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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第三章 遠征
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 鳥居は古代妖魔族の墓所が存在していた場所を(しめ)していたのかもしれない。そこには夜闇の訪れを待つ化け物が――屍肉(しにく)()らう(いま)まわしき鬼が潜んでいた。


 かつて森には妖魔族の遺体に魅了された密教が存在した。かれらは〝神々に近きもの〟たちの血肉を体内に取り込むことで、(みずか)らの肉体と精神を神々の領域にまで高めようとする神秘主義的な思想に傾倒した集団とされ、森の各地で失われた種族の墓所を(あば)いていたという。


 いつからか忌まわしき信者は人々の前から消え、(みにく)い鬼が目撃されるようになった。


 永遠の命を手に入れるため、同胞(はらから)の血肉を()らい(みずか)らの肉体を(けが)していった鬼の正体は、堕落した密教信者の成れの果てだと噂されるようになった。しかし森に存在する多くの秘密のように、真実を知る者はいない。


 だが食屍鬼(グール)の存在を疑う者はいない。何故(なぜ)なら、人喰いの鬼は今も地中に潜み、獲物にありつけるその瞬間を待っているのだから。


 野営地に戻ってきたアリエルが見たのは、腐乱死体のような姿をした食屍鬼(グール)()れと、武器を手に戦っている傭兵たちの姿だった。


 黒く()せた硬い皮膚を持つ大柄の鬼は、一見すれば二足歩行する人間のようにも見えるが、顔が長く獣を思わせる顔立ちをしていて、手足の先には獲物を引き裂く(するど)鉤爪(かぎづめ)を持っていた。また骨格が歪んでいるのか、姿勢は悪く、つねに前屈みになりながら駆けている姿が確認できた。


 その肉体は腐臭を放っているが、腐り落ちることがなく、呪術を思わせる超自然的な力によって保持されている。


 傭兵たちは野営地の設営を終え、ひと息ついていた無防備なときに襲われてしまったのだろう。すでに何人かの傭兵が負傷していて、クラウディアたちによって治療されている様子が見られた。襲撃によって、かつてないほど現場は混乱していた。治癒士を護衛するはずのメアリーの部隊も食屍鬼(グール)の群れに苦戦していて、クラウディアたちを危険に(さら)していた。


 しかし無理もないことだ。食屍鬼(グール)は一体でも危険な相手なのに、黒々とした沼や汚泥(おでい)の中から次々と飛び出してきていたのだから。しかし見れば見るほど奇妙な化け物だった。泥濘(ぬかるみ)や沼の中から姿をあらわしているにも(かか)わらず、厚い皮膚は()れることなく乾燥してひび割れている。


「ラライア!」

 アリエルの言葉に反応を見せた戦狼(いくさおおかみ)は、風のように素早く駆け、クラウディアたちの背後から接近してきていた食屍鬼(グール)に攻撃を行う。忌まわしき鬼はオオカミの巨体に吹き飛ばされ、枯れ木に何度も身体(からだ)を打ち付け地面を転がる。しかしすっくと立ち上がると、折れた手足を引き()るようにして、なおも襲いかかってくる。


 夜の闇に傭兵の悲鳴が聞こえたかと思うと、地中に引き()り込まれていく男の姿が見えた。アリエルは体内で()り上げていた呪素(じゅそ)を一気に放出すると、間髪を入れず土で形成した無数の(やじり)を発射する。岩のように硬質化した鋭い(やじり)食屍鬼(グール)の硬い皮膚を引き裂き、肉を(えぐ)り、骨を砕いていく。


 傭兵を窮地から救うことはできた。しかしそれでも突進してくる食屍鬼(グール)()れの勢いは止められない。


「まるで死者を相手にしているみたい……」

 照月(てるつき)來凪(らな)の言葉にうなずくと、接近してくる化け物から彼女を守るため、膨大な呪素を消費しながら無数の(やじり)を生成する。空中に浮かび上がるソレは、物質の状態変化に(ともな)う熱によって赤熱し、まるで空に浮かぶ星々のように暗い森を赤々と照らす。


「ラナ、俺の(そば)から離れないようにしてくれ」

 彼女はコクリとうなずくと、彼の背中にピタリと身体(からだ)を寄せた。と、次の瞬間、〈射出〉の呪術によって無数の(やじり)が赤い閃光を残しながら食屍鬼(グール)に襲いかかる。空気をつんざくように鳴り響いた衝撃音のあと、食屍鬼(グール)の呻き声や悲鳴が森に木霊(こだま)する。


「やったか!?」

 無防備なヤァカと物資を守りながら戦っていた赤ら顔のバヤルは、はじめて目にする守人の(すさ)まじい攻撃に思わず表情を緩めるが、まだ安心することはできない。


「さがれ!」

 ルズィの声が聞こえたかと思うと、傭兵たちは激しい熱波に襲われる。偵察から戻ってきたルズィは、地中から姿を見せた化け物の()れを火炎放射で焼き払ってみせると、接近していた食屍鬼(グール)に向かって炎に包まれた両腕を向けた。


 空間が破裂したような凄まじい衝撃のあと、周辺一帯を恐ろしい熱波が容赦なく襲う。爆発の中心にいた食屍鬼(グール)は原形をとどめることなく灰に変わり、炎の直撃を逃れた化け物の身体(からだ)にも火がつき次々と燃えていった。青い炎に(つつ)まれた化け物の姿は、踊りながら死んでいく狂人を思わせた。


 ラファとヴィルマ、それにアルヴァを(ともな)って周辺偵察に出ていた土鬼(どき)の武者が戻ってくると、アリエルは武者たちに照月(てるつき)來凪(らな)の護衛を任せ、クラウディアたちの安否を確認しにいく。幸いなことに、彼女たちに怪我はなく、治療を受けていた負傷者たちの状態も安定していた。そこで青年はウアセル・フォレリの姿が見えないことに気がついた。


「エル、気をつけろよ」と、炎を(まと)ったルズィが言う。「連中は地中に潜んで攻撃の機会を(うかが)っている。油断していたら地の底に引き()り込まれるぞ」

 兄弟の言葉にうなずくと、青年はラライアを連れて暗闇に沈む沼地に足を踏み入れる。


 呪術によって浮かび上がる青白い発光体が、妙な静けさに支配された暗黒の世界をぼんやりと照らしていく。ふたりが向かう先には黒く(にご)った川が流れている。ウアセル・フォレリは渡河(とか)地点(ちてん)を確保するため、護衛の〈黒の戦士〉を(ともな)って調査に出ていた。


 しばらく進むと、視線のずっと先に松明の灯りと呪術によって浮かび上がる発光体が見えた。彼らは無事だったが、やはり食屍鬼(グール)の襲撃に()っているようだった。アリエルはラライアを先行させると、心を落ち着かせながら呪素を練り上げる。敵まで相当な距離があるので、正確無比な攻撃で敵を仕留める必要があった


 その攻撃の用意ができたときだった。汚臭と泥に(まぎ)れて接近していた食屍鬼(グール)が闇の中から飛び掛かってくるのが見えた。青年は咄嗟(とっさ)に後方に飛び退()きながら太刀を抜いた。居合術じみた素早い動きで(さや)から刀を抜き放ちながら、眼前に迫っていた化け物の首に刃を叩き込む。が、硬い皮膚と骨に(はば)まれて切断することは叶わなかった。


 そのまま食屍鬼(グール)に組みつかれ地面に倒れ込むと、化け物は吐き気を(もよお)す臭い息を吐き出しながら青年の首元に()みつこうとする。アリエルは取り落としていた太刀の代りに、ノノから預かっていた小刀を引き抜いた。しかし攻撃の気配を察知した化け物は、青年の腕に鋭い鉤爪を突き刺し動きを制した。


 青年は冷静さと判断力を奪う痛みに耐えながら、攻撃のために準備していた(やじり)に意識を向ける。それは発射される瞬間を待ちながら空中に浮かんでいた。


 食屍鬼(グール)が口を開いて不揃いの牙を見せたときだった。化け物から顔を背けるようにしてアリエルは泥に顔をつける。その瞬間、乾いた破裂音がして食屍鬼(グール)の頭部が吹き飛ぶ。青年は返り血で顔を汚すことになったが、少なくとも、まだ呼吸することができた。


 自身に(おお)(かぶ)さっていた化け物の死体を横にドサリと退()けると、立ち上がって顔にベッタリと付着していた返り血を手で拭う。


「だから油断するなって言ったんだ」

 頬に熱を感じると、ルズィが豹人の姉妹をつれて歩いてくるのが見えた。

「ここは俺たちに任せて、その傷をクラウディアに()てもらえ」


 アリエルは痛みに熱を()びていた腕に視線を落とす。不衛生な環境で(けが)れた化け物から受けた傷だ。すぐに治療しないとマズいことになるだろう。

「了解、あとは任せたよ……」

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