そいつにも転移門が見えなくなるのか」


「確認したことはないが、そうなるかもしれない」

 まだ信じられないのか、ルズィの言葉にバヤルは顔をしかめる。


「その裏切り者が外に出て、この塔を破壊したら、俺たちは異世界に閉じ込められるってことだな」

「かもしれない。でもだからといって、なんの対策もせずに魚人が支配する地域で野営するのも危険だとは思わないか」


「たしかに危険だな」バヤルは空を仰いで、それから決心したような表情を見せる。「それで、その何とかって世界には、どうやって行くんだ? そこにある転移門に入るだけでいいのか」


「ああ、すでに安全性は確認してある。だから、安心して飛び込んでくれ」


『話は終わった?』と、それまで押し黙っていたノノがバヤルに牙を見せながら鳴く。『慎重であることの大切さは理解している。でも厚い毛皮を持たない獣が冬を越すことができずに群れを弱くするように、臆病さは時に群れの判断を鈍らせ、致命的な混乱を招くことになる。これからは発言に注意して。仮にも傭兵を束ねる立場にいたのなら、私の言っていることは理解できると思うけど』


「俺は臆病なんかじゃない――」

 〝毛むくじゃらの猫が、俺に偉そうに説教するつもりなのか〟バヤルは悪態をついて反論しようとしたが、ノノのあやしく発光する大きな眸に睨まれると黙り込んでしまう。


 彼女が恐るべき呪術師であることを知っているからなのだろう。バヤルは勝ち目のない戦いはしない主義だった。それは傭兵として過酷な世界を生きていくために獲得した知恵でもあった。たとえ卑怯者とののしられようと、彼は考えを変えるつもりはなかった。

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