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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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36


 その日は珍しく雲間から()の光が射し込んでいた。だからなのだろう、湿地から流れ込んでくる水の流れや湖面が光り輝く様子がハッキリと見て取れた。その広大な湖を観察していると、あちこちに高い塔が立っていることに気がつく。


 湖面から突き出した塔の多くは傾き、崩落していて原形をとどめていなかった。しかし百を超える塔のなかには、未だ健在のモノも確認することができた。


 それら石造りの塔は、木材を多用した魚人の集落には見られない建築様式で、超古代文明の――たとえば、特徴的な方尖塔(ほうせんとう)は失われた種族〝白冠を抱くもの〟たちが残した建築物だと推測することができた。


 ノノの呪術によって上空から偵察を行っていた鳥は、弧を描くように右回りに旋回しながらゆっくり視点を変えていく。すると照月(てるつき)來凪(らな)が話していた小さな島が見えてくる。白く輝く列柱や荘厳(そうごん)な建築物が連なる遺跡の存在は確認できたが、島まで距離があり過ぎて、それ以上の情報を得ることはできなかった。


「どうしたんだ、ノノ」と、ルズィが眉を寄せる。

 彼女は黙り込んでいたが、やがて小さく(うな)ると、絶えず色合いが変化する大きな眼を開いた。

『生物を寄せ付けない強力な(まじな)いの存在を確認しました。力なき小さな命では、これ以上、あの遺跡に接近することはできません』


「あの遺跡の様子を知るには、湖を渡る必要があるんだな」ルズィは真剣な面持ちであれこれ考えたあと、気になっていたことを照月(てるつき)來凪(らな)(たず)ねた。「ところで、あの遺跡で俺たちは何を手に入れなければいけないんだ?」


「残念だけど」と、彼女は頭を横に振って黒髪を揺らす。「私に見ることができたのは、とても曖昧な心像(しんぞう)だけで、神々の遺物に相当する〝何か〟としか表現することができない」

「遺物?」

「ええ。そしてそれがなければ、私たちは森を出ることができない」

「鍵のようなモノか。……つまり、俺たちに他の選択肢はないってことだな」


 さすがに船を造るわけにはいかないから、湖を渡るために木材とツル植物で作る簡単な(いかだ)や、(あし)()んだ単純な葦船(あしぶね)などを利用することも考えられた。しかしそれでも技術や経験を持った専門の職人がいないため、困難な作業になることが予想された。


『それに作業の間、安心して休める野営地を確保する必要があります』

 ノノの言葉に一同(いちどう)はうなずいたが、この(あた)りで安全な場所を見つけるのは難しい。鳥居の周囲は食屍鬼(グール)の狩場になっていて、夜になれば容赦なく襲いかかってくるだろう。でもだからといって、魚人が徘徊する湖畔(こはん)に近づくことも危険だった。


『じゃあさ、あの呪術器を使おうよ』と、リリがゴロゴロと喉を鳴らす。

「どの呪術器だ」

 ルズィの質問に、黒く(つや)のある美しい体毛を持つ豹人は両腕を大きく広げながら鳴いてみせた。

『あれだよ、なんとかって塔を呼び出せる呪術器!』


「〝白冠の塔〟のことを言っているのか?」

 アリエルは、〈境界の砦〉で石に近きもの〝クルフィン・ペドゥラァシ・ベェリ〟が管理していた遺物のことを思い出す。それは、かつての偉大な守人たちが〈無名都市〉で発掘、入手していた古代の呪術器で、この世界に、〝クヌム〟と呼ばれる領域に存在する塔につながる入り口をつくりだす遺物だった。


「たしかに白冠の塔があれば、魚人どもからの襲撃を気にせず休めるな」

 ルズィはそう言うと、収納の腕輪に保管していた呪術器を取り出す。それは石を削って作られた何の変哲もない小さな四角い箱に見えたが、表面には複雑な幾何学模様(きかがくもよう)()られていて、神々の言葉にも似た文字が薄っすらと刻まれているのが確認できた。


『その塔のなかにはさ、ヤァカが休める畜舎もあるみたいだし、こっち側の世界からも完全に隔絶されているんでしょ? ってことはさ、襲撃を気にせず休むことができるよ!』

 得意げに胸を張るリリを見ながら、ルズィは思案する。


 まるで神々の奇跡のように、白冠の塔は信じられないようなことを可能にする。しかし発動と同時に大気中から取り込む呪素(じゅそ)も膨大で、呪術器表面に特殊な(すみ)で描かれた神々の言葉が瞬く間に()せてしまう。そして石に近きものがいない状況では、神々の言葉を書き直すこともできない。そうなれば呪術器は無用の長物に変わる。


 そのため白冠の塔の使用を制限していたが、今が使いどころなのかもしれない。

「それなら、連中が俺たちの存在に勘づく前に行動に移った方がいいな」

『そうですね』と、ノノはルズィに同意する。『湖を渡るための手段も考えなければいけません。あの魚人が友好的な種族なら、あるいは湖を渡る方法を教えてくれるかもしれませんが、その望みは薄いでしょう』


 石造りの廃墟に(おお)(かぶ)さるように、みすぼらしい木造小屋が猥雑(わいざつ)に連なる集落には、魚人によって狩られたと思われる生物の死骸があちこちに吊り下げられている。そのなかには、〈抵抗の丘〉を拠点にしている隊商から拉致(らち)された傭兵や商人の姿も確認できた。


 その多くは食料として確保されているのか、頭部を切り落とされ、腹を切り裂かれ内臓が取り出された状態で吊り下げられている。そこでは人間も蜥蜴人も()(へだ)てなく食料にされている。


 ノノが上空の鳥に指示を与え、別の場所に移動させると、(あし)亜麻(あま)と思われる植物を織って作られた円錐形(えんすいけい)の住居が並んでいるのが確認できた。手織りの粗布に見えたが、しっかりした住居で、雨風をしのぐための十分な強度があるように見えた。


 そこで生活する魚人には、先ほどの廃墟で暮らす魚人には見られない特徴が確認できた。たとえば人のように細い身体(からだ)や、その身に(まと)う衣類だ。葦や亜麻の住居で暮らす魚人は、動物の革や植物を()んで作った腰巻を身につけていたが、廃墟の魚人は何も身につけず、代わりに赤土を塗って(おのれ)(うろこ)を飾り立てている。その姿は何処(どこ)か攻撃的で、近寄り難い雰囲気を(かも)し出している。


 しかし衣類を身につけた細身の魚人からは、知性的で文明的な印象すら受けた。

「別の部族の可能性があるな」

 ルズィは立ち上がると、ノノに偵察の感謝をして、それからウアセル・フォレリとこれからのことを相談するため天幕を出ていく。

「エルも来てくれ、白冠の塔の入り口を設置する適当な場所を探す必要がある」


「了解」

 アリエルは眠っている龍の子に手を伸ばすと、白い体毛にそっと触れる。フサフサしていて触り心地が良く、ずっと触っていたくなる。

「エル」

 ルズィの声が聞こえると、青年は残念そうに立ち上がって天幕を出る。


 ふたりのもとに駆け寄ってくるラライアを見ながらルズィは言った。

「俺たちも偵察に出るが、とりあえずラファとヴィルマにも手伝ってもらえ」

「野営地の護衛は?」アリエルは毛皮のマントを羽織(はお)りながら(たず)ねる。

「照月の武者とメアリーが指揮する女戦士の部隊にまかせる」

「バヤルたちは?」


 アリエルの質問にルズィは露骨に嫌な表情を見せた。

「またイザイアと揉め事を起こされても困る。だから連中も連れていく」

「野営地の警備が手薄になる」


「そう心配することもないさ」ルズィは苦笑する。「野営地でウアセルを護衛している〈黒の戦士〉は相当な手練れだ。魚人の斥候(せっこう)に見つかっても素早く対処してくれるだろう」


 アリエルは不安に感じていたが、とにかく自分の仕事を優先することにした。

「魚人と遭遇したらどうすればいい?」ラライアの首元を撫でながら(たず)ねた。

「野蛮な連中だが、言葉を理解するなら亜人として接する必要がある」


 ルズィの言葉に青年はうなずく。彼らは〈境界の守人〉であり、その使命は森の同胞(はらから)を混沌の脅威から守護することだ。種族が異なるからといって、理由もなく殺すわけにはいかないのだ。


「まずは対話ができるか確認してくれ」ルズィは素っ気なく言う。彼も魚人と対話ができるとは期待していないのだろう。「それでも攻撃してくるようだったら、容赦なく殺してくれ。まだ俺たちの存在を知られるわけにはいかないからな」

「了解」

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