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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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 湖まで高低差があり眺望(ちょうぼう)が良いことから、不自然に巨石が打ち捨てられた場所を野営地の候補に選んだ。石組みの構造物が並ぶ異様な遺跡には、脅威(きょうい)になるような生物の存在は確認できなかったが、どこか胸騒ぎがするような不気味な気配が漂っている。


 そこでは不思議な光景を目にすることができた。たとえば地面に()えられている細長い巨石には焼結(しょうけつ)によるひび割れが見られ、足元に散らばる石の表面にも溶融(ようゆう)による変形が確認できた。


 植物に(おお)われた静かな遺跡には、湿地の生物が忌避(きひ)する何かがある。巨石に残された高熱破壊の痕跡も、原因のひとつになっているのかもしれない。


 ラファと戦狼(いくさおおかみ)のヴィルマに周辺一帯の索敵(さくてき)を任せると、アリエルとラライアは混沌に属する生物が遺跡内に潜んでいないか確認することにした。転移門を使い〝あちら側の世界〟からやってくる生物に、こちら側の世界の常識は通用しない。多くの場合、混沌の怪物は(けが)れた場所を好み、その身を隠している。


 アリエルは湖の近くで頻繁に見かけていた極彩色の翼を持つ鳥を使って、上空から調査することにした。空を(あお)ぐと、クチバシが体長の半分以上の長さがある大きな鳥が見えた。その異様な鳥は羽ばたくことなく、色鮮やかな翼を広げながら滑空するように遺跡の上空を飛行する。


 食虫植物から漂う甘いニオイを嗅いでいたラライアは、気怠(けだる)そうに(たず)ねる。

『なにか見つかった?』

「いや」彼女の背に乗っていたアリエルは頭を振る。

「やはりこの場所を()()にしている生き物はいないみたいだ」


『生き物がいない……。なら、幽鬼でも潜んでいるのかな?』

「どうだろう。結論を出すのは、もう少し調べてみてからにしよう」

『だね』


 ラライアは軽快な足取りで遺跡を進む。石組みの構造物の多くは屋根がなく、雨風の侵食によって見る影もなかった。また広場として利用されていたと思われる区画は、黒い(いばら)(おお)われていて近づくことさえ躊躇(ためら)われた。しかし魚人から身を隠すには都合のいい場所に思えた。この遺跡なら魚人はおろか、危険な肉食生物にも見つかることはないだろう。


 ルズィと連絡を取ったあと、遠征隊が野営地を撤収してやってくるまでの間、鳥を使って魚人の集落を偵察することにした。

「ラライアも見るか?」

 青年の問いに彼女は頭を縦に振ったあと、トコトコと物陰に隠れて人の姿に変わる。


「ノノの見様見真似(みようみまね)でやるから失敗するかもしれない」

 アリエルはそう言うと自身の(ひたい)に指をあてる。すると白銀に輝く糸が伸びて指先に絡まるのが見えた。青年はそれをラライアに向かって伸ばしていくと、そっと彼女の額に触れる。

「見えるか?」


「うん……」彼女は不快感を示すように眉を寄せながら言う。「見えてるけど視界が重なっていて、なんだが気持ち悪くなる」

「慣れてきたら違和感もなくなると思うけど、今は目を閉じて鳥の視界にだけ意識を向けてくれ」

「やってみるよ」


 青年は、しかめ(つら)(まぶた)を閉じていたラライアの手を引きながら歩いて、倒壊していた塔の瓦礫(がれき)に腰掛ける。近くには昆虫種族のモノだと思われる彫像が立っていたが、頭部や胴体部分が意図的に削られていて種族を特定することはできなかった。この遺跡は彼らが残したモノなのかも知れない。


 鳥の視点に意識を戻すと、まるで戦化粧のように、(うろこ)に赤土を塗る魚人が占拠していた遺跡の上空に接近しているのが見えた。魚人の集落には秩序というモノがなく、好き勝手に建てられた小屋が猥雑(わいざつ)と重なり合う様子が見えた。その集落の通りで、数体の魚人が人間を取り囲んでいる状況が確認できた。


「男と女……隊商から(さら)われた商人なのかな?」瞼を閉じていたラライアがつぶやく。

「あるいは」と、アリエルは周囲に警戒の視線を向けながら返事をする。「商人たちを護衛していた傭兵たちの可能性もある」


「殺されるのかな?」

 彼女の問いに青年は肩をすくめる。

「集落に他種族の奴隷はいないみたいだから、食料にするんじゃないのかな?」

「私だったら人間は食べないけどな……」

「ラライアじゃなくても、普通は人を食べようなんて考えないさ」


「なにより――」と、アリエルは湖に視線を向ける。「連中は水中に適応した種族なんだから、湖に入って魚を獲ってくればいいんだ。人間にこだわる必要はない」

「たしかに……」

 ラライアが唇をすぼめる仕草(しぐさ)をしたときだった。


 二体の魚人が人間の男を取り合うようにして争うのが見えた。さすがに声を聞くことはできなかったので、何を口論していたのかは分からなかったが――そもそも言葉を話せるのかも分からなかったが、(すさ)まじい形相(ぎょうそう)で口を動かしている様子が確認できた。次第に争いは激化していき、とうとう大柄の魚人は手にしていた槍で仲間を(あや)めてしまう。


 しかしそれを見ていた魚人たちは動じない。それどころか、争いに勝利した大柄の魚人が死体の(そば)で踊るように飛び()ねると、彼の行動を褒め(たた)えるように手を叩いて喜ぶ。

「野蛮な種族だね」

 ラライアの率直な感想に青年は同意した。


 それまで奇妙な踊りを披露(ひろう)していた魚人は、ピタリと踊るのを止めると、長い腕をだらりと()らしたまま人間の男に近づく。そして何を思ったのか、無抵抗の男を殴り始めた。筋骨たくましい体躯(たいく)から繰り出される強烈な打撃に耐えられず男は気絶するが、なおも魚人は激しく殴る蹴るの暴行を続け、ついには男の腕を強引に引き千切(ちぎ)ってみせた。


 骨が折れて、肉が裂け、皮膚が伸びる様子は見ていて気持ちのいいモノではなかったが、鳥の視界を通して見ているからなのか、そこまで不快に感じることなかった。やがて魚人は満足したのか、周囲に集まっていた魚人に男の死骸を――バラバラになった肉の(かたまり)を運ばせた。


 その場に残されたのは惨劇を目にして腰を抜かしてしまった女性と、争いに勝利して仲間を殺した大柄の魚人だけだった。

「イヤな予感がする」

 ラライアの予感は的中する。


 魚人は女性に近づくと、震えて抵抗することもできない女性の服を()ぐと、愛撫(あいぶ)すように彼女の身体(からだ)を舐め回す。人を食料にすることから、彼女もすぐに(なぶ)り殺しにされると思っていたが、青年の予想に反して魚人は異様に長い生殖器官を使い女性を強姦し始めた。


「見てられない」

 ラライアが不機嫌になって見るのを止めたあとも、アリエルはその光景を観察し続けた。そして興味深い事実に行き当たる。魚人という種族が持つ残虐な性質で強姦を楽しんでいるだけなのかと思っていたが、ことが終わると魚人は女性を殺すことなく、胸に抱きかかえるようにして小屋のなかに連れて行った。


 まだ確証はなかったが、魚人は人間の女性と交配して子を産ませているのかもしれない。いや、ひょっとしたら人間の女性だけじゃないのかもしれない。それともこれは飛躍しすぎた突拍子もない考えなのだろうか。いずれにせよ、魚人が危険を(おか)して〈抵抗の丘〉までやってきて人間を(さら)う理由の一端を垣間見(かいまみ)た気がした。


 もっとも、部族を維持するために他種族の女性を必要とするという考えは、アリエルの憶測でしかない。魚人たちには、もっと現実的で切迫した理由があるのかもしれない。


 周辺偵察をしていたラファたちと合流してからほどなく、傭兵を連れたルズィがやってくる。アリエルは遺跡を案内しながら、この場所の安全性と危険性について説明する。遠征隊を率いるルズィが納得すると、呪術器を使って〈白冠の塔〉につながる転移門を開くことになった。


 ルズィは呪術器の性能を確認するため、〈境界の砦〉で転移門を開いて白冠の塔を見ていたが、アリエルは起動する瞬間を一度も見ていなかった。ちなみに、遠征隊に同行している傭兵たちにも貴重な呪術器の存在が知られてしまうことになるが、彼らと交わした契約には遠征中に見たモノを口外しないということも含まれていたので、気にせず呪術器を使用する。


 それは仲間たちを危険に(さら)す無責任な考えに思えたが、どのような対策を取っていても裏切ると決めた人間を止めることはできないので、気にするだけ無駄だと割り切るしかない。それよりも今は、危険な土地で生き残ることを優先しなければいけなかった。

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