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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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35


 食屍鬼(グール)の襲撃によって多数の負傷者を出し、四名の傭兵を失うことになったが、あれだけの規模の()れからの攻撃だったと考えると善戦したと言えるだろう。しかし、またもや傭兵仲間を失うことになった〝赤ら顔のバヤル〟は、その結果に納得することができなかった。


 なにか因縁(いんねん)めいた事情があるのかもしれないが、バヤルは〈抵抗の丘〉で傭兵として活躍していたイザイアの責任を追及した。


「またなのか?」

 誰も口には出さなかったが、繰り返し聞かされるバヤルの〝戯言(たわごと)〟にウンザリしていたのだろう。だからこそ彼が抜き身の刀を持った状態でイザイアに接近することを許してしまったのかもしれない。


 アリエルが気づいたときには、バヤルはイザイアに斬りかかっていた。突然の攻撃を受けたイザイアは、素早い身のこなしで(なん)とか初撃をいなすと、続けて繰り出される攻撃を受け流しながら後退する。


 と、泥濘(ぬかるみ)に足を取られたのだろう。イザイアが体勢を崩すと、バヤルは必殺の機会を逃さないために大きく腕を振り上げた。しかしそれはイザイアの(さそ)いだった。


 褐色の肌を持つ長身の男は、獣のようなしなやかな動きを見せると、バヤルの懐にさっと飛び込む。衝撃音のあと、バヤルの鎖帷子(くさりかたびら)(こす)れる音が聞こえた。刀の(みね)で胴を打たれたのだろう。その強打に赤ら顔の男はよろめいた。が、彼はまだ攻撃を諦めていない。バヤルが渾身の力をこめて斬り下ろすと、イザイアはそれに反応して横に飛び退きながら刀を叩き込む。


 刀を横薙(よこな)ぎに振ろうとしていたバヤルは肩を打たれ、ついに刀を取り落としてしまう。イザイアは右足を踏み込むと、容赦なく相手の胸を強打した。その衝撃にバヤルはたたらを踏みながら後退すると、泥濘(ぬかるみ)にドサリと尻餅をついた。その瞬間、勝敗は決したように見えた。しかしイザイアの動きは止まらない。


「終わりだ」

 両者の間に立ったルズィの声は呪術鍛造された鋼のように鋭かった。


「クソったれ」赤ら顔のバヤルは胃液を吐き出しながら(うめ)いた。

「そのクソったれに不意打ちを食らわせたのは誰だ?」と、ルズィは冷たい目でバヤルを見下ろす。「もしもイザイアが本気だったら、お前は今頃、腹から飛び出した内臓が泥に落ちないように必死に抱えることになっていただろうな」

「そのクソ野郎は俺たちを裏切っていやがるんだぞ!」


「そうなのか?」

 ルズィの問いに寡黙(かもく)な男は頭を横に振り、そして口を開く。

「俺は仲間を裏切らない」


「だそうだ」

 ルズィに睨まれると、バヤルは血が混じった唾を吐き出した。

「そいつの言葉を信じたことを、絶対に後悔することになるぞ」

「後悔することになるかもしれないし、ならないかもしれない。いずれにせよ、ここで仲間を裏切っているのは、お前だよ、バヤル。他の誰でもない」


「ならどうするよ?」と、彼は不敵な笑みを浮かべる。「ここで俺を斬るか?」

「いや、俺たちは孤立無援の状態で南部にいる。仲間は多いに越したことはない」

「たとえ薄汚い裏切り者でもか」バヤルはイザイアを(にら)んだ。

「そうだ。どんな形であれ、互に協力し合わなければ死ぬことになるんだからな。それに、イザイアが裏切っている証拠はない」


 バヤルに〈治療の護符〉を手渡すと、ルズィはイザイアを連れて野営地を離れる。

「それで、俺たちが食屍鬼(グール)の大群に襲われているとき、お前は何処(どこ)にいたんだ?」

「……こっちだ、ついて来い」

 イザイアは理由を言わず、大股で歩き出す。


 ルズィはイザイアの行動を(いぶか)しむが、遠征隊を率いる立場から、どのような人物なのか公平な目で見極める必要があると考えていた。もしも裏切り者なら、それ相応の対応を取らなければいけないが、そうでないのなら、ことを荒立てる必要もないと考えていた。


 ふたりは深い静けさを取り戻した沼地を歩く。(あた)りは暗く、腐臭が立ち込めている。イザイアが空中に浮かべた青白い発光体の灯りを頼りに黙々と歩くと、奇妙な死骸が暗闇のなかに浮かび上がる。


 泥のなかに横たわる死骸は、カエルと魚の混血のような姿をした奇妙な生物だが、多くの亜人がそうであるように、二足歩行が可能な立派な脚を持っていることが確認できた。鋭い突起物に(おお)われた鱗状(うろこじょう)の背中には、薄緑色の藻のようなモノが付着しているのが見えたが、全体的に青みがかった灰色の体表をしている。


 また長い手足の先には水掻(みずか)きがついていて、陸上よりも水中の生活に適応している生物だと分かった。


「もしかして、こいつが例の魚人なのか」

 イザイアは質問にうなずきだけで答えると、死骸から漂ってくる腐臭に――魚が腐ったような吐き気を(もよお)す臭いに顔をしかめる。

「見ろ、首元に(えら)がある」


 ルズィは死骸の(そば)にしゃがみ込むと、太い胴体に見劣りしないほど大きな頭部を確認する。大きな眼に、鋭い牙が生え揃った大きな口。そして首元には気色悪い(ひだ)が飛び出した切れ目があり、魚の(えら)のような機能を備えていることが推測できた。


「そいつは武器を持ち歩いていた」

 イザイアは小さな発光体を操作して魚人の身体(からだ)を照らす。

 視線を動かすと、泥のなかに槍にも見える棒状の武器が落ちているのが見えた。()じれた枝に石器の穂先を――鋭い黒曜石を使っていることが確認できた。

「手製の武器を作れるだけの知能があるってことは、言語を操れる可能性があるな……」


「この(あた)りを偵察しているときに、そいつに襲われた」

 イザイアの言葉にうなずきながら立ち上がると、暗闇に耳を澄ませる。遠くから水が流れる(かす)かな音が聞こえる。

「近くに連中の()()があるのかもしれない」

「それなら、すぐに偵察する必要がある」


「その提案には賛成するが、食屍鬼(グール)の襲撃に警戒する必要がある。偵察は()(のぼ)ってから行う」

 イザイアは納得していない様子だったが、ルズィの指示に従うことにした。実際、彼の言葉は正しかった。食屍鬼(グール)()れを退(しりぞ)けたからといって、安心することはできなかったし、そのような状況で魚人を刺激するのは避けなければいけなかった。


 翌朝、ルズィは豹人の姉妹とアリエルを連れて照月(てるつき)來凪(らな)の天幕にやってきた。本当は魚人と遭遇したイザイアも話し合いに参加させたかったが、彼女を護衛するふたりの武者がそれを許さなかった。


 まるで飼い主に甘える猫のように、龍の幼生が照月(てるつき)來凪(らな)の膝で丸くなって眠っている姿を見ながら話し合いは進められた。ノノは呪術を使い上空を飛んでいた鳥と意識をつなげると、イザイアから報告があった地点を中心にして魚人の()()を捜索することになった。しかしそれほど時間をかけることなく魚人の拠点を見つけることができた。


 ノノは額から白銀に輝く糸のようなモノを出現させる。それは蛇のようにウネウネと動きながら、その場にいる者たちの(ひたい)に向かって枝分かれしていった。呪術によって生成された糸が額に触れると、ノノが鳥を介して見ていた映像が共有されて見えるようになった。


 そこにはアリエルたちが今まで見たこともないような巨大な湖があり、かつて大集落が存在していたと思われる場所が湖畔に点在しているのが確認できた。それらの廃墟に人の姿はなかったが、人の形をしたカエルめいた生物が確認できた。


「魚人の集落だな」と、ルズィは溜息をつきながら言った。「教えてくれ、照月(てるつき)來凪(らな)。俺たちの目的地は、あの湖を越えた先にあるのか?」


 彼女はコクリとうなずいたあと、ノノに頼んで(がま)が生い茂る水辺まで視点を移動させる。どうやら湖に浮かぶ小さな島に古代の神々を(まつ)る遺跡があり、そこに森を出るための重要なモノが保管されているという。


「魚人の集落を避けながら、あの遺跡に渡れる場所を探す必要があるみたいだな」

 アリエルの言葉にルズィはうなずいたが、それを見つけるのは難しそうだった。湖はあまりにも広大で、魚人はどこにいてもおかしくないのだ。

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